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踊るキュアク

「で、そのサノというのは何者なのだ?」


 喜びを爆発させた後でマグスの足下に崩れていたキュアクは、我に返って立ち上がり、ようやく自分が使者として赴く先のことを気にした。


「気になるの遅くない?」


 ルルはつい、棘のある声音で返してしまった。

 キュアクを受け入れようと努力しているからこそ口を開いた。

 しかし、どうしたって感情は声に乗ってしまう。


 ニグルは、ルルの棘のある声音にぞくぞくしつつ、キュアクを受け入れようとする姿勢に感じ入った。


 しかしキュアクはどうであろう。


 一国の王子ともなれば、棘のある声音を向けられることなどほとんどないであろう。

 あるとすれば王子よりも身分の高い者、父王からならあるのだろうか。

 しかし、息子が両手を失ったことを痛快時のように受け止めるあの豪放な王が、棘のある言い方をするだろうか。

 

 つまりキュアクは棘のある声音に耐性がない可能性がある。

 棘に気付きもしないかも知れないが、棘に気付き不快に思っているかも知れない。


 ニグルは場の空気を濁そうと思った。


 「杖」


 咄嗟にニグルは、キュアクの問いに一言で返した。


 ぶっきらぼうにして説明不足。

 ニグル一行は、ニグルがキュアクを不快にさせたのではないかと心配した。


「確かに貴様は先程、杖と言っていたな・・・本当に杖なのか?」


 自分に悪意を向ける者がいることなど想定しない育てられ方をした王子は、素直に聞き直した。


 聞き直さざるを得ないであろう。

 杖に会うための使者など、普通以上の事態でもあり得ない。


「木の棒が刺さった頭部」


 ニグルは少しだけ説明を追加した。

 それでも尚、全くの説明不足。


 ニグル一行は、ニグルがキュアクを挑発していると思った。

 なぜ挑発するのか、意味がわからないとも思った。


「・・・マグス様、何故私がそんな悪趣味な杖を見に行かなければならないのですか・・・」


 キュアクの表情が剣呑になった。


「その杖は元悪魔だ」


 マグスが答える前に、ニグルが更に説明を追加した。

 

 ニグルなりに焦っている。

 ニグルにも、場の空気を悪化させかねない言い方を続けてしまった自覚がある。


「元悪魔?どういう事だ?訳が分からない」


 キュアクは至って素直に混乱している。

 ニグル達の不安をよそに。


「俺が討伐した悪魔であるサノは頭部だけでもご存命で痛みを感じないと言うから棒を突き刺して杖にしてみたのだ」


 ニグルは早口で棒読みした。


「なるほど、元悪魔の喋る杖か。それは一見の価値があるな、ではない。何故その者をポルジンに呼ぶのか」

「サノは元々異世界人でな、悪魔になる前は、元いた世界の農業技術をこの世界で活用しようとしている一派のメンバーだったんだよ」


 最初からこれを言えば良い。

 キュアクのみならず、その場にいる誰もがニグルに対してそう思った。


「なるほど。ポルジンの近代化の礎として、まずは生活を一新するための手始めに自給自足と食生活の改善を図り、農作物の生産高が上がり余剰分が出ればそれを輸出する。農業を導入することで略奪の習慣を無くし、更には産業の創出に繋がる訳ですね」


 キュアクは頭がいいらしい。

 勝手に色々と察した。


「そうだ!食は生活の基礎であり、平和の基礎でもあり、経済の基礎でもあるのだ!」


 ここでようやく、マグスが自信満々に大声を出した。


「そりゃあ、腹が減ったら何もやりたくなくなるもんな」


 ニグルが口を挟んだ。

 ニグルは考えが浅い。


「そうではない!お前には説明しても無駄だ!黙れ!」


 冒険者としてのニグルを高く評価している。

 いずれは愛娘であるエルの婿になることに異存はない。

 しかしマグスは、ニグルの知能については何も期待していなかった。




 キュアクの義手が出来上がるまで、ルルとエイダはポルジン流馬術の習得に勤しむことにした。

 これはニグルの希望であり、ニグルは馬上戦闘という新たなオプションと移動速度の向上を期待していた。


 ポルジン人は伝統ある騎馬民族である。

 その馬術の巧みさはこの世界で類を見ない。

 曲芸のように華やかで、恐ろしく実用的である。


 また、ポルジン国内で放牧されている数え切れないほどの馬達は優駿揃いである。

 力強さ、速さ、持久力、気性の荒さ。これらもまたこの世界で他に類を見ない。


「僕は馬車担当なので馬術の練習はしません!それよりキュアクさんの義手作りを手伝ってきます!」


 冒険を生業にするということは、依頼をこなして報酬を得ること以上に、魔獣や魔物、悪魔を討伐による何かしらの収穫を得ることである。


 それらを運搬するには馬車が必要である。今後も馬車が同行する。

 よって、ルルとエイダが馬術を習得したところで移動速度は上がらない。


「俺は馬車に乗って移動する!だから馬術は不要だ!」


 マグスはこの世界では高名な冒険者であり、世界中から敬意を集める偉大な魔法使いである。

 しかし、運動能力は皆無。馬術の修練など徒労であろう。

 それは本人が一番わかっている、ということだ。



 

 武具製作に係るスキルを持っているモリが手伝った甲斐あって、キュアクの義手は早々に完成した。

 義手というよりも、腕に嵌め込む武器や道具と言い表す方が正しそうだが。


「これは素晴らしいな!」


 キュアクは両腕に嵌め込んだ大剣を胸元で交差させ、満面の笑みを浮かべた。


「ポルジンの誇りである両刃の斧は持てないが、新しいポルジンへと歩き出すための決別と思えば、これは象徴とも言うべき武器になる」


 そう言いながら、キュアクは様々に構えを変えて見せた。


「厨二だな」

「やっぱり受け入れられないかも知れない」


 ニグルとルルは、冷ややかな視線をキュアクに向けた。



「左手の剣を前に突き出して、右手を上げて剣先を前方に向けるとカッコいいですよ!」


 モリは、自分のお気に入りのアニメに出てくる双剣使いの構え方をキュアクに教えた。


「こうか!」

「そうです!いい感じです!」

「良い構えだな!いかにも強そうだ!」


 モリとキュアクはすっかり馴染み、二人で楽しそうにはしゃいでいる。


 南洋では誰もが畏怖する戦闘民族であるポルジン人は、筋肉質で大柄な者が多い。

 典型的なポルジン人であるキュアクはもちろん、筋骨隆々とした大柄な男である。

 さらには貴公子らしく端正で精悍な顔立ちである。


 厨二扱いしたものの、ニグルは思わず、キュアクの構えに剛健さと華やかさを感じてしまった。

 


「根本は盾としても使える厚みと強度を持たせました!重量は増えましたけど、キュアクさんなら使いこなせそうですね!」

「モリ殿、貴様の意匠は素晴らしいな。この装備ならニグルにも勝てそうだ!」


 モリには殿がついて、ニグルは呼び捨て。

 キュアクのモリに対する敬意がわかりやすい。



「小さいのがいくつかあるけど、何?」


 ニグルは、敷物の上に並べられたモリの作品を眺めながら言った。


「大剣以外では、スプーンと鉄串の大、中、小を揃えました!スプーンは先端がフォークになっている優れものです!」

「モリは愛知県出身?愛知県を中心に展開する有名ラーメンチェーンのスプーンによく似てる」

「違います!僕のオリジナルです!」


 実用性を追い求めた結果が逸品と似てしまうのは、致し方ないことなのであろう。


「貴様らの世界の道具なのか。これは確かに便利そうだな。スープも飲めるし肉に突き刺すこともできる」


 今のキュアクなら、モリの意匠であれば全て肯定的に受け止めるであろう。


「俺たちが元いた世界だとな、これで麺を食べるんだ」

 

 ニグルはあくまでも、某ラーメンチェーンのスプーンをイメージしている。


「それは少し難しいのではないか?」

「そう、少し難しい。だから、それが出来ると少し自慢出来る」


 ニグルは誇らし気な顔をキュアクに向けながら言った。

 言いながら、子供の頃から慣れ親しんだソウルフードとも言える安くて美味いラーメンを思い出していた。


「俺はそのスプーンで麺食ったことないんだけどな」


 ニグルは、手先が器用ではない。

 それは本人が一番わかっているから、試そうとも思わなかった。


 何故ニグルが誇らし気な顔をしているのか。

 その場にいる誰もが疑問に思った。




 キュアクの義手セットは完成した。

 素質があったのか何らかのスキルが発動したのか、期間は短かったものの、ルルとエイダは馬術の基礎を習得した。

 

 それはつまり、再出発に向けての準備が完了したということだ。


「みんな準備出来たんなら、出発しようか」


 ニグルは、そのつもりで集まっているはずの面々を順に見ながら言った。


「うむ!」


 世話役のマグスだけが元気良く頷いた。


 他に誰も返事をしなかったのは、次の行き先を誰も知らず、出発という言葉に現実味がなかったからである。


「で、どこに行けばいいの?」


 行き先を知らないのは、ニグルも一緒である。


「東の大陸だと最初に言っただろう!」


 マグスは当然のように言う。


「キュアクさんをサノさんのとこに連れて行くんじゃないの?」


 エルがニグル一行の総意を代表した。


「エル!それはいつになるかわからないぞ!」

「それ前提なのか!」


 ニグルは思わず、大きな声を出した。


 少し寄り道しながらサノの元へ向かうのだと、ニグル達は思っていた。

 しかしマグスは最初から、素直にサノの元へ向かうつもりなど無かった。


 冒険は予定通り続ける。

 気が向いたらキュアクをサノの元へ連れて行く。


 マグスはその程度にしか考えていなかった。

 


「に、してもだ。まずはどこに向かえばいいんだよ」


 ニグルはこの世界の地図を見たことがない。

 つまり東の大陸に向かうための道程を知らない。


「東の大陸を目指すなら、ここから東を目指せばいいだけだ」


 キュアクは、両腕にはめた大剣を交差させながら言った。

 大雑把に言えばそりゃそうなるだろうよと、ニグルは思った。



 冒険をしたかったキュアクにとっては、父王に対するマグスの計画的背反がこの上なく有り難い。

 キュアクは明らかにはしゃいでいた。


「ポルジン国は南洋の真ん中。王都はポルジン国の真ん中。草原の真ん中にある王都は、南洋の全ての方角に繋がっている」


 キュアクは、モリに教わった通り、とても格好良く大剣を構えながら言った。

 左手の大剣と、頭上に翳した右手の大剣を東に向けながら。

 

「便利な構えだね。これからは方向を示す時は毎回その構えでよろしく」


 ニグルは抑揚のない声で言った。


「任せろ!」


 キュアクは腰を落とし、構えを低くしながら嬉しそうに答えた。


「キュアクの渾名を考えた」

「どんな渾名だ!?」


 キュアクは弾ける笑顔でニグルに詰め寄った。


「方向指示器」


 ニグルは眠そうな目をキュアクの視線に合わせながら言った。


「くっ」


 ニグルと同じ世界からやって来たルルとエイダは、思わず吹き出しかけた。

 それほど面白かった訳でもないから、堪えることが出来た。



 この構えをキュアクに教え、一緒に盛り上がっていたモリはと言うと、


「・・・・・・」


 声を出さずに腹を抱えて痙攣していた。


「どうしたモリ。腹痛いのか?」


 今声をかけられたら、回答を求められたら、モリはさぞ困るであろうと踏んで、ニグルは敢えて声をかけた。


「・・・・・・・・・・・」


 長い沈黙の後、モリは顔を上げた。


「感涙を抑えるのに必死でした!」


 モリはニグルの顔を見ず、キュアクの顔を見ながら真面目な顔をした。


「ホウコシジキというのは異世界語だな?感涙するほどなのだから、よほどいい言葉なのであろう。どのような意味なのだ、モリ殿」


 ご指名である。

 モリは自ら答えなければならない。


 出任せを言ったに過ぎないモリは答えに窮したが、何とか取り繕う答えを思いついた。


「行き先を示す者とか、人々を導く者みたいな・・・指導者って意味ですね!いずれ王となり国民を明るい未来に導くことになるキュアクさんにピッタリです!」


 言うやモリは、安堵感に満ちた笑顔になった。


「そうそう、そんな感じの意味だよ。ちなみに俺のバイクにも付いてるけどな」


 ニグルは意地の悪い笑顔で、モリとキュアクの顔を交互に見た。


「バイクというのは、そのうるさい乗り物のことだったな・・・指導者が乗り物に付いているとはこれ如何に」


 モリは苦虫を噛み潰したような顔になり、キュアクは混乱した。



 キュアクはよく、人の言葉に踊らされる。


 ポルジンにおける冒険再開の準備期間中にニグルが得た収穫の最大のものは、先の戦闘で嫉妬までしたキュアクの威厳が、どうやらまやかしであったという事である。

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