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わだかまり

 田中が討死し、田中を討ったキュアクが一行に加わった。

 常識的な感情から見れば、決してまともではない。

 

 キュアクが一行に加わるよりもっと以前に、キュアクとの和解を拒絶したモリとルルこそ正常であろう。


 しかし、この世界生まれの戦士であるキュアクはもちろん、この世界生まれの冒険者であるマグスやその娘のエルにとっても、正々堂々と決闘した結果にわだかまりを持つことの方が不思議であるようだ。


 価値観、死生観はそれぞれの歴史や文化や習慣に紐付くのであろうから、キュアクやマグスやエルを異常とするのは自分勝手なのかも知れない。



 では、モリやルルと同じ世界から来たニグルはどうか。


 キュアクと即座に和解した。

 それはキュアクの人柄に惹かれたや、この世界の空気を察した上での行動である。

 しかしそれ以上に、この世界生まれの強者との親交や強さに癖の無い戦力を得られるかも知れない期待感という、冒険者パーティーのリーダーとしての打算もあった。


 同じことを考えていたのか、マグスの配慮によってキュアクをパーティーに加えることが出来た。

 ニグルにとっては朗報だった。

 


 ポルジン王都出立の朝、ニグルは上機嫌であった。


「さあ!方向指示器!お前が指し示す方角に俺達を導け!」

「おう!」


 左手の大剣と頭上に翳した右手の大剣を東に向けたキュアクは、そのまま体勢を起こし左腿を高く上げて水平にし、ニグルの指示を受け弾ける笑顔で気合を入れた。


 しかし、移動はバイクと馬と馬車である。

 広大な草原の真ん中に立っていたキュアクは、騎乗しなければならない。


 気合を入れてから愛馬に跨るまでの間延びがキュアクらしいと思いつつ、ニグルはテンポの悪さに少し苛立ち、眉間に皺を寄せた。



 

 一行の先頭を行くキュアクは、手綱を引くための義手を作らなかった。

 

「わざわざ日常的にそうする訳ではないが、一人前のポルジン兵ともなると、手綱など引かなくても自在に騎乗できるものだ」


 キュアクは両手をだらりと下げて胸を張りながら、馬上で向かい風を受けていた。

 騎乗姿が絵になる男である。


「足だけで操作してんの?」


 亀の甲羅を頭に乗せた凶悪な顔の中年が、キュアクが騎乗する馬にバイクを並走させながら質問した。


「そうだ。俺の足は、俺の思いを馬に伝えるためにある」

「手があれば手が思いを伝える?」

「いや、元々手も足も使う」

「そうなのか」

「そうだ。今は足だけだが、しかし手がなくても問題はない」

「さすが騎馬民族の王子だな」

「ふん。大したことではない」


 そう言いながら、キュアクは口の端と小鼻をひくひくさせた。


「そろそろ馬を休ませるか」


 キュアクは後続する馬達の様子を見ながら言った。


「道中のことは全て任せるよ方向指示器」


 ニグルは一度任せると決めたら任せ切る男だ。


「うむ」


 小さく頷くと、キュアクは大きく息を吸った。


「ダイオン!止まれ!」


 キュアクは足ではなく、愛馬の名前を大声で呼んで脚を止めさせた。




 キュアクが大声で愛馬の名前を呼ぶと、それに応えるかのように、街道脇の沼から魔物が現れた。


「雑木林すら無いから魔物とかいないと思ってたけど、そうか、沼か」


 ニグルは一つ賢くなった気がした。



 沼から現れた魔物は、人ほどの大きさの緑色の体躯を持っている。


「河童みたいな感じか?」


 キュあくと共に先頭を走っていたニグルは、誰にということもなく、後を振り返って尋ねた。


「禿げてないわよ」


 ルルが答えた。


「河童は禿げているのではなく、頭に皿を乗せているのですよ!」


 モリが指摘した。


「頭に皿を乗せて生活するとは随分と器用な生物がいるのだな」


 魔物を前に高揚したキュアクが、大声で感心した。


「それで言うと禿げてると言った方が近いのかも知れない」


 ニグルが捕捉した。


「こいつはそんなに器用ではないが、しかし力がとんでもなく強い!」


 キュアクは既に戦闘体制に入っている。集中力が高まっている。

 ニグルの補足など耳に入っていない。


「この魔物はなんて呼ばれてんだ?」

「私がやる。この世界で強者とされるのが冒険者だけではない事を知るがいい」


 ニグルはキュアクに質問したつもりだったが、もちろんキュアクの耳には届かない。



「ヴォデヴィンだな!捕まったら馬もろとも沼に引き摺り込まれて食われるぞ!」


 マグスの表情は読めないが、少し間を置いた回答には、ニグルへの気遣いが感じられる。


「そうか。せっかくやる気になってるし、キュアクに任せ切ればいいよね?」

「うむ!キュアクなら問題ない!」

「ん。キュアク!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「うん、任せた」


 ニグルが指示を出す前に、キュアクはヴォデヴィンに飛び掛かっていた。



 これは魔物との決闘である。戦争ではない。

 長柄の両刃の斧が使えるのであればともかく、両手を失い、両腕に嵌めた大剣が得物であるキュアクにとって、騎馬であるメリットは少ない。


 キュアクは愛馬ダイオンの背から跳躍し、大剣をプロペラ代わりにして回転した。

 

「おお!すげぇ身体能力だな!」

「さすがはキュアクさんです!」


 ニグルとモリが感嘆の声をあげた。


「あれでどうやって攻撃するのよ」


 エイダは冷めた目でキュアクを一瞥し、その目のままでニグルとモリを眺めた。



 くるくると回転しながら跳躍したキュアクは、ヴォデヴィンの目の前で着陸し、モリに教わった構えを取った。


「・・・・・」

「・・・・・」


 ニグルとモリは、静かに黙り込んだ。


「ほら。何のために回転したんだか。あいつ大丈夫?」


 エイダは馬車の荷台の上に座ったままのマグスに尋ねた。


「大丈夫だ!ちゃんと強い!」


 マグスはいつも通り表情を変えない。

 表情からは心情が読み取れない。

 表情からではその言葉の信憑性が測れない。



 沼の魔獣ヴォデヴィンは、目の前に着地したキュアクに面食らい一瞬戸惑っていたが、自身に両腕の大剣の剣先を向けて動きを止めたその姿を見て、落ち着きを取り戻した。


 思慮を持たないのか、今までに強者と遭遇した事がないのか、ヴォデヴィンは両腕を上げて不用意にキュアクに襲い掛かった。


「他愛もない」


 キュアクはそう呟き、その場で再び回転し始めた。


 そんな姿を見れば、当然ヴォデヴィンも警戒する。

 両腕を上げたまま立ち止まり、キュアクとの距離を保った。


 それを隙と見たキュアクは回転を緩めて飛び跳ねて、その勢いのままでヴォデヴィンを袈裟斬りにした。


「強い・・・」


 得物は違えど同じ戦士、ルルはキュアクの強さを理解した。


「まぁ、確かに強い方かもね」


 わりと似た闘い方をするエイダは、キュアクの強さを素直に認められない。


「あの魔獣が弱いんじゃなくて?無駄に回ってただけなんじゃないの?」


 つい先ほどまでキュアクの高速回転に感嘆していたニグルは、打って変わって懐疑的になっている。


「回転は無駄だけど、身のこなしといい的確な斬撃といい、強いわよ」


 説明を通して、エイダはつい認めてしまった。

 


「モリ!解体しろ!」


 マグスが呆然としているモリに指示した。


「あ、はい!」


 モリは小走りして横たわるヴォデヴィンの死体に近付き、その腕を持った。


「ヌルヌルしてて気持ち悪いんですけど!」

「では軽く炙ってやろう!」


 モリの泣き言を受け、マグスは柏手を打つように両手を合わせ、ヴォデヴィンの死体に向けて小さな火を放った。


「臭い!」


 モリは改めて泣き言を口にしたが、もうマグスは答えない。


「モリー、早く解体してくれよー。早くポルジン抜けなきゃ稼ぎが少ないよ」

「うう・・・」


 モリは涙目になりながら、ヴォデヴィンの少しだけ焦げた死体を解体し始めた。




 森林がほとんどないポルジンは魔獣の生息に向かないのか、それともポルジン人が押し並べて強者であるため近付かないのか、とにかくポルジンは魔獣が少ない。


 冒険者にとっては死活問題である。


「南洋は戦乱に次ぐ戦乱で魔獣すら近付かなかったからな!とっとと南洋を抜けなければならん!」


 マグスはなんでも知っている。


「確かにポルジンのみならず、南洋諸国には魔物が少ない。略奪に行った先でも滅多に遭遇しない。たまに遭遇しても我らポルジン人の手にかかれば瞬殺だ。しかし・・・」


 キュアクは珍しく顔を引き攣らせた。


「南洋と東の大陸の境にある峠には悪魔が生息している。とてつもなく強い」

「じゃあ陸路行くのやめて船乗るか」


 ニグルはいつでも気楽である。


「ダメだ!陸路に変更した時点で悪魔討伐は決定事項だ!」


 ニグル一行にとって、マグスの決定は絶対である。

 口答えしても面倒だからである。


「マグス様がそう言うならやるしかないな。ニグル、今度は貴様の実力を見せてくれ!」


 キュアクは既に悪魔との対戦を忌避している。

 顔を合わせる時間が増えるほどに、ニグルはキュアクにがっかりする。


「マグスが言い出したんじゃもうやるしかないんだろうけど、痛いの嫌だなぁ」


 今まで全勝してはいるものの、やはり悪魔は強い。

 悪魔との戦闘において、心身のストレスは付き物である。

 誰が好き好んで悪魔と闘うものかと、ニグルは思った。


「悪魔との対戦を重ねて経験値を上げ、名を上げ、冒険者として高みに上がっていくのだ!」


 マグスはそう言うが、ニグルは静かな暮らしを求めている。

 ただ単に、愛するエルとの結婚を認めてもらうために、マグスの機嫌を取っているだけなのである。


 それに付き合わされているモリとルルこそ不幸であろう。


「冒険者になるのはな、この世界で異世界人が生きて行くための最良の選択なのだぞ!異世界人が豊かに暮らすためには冒険者として稼ぐしかないのだ!潜在的な異世界人差別は残念だし、この世界の者として恥ずかしいとも思っているが、間違いなくあるのだからな!」


 いつになくマグスがよく喋る。

 ニグル一行の異世界人達が、揃いも揃って乗り気ではないのが一目でわかるほど、覇気に欠けているからである。


 ニグルは常に冒険を面倒臭がっている。マグスはそれを知っている。

 モリとルルは、エルとの結婚を望んでいるニグルに巻き込まれているだけだと気付き始めている。マグスはそれに気付いている。



 ニグル一行の空気は澱んでいる。

 流石のマグスも少し焦りを感じ始めていた。

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