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キュアクの悩み

 田中は死んだのか。それとも元いた世界に帰ったのか。

 誰にもわからないのか。それとも今頃、田中だけはわかっているのか。

 

 考えても答えが出ることはない。

 ただ魂の抜けた田中の体が目の前に転がっている。それだけのこと。


 この世界に転移させられて、田中は何を思いながら生きて、何を考えながら死んだのか。

 それも当然、残された者達にはわからない。


 それでもニグルは、田中の死に思いを巡らせることを止められない。

 



「あの丘の上に埋葬しよう。あの丘からなら、私と田中が闘ったこの場所がよく見える」


 そう言うと、キュアクはポルジン兵達に田中の亡骸を運ぶよう指示した。

 キュアクの指示を受けたポルジン兵達は、黙って頷き、田中の亡骸の隣で俯いているモリとルルのそばに立った。


「触らないで!田中さんは私たちが運ぶ!」


 ニグルは、ルルのヒステリックな叫び声を初めて聞いた。

 不快な声だと思った。


「俺達だけであの丘まで運べると思ってるの?感情でものを言うな。考えろ」


 ニグルの心は声に漏れやすい。

 ニグルの苛立ちは、漏れ無く周囲に伝わった。


「ニグルさん、怒らないで。そんな言い方しないで」


 エルがニグルを嗜めた。


「怒ってない!・・・怒ってないつもりだけど、怒ってると思われる言い方をしてたのなら、怒ってるのかな。ごめんね、エル」


 ニグルは、エルに弱い。



「ヒロくんは昔からそう。すぐカッとなって態度に出す。あー怖い怖い」


 エイダはニグルの母であった前世から、ニグルの神経を逆撫でるのが上手い。


「うるせぇぞガキ」


 ニグルはエイダに悪態をついた。

 母の生まれ変わりと確信しつつも、それを認めたくないニグルは、吐く言葉としてばばあではなくガキを選択した。

 実際のところ、四十歳のニグルから見れば、十七歳のエイダはガキでしかない。


「ニグルさん、怒らないでってば」


 エルが再びニグルを嗜めた。


「ごめん」


 ニグルは、エルに弱い。



「お取り込み中に申し訳ない。田中殿のご遺体を運ばせていただいてよろしいか?」


 キュアクではない、ただのポルジン兵卒が慇懃な態度でニグルに尋ねた。

 野蛮な連中であると聞いていたポルジン人だが、この態度はどうであろう。

 決して野蛮人とは思えない。


 ただ、実際に野蛮な習慣はあるらしく、ただのポルジン兵卒が着ている服はどうやら人皮で作られているようで、両腕に随分とリアルな目鼻口が付いている。


「こちらこそ申し訳ない。運んでやって下さい。モリ!ルル!邪魔するなよ!」


 ニグルは怒鳴るように言った。


 言われるまでもなく、ただのポルジン兵卒が着ている不気味なその服を見て、モリとルルは黙ってその場から離れた。

 その場から離れると、二人は揃ってニグルを睨み付けた。


 ルルはともかく、モリがこんな目をするなんて意外だなと、ニグルは思った。

 同時に、演じるように明るく振る舞ういつものモリよりも、今の方がちゃんとした人間らしいと感じ、好ましく思った。




 田中の墓は、湿原の中に浮かぶ丘の上に造られた。

 その丘はまるで古墳のようであり、意外と、本当に古墳なのかも知れない。

 そういう油断のできないところが、この世界にはある。



「ニグル。我が国を案内したい。貴様らに我が国を知ってもらいたい」


 田中の亡骸を埋葬し終えると、キュアクはニグルに提案した。

 ニグルには、その提案を歓迎したい気持ちがあった。


 野蛮な殺戮愛好民族のように聞かされていたポルジン人は、いざ接してみると思いの外、礼節を知り文明的な態度を見せる。

 野蛮性と文明性を併せ持っているのかも知れない彼らをもっと知りたい。

 ニグルはそう思い始めていた。


「ありがたい申し出だ。是非お願いしたい」


 ニグルは一瞬だけ考えてから了承した。


 もちろん、他のメンバーからの反発は予想している。

 一瞬の間は、それを思って迷った時間だ。


「ニグルさん、私は行かない。仲間の仇の国なんて」


 ルルが吐き捨てるように言った。


「僕も行きませんよ。今までニグルさんの言うことには全部従ってきましたけど、今はニグルさんの言うことを聞く気になれません!」


 モリはルルに同調した。


「エルと保護者二人は?」


 モリとルルには答えず、ニグルはこの世界の住民達に尋ねた。


「この世界の感覚とお前達の世界の感覚は違うからな!俺はモリとルルの心には寄り添えないが、二人を守ってやりたいと思っている!二人がここに残るのなら俺も残ろう!」


 マグスが口火を切った。


「私はヒロくんの母親なんだから、ヒロくんと行く」


 エイダは、当然でしょと言わんばかりの顔で言った。


「私はニグルさんと一緒にいたい。それだけ」


 エルは葛藤しているのか、暗い顔で答えた。



「わかった。じゃあ全員揃ってポルジンに行こう。旅行だ。全員で。これは決定だ。全員だ」


 ニグルは何食わぬ顔で告げた。


「なんで勝手に決めるのよ!行かないっていてるじゃない!」


 ルルは目を三角にして反発した。


「仇仇って言うけどな、俺達は数百人のポルジン人の仇なんだぞ。その仇である俺達に自分達のことを知ってほしいと言っているんだ。その思いには応えたい」


 二人を説得するのは難しそうだと思ったニグルは、これで駄目なら二人と決別してもいいと思った。

 それが伝わるほど、何食わぬ顔には冷たさが滲んでいた。


 自分自身の心の狭さはわかっている。

 しかし、それを棚に上げてでも、二人には広い心を持って冒険し、行く先々で多くのことを吸収し成長してほしいと思った。


 どういう立場のつもりでその目線になったのかは、本人にもよくわからない。



「行くか?」


 例え心変わりしたとしても、さっきまでの意思を翻すような発言はしにくいだろう。

 ニグルはそう思い、首を縦か横に振れば良いような促し方をした。


 モリとルルは、小さく首を縦に振った。




「義手を作らねばならない。だからまずは王都に行く。トイバンという集落だ」


 ニグルのスキルで両手を消滅させられたキュアクは、馬車の荷台に揺られながら、隣をバイクで徐行するニグルに言った。


「都?集落?街ではなくて集落が王都?」


 ニグルはキュアクの言葉を聞き逃さなかった。


「集落だな。街というほどの街は、ポルジンにはない。ポルジンは遊牧国家だ。皆それぞれ気に入った牧草地に住み着いている。父王のそばに仕えているのは各地の豪族の縁者と、他国から流れてきた職人と商人と行政に長けた者達だけだ。だから街というほどの規模ではない」


 キュアクは少し寂しそうな顔をした。

 周辺諸国の文明に対する憧れでもあるのだろうか。


「ポルジンは野蛮な国だと思われている。実際、野蛮なところもある。我々は略奪を好む訳ではないが、止むを得ず略奪を行う。止むを得ずと言ったが頻繁にだ。それは他国からすれば野蛮なことなのだろう。それくらいは私でもわかる」

「それがわかっていながら、どうして略奪をやめないんだ?」


 習慣には、説明できるほどの理由が無いのが常である。


「周辺諸国は資源に恵まれているが、ポルジンにはどういった資源もない。平原と湿地ばかりの土地だ。羊と牧草しかない」

「だから人皮まで活用するのか」

「あれは古い習慣だ。自分の強さを誇示しているのだ。かつては皆やっていたそうだが、今は好まない者が多い。羊を放牧しているのに止むを得ず人皮を使うわけがないであろう」

「うるさい。その習慣が残っているんじゃ周辺との融和は図れないな。キュアクは本当は、周辺諸国と交流したいのだろ」

「よくわかったな。だからこそ礼節を重んじるように兵達を教育したのだ」

「でも略奪を続け、古い習慣が残っている以上、交流は出来ないな」

「そうとも限らない。かつて南洋諸国が統一された時、キュアクは主導的な立場だったと伝わっている」

「え、じゃあ統一の英雄はポルジン人なのか?」


 ニグルはつい興味を持った。

 ニグルは歴史全般が好きなのである。


「ポルジンではそう言い伝えられている」

「嫌われ者のポルジン出身だから、出自も何も伝わっていないということになっているのか。他国では」


 ニグルは、キュアクの説明に夢中になり始めた。


「そういうことであろうな」


 キュアクには確信を持って説明できるほどの知識が無い。



「それは力で圧迫していただけなんじゃないかな」


 エルが口を挟んだ。


「そうだな。やはり略奪と古い習慣を捨てる必要があるな」


 ニグルは我に返った。


「そうかも知れないとは思っていたが・・・古老達を説得するのが骨だな・・・」


 キュアクは天を仰ぎ、ため息をついた。




 数日かけて、バイクに揺られ馬車に揺られ湿地を抜けると、見渡す限りの草原に出る。

 ポルジンの王都はこの草原の中央にあるという。

 

「王宮と各行政府の建物はある。工房もある。市場もあるのだぞ」


 キュアクがいう街と集落の違いは何なのであろう。


「しかし民家はない。全くない。各地に散らばっているからな」


 そういう違いらしい。



「父王に紹介する前に、見せたい場所があるのだ。草原の端にある」


 キュアクは王都への道を逸れ、ニグル一行を草原の端に誘った。


 一昼夜を移動に費やし、草原の端と呼ばれている場所に至った。


「岩場がある。唐突に。何で?」


 草原の端、と言ってもその先にも草原はある。

 ただ、草原の真只中に、違和感の塊のように大きな岩が重なり合って固まっている。

 

「草原の端と言っても言葉通りではない。ある意味では、ここが王都の端とも言える。王都と呼ばれる地域を聖なるものにしている境界がこの岩場なのだ」

「どうしてこんな場所にこんな大きな岩があるんだろう」


 ポルジンには、ニグルの好奇心を刺激するものが幾つもある。


「ウジマサが運んだ岩だと言われている」

「何だよウジマサって。巨人?」

「統一の功労者」

「おお、例の伝説上の・・・ウジマサ?まさか異世界人?」

「それはわからないが、そうなのかも知れない。我々には読めない文字で書かれた文章が残っている」


 ニグルの好奇心は、爆発寸前だった。


 そんなニグルを、モリとルルは不信に満ちた目で見ていた。

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