田中も、難あり
大剣を杖の代わりにしてエルの重量魔法に抵抗するエイダの視線の先では、エルの重力魔法で身動き出来なくなった魔獣の群れに向かって、魔法が効かないニグルが炎に包まれた竜の大腿骨を頭上に掲げて突進していた。
「せいっ!」
ニグルの声はよく通る。
それなりに離れた場所ではあるが、気合がしっかりエイダの耳に届いた。
ニグルが炎に包まれた竜の大腿骨を魔獣の首に振り下ろす度、魔獣の首に小さな炎が立ち上がり、すぐ消えた。
そんなことをニグルは、何度も繰り返している。
今のところ、ダメージを受けた魔獣は一頭もいない。
「私の息子なのになぁ・・・」
ニグルの姿を眺めながら、エイダはぼやいた。
「子供の能力をまともに引き出せないなんて、母親失格ですね」
エルは明らかに、エイダに敵意を持っている。
「あら、言ってくれるわね。ヒロくんがヒョランドに転移してくれてれば、今頃もっと優秀な戦士になっていたと思うんだけど!転移先での出会いに恵まれなかったんじゃないのかしら!」
「私は・・・ニグルさんのスキルは元々凄かったけど、それを更に強大にしたのは私ですから!」
多分である。
根拠はない。
エルと結ばれる前にニグルが倒したのは、決して強くはない魔獣ばかりであり、精強な魔獣や悪魔との戦闘は全て、エルと結ばれた後のことである。
よって、エルによる覚醒前後の能力比較は出来ない。
だから、根拠はない。
しかし、そんなことは言ったもん勝ちなのである。
「む・・・ソエルお姉様から受け継いだ血は伊達ではないってことね。でも、いくら強大でも、強いストレス感じないと発動出来ないスキルってちょっと不便過ぎなんじゃないの?やっぱりエルさん、ヒロくんの潜在能力をちゃんと引き出せてないんじゃないのかしら?」
「それは・・・」
呟きながら、エルは落ち込み俯いた。
ニグルのスキルの不便さは、あくまでもそのスキルの特性なのであり、決してエルが悪い訳ではないない。
しかしエルは、エイダの言葉に流され、自分の力が足りなかったのではないかと思い始めていた。
エルの様子を見て、エイダは後悔した。
自分よりひと回り以上年長の気の強い女だと思っていたから、遠慮の欠片も無かった。
自分と同等か、それ以上の容姿の良さも気に食わなかった。
しかしどうやら、エルの精神の成熟度は、外見年齢そのままのようだ。
その上、落ち込んだ時に見せる表情の可憐さが、尋常ではない。
エイダの胸の奥は、年下の少女をいじめたような後めたさに支配され、締め付けられた。
「ごめんね、エルさん。言い過ぎたわ。今晩、私の家のゲストルームに泊まって。ヒロくんと二人だけで」
エイダは、顔を紅潮させながら言った。
「今ヒロくんが使ってるあの貧相な能力、まだほんの少ししか引き出せてないから、エルさんがしっかり引き出してあげてね」
エイダの素直さが、エルに響いた。
エルはエイダの方に向き直り、頷いた。
「エルさん、こっち向いてていいの?魔法は?」
エイダは、自分の体が軽くなりようやく、エルが魔法の発動を止めたことに気付いた。
「あ」
エルは、エイダに言われてようやく、現状に気が付いた。
「ちょうどいいかも。そのまま、魔法使わなくてもいいわ」
エイダは、思惑を持った。
「うわぁー!」
エルとエイダの耳に、ニグルの悲鳴が聞こえた。
「ニグルさん!」
エルの重力魔法から解放されたルルと田中が、魔獣と揉み合うニグルの元へと急いで向かった。
エイダの魔法剣で火の恐ろしさを知っているのか、ニグルを囲みはしたものの、魔獣達は警戒し飛びかかるのを躊躇っていた。
「たーすけてくれー」
ニグルは炎に包まれた竜の大腿骨を振り回した。
はたから見れば、魔獣に怯えて闇雲に竜の大腿骨を振り回しているだけのようだ。
しかしニグルは、怯えてもいなければ身の危険を感じてもいなかった。
実際、ニグルの眉間は未だにピリピリしていない。
ニグルは、ソエルの血によって覚醒したはずの田中の力を見るのに、いい機会だと思っていた。
仮に田中の力が期待外れだったとしても、今目の前にいる程度の魔獣の群れであれば、ルルなら事もなげに蹂躙してくれることだろう。
スブル遠征を通して、ニグルはルルのことをある程度は信頼していた。
「魔力使ったから少し疲れたかもー。思うように体動かないからルル助けてー」
ニグルの棒読み。
ルルは何かあるなと思い、魔獣の群れを飛び越えてニグルの元に駆け付けた。
「あの別嬪さん、なかなかの身体能力ね」
魔獣の群れを軽々と飛び越えたルルを見て、エイダは少し驚いた。
「私が覚醒させました」
エルは自分が誉められたかのように嬉しく思った。
「覚醒させたって・・・あなたも両刀使いなの?ソエルお姉様と同じね。やっぱり親子なのねー」
エイダは呆れ、エルは赤面した。
赤面しながら、エルは思った。
エイダも同じではないかと。
「ルル、手を出すな」
ニグルがルルの耳元で囁いた。
ニグルの声は、低い良い声である。そして、小声でも響く。
狂戦士化していなくても、ルルのどこかを疼かせた。
「うん、わかった」
ルルは顔を紅潮させながら、体をニグルに密着させた。
ルルのしっとりとした肌を感じ、少し汗ばんだ体臭を鼻腔に吸い込み、ニグルは思わず、ルルの腰を抱いた。
「田中ー。俺動けないからルルに肩貸してもらうー。魔獣は任せたー」
ニグルはルルの肩ではなく腰に手を伸ばしたまま、田中に指示を出した。
元いた世界では同じ会社で働いていた。
部署は違ったがよく一緒に仕事をしていた。
だから田中は、ニグルの事をよく知っている。
「絶対嘘だ。俺を試してんだ。いつもの手だよ」
田中は呟きながら左足を前に出して腰を落とし、得物の太刀を片手で持って右肩に乗せた。
「なんであんな滅茶苦茶な人に認められたいって思っちゃうんだろうなー」
田中は自分のことが可笑しくなり、一人笑った。
ニグルを取り囲む魔獣の何頭かが、田中に気付いた。
太刀を正面で構えない田中との間合いを見誤り、魔獣は不用意に飛び掛かった。
田中は造作もなく、体を入れ替えて魔獣を袈裟斬りにした。
「やだ田中かっこいい」
ニグルが思わず感心してしまうほど、田中の太刀捌きは見事であった。
「でも、なんだか厨二っぽいな!」
見事ではあったが、現実的な構えではなかった。
「ソエルさんからは、かっこいいと思うことをやってみろって言われてたもので・・・」
田中は少し恥ずかしそうに小声で応えた。
田中は若干軽薄そうな外見をしているが、その実、好青年という言葉がよく似合う爽やかさと、微量ながら筋の通った漢気を持った若者だ。
そんな田中が隠し持っていた厨二感が、露呈した。
「そうか!結構痛い奴なんだな田中!はっはー!」
ニグルは、笑顔で田中を貶した。
田中の意外な一面を面白がっているのは間違いないが、それだけではない。
田中は戦力になると確信し、それが嬉しいのである。
「ほれ田中!お前もう囲まれちまってるぞ!」
確かに魔獣の群れは、身の危険を感じたのだろう、標的をニグルから田中に変えつつある。
「ルルは俺を支えてるからな!闘えるのはお前一人だけだぞ!」
「密着してるから身動き出来ないんでしょ!」
ニグルに言い返しながら、豪快な太刀捌きで、田中が飛び掛かる魔獣の群れを斬り伏せる。
惚れ惚れするほどの闘いぶりだ。
田中があらかた魔獣を斬り殺したところで、残った魔獣達は田中と距離を取り始めた。
「田中ー!畳み掛けろー!」
ニグルはまるで、格闘技の試合でも観ているかのように興奮していた。
「はい!」
田中は勢い良く、魔獣に飛びかかり太刀を振り下ろした。
魔獣は軽々と、田中の太刀を躱した。
「田中?」
拍子抜けのその人に声をかけたまま、ニグルはポカンと口を開けた。
「やっぱりダメみたいですね」
田中は、照れ臭そうに舌を出した。
「やっぱり?今、やっぱりって言ったの?」
ニグルは泣きそうな声で尋ねた。
「僕のスキル、カウンターなんですよね」
田中は、爽やかに照れ笑いしながら答えた。
「って事は?」
「向かって来る敵に対しては強く、向かって来ない敵には成す手がない」
「基礎的な剣術とかは?」
「教えてくれる人がいなかったんですよね」
ソエルは、姓を交えた相手を覚醒させる事は出来ても、あくまでも魔法使い、相手が剣士であれば何も教えられない。
「はぁ・・・ようやくまともな戦力を得られたと思ったのに・・・」
ストレスを感じれば圧倒的な破壊力を発揮するが、ストレスを感じなければ何も無いただの中年。
強大な魔力を持ちながら、使う魔法の選択を間違えがちなポンコツ魔法使い。
スキル使用後に情欲を抑えられなくなるのはともかく、未だに能力の程がよくわからない女戦士。
攻撃スキルを全く持っていないオタク。
このロクでもないパーティーに、カウンター攻撃しか出来ない剣士が加わった。
「あとは私がやろうか?」
ルルは、落胆するニグルに気を利かせたつもりだった。
確かに、ルルがスキルを発動すれば目の前の魔獣を倒せるかも知れない。
しかし、その後のルルの痴態をエイダに見せたくない。
「やめときな」
ニグルはルルを止めた。
相変わらず、魔獣は田中を遠巻きにしている。
相変わらず、田中は空振りを続けている。
「さて、どうしようかねぇ」
ニグルが呟いた時、突然、風が吹いた。
「情けないパーティーね」
ニグル達の不甲斐なさを見かねたエイダが、疾風のように駆け付けたのだ。
「見て覚えなさい」
そう言うなり、エイダはあっと言う間に魔獣達を片付けた。
「見る時間を与えて下さい」
覚える以前の問題だ。
「見えなかったの?ヒロくん老化が進んでるんじゃない?」
加齢によるニグルの反射神経や動体視力の低下という問題でもない。
「ルル、見えた?」
ルルは目を見開き、口を閉じたまま首を横に振った。
ニグル一行に、突然のエイダの攻撃を目で追えた者などいない。
ただただエイダの早技が、早技であり過ぎただけなのである。
「全員集合」
エイダは、ニグル一行を集めた。
「あなた達、よく悪魔討伐出来たわね。って言うか、今までよく生き残れたわね」
エイダに嫌味を言ったつもりは無い。
マグスから聞いていた実績と、自分の目で見たニグル一行の実態との乖離に驚いただけである。
「ニグルさんのスキルが凄いから・・・」
エルがおずおずと答えた。
「確かにヒロくんのスキルは凄いみたいだけど、発動条件が不安定過ぎる。そんな不安定なスキルに頼り切りで、よく今までやってこれたわねって言ってるの」
エイダに言い返すことも出来ず、ニグル一行は俯いた。
ニグル、四十代。エル、三十代。ルル、モリ、田中、二十代。
エイダ、十代。
「やっぱり私が加わらないと、ダメだと思うな」
エイダは、いつの間にか横に立っていたラシオの顔を見ながら言った。
「女王、マグスはそのつもりでヒロシ達をここまで寄越したのかも知れないな」
エイダはヒョランドを離れるべきではないと考えていたラシオだが、ニグル一行の不甲斐無い闘いぶりを目の当たりにし、考えを改めた。
「決まりね。ラシオ、ヒョランドは任せたわよ。マグスとソエルにフォロー頼んでおくから」
「おう」
「新入りの僕のせいでこんな展開になった感じです?」
田中は、気まずそうにニグルの顔を覗き込んだ。
確かに、不甲斐無かったのは主に田中である。
「どうだろ」
田中がいなかったとしても、どのみち、ニグル一行はロクでもない。




