傭兵になった
氷河の民達に見送られ、意気揚々と氷河の国の浜を離れたコメタ・ロハ号。
深い入江を抜けてすぐ、嵐に見舞われてしまった。
屈強な船員達の努力虚しく嵐に手玉に取られ、高波に乗せられたコメタ・ロハ号は、氷河の国の最寄りの南洋国であるソルディ国に運ばれてしまった。
ソエルの淫婦の血で覚醒した船員達でも嵐には勝てない。
それはそうだろうという程度の現実を目の当たりにしたニグル一行は、ソルディ国から陸路で東の大陸に向かうことにした。
「嵐には勝てない覚醒した船員達・・・か」
ニグルは元いた世界の概念では推し量れないこの世界の不思議を過大評価している節がある。
「覚醒はあくまでも覚醒だ!冒険者になれるほどの素養があるならまだしも、元々持っているものが貧相であれば覚醒してもそれなりでしかないと言うことだ!」
不思議な世界の不思議な生き物であるハーフエルフの大魔法使いマグスは、何の不思議も無いだろうと言わんばかりに説明した。
「仮に一線級の冒険者と同等の能力を持った船員が揃っていたとしても、さすがに嵐には勝てないでしょ」
自然と共に生きるエイダは、自然の力と人類の力の差を知っている。
「陸路の方がバイクに乗れるから俺はいいけどね」
ニグルは、コメタ・ロハ号から降ろした愛車のタンクを撫でた。
「まだこのバイクに乗ってるとは思わなかったわ。買った時点で相当なボロだったよね?」
「ボロじゃなくて旧車だ。希少価値がある」
「なんで高い金払ってボロ買ったのか、理解に苦しむわ」
「見た目だけで価値を決めてはいけない。ってあん時も言ったろ」
若く美しいエイダを、亡き逞しい母の生まれ変わりとは認めたくないと思いつつ、共通の話題として亡き母との思い出話をしてしまう。ごく自然に、違和感無く。
それに気付く度に、ニグルは自分の気を逸らそうと、ムキになってしまう。
「とっとと馬車を手に入れようぜ!ある程度スピードが出せるように、二台は欲しいよな!」
ニグルは、必要以上に大きな声を出した。
我ながら、いつになくマグスのようにやかましいと、ニグルは思った。
「歩いて行けばいいじゃない。ボロバイクは船さんに預かって貰って」
「フルレストアしたからボロくねーから」
冒険とは歩いて行うものだと、エイダは思っている。
ヒロシの代わりにレベル上げをしていたのが、某シリーズの三作目だからなのかも知れない。
導かれた者達が馬車で移動する四作目をやっていれば、馬車を利用するメリットを理解出来ていたかも知れない。
「歩きたくない」
エルが口を挟んだ。
それはそうであろう。
エルは常に、ニグルのバイクに乗せられて移動してきた。
それが当たり前になっている。
「そんなんだから運動不足な冒険者になるのよ。魔法使いだって体力は必要よ」
エイダはエルに冷ややかな視線を送った。
「俺も歩きたくないから馬車と駿馬を買おう!金はある!ニグル達から没収した戦利品や報奨金をこの日のために貯めておいてやったのだ!」
マグスがいつも通り大きな声で言う。
「マグス・・・」
ニグルは、マグスもたまには役に立つと思った。
「今は馬車不足でねぇ」
馬車商人の商館で、ニグル一行は、エイダを除いて全員が肩を落とした。
「何故だ!」
マグスはいつも以上の大声で、馬車商人に食ってかかった。
「また紛争ですよ」
馬車商人はことも無げに言う。
南洋諸国の紛争は、常態化している。
「紛争に巻き込まれるのを避けようと思って海路を選んだのに、嵐に邪魔されて結果この様だ!」
「じゃあ今からでも船を手配して海路に戻るか」
憤慨するマグスはいかにも面倒だ。
ニグルはバイク移動を諦めて、海路に戻ることを提案した。
「気が変わった!紛争に巻き込まれよう!これも経験だ!」
マグスは頑固なようで柔軟だ。もしくは気まぐれだ。
「マグスの口から出た言葉がガラリと変わった・・・ラシオの人を見る目の無さときたら・・・」
マグスのことを有言実行の実直な男だと思い込んでいるラシオは、ニグルの旅立ちの前に、マグスは発言を曲げない男であると言っていた。
ラシオのその人を見る目の無さに、ニグルは呆れた。
しかしニグルは、そのラシオから絶対的な信頼を寄せられている。
ニグルは今、その事に気付いていない。
「紛争ってことは人類同士で殺し合うんだよなぁ。人を殺すのは嫌だなー」
紛争、戦争でなくとも、冒険者稼業に従事している者であれば、時には人を殺すこともある。
裏取引での依頼による暗殺の場合もあれば、冒険者同士の揉め事の場合もある。
後者のそれは、決して珍しいものではない。
スブル王国の首都スブル近郊で、ニグル一行も経験している。
元いた世界では喧嘩もしたことがないような異世界人でも、この世界に転移して特別な力を得ると、その力で他人と競いたくなるものらしい。
「自分より強い人はいない前提?何様?ヒロくんのくせに」
ニグルは戦闘員としては余りにも癖が強い。
通常の戦闘であれば、戦力にならないであろう。
そう踏んでいるエイダは、ニグルの発言に呆れ小馬鹿にした。
「言われてみればおかしな話だな。紛争地帯ってんなら、俺より弱い奴の方が少ないのかも」
ニグルにプライドは無い。
エイダの指摘を素直に受け入れてしまった。
「とりあえずソルディ軍の参謀本部を訪ねてみよう!」
マグスは商館を出て、参謀本部に向かって歩き出した。
残された面々は慌てて商館を出て、マグスの貧相な背中を追った。
マグスが一緒にいると、ニグルは主体性を必要としなくなる。
マグスに異を唱える疲労と徒労。全てマグス任せ。常にマグスの言いなり。
好き好んで主体性を捨てている訳ではないが、総じてそれが楽であることに違いはない。
ただの怠惰な中年の本音として、ニグルは楽に暮らしたい。
「総長!参謀総長はいるか!」
マグスは無遠慮に参謀本部に押し入り、喚きながら歩き回った。
「マグス様!参謀総長閣下はただ今執務室にいらっしゃいます!」
たまたま居合わせた兵士が慌てて直立姿勢になり答えた。
兵士のその態度から、ソルディ軍の間にもマグスの威光が及んでいることがわかる。
「相変わらず居眠りばかりしているのか!」
マグスは脇目も振らずに参謀総長の執務室を目指して押し進む。
こんなことが罷り通るのかと心配しながらマグスを追うニグル一行は、必要以上に必死に歩いた。
「総長!起きろ!」
挨拶も無しに参謀総長の執務室のドアを開けながら、マグスが叫んだ。
「起きてますし、総長って略し方やめて下さい。閣下と呼んでください」
「それではお前の方が俺より偉いみたいではないか!」
「私はソルディ軍のトップなんだから当然、偉いんです!」
「俺はソルディ軍に属していないのだからソルディ軍の序列など関係無い!」
「社会的地位という観点からも私の方が偉いでしょう!冒険者と参謀総長ですよ!」
「冒険者と参謀総長だと!?違うな!世界中から尊敬される偉大なる大魔法使いとソルディ国内でしか威張れないアホだ!」
「人のことをアホって言う方がアホですから!」
「うるさいアホ!」
「お黙りなさいアホ!」
どうやらマグスとソルディ軍参謀総長は旧知の仲であり、仲良しのようだ。
「黙れよアホども。痩せたアホ、早くそこの中肉中背のアホに用件を伝えろ」
怒りが上限を超えた時、ニグルは立場や周囲の目を考慮しなくなる。
眉間をピリピリさせながら、くだらないやり取りで時間を浪費する偉そうなアホと偉いアホの間に、空気を震わせる低く重い声を放った。
「・・・そうだな。おいアホ。こいつらを傭兵として雇え」
「アホ様は不参加ですか?」
「俺がおおっぴらにどちらか一方の味方をしたら世界中を巻き込んだ外交問題に発展するぞ!」
ニグルは、マグスが大風呂敷を広げたと思った。
「確かに・・・」
参謀総長がマグスの言葉に同意した。
どうやら大風呂敷ではないらしい。
「おや、氷河の女王がいらっしゃいますね。女王も傭兵として参戦されるので?」
「私は人殺しはしない。でも息子と息子の友達の命は守りたい。だからこの子達の傅役として参戦する」
「息子・・・この子達・・・」
室内には参謀総長の見知らぬ者が五人いる。
五人の見知らぬ者達の中で、エイダより若く見える者は一人もいない。
せいぜい、同年代に見える者がただ一人いるだけ。
しかもその一人は女であり、息子ということはないであろう。
参謀総長は混乱した。
「娘さんじゃなくて?」
混乱しながら、参謀総長が尋ねた。
「ああ、この子。この子はマグスの娘よ」
「なるほど、そちらが幼い頃から天才と称えられていたエルさんですか。では息子さんとは?」
「こっちが私の息子、ヒロくん」
エイダは、ニグルの腕を掴みながら紹介した。
「ヒロくん。息子。女王の」
青い瑞々しさを美しい顔に纏ったエイダに腕を掴まれた人相の悪い男は、どう見てもエイダより歳上であるように見える。
それどころか、見たところの年齢差で言えば、エイダこそ人相の悪い男の娘ほどの年齢ではないか。
恐ろしく老けた顔の息子なのだろうかと、参謀総長は考えてみた。
「ヒロくんではなくニグルです。異世界人の冒険者です。さっきはアホって言ってすみませんでした。色々混乱しているだろうから言っておくけど、俺は四十歳。エイダは十七歳。俺はエイダの息子ではない」
「エイダより歳上だろうとは思ったけど、思ったよりおっさんですね」
「やかましいぞアホ」
ニグルは気を取り直して、参謀総長に一人ずつパーティーメンバーを紹介した。
「以上、こいつらが俺のパーティーメンバー。まとめて傭兵として参戦させてもらうことになった。よろしく」
「マグス様の頼みですからね。いいでしょう」
マグスは何故こんなに顔が利くのか。
参謀総長はマグスの信用だけで、初見の異世界人達を傭兵として雇う事に決めた。
「頼んだのではない!助けてやろうと言うのだ!」
マグスはプライドが高い。
「氷河の民より強いのですか?」
当然の疑問である。
しかしその疑問を投げかけるには、時が遅過ぎる。
「強い奴と弱い奴と変な奴が混在している!」
「そうですか・・・まぁいいか」
強い者が活躍し、弱い者と変な者が戦死したところで何も問題はない。
所詮は傭兵、使えない者が淘汰されれば、給与を支払う側としてはむしろ好都合であろう。
「なるべく後方勤務でよろしく」
「最前線だ!」
「最前線です。金を払う以上、しっかり働いてもらわないと」
ニグル一行は、最前線に投入されることになった。
「我々は今、特定の一国と戦っている訳ではありません。国境を接する複数の国と戦っています。皆さんの配置は前線の司令官に一任しますので、まずは前線に向かって下さい。紹介状をお渡しするので、それを司令官に渡して頂ければ大丈夫だと思います」
傭兵に対する扱いの悪さなのか、それとも参謀総長の性格が適当なのか、随分とぞんざいな扱いである。
「何か質問はありますか?」
参謀総長がニグル一行の顔を見渡しながら尋ねた。
「はい」
ニグルが小さく手を上げた。
「はい!そちらの人相の悪い中年男性、どうぞ!」
この参謀総長は、軽い。
「紛争と戦争の違いを教えて下さい」
ニグルは参謀総長に、話の流れと関係の無い素朴な疑問を投げ掛けた。
「・・・紛争は小競り合い、戦争は大掛かり」
参謀総長は小さな声で答えた。
割とどうでも良い話を受け入れたのは、参謀総長の度量なのか浅慮なのか。
「本当に?」
正解なのかどうかはわからない。
ただ、声の小ささからしてその回答は疑わしいと、ニグルは思った。
「本当だ!!!」
都合が悪い時ほど声が大きくなり語気が強くなるのは、この参謀総長だけではないであろう。
こいつに変な質問をすると面白そうだと思ったニグルは、質問を重ねる事にした。
「じゃあ戦争と特別軍事作戦の違いを教えて下さい」
「そんなものは、方便だろう。言った者勝ち、ご都合主義者の方便だ」
参謀総長は思いの外、落ち着いて答えた。
「方便とは」
「方便とはな、大義が無いと自覚している者が縋る、か細い藁だ」
参謀総長は顔を引き締め、言い切った。
ニグルは思わず、納得出来た気になった。




