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キュアクの喜び

 ポルジン王の宮殿は決して豪壮ではない。

 華美な装飾などない質実剛健そのもの、石造りの清潔感ある建物である。

 

 そもそも、宮殿というには少々小さい。

 元々、ポルジン人は定住の習慣を持っていなかっただけに、建物に対する執着が薄いのかも知れない。


 それにしても、いくら小さくて地味な宮殿とは言えど、湿地と草原ばかりのこの土地のどこから建材を調達したのか。

 コロ引きの技術を持ち込んだ異世界人、五十年前に転移してきたウジマサが活躍したのは間違いないのないことであろうが、それにしても、である。

 

 元いた世界で重量屋だったであろうウジマサが、どういった経緯で南洋統一の功労者となったのかはわからない。

 しかし、大量の建材を調達出来た背景には、南洋の統一という事実があったのかも知れない。

 

 ポルジン王に拝謁している間、ニグルはそんなことばかり考えていた。




「マグス殿。我が息子をどう見立てる」


 一通りの挨拶を終えると、ポルジン王はマグスに問い掛けた。


「思想は公正にして明瞭かつ開明的で客観的、性格は沈着、意欲は盛大。体力筋力瞬発力に優れ、剣術は熟練の域に達している。なかなか無い程の見事な力量だな!」


 マグスが権力者に媚びるとは考えにくい。

 何より、戦場で強さと品位を目の当たりにした。

 マグスの絶賛が、決して言い過ぎではないのであろうことを、ニグルは認めざるを得ない。



「ニグルとやら、実際に闘い勝利した貴様はどう見立てる」


 ポルジン王はニグルにも問い掛けた。

 ニグルは、試されているのだと思った。

 しかし他ごとばかり考えていたニグルには、すぐには正解を導けない。


「権力を持つ者が旧態然とした考え方を良しとしないのは、国民にとって幸せなのではないかと思います」


 取り敢えず、ニグルは思っていることを口にした。

 実際のところ、ニグルはキュアクの開明的な考え方を好ましく思っている。


「何を言っているのかわからない」


 ポルジン王は尤もなことを言った。


「・・・マグスと同意見です」


 ニグルは誤魔化そうとした。


「ふむ」


 ポルジン王は、いかにも興醒めしたような顔をした。


「マグス殿と話したい。他の者は下がって良い」


 マグス以外に語り合う価値のある者はいないと、ポルジン王は思った。


 

 

 ポルジンの王都には、民家も無ければ商館も無い。

 ついでに言うと宿屋も無い。


「それどころか都市名すら無い王都ではありますが、迎賓館はあります」


 宮殿に詰めている役人らしき男が、ニグル一行を迎賓館に案内した。

 迎賓館もやはり、宮殿同様に大きくはないものの、しっかりとした佇まいの石造りの建物である。


「この迎賓館はウジマサ様が建てたのだと、そう伝え聞いております」


 色々と怪しい歴史上の人物ながら、ポルジンに貢献していたのは確かなのかも知れない。


「工房から戻られたら、キュアク様がお伺いすることになると思いますので、それまでゆっくりとお過ごし下さい」


 テーブルの上には大量の料理が並べられている。

 羊、羊、羊。全ての皿に、様々に調理された羊の肉が載っている。


「美味い!」


 一口食べて、ニグルが唸った。

 

「けどこんなに食い切れないし、こんなにあると飽きるよな」


 それはそうだろう。

 しかしこれが、ポルジン流の客の持て成し方であり、それがポルジンの文化なのである。


 モリとルルはニグルと口をきくつもりがない。

 エイダは何を考えているのかは不明だが、黙々と羊の肉を食べている。

 

「でも、羊の肉は美味しくて太りにくいから好き」


 エルだけがニグルのぼやきに笑顔で応えた。


 低カロリー高タンパク。

 元いた世界ならこの短い言葉で済ませられる。

 しかしこの世界にはそんな便利な言葉はないらしい。


「低カロリー高タンパクだものね」


 エイダが元いた世界の言葉を差し挟んだ。


「そうそう。それが言いたかったの」


 エイダが慌てて答えた。

 この世界にも便利な言葉があった。


「これ塩茹でしただけなのかな。シンプルな味付けだけど柔らかくて美味い」


 ニグルが骨付き肉に齧り付き、口の中に肉を入れたままで喋った。

 羊肉が口からボロボロとこぼれた。


「成長しないな、この子は」


 だらしのない中年息子を見て、エイダはため息をついた。




「どうだ。ポルジン料理の味は」


 工房に行っていたキュアクが、迎賓館に顔を出した。


「美味いよ。すごく美味い。羊肉だらけなのに意外と飽きずに食べ続けられる」


 ニグルは、羊肉を口の端からぶら下げながら感想を述べた。


「そうか。それなら良かった」


 キュアクは満足そうに破顔した。


「私はまた宮殿に行く。父王への用事が済んだらまた来る。夜は私もここに泊まる」


 一方的に言い放ち、キュアクは迎賓館を出た。




「ひグルはん、ひいひ会らからひいておひたい。んぐっ。田中さんの死を、ニグルさんはどう受け止めているの?」


 羊の肉を食べながら、まるで詰問するような口調でルルが質問した。


「どうとは?」


 これからも共に行動するのだから、ルルの悪感情を真摯に受け止めなければならない。

 ニグルはそう思い、骨付き羊肉を手放した。


 ルルは不貞腐れているのかそういう育ちなのか、羊肉を頬張り続けている。


「ひははははからはいほ」

「何言ってるかわかんねぇから一旦食うのやめろ」


 ニグルは流石に注意した。


「んぐっ。悲しくないの?悔しくないの?キュアクが憎くないの?」


 羊肉の筋を歯間に挟みながら、ルルは真面目な顔をして問い質した。


「悲しい。悔しい。憎くはない。言っておくけどな、俺は田中とは長い付き合いだ。お前らより遥かに長い。あいつが社会人になった年からの付き合いだ。仲も良かった。目にかけてた。たまに飯食いに行ってた。稀に一緒に合コン行ってた。悲しくない訳ないだろ」


 ニグルは無表情で答えた。


「じゃあなんで!」

「田中は合意の上で、命を元手にしてキュアクと闘った。決闘ってやつだ。一方的に殺されたんじゃない。乱戦の中で不意に殺されたわけでもない。どっちかが死ぬってわかった上で闘って負けたんだ。憎むのはフェアじゃないと、俺は思う」


 ニグルは毅然とした態度で言い切った。


「田中さんじゃなくてエルちゃんだったら?」


 随分と格好をつけるじゃぁないかと思い、ルルは浅く掘り下げた。


「そもそも決闘なんてさせないけど、憎む前に衝動的に相手を殺すだろうな」


 ニグルは浅い。


「それこそフェアじゃないじゃない!」


 当然の指摘だ。


「俺は元々フェアで売ってないんだよ。でもな、キュアクはフェアだぞ。同胞を散々殺しまくった俺たちの事を憎んでいない。それが戦場の礼儀なのだろう」

「・・・」

「俺はな、あいつに対して恥ずかしくない男でありたいと思った」

「あいつって、どっち?」

「あ、どっちだろ。フェアな男に対してかな。フェアな男と堂々と命の奪い合いをした男に対してかな。よくわかんなくなってきたから、あいつからあいつらに変更」

「そっか。まだよくわからないけど、納得出来てはいないけど、何となく、私なりに理解した」


 ルルは、何となく言いくるめられた。



「全然恥ずかしい男だと思うけど。アンフェアな男がフェアな男の目を気にしてフェアなふりしてるだけでしょ?」


 エイダが話を戻した。


「お母さんやめとけって」


 四十歳のニグルはつい、十七歳のエイダを母の生まれ変わりと認めてしまっている自分を晒した。


「認めたねー」


 エイダは満面の笑みを浮かべた。


「いいのよエイダさん。私も、フェアな男の目に自分がどう映っているのか、気になってきた。きっと見下されているよね」


 ルルは伏し目になり、無心でエイダの出鼻を挫いた。


「私はやっぱりキュアクが憎い。その憎い相手に見下されるのは腹が立つ。だから、態度を改める」


 ルルはそう宣言した。


「じゃあ僕もそうします!」


 自分の意思がないようで、モリはルルと同じように、憎い相手に見下されたくないと思っていた。




 ニグル一行の話し合いが終わった頃、キュアクが宮殿から帰って来た。


「貴様らと共に冒険することを願い出たのだが、父王の許しを得られなかった」


 キュアクはしょんぼりとしながら、ニグル一行にとって初耳の内容を報告した。


「そうか。それは残念だ」


 感情の欠片も感じさせないニグルの棒読み。

 当然だろう。

 初耳でもあり、望んだこともない。


「すまないな。代わりに駿馬を贈呈しよう」


 頼んでもいないことで謝られ、馬を手に入れた。

 ニグルは、とても得をした気分になった。



「冒険に出れば、ウジマサの事を知る手がかりが得られると思ったのだがな」


 キュアクは残念そうに呟いた。


「何かを知るためにと、やたらと冒険者になりたがる。この世界の連中は暇なのかね」


 ニグルには、キュアクの感情への関心がない。


「冒険に出れば様々な謎を解明出来ると聞いたことがある」

「誰にだよ」

「マグス様にだ」

「マグスかよ。あいつ本当に適当だな。自分は大して謎を解いていないくせに」


 何故そんなに他人を冒険に巻き込みたがるのか、ニグルにはよくわからない。

 娘であるエルは気にしたこともない。


「私はウジマサが何故南洋を統一したのか、それが知りたいだけなのだ」


 キュアクは遠い目をした。


「そもそも、ウジマサが統一に貢献したという話が本当なのか疑わしい」


 ニグルが水を差した。


「確かにな。伝承は残っているが記録は残っていないのだから」


 キュアクは頑固な男ではない。


「何かわかったら連絡してやるよ」


 気を遣っているふりをして、ニグルは濁した。




「ニグル!サノをポルジンに呼ぶことになったぞ!」


 王との謁見を終え、迎賓館に入ってくるなり、マグスは大声で予想外のことを言った。


「呼ぶったってあなた、あいつ杖だよ?呼んだところで来れないじゃない」

「ニグル、お前は本当に頭が悪いな!」

「何だと!?」

「呼ぶということは、誰かが使者となってサノにその旨を伝えに行くということだ!誰かが使者として行くんだからその誰かが持って来ればいいだけではないか!」

「あ」


 電話もメールも無いのだから、それはそうであろう。

 少し考えればわかるであろうことに気付かなかった自分を省みて、ニグルは少し恥じらった。


 そんなニグルのことなど気にもせず、マグスは話を進めた。


「その使者にはキュアクを推薦した!王も乗り気になっていたぞ!」


 マグスのこの報せは、キュアクにとっては朗報である。

 短い期間ではあるが、冒険というわけではないが、外界の空気を吸い、外界の地を踏み締め、外界の人々と触れ合い、外界の価値観や思想を吸収することが出来るのだから。


「マグス様!ありがとうございます!ウジマサのことを調べるほどの時間はないだろうからそれは諦めるが、これは貴重な経験になる」


 キュアクは目を見開き喜びに身を震わせた。

 そんなキュアクを見て、マグスは目を細めた。


「サノには使い魔で報せておくが、キュアクが実際にサノの元に辿り着くのがいつになるのかはわからない・・・そういうものだろう!」

「マグス様ー!」


 喜びが爆発し、キュアクはマグスに抱き付いた。

 しかし両手がない。


 キュアクは自分の体を支え切れずに、ずるずるとマグスの足元に崩れ落ちた。

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