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ウジマサという男

「そもそもがだ、俺たちが元いた世界では大きな岩を怪物が運んできたなんて話はよくあるわけだ」


 南洋統一の功労者であるウジマサという異世界人らしき人物が目の前の大きな岩を運んだという話を聞き、モリとルルの視線など斟酌せず、ニグルは少し興奮していた。

 かと言ってその話を鵜呑みにしている訳ではない。


 昔話の裏側には何かしらの真実が隠されていると、ニグルは確信していた。

 桃太郎、一寸法師、かぐや姫。全て実在の人物がモデルになっていると。



「貴様らの世界にも魔物がいるのか?私はいないと聞いているぞ」


 異世界人冒険者から聞いたのか、キュアクはニグル達が元いた世界のことを少しは知っているようだ。


「いないいない。説明がつかない不思議なことは大抵、存在しない怪物がやったことになるんだよ」


 ニグルは得意になって答えた。


「面倒臭がって嘘をつく奴がいるわけだな。この世界ならまんざら嘘でもない話なのだが」

「そういうこと。たまに化け物の向こう側に誇張された真実も混ざっているから嘘と決めてかかるわけにもいかないんだけどな」

「嘘と真実がないまぜになっているとは・・・ややこしい世界だ。私が貴様らの世界に転移したら精神を病みそうだ」

「そうかも。そしてそのウジマサが運んだってのは、化け物の向こう側に混ざり込んだ誇張された真実のパターンだろうな」


 ニグルは自信満々だ。


「ニグル、貴様は何を言っているのだ」


 キュアクが怪訝な顔をした。


「は?」


 ニグルは、貴様こそ何を言っているのだと、思った。


「ウジマサは人間だぞ。化け物ではない。貴様らの世界の技術で石を運んだのだぞ」

「・・・」


 早とちり。

 ニグルは赤面した。


「確かコロ引きという技術だ」

「ウジマサは重量屋だったのかな・・・いや待て。この世界にも城や城壁があって大きな石を使ってるだろ。ウジマサがコロ引きのやり方を教えるまではどうやって運ん出たんだ?」


 ニグルは疑問を持った。


「魔法だ」


 キュアクの代わりに大魔法使いが答えた。


「しかしポルジンには魔法使いが少ない。重力魔法を使える者は、今も昔もいない」


 キュアクがポルジンの事情を繋いだ。


 

「ともかくだ、ここが聖地であることには違いない」


 話が終わらないと思ったキュアクが仕切り直した。


「聖地なの?ただの岩の塊なのに」


 ニグル一行の誰もがそう思っている。


「中に入ればわかる」

「中に入る?隙間に?」

「ふふふ。行けばわかるさ」




 岩の塊の中では、盛られた土の正面にポッカリと口が開いている。


「地下通路か」


 ニグルは深く考えずに物を言う。

 


「いや。これは墓だ。ウジマサの墓だ」

「ポルジンの墓はこういう感じなの?」

「高貴な身分の者の墓は盛土の墳墓だ。ウジマサの墓は高貴な者の墓より特別だ」


 キュアクの説明から、ウジマサの扱いの格別さがわかる。


「ウジマサの故郷では高貴な身分の者の墓は石で覆われていたと、ポルジンでは言い伝えられている」

「古墳のことかな。それはわかるけど、石じゃなくてこれ岩じゃん」


 ニグルはもっともなことを言った。


「ウジマサは豪気な男だったそうだからな。石の代わりに岩を使って墓を造るつもりで自ら運んだのだろう。と、当時のポルジン人は考えたようだ。だからこの岩の塊の中にウジマサの墓を造ったのだ」

「違うと思うなー、色々と。つかウジマサって中世の人かと思ったら古代の人なのかな」


 いくつか腑に落ちない点を抱えながらニグルは、キュアクに導かれるまま墳墓の中に入った。




 半地下のようになっているウジマサの墓の内部は、石室になっている。

 その中央には石棺が鎮座し、その周囲にはウジマサが愛用していたであろう甲冑や刀剣、木の箱が置かれている。

 甲冑は戦国時代風のように見える。


「その箱の中に、我々が読めない文字の書物が入っている」


 ニグルのスキルによって両手を失ったキュアクは、顎で木の箱がある方向を指した。


「ニグル、読んでみてくれ」


 キュアクはすがるような目で、ニグルの目を見つめた。


 この箱の中にある書物に、ウジマサの思いが、南洋諸国家との融和に必要なヒントが記されているのかも知れない。

 キュアクはそう思っているのに違いない。だからこそこんな目で見てくるのだと、ニグルは思った。


「わかった」

 

 ニグルは木の箱に手を伸ばした。

 埃を被ったその箱には、鍵も何も付いていない。


 ニグルは埃を払うこともせず、静かに蓋を開けた。

 箱の中には、確かに何かしら紙が入っている。


 この世界にも紙はあるが、味のある和紙のような紙である。

 箱の中に入っていた紙は、元いた世界でよく見た、のっぺりとした白い紙だ。

 

 ニグルは懐かしく思うと共に、ウジマサが異世界人であることを確信した。

 そして、意外なことに近現代の人間であることを知って少し混乱した。



 ニグルは黙ってその紙を手に取った。

 何が書かれているのか、それが気になり、ニグルなりに緊張していた。

 手に取ってみると、それは小さく折り畳まれた紙切れだった。

 ニグルは黙ったまま、折り畳まれた紙切れを開いた。


 紙切れに書かれた内容に、ニグルは驚き固まった。



「どうしたニグル。何が書いてあったのだ!」


 動かないニグルを見て、どれほど衝撃な内容だったのかと思い、キュアクが目を吊り上げてニグルに迫った。


「・・・」


 キュアクの問い掛けに反応せずに、ニグルは押し黙ったままである。


「何か言えニグル!腹は据えた!どんな内容だろうと受け止める!」


 キュアクは重ねて言った。



 ニグルは観念したようにため息をつき、顔を上げてキュアクの目を見た。


「ウジマサが生きていたのはいつ頃なんだ?」

「五十年ほど前の人物だと聞いている」

「意外と最近の人なんだな。にしても、たった五十年前の事績が曖昧にしか伝わっていないとはな・・・」

「そんなことより!何が書いてあったのか早く教えろ!」 

「わかった・・・読むぞ」


 ニグルは呼吸を整えて、ため息をついてから紙切れを持ち直して読み上げた。


「この世界には紙がない。手で水を掬って尻を拭くのが嫌で仕方ない」




「ニグルさん、何を言っているの?紙はあるでしょ?」


 ニグルが何を言っているのか理解できず、エルは心配顔でニグルに声をかけた。


「違う。この紙に書いてあることを読んだだけだ」


 ニグルは憮然として答えた。


「・・・」


 キュアクは顔を真っ赤にして黙っている。

 ニグルにはキュアクが怒っているように見える。



「五十年前は紙無かったの?この世界」


 怒っているらしいキュアクを見て見ぬふりをして、ニグルはマグスに尋ねた。


「あったぞ!南洋以外にはな!南洋には文字がなかったから紙もなかったのだろうな!」

「じゃあ、その頃の南洋諸国には、紙はこの一枚しかなかったってことか・・・」



「本当にそれだけか?その紙に書かれていたのは」


 キュアクが声を震わせた。


「それだけだ。ウジマサは、南洋に一枚しかなかった貴重なこの紙を無駄遣いした。それだけだ」


 ウジマサの渾身の悪ふざけに付き合わされて不快になったニグルは、紙を箱に戻してキュアクに押し付けた。


「そしてウジマサは、南洋以外の世界を知らずに死んだらしい。本当に南洋を統一したのか?」


 この世界の他の地域には紙があったと言うことを知らずに死んだことを思えば、ウジマサが南洋を統一したという話は疑わしい。


「そう聞いている。当時のことは言い伝えでしかわからない。マグス様が言っていた通り、当時のポルジンには文字が無かった。記録というものが存在しない」

「だから情報が正しく伝わっていないんだな。これはウジマサの事績全般が怪しいな」

「・・・」


 そう言われると強く反論できないのは、キュアクがポルジン人としては開明的で、外の世界への憧れと外の世界に関する知識を持っているからこそだろう。



「マグスは七十歳超えてんだろ?ウジマサのこと知らないの?」


 ニグルは、再びマグスに話を振った。


「知らんな!南洋統一戦はあまりに激しかったからな!世界中の冒険者が南洋を避けていたのだ!俺がいたパーティーも南洋には近付かなかったぞ!」

「ってことは、マグスは五十年前には既に冒険者だったの?」

「そうだ!その頃の俺は人族で言えば十歳児くらいの頃だ!まだ故郷を出て冒険者パーティーに紛れ込んだばかりの頃だ!」

「十歳児が冒険者って凄くない?」

「俺は天才だからな!その頃には一端の魔法使いとして、それなりに知られた存在だったのだぞ!」」


 それが本当なのかどうか、記録がある訳では無いので、ここにいる誰にもわからない。




 何の収穫も無くウジマサの墓をあとにし、キュアクはニグル一行を王都に案内した。


「建物は立派だけど、もの凄く小さな王都だな」


 事前の説明通り、民家らしい建物は無い。

 あるのは工房が数軒と役所の建物が数棟と、そして立派な大通りと広大な広場だけ。


 民家だけでなく商館もないが、広大な広場では行商人達がバザーを開いている。

 

「色々と意味がわからない」


 ニグルは呆然としていた。

 ポルジンの王都は、都なり町なり村なり、ニグルが持つ人が集まり暮らす場所のイメージとはかけ離れている。


「王都とは言っても、宮殿と行政府があるだけだ。国民は国中に散らばって放牧を営んでいる」


 キュアクは少しだけ笑いを含みながら言った。


「それは前にも聞いたけど、いざ目の当たりにすると戸惑う」

「年に一度だけ全国から各家長が集まる日がある。その時だけは王都っぽいぞ」


 習慣は国それぞれであり、どこの国が正しいという基準は無い。

 とりあえずそう考えて、納得するしかない。




 ニグル一行はポルジン王の宮殿に入り、謁見の間に通された。


「キュアク。その腕はどうしたことだ」


 客人であるニグル一行よりも、ポルジン王は息子の両腕に興味を持った。

 ニグル一行に声をかけるなり挨拶させるなりよりも先に、息子に声をかけた。


 格式ばったところが全くない王は、偉そうでないと評価するべきなのか品性に欠けると見るべきなのか。


「ここにいるニグルという者に消滅させられました。私は彼に負けたのです」


 キュアクは胸を張った。


「最強のポルジン兵である貴様がそれほどの目に遭うとは・・・よほどの強者なのだな!その者は!」


 ポルジン王にとっては、息子が怪我を負わされたことよりも、自慢の息子に圧勝した者が目の前にいることの方が重大事である。


「そうです。ニグルは特別なスキルを持っています。私はたまたま負けたのではなく、負けるべくして負けました」


 ニグルは、こいつらは殺し合いをスポーツのような感覚で行なっているのではないかと、二人のやり取りを見て思った。



「しかしそれではもう闘えないし、飯はどうやって食うのだ」


 ポルジン王は、ようやく少しだけキュアクのことを心配した。


「今は介添えしてもらっていますが、いずれ右腕に嵌め込み式の剣を装備します。左腕には串でも装備しますか」


 ニグルには何が面白いのかわからないが、ポルジン王とキュアクは爆笑している。


「すぐ工房に行くがいい。その間にわしは謁見しておく」


 ポルジン王は、親しみを込めた目でニグルの顔を見た。


 キュアクの人柄は大体わかった。

 しかしポルジン王の人柄はわからない。

 わかっているのは戦闘民族の頂点に君臨する男であるということだけである。

 そして若干粗野である。


 キュアクがこの場を離れることに、ニグルは一抹の不安を感じた。

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