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緊張感

 恐怖に負けていた時には遠く感じたルル包囲網も、覚悟を決めて冷静になった今なら随分近くに見える。

 太刀を右肩に担いで駆ける田中は、そう思っていた。


 それもそうなのだろうが、実際のところ、ルル包囲網の厚みが増し物理的にも少し距離が縮まっている。

 ルルとモリを取り囲むポルジン兵の数が、凄まじい勢いで増えているのだ。



 ポルジン兵にしてみれば、ソルディ奇襲隊など取るに足らない。

 自分達の強さに誇りを持つポルジン兵達は、強い相手に勝つ事で満たされる。

 必然的に、ルル包囲網は厚みを増す。


 しかもその強い相手は、美しい顔と、男の目を満足させる身体を持っている。

 ポルジン兵達は、ルルを殺すよりも生きたまま捕らえて監禁して楽しもうと考え、手加減をしていた。

 だからこそ、ルルはなんとか持ち堪えていられる。


 

 ルルにばかり兵が集中している間に、田中はすんなりと抵抗なく包囲網に到達し、右肩に担いだ太刀を振り下ろした。


 田中の太刀を背に受けたポルジン兵は、声を上げることもなく両断された。


「そい!そい!そい!そい!」


 今が時だと、田中はポルジン兵達の背中に向けて、次々に太刀を浴びせ続けた。




「相手の陣地ってさー、平地?」


 敵陣バイク突入に備えて待機中のニグルは、果たしてバイクで敵陣に突入出来るのか、心配になっていた。

 

 敵本陣にバイクで乗り込み掻き回そうとするニグルが心配するのも当然であろう。

 ニグルが待機しているのは、密林の中のほんの少しだけ開けた場所なのだから。


 ただ、心配するのが遅すぎる。

 作戦を考える際、最初に気にするべき事である。


「奴らがいつも本陣を構えている場所だ。元々広い上に整地されている。ここよりも遥かに広い」

「毎回同じとこに本陣構えるって、迂闊だな」


 奇襲をかける敵陣の立地も考えずに作戦を立て、今になってようやく地形を知ろうとしているニグルが他人を迂闊と言うべきではない。


「そこしか開けた場所が無いんだよ。この密林の中じゃ」


 ニグルのバイクに続いて突入する予定の精鋭部隊の一人が、ぶっきらぼうに答えた。



「で、どうやって近付こう。密林の中じゃバイクまともに走れない」


 ニグルの無計画は今に始まった事ではない。

 ニグルは行き当たりばったり、ノリで行動する生き物だ。


「人手を貸してやる。持って運べ」


 司令官が投げ捨てるように行った。



「おい、ホイール持ってどうすんだよ。安定しないだろ。ちょっとは考えろよ」


 何故だかわからないが、どうもソルディ兵達の自分への扱いが悪くなっている。

 察しがいいニグルは気付いていた。


 自分に悪意を向ける者には悪意で返す。

 ニグルには子供じみた心の狭さがある。


 

 ホイールを持った精製部隊の兵士は、ニグルが指摘する前に既に、回ったホイールとフロントフォークの間で手を挟んでいた。


「なんだホイールって。異世界語か?今までこんなによく回る車輪、見たことないんだよ」


 兵士は、不機嫌な顔で言った。 


 この兵士は、エルの膝枕の上で繰り広げられる緊迫感のないピロートークを目撃していた。

 そのため、戦場で身を立ててきた者として、ニグルのことを軽蔑していたのだ。

 


 ポルジン軍の本陣は、密林の中突如現れる、冗談のように開けた平地にある。

 密林の中、と言っても、正しくは密林とその先の湿地の境目である。


 密林と平地と湿地が混じり合う、ポルジン軍の本陣があるこの場所は、ポルジン国とソルディ国との国境線上にあたる。



「この辺からならバイクで行けるな」


 密林の端で、ニグルとエルはお揃いの亀ヘルメットを被った。


「エル、行くぞ!気合いだ!」

「はい!」

「気合いだ!」

「はい!」

「気合いだ!」

「はい!」

「気合いだー!」


 ニグルとエルは、気勢を上げた。

 しかし、やはり緊張感が無い。


 それはニグルの個性なのだが、傍から見ると、ふざけているようにしか見えない。

 二人揃って頭の上に亀の甲羅を乗せているから、尚更である。


「なんだあの兜は。ふざけ過ぎだろ」

「異世界人は変な奴だらけだ」

「あんな奴らに任せて上手くいくのかね」

「上手くいかなくてもいいんじゃないか」

「失敗してあいつらが死んだところで構わないよな。ソルディ人じゃないし」


 背後の悪意の渦に気付いてか気付かずか、いつ火の手が上がるのかと、ニグルは敵本陣に注視していた。



 

 ニグルが注視する先に火の手が上がり、敵兵が騒ぐ声なのか動き回る音なのか、騒々しい物音が聞こえて来た。


「エル、合図だ。急がないと三人が死んじまう」


 ニグルは首だけ斜め後ろに回し、エルに声を掛けた。


 気勢を上げた時とは打って変わって真面目になったニグルの横顔を、エルは男らしい良い顔だと思った。

 周りの者からすれば、凶悪な人相に磨きが掛かっただけでしかないのだが。


 

 ニグルは左足を地面につき、キック一発でエンジンを始動させた。


「エル、行くぞ!」

「うん!」


 出発前に改めて大きな声で気合を入れ、表情を引き締め、エルはニグルの腰に回した手に力を入れ、ニグルはスロットルレバーを捻った。

 

 密林の端はあくまでも密林の中、路面状況は当然悪い。

 気合と表情に反して、ニグルは慎重に、人が歩くよりも低い速度で愛車をスタートさせた。



 密林を抜け平地に出ると、ポルジン軍が整地しただけに路面は安定している。


「エル!加速する!準備いい?」

「うん!」


 ニグルは愛車を勢い良く加速させ、火事で騒いでいるポルジン兵の群れに勢い良く近付いた。


「よし!エル!任せた!」

「任された!」


 エルはニグルにしがみつきながら両脚を上げた。

 その両脚をニグルの胴に絡み付かせると、両手を離し、背をのけ反らせながら、柏手を打つように手を合わせた。


 バイクに乗りながら闘う時、エルはソエルの杖を使用しない。

 単に、邪魔だからである。


 

 初めて聞くバイクの排気音で、ポルジン兵達の顔が驚きに染まった。

 それを確認出来る距離まで近付いたところで、エルは掌を宙空に向けて開いた。


「イナツルビ!」


 エルの掌で小さな放電が発せられ、それが宙空に浮かび上がると、大気中の電気が集まり大きな雷となり、ポルジン兵の群れの中に落ちた。


 何人が死んで何人が負傷したのかは分からないが、雷が落ちた範囲内にいた兵士達が戦闘不能状態になったのは間違いない。



「バイクに乗ってる時の方が魔法の調子良くない?」


 それが、ニグルの率直な感想である。


「そうかも。多分バイクに乗ってる時の方が集中出来るんだと思う。何かあっても自分の足で逃げなくていいから気楽だし」


 エルはニグルの腰にしがみつき直した。


「なるほどね。じゃあこのまま敵陣の奥を目指して突っ走るぞ!」

「うん!」


 エルは頷くと再び両手を離し、背をのけ反らせながら、柏手を打つように手を合わせた。

 ニグルがいつ合図を出すか分からないまま、合図を待って魔力を集中させ続けた。



 スピードに任せ、ニグルはポルジン兵の群れの中を闇雲に走り回った。


 見たことのない乗り物、見たことのない速度、見たことのないデザインの鎧。

 突然の火事と突然の落雷で思考が鈍くなっているポルジン兵達には、それが仲間なのか敵なのかも分からず、皆が皆、瞬間的に通り過ぎたニグルの背中を見送るばかりであった。


「全方位!」


 周りを埋め尽くすポルジン兵の群れの真っ只中で、ニグルが叫んだ。


 ニグルの一声で、エルは掌を宙空に向けて開いた。

 一度目より長い時間をかけて魔力を集中させたエルの掌に、人の頭ほどの大きさの放電が発せられ、それが宙空に浮かび上がった。


 バックミラーでそれを確認したニグルは、上半身を左後方に捻りエルの細い腰に手を回して抱きかかえ、リアシートから攫うようにしてエルをタンクの上に座らせた。


 タンクの上で、エルはニグルに脚を巻き付けしがみついた。

 ニグルは、しがみつくエルを左腕でしっかりと抱きしめ、前に屈んだ。

 その瞬間、辺り一面に大きな雷が落ちた。


 落雷の範囲内では、ニグルとエルを除く全ての者が倒れている。

 倒れているポルジン兵を何体も踏みつけ、バイクはバランスを崩し転倒した。


 ニグルは咄嗟に身体を捻り、エルの下敷きになった。



「大丈夫?」


 ニグルは、自身の身体の上に臥しているエルに声をかけた。


「うん。ヒロくんのお陰で」


 エルは、ニグルが身を挺して守ってくれたことを理解している。

 感謝の気持ちを伝えようと、決まったばかりの二人きりの時の呼び方で、ニグルの名を呼んだ。


「・・・・・」


 ニグルは猛烈に照れ、凶悪な顔が赤く染まった。

 照れた顔を見られたくないと思い、エルの唇を吸った。


 一旦は口付けを受け入れたものの、エルは唇をニグルの唇から引き離した。


「照れてるヒロくん可愛い」


 エルは満面の笑みで、世間の常識からかけ離れたことを言った。


「もっと見せて」

「やめとけ」


 ニグルは再び、エルの唇を奪った。


 二人は、ここが戦場であり、二人の周りを死傷者が埋め尽くしていることを忘れている。




「やっと追い付いた。と思ったら何やってんのよあんた達。死体に囲まれながらイチャイチャしちゃって、頭おかし過ぎよ」


 エイダである。頭のおかしい恋人達を現実に引き戻したのは。

 

 エイダは走ってバイクを追いかけて来て、バイクが転倒してようやく追い付いた。

 ようやく追い付いて目にしたのが、死傷者に囲まれて元息子が恋人と口付けをする姿である。


「早く立て!うじ虫!」


 ニグルは、母が怒りに我を忘れた時に必ず口にしていた酷い言葉を久しぶりに聞き、懐かしいと思った。

 やはり、エイダは本当に母の生まれ変わりなのだろうとも思った。



「三人の若者の安否を確認しに行くか」


 エイダの罵声を受け流し、ニグルは立ち上がってエルの手を引き、エルを立たせた。


「お母さん、違う、エイダ、まだ走れる?」

「ヒロくん今お母さんって言った?ようやく認めてくれた?」


 つい言い間違えたようで、ニグルはわざと言い間違えていた。

 それでエイダの機嫌が直ると思ったからであり、案の定、エイダの機嫌は直った。


「ヒロくん!もう一度言って!」

「まだ走れそうだから出発しようか」


 さっきまでの事を忘れたかのように、ニグルは無表情でバイクにまたがり、エンジンをかけた。

 さっきまでの事を忘れたかのように、エルはリアシートにまたがり、ニグルの背中にしがみついた。


 エイダの相手をしていては時間の浪費にしかならない。

 その間にモリとルルと田中の生存確率が下がるかも知れない。

 そう思いながらバックミラーを見た。エイダが何かを叫びながら走って追いかけてくる。


「緊張感とか焦燥感とか、そういうもので溢れてるもんだと思ってたんだけどな、戦場って。エイダは戦場慣れしてるからあんなにいつも通りなのかな」


 そう呟きながら両手でしっかりとハンドルを握り、両膝で強く燃料タンクを挟み、倒れているポルジン兵達を慎重に踏み越えながら、ニグルはバイクを走らせた。


 さっきまでの事は、本当に忘れてしまったのかも知れない。


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