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ポルジン兵

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 ルルとモリを囲むポルジン兵の包囲網の中心から、モリの叫び声を聞こえて来る。


「謝ってどうにかなるもんでもないだろ」


 田中はそう呟きながら、ポルジン兵の群れの背後から太刀を振り下ろし続けた。


 

 田中が知る由もないが、モリはポルジン兵達に謝って許してもらおうとしているわけではない。

 クタ近くの海辺にある洞窟で魔獣討伐をした時以来の、餌スキルを発動しているのだ。


 モリが卑屈に謝り倒す時、謝られた生ある者は皆、モリにオラつき引き寄せられる。

 最初はルルの色香に惑わされていたポルジン兵達だが、今となっては迷わずモリに殺到している。


 ポルジン兵達に相手にされず、結果的に田中は無双状態になっていた。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 モリが叫ぶ度に、ポルジン兵達はオラつきながらモリに襲い掛かる。

 モリはガードの構えをとり、ルルの汗を舐めて覚醒した物理攻撃無効化スキルで凌いだ。

 モリにポルジン兵達が殺到している隙に、ルルはポルジン兵達を短槍で次々に突き倒した。


 内側でモリが敵を引き付けルルが攻撃し、外側からは田中が敵を背後から攻撃する。

 たまたまこうなったに過ぎない上に、スキルありきの話ではあるが、まるで示し合わせた戦術のような連携のとれた戦い方で、三人は包囲網に対応していた。



 

「何あの人混み。エル、一応準備しといて」

「わかった」


 ニグルとエルは、モリとルルを囲む包囲網が見える位置まで辿り着いた。


「田中がいるな。でも、田中ったら全然相手にされてないじゃないか」


 誰にも相手にされない田中が、敵兵を背後から切り倒しまくっている。

 ニグルは、不思議な光景だと思った。


「田中!どした!」


 ニグルが田中に近付いても、ポルジン兵達は見向きもしない。


「モリくんとルルさんが包囲されてます!」

「で、何でお前は相手にされていないの?」

「分かりません。楽で良いけど、こんなに空気になるの生まれて初めてなんで、ちょっと心が折れそうです」

「ふむ」


 腑に落ちない様子で、取り敢えずニグルはスロットルを捻り、空吹かししてみた。


「ブォォォォン」


 単気筒特有の、カラッとした太い排気音が辺りに響く。

 

 初めて聞く心地良い爆音でポルジン兵達は自我を取り戻し、音源を探した。


 音源はすぐそばにあった。

 変な兜をかぶって変なデザインの鎧を着て変な乗り物にまたがる男がそこにいた。

 ポルジン兵達は戸惑った。


「モリ!ルル!無事か!」

「無事です!」


 ニグルの問いかけにモリが答えた事で、ポルジン兵達は変な奴が敵である事を知った。


「こいつもソルディ軍だ!殺せ!」


 大柄な兵士達が両刃の斧を手に持ち向かってくる姿を目の当たりにし、ニグルは焦った。

 焦ったニグルは咄嗟に、再びスロットルを捻った。


「ブォンブォンブォンブォンブォォォォォォォォォォン」


 けたたましいい排気音にポルジン兵が怯む。

 あと何回かはこれで凌そうだと思い、ニグルは平常心を取り戻した。


「エル、あれ、任せた」

「任された!」


 現在地に着いてからひたすら魔力を集中させ続けていたエルが、掌を宙空に向けて開いた。


「ノイフセ」

 

 エルの掌に、ゆらゆらと靄が立つ。

 その靄はゆらゆらとしたまま、上へ上へと伸びていく。

 空まで伸びた靄に、密林や草原や湿地から流れ出た靄が合流し、やがて空を覆った。

 空を覆った靄はゆっくりと、地表に向かって降り降りた。


 何となく、甘い匂いがする。

 魔法無効化スキルを全身に纏うニグルには、その程度にしか感じられない。

 しかしニグルのすぐそばでは、田中が仰向けになって眠りについた。

 その周囲ではポルジン兵達が、バタバタと仰向けに倒れ眠りについた。


「エル!すげーな!本当にみんな寝ちまったぞ!」


 奇襲前、モリとルルと田中にダメージを与えずにポルジン軍を無力化する魔法は無いかとニグルが尋ねた際、エルは導眠魔法があると言っていた。

 それがここまで大規模なものだと思っていなかったニグルは、大いに驚き興奮した。


 耐性次第だが、魔法は放たれた魔力にあてられた者に効く。

 場合によっては、魔法を発動した本人に効くこともある。

 だからこそ、エルが魔法を発動した際に、ニグルはエルを抱きかかえて自爆の可能性を回避した。


「エル?」

「ん・・・」


 しかし今回、ニグルはエルを魔法無効化スキルで保護することを忘れた。

 田中やポルジン兵達に比べれば耐性があるらしく、まだ眠りにつかず眠そうにしているだけではあるが、エルは自身の魔法の巻き添えを食っていた。


「しもた」


 ニグルは慌ててエルの頬に往復ビンタを食らわせ、エルの目を覚まさせた。


「痛い!」


 エルはニグルに怒った。


「ごめん。でも寝そうだったから」

「ニグルさんがちゃんと抱きかかえてくれなかったからでしょ!」

「ごめんて。こんなに強力だとは思わなかったから驚いちゃった。こんなに効果絶大なら常用すればいいのに」

「どこでも使えるわけじゃない。この魔法は植物由来だから。密林の近くだからこそ使える」


 この世界の魔法は、魔力のみで「無」から何かを顕現させるというものではない。

 全ての魔法が自然界と密接に関わっている。そこから切り離して顕現する魔法は存在しない。




「見事なものね。さすがに感服するわ」


 再び走ってニグルのバイクを追いかけようやく追い付いたエイダは、元々魔法耐性が強い上にエルの魔法の直撃を受けずに済んでいた。


「早く三人を起こさなきゃ。耐性が強い奴はすぐ復活するし、そもそも効いていない奴もいるわよ」


 確かに、よくよく見ると、立っているポルジン兵が少なからずいる。

 同僚達が突然倒れて眠りについたことに戸惑い、戦闘行動を起こせずにいるが。


「本陣に乗り込んで敵の大将を討つ。そこまでが作戦でしょ。・・・グズグズしない!」


 エイダは大剣を肩に担ぎ、仁王立ちになった。



 ニグルとエルとエイダは、仰向けで眠るポルジン兵の群れの中からモリとルルを探し出し、田中を合わせて三人を一箇所に集めた。


「モリー。ルルー。田中ー」


 ニグルは、一人ずつ頬を叩きながら名を呼んだ。

 モリとルルはすぐに起きたが、田中だけが未だに起きない。


「たーなーかー」


 ニグルは、田中の頬を三度叩いた。


「あ、加藤さん。あれ?」


 郷に入っては郷に従おうと、最近の田中は加藤のことをニグルと呼んでいた。

 その田中が、ニグルを元いた世界の名前で呼んだ。

 どうやら田中は寝惚けている。


「社員旅行で寝坊とかないわー。社会人としてどうかと思うぜ」


 ニグルは楽しくなってきた。


「ああ、すみません。え、違う部署の加藤さんがなんで同室なんです?」

「昨日は仲の良い連中で集まって飲んでただろ?」

「その中に加藤さんがいたんですか?」


 田中は腑に落ちない表情でニグルの顔を見た。


「え・・・俺が居たら、ダメ?」


 自身の嘘に対する田中のリアクションに、ニグルは少し寂しくなった。


「いや、そうじゃないですけど、加藤さん、僕の少し上の世代の人達とよく遊んでるイメージがあるから」


 田中は寝ぼけた顔のまま、周りを眺めながら答えた。



「いつまでやってんのよ!早くちゃんと起こしなさい!」


 耐え切れず、エイダが横槍を入れた。


「へいへい」


 加藤は、楽しいひと時を邪魔されて、眉間に皺を寄せながら膨れっ面になった。

 そんな加藤を見るエルの目がキラキラと輝いた。



「田中!いい加減に目を覚ませ!」


 ニグルはそう叫ぶと、得物である竜の大腿骨で田中の額を数度叩いた。

 体積に対して異様なほど質量の軽い竜の大腿骨は、それ単体では簡単にダメージを与えない。

 こういう時にこそ、適した道具と言えるであろう。


「え!ああ!そうか、こっちが現実か」


 ポコポコと額を叩かれて、田中はようやくエルの導眠魔法から解放された。




「今の内にとっとと敵の大将を倒すわよ」


 指揮官として戦場馴れしているエイダは、冷静沈着にして無駄を厭う。

 素人集団のニグル一行とは一線を画す。


「探すったってどこで何すればいいんだよ。敵の大将の顔も知らないのに」

「それを作戦立案者であるヒロくんが言う?」

「素人が思いつきで言った作戦を採用する奴が悪いんだよ。採用した奴にこそ責任がある」

「はい責任転嫁、昔のままー」

「ムカつく言い方すんなやくそババア」

「ババアじゃないです美少女ですー」

「エルの方が可愛い」

「私の方が胸ありますー」


 ニグルとエイダが親子喧嘩ではないような親子喧嘩をしていると、遠方から馬影が近付いてきた。

 


「何あれ、味方?」


 ニグルは目を細めて馬影を見た。

 しかし、逆光のせいでシルエット以外は何もわからない。

 

「逆光だからわからないけど・・・」


 この世界の後進地域である氷河の国で、自然と共に生きてきたエイダは目がいい。

 そのエイダの目をもってしても、逆光ではシルエットしか見えない。


「ツノが二本付いた兜をかぶっててぇ、肩当てにもツノが付いててぇ・・・両刃の斧を持っている。両刃の斧持ってるってことは敵ね」


 エイダはニンマリと笑った。


「装備の見事さからすると、大将っぽいね。ヒロくん、お母さんにいいとこ見せてね。私の息子なんだから、出来るよね」


 エイダの言葉で、生前の母の期待に応えられなかった苦々しさが蘇る。

 ニグルは眉間に皺を寄せ、表情を曇らせた。

 と、本人は思っていたが、エルとエイダ以外の誰もが、機嫌を悪くして恐い顔をしていると思った。




「とんでもないことになっているな。これは貴様らの仕業か?」


 颯爽と登場した騎乗のポルジン大将は、世間話でもするかのように、穏やかに尋ねた。

 その態度には、余裕しか感じられない。

 これが大物らしさという事かと、ニグルは思った。


「そうだ」


 ニグルはポルジン大将に対抗し、低い声で鷹揚に答えた。



 近くで見ると、ポルジン大将の防具は無数のツノで飾られている。

 しかし、装備は厳しいものの、ポルジン大将は端正な顔立ちをしている。


 嫌味のない威容に上品な整った顔。

 これは真似できない。

 ニグルは嫉妬した。


「俺たちはソルディ軍の傭兵だ。傭兵にここまでやられるとは情けねぇ軍隊だなぁおい」

「ここまでやれる傭兵など、普通はいない。冒険者なのかな」

「そうだ。異世界人冒険者だ」

「やはり、異世界人冒険者は計り知れないな」


 ポルジン大将は尚も、落ち着いた態度のままである。


 ソルディ兵達から聞いた話で、ポルジン人は野蛮だと思い込んでいた。

 しかし、ポルジン大将のこの態度はどうであろう。

 野蛮さなど微塵も感じられない上に威厳に満ちている。


「あんた、随分と威厳があるな。野蛮と噂のポルジン人でも、大将ともなると貴族然としているものだな」


 目の前のポルジン大将と先入観の乖離ぶりに感心したニグルは、その思いを素直に告げた。


「私は大将ではないぞ」

「え?」

「大将ではないと言った」

「じゃあ何?」

「ただのポルジン兵だ」

「・・・」


 ただのポルジン兵の回答に、ニグル一行は戸惑った。


「我々の軍には階級がない」

「誰も統率していないのか?」

「統率者など必要ない。我々の戦闘行動は常に、最初に動き出した者に他の者がついて行くことで始まる」


 リカオンの群れ以下の集団。ニグルはそういう印象を持った。



「エイダ、大将がいないのでは俺の作戦は不成立だ。逃げよう」

「無駄なリスクは背負うべきではないわね」

「つかよ、なんでポルジン軍の中身に関する情報を事前にくれなかったんだよ」

「僻地に住んでる私が知るわけないじゃない」

「いやソルディの連中やマグスよ」

「それこそ私が知るわけないじゃない」


 ニグルとエイダが言い争っている間に、ただのポルジン兵は両刃の斧を構えた。


「エイダとは氷河の女王のエイダか?」

「そうよ」

「相当強いと聞いている。私は強い相手を欲する。ここで会ったのも何かの縁だ、勝負しようではないか」

「嫌よ。私は傭兵じゃないもの。私はこの子達の保護者」


 相手に興味もあるし勝つ自信もある。

 しかし、ニグルに経験を積ませたいと思っているエイダは自粛した。


「(何言ってるかわかんねぇけど)そうか。では同胞を眠らせた者にお相手願おうか」

「私は魔力切れで戦闘不可能です」


 エルはキリリとした表情で答えた。

 ニグルは、嘘であると思った。


「じゃあエル。俺の魔力吸収すればいいんじゃない?」

「うるさい」



「僕が相手しましょうか?」


 田中が名乗り出た。


 元いた世界では、常に輪の中心にいたつもりである。

 その自分が、イマイチなパーティーに所蔵しながら主要な存在になれていないことに、田中は焦りを感じていた。


「僕はあなたの同胞を何十人も切り殺しましたよ」


 田中は、ただのポルジン兵をその気にさせようと思い、挑発した。


「そうか。同胞を何十人も・・・」

「憎いでしょ。仇討ちしてみなよ」

「いや、憎いという感情はないな。ただ、強兵である我が同胞を何十人も倒したということに驚き感動している。是非お相手願いたい!」


 現実は、自分を相手にしない相手を背後から切り立てただけのことである。

 田中の実力を切り倒した人数で測ることは出来ない。


 しかし、その場に居なかったただのポルジン兵はその現実を知らない。

 

 ただのポルジン兵は知らなくても田中はわかっている。

 それでも田中は自分の能力に自信を持っている。



 田中は、腰を落として太刀を右肩に担いだ。


 戦闘態勢をとった田中を見て、ただのポルジン兵は両刃の斧を構え直し、腹に力を込めた。


「私の名はキュアクという。貴様の名前を聞こうか」

「田中」


 田中は一言だけ答えた。


 いざとなれば緊張する。

 自分を落ち着かせようと、田中はゆっくりと息を吐いた。

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