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ジレンマ

「俺たちまだ冒険者歴半年くらいだぞ。上手くやれる訳ないだろ」


 ニグル一行の不甲斐なさに憤慨したエイダがニグル一行の冒険に同行すると宣言した直後、ニグルは独り、ブツブツと愚痴を垂れていた。


「冒険に同行する?相変わらず過干渉なババアだな。今は若いけど」


 ニグルは止まらない。


「いちいち口うさいのも相変わらずだ」


 愚痴れば愚痴るほど、エイダを母の生まれ変わりと認めている自分に気付く。


 ニグルは、エイダの顔を改めて見た。


「・・・」


 亡き母の面影など欠片も無い若く美しいエイダの容姿。

 ニグルは、複雑な気持ちになった。




「ニグルさん、足、怪我してる」


 エルに言われて、ニグルは自分の足を見た。


「本当だ。いつの間に噛まれたんだろ」


 ニグルが自分の足の怪我に気付いていなかったのは、現在の心情の影響ではない。


 とあるスキルによって、ニグルは痛みに鈍い。

 そのスキルとはピグミーキングコングとの対戦中に顕現した痛覚鈍化のようなスキルだが、本人はそれに気付いていない。


「治してあげるからお尻出して」

「はいはい」


 ニグルはズボンと褌を脱ぎ、尻を出して四つん這いになった。

 エルは左手の中指を唾液で濡らすと、ニグルの尻にプスリと差した。


「あ」

「ヒール」

「ちょっと!」


 綻ぶニグル。

 ほくそ笑みながら魔力を注入するエル。

 驚き焦り絶叫するエイダ。


「母親の前で何おっ始めてるのよ!」


 エイダの言い分はもっともであるが、母親の前だから、ではなく、それ以前に人前であることに問題がある。


「母親じゃなくて母親の生まれ変わりなんだよ。母親の生まれ変わりは母親では無いんだよ」


 ニグルは、四つん這いのまま呟いた。


「ニグルさんの体表は魔法無効化スキルで覆われてるから」


 エルは、ニグルの尻に差した指を抜こうともせずに、エイダに答えた。


「だとしても!耳の穴とか鼻の穴とか、百歩譲ってキスしながらとか、他にやり方あるでしょう!」


 エイダは、真っ当な指摘をした。

 ニグルとエルは困惑した。


 ニグルとエル、お互いとって、これはこれで戦闘後の楽しみなのである。


「・・・」


 仕方なく、ニグルとエルは、揃ってエイダを無視した。


「ちょっと!なに無視してんのよ!」


 エイダは半狂乱の様相を呈し始めた。


「だいたいさ、さっき見たでしょ!?ヒロくんは掌から竜の大腿骨に魔力を送り込める様になったの!って事は掌は訳のわらないスキルに覆われていないの!そこから送り込めばいいじゃない!」

「ニグルさんが怪我したのは足。掌じゃない」

「肛門を怪我したわけでもないでしょ!耳!鼻!口!」

「座薬の様なものだと思えばいいんだよ、エイダ」

「点鼻薬!内服薬!そして私が元母親であるという現実から目を背けるな!」



「ニグルさん、ちょっと効きが弱いみたいだから」


 エイダを無視してそう言うなり、エルは指をくねくねと動かし始めた。


「あっ、エル、それはやり過ぎだって、ああっ!」


 ニグルとエルが盛り上がり始めたその時、ニグルとエルは、物凄い勢いで圧が迫って来るのを感じた。


 圧が迫ってくる方向を見ると、大剣を頭上に掲げたエイダが、殺気に満ちた目で二人を見下ろす姿が視界に入った。


「ドヒ!」


 左手の中指をニグルに挿しながら、エルは右手で咄嗟に、元悪魔であるカモの杖の魔法を真似して、土の壁を発現させた。


「こんなもん!」


 エイダは大剣を頭上から振り下ろし、壁を打ち払った。


 片手では魔力量が不足する。

 エルが発現させた壁は、土というより砂の様であった。



「一旦死ね!」


 エイダはエル目掛けて、改めて頭上に掲げた大剣を振り下ろした。


「一旦死んだら生き返れない」


 エルはニグルの尻から指を抜き、身を翻して素早く逃れた。


「女王!それくらいにしておけ!」


 ラシオが大剣を差し出し、エイダの剣戟を受けた。


 エイダの剣戟は凄まじい。

 分厚いラシオの大剣が折れることはなかったが、そのぶん激しく弾かれた。

 ラシオの大剣が弾かれたその先には、四つん這いのまま突き出されたニグルの尻があった。


「いでぇっ!」


 ラシオの大剣にペチンと叩かれ、ニグルは叫んだ。


「刃が当たらなくて良かった」


 尻の割れ目を増やすことなく、ただ痛がっているニグルを見て、ラシオは安堵した。


「良くねぇよ!めちゃくちゃいてぇよ!骨折れてんじゃないの?」

「骨が折れてたらそんなに普通でいられない。ヒロシの体はおかしいくらい丈夫だな」

「褒めてくれてありがとうねラシオ!エル!ヒール!」


 ニグルはさらに尻を突き出した。


「痛いだけで折れていないなら何もやれる事ないけど」

「急に冷たい」


 ニグルは不承不承、褌を締め直しズボンを上げた。


「やっぱり痛い。ズボン履いただけで痛い。骨折れてるぞきっと」

「診てやる」


 ラシオは医者ではない。

 しかし魔獣討伐や傭兵稼業を繰り返し経験しており、その経験の中では、打撲、骨折、切創、一通りの応急処置を行っている。


「触るぞ」


 ラシオは、ニグルの尻を強く押さえた。


「いでぇよバカ犬!」

「感触からすると、骨が砕けているな。なんでそんなに元気でいられるんだ」

「元気じゃねぇ!エル!ヒールおかわり!」


 ニグルは再び尻を出し、四つん這いになった。




 ヒョランドを離れるにあたって、マグスとソエルを交えて諸々打ち合わせる必要がある。

 エイダはそう考え、マグスとソエルに使者を出した。


 マグスとソエルが来着するまでの間にどれくらいの月日が必要なのか。

 エイダの圧に負けたニグル一行は、いつ来るかもわからない出立日までヒョランドに滞在しなければならない。


 暇を持て余したニグル一行は、マグスとソエルが来着するまでの間、氷河の民と共に魔獣の撃退に勤しんだ。


「こんなに頻繁に魔獣が来るとは!もうこんなとこに住むのやめた方がいいんじゃない?」


 数日おきにやって来る魔獣の群れ。

 決して豊かではない土地。

 過酷な気候。


 ニグルは、氷河の民がこの土地に住み続けていることに呆れていた。


「ヒロシ、ここには自由があるのだ」


 ラシオが笑顔で答えた。


「法律は無いし身分差も無い。余計な義務も無い」

「無法地帯みたいなりそうだな」

「秩序はある。住民同士が当然のように協力し合って生きているし、そもそも啀み合う余裕がない。だから平和そのものだ」


 ラシオは、誇らし気な顔で言った。


「魔獣の襲撃も、農業に向かない環境も、その代償としては安いものってことか」

「それどころか、その条件の悪さが秩序になり、住民間の平和につながっていると言えるのだろうな」

「あー、仮想敵国が無いと秩序を保てない国、元いた世界にもあったよね。いっぱい」

「一緒にされるのは気分が悪いが、そういうことなのかも知れない」


 ラシオは微笑んだ。




 頻繁に来襲する魔獣の群れ。魔獣の群れが来襲する都度行われる迎撃。

 ニグル一行は、スキルに頼らない基礎戦闘力を向上させていた。


「田中くんもルルちゃんも、一端の戦士に成長したわね。ヒョランド民に引けを取らないと思う」


 エイダは、田中とルルの成長に満足していた。


「それに引き換え、ヒロくんとエルちゃんとモリくんは・・・」


 スキル頼りで運動能力に頼らず闘ってきたニグル、天性の能力に依存しているものの実務能力がそれに伴わないエル、ほぼ攻撃能力を持たないモリ。

 言わば、ニグル一行のオリジナルメンバーと言える三人は、揃いも揃ってエイダを満足させるに至っていなかった。


「あなた達、これからどうするの?冒険者、辞める?」


 冒険者を辞めたところで、他に何が出来るわけでもない。食うに困るだけだろう。

 三人は一応、結果だけ見ればそれなりの実績を上げ、それなりの収入を得ている。


「辞めない」


 三人を代表して、ニグルが堂々と答えた。


「冒険者辞めてもやれることないし。な、モリ」

「僕は防具作れますけどね!」

「貴様・・・」

「ヒロくんはここに住めばいいじゃない。面倒見てあげるわよ。戦士として役に立たなくても、漁や放牧を覚えればいいのよ」

「寒いの嫌い」

「私も寒いの嫌い」

「僕も寒いの嫌いです!」

「エルちゃんとモリくんには言ってませんけど?」」



「俺たちは、三人でなら結構闘えるんだぜ」


 ニグルがあり得ないことを言った。

 エイダはそう思った。


「え!そうなんですか!?」


 ニグルの言葉は、モリにとっても意外なものであった。


「初耳」


 エルにとっても。


「じゃあ次の迎撃戦で見せてね。期待してる」


 当然エイダは、ニグルの発言を鵜呑みにするつもりはない。

 今この場でそれを言うのが億劫だと思い、心と乖離した言葉を口にして誤魔化しただけだ。


 しかし、抑揚無く発した言葉では何も誤魔化せない。

 ニグルは一人、苛ついた。




 魔獣の群れは、懲りもせず、週に何度も現れる。

 勤勉なのであろうか。恨みがあるのであろうか。

 裏で糸を引く者がいると考えるのが一番自然なようにも思われる。



「さあ!エル!モリ!培ってきた俺たちの連携プレー、見せてやろうぜ!」

「うん」

「はい!」


 最前線にガード姿勢のモリ。

 中列にソエルの杖を構えたエル。

 最後尾に質量の軽い竜の大腿骨をわざわざ肩に担いだニグル。


 三人は縦一列に並び、じわじわと魔獣の群れに近付く。

 周囲の目に映る三人は、滑稽であったり、無様であったり、不恰好であったり、とにかく見苦しい。


「エル!先手必勝だ!任せた!」

「任された!」

「モリはエルを守れ!」

「守ります!」

「あ、エル。変な魔法使わなくていいから。シンプルに炎にしようね」

「・・・はい」


 エルは柏手を打つように手を合わせソエルの杖を挟み、杖の先端、ソエルのシミが付いた丸みを帯びた箇所に魔力を集めた。


「ホムラタテ!」


 エルはソエルの杖の先端に大きな火の玉を発現させ、その大きな火の玉を魔獣に向けて放った。


 氷河の国までの道中で低級魔法使いから学び、氷河の国で日々を過ごす中でラシオが使う魔法名を真似た。

 エルは少しずつゆっくりとだが、まともな魔法使いになりつつあった。


「魔獣の群れを焼き尽くせ!」


 大きな火の玉が魔獣達の目の前に至るや、エルは小さく叫んだ。

 エルが叫ぶと、大きな火の玉は勢い良く弾け、魔獣の群れを包み燃やした。




「見事だ。実力は間違いない。さすが大魔法使いを両親に持つ魔法使いだ」


 ラシオがエルを讃えた。

 その横でエイダが冷めた目をしていた。


「三人が不恰好に並んでいた意味ある?ヒロくんとモリくん、いらなくない?」


 闘いに美すら感じる生粋の女戦士であるエイダは、三人の闘い方に呆れていた。



 ニグル一行が滞在し始めて以来、ラシオは常にエルの近くにいて観察してきた。

 ニグルが惚れた女は間違いないのか、ニグルの冒険仲間として相応しいのか、それを確認しようとしていた。


「エルは精神的に弱い。信頼する者がそばにいなければ能力を発揮出来ない。冒険者になった時から一緒にいるというあの二人がそばにいることでようやく、落ち着いて魔力を集中させられるのだろう」


 眉間に皺を寄せながら、しかし口角を上げながら、ラシオが自身の見解をエイダに述べた。


「あの二人より、もっと経験豊富な強い戦士が守った方が安心出来ると思うけど?」


 口を尖らせながら異を唱えるエイダの表情は、年齢相応に可憐だ。


「あの二人でなければならないだろうな。強いとか、立ち回りが上手いとか、信頼出来るかどうかはそんな即物的な理由だけで決まるものではないだろう」

「特にヒロくん。エルちゃんの後に隠れて偉そうに命令していただけじゃない」

「そんな事はない。モリよりヒロシだ。ヒロシは不思議な奴だ。頼り甲斐があると言うか、そばにるだけで不思議と安心感を与える」

「肩持つのね」

「おう。信頼している弟だからな」

「ふーん」


 ラシオが何を言っても、エイダは納得しない。


 再会の喜びと、相変わらず期待に応えてくれないことへの落胆。

 ニグルがヒョランドに来て以来、エイダは心が落ち着かず、少し疲れていた。

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