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母から受け継いだもの

 四足獣の悪魔を倒し、父の仇を取り、母の願いを叶えた。

 氷河の国の民として、氷河の国の戦士として、氷河の国を代表する者として、エイダの振る舞いは理想的だったと言える。


 にも関わらず、エイダは拗ねていた。



「私とマグス、どっちが凄かった?」


 エイダが四足獣の悪魔を倒した後、大魔法使いと謳われるだけの実力を遺憾なく発揮したマグスが、数え切れないほどの魔獣の大群を一蹴した。


「・・・・・」


 拗ねたエイダの問いかけに答えられる者など、氷河の民にはいない。


 難敵と言う意味ではもちろん、四足獣の悪魔こそである。

 しかし、雑魚の大群が相手であったとは言えど、途轍もなく強大な魔力を見せ付けられた。


 比較の問題ではなく、そもそも理屈の世界ではなく、氷河の民らは本能の部分で打ちのめされていた。


「ラシオ」


 エイダは森の中にある大岩にもたれかかって座りながら、木々の隙間から暗い吹雪の空を見上げていた。


「おう」

「おう、じゃないわよ。どっちが凄かったか答えなさいよ」


 幼い頃から行動を共にしていた。何なら、前世では飼い主と飼い犬だった。だからラシオにはわかる。

 機嫌が悪い時、相手と絶対に目を合わせなくて済むように、エイダは必ず中空を睨む。


 こんな時にエイダの口から発せられる問いかけに対する正解は存在しない。

 何を言っても不正解だ。


「女王だ」

「嘘吐き」


 エイダは吐き捨てた。



「舟さん」


 被害者二号。


「おう」

「だから、おう、じゃないのよ。私が何聞いたか忘れた?」

「いや」

「じゃあ答えなさいよ」

「俺は本当に女王だと思っ」

「嘘吐き」


 エイダは吐き捨てた。



「ポノ」


 被害者三号。


「おう」

「は?」

「・・・マグス」

「そう思うならヒョランドから離れてマグスの弟子にでもなれば?」


 エイダは吐き捨てた。

 少なくとも、常識的に考え得る二つの選択肢に正解は存在しなかった。



 随分な八つ当たりぶりに、住民達は辟易していた。


 女王と言えど、成長が早い獣人族と言えど、まだ11年しか生きていないのだから致し方ないのであろう。

 可愛く思う我が子、我が妹の不機嫌に手を焼いているような感覚に、住民達は陥っていた。



「エイダ!俺はハーフエルフとしてはまだ若いが、それでもお前の6倍長く生きているのだぞ!天才であり尚且つお前の6倍長く生きている俺と、しょんべん臭いガキのお前を比較したところで、それはあまりにも不毛なのではないか!」


 見兼ねて諭そうと思ったわけではない。

 マグスは、エイダのような小娘が偉大なる魔法使いである自分と張り合おうとしている事にプライドを傷付けられ、ムキになっているだけなのである。


「無礼者!私は来年成人よ!ガキじゃないわ!」


 種族間での年齢に関する感覚の不一致。


「しょんべん臭くなかったわよ。ツルツルだったけど」


 相手の立場を考えないソエルの暴露。


「女王!まだツルツルなのか!じゃあ来年の成人はお預けだな!」


 話を逸らす好機を得て表情を明るくする住民達。



「違う!私は体毛が薄いだけ!成人の資格はある!」


 ソエルの暴露に、エイダは顔を真っ赤にしながらジタバタし始めた。

 

「エイダ、じゃなくて女王、体毛の濃さと成人の資格を紐付ける者など居はしない。からかわれているだけだと気付け」


 ラシオが真顔でたしなめた。

 真面目である。


「真面目か!」


 真面目なのだ。



ーーーーーー



「人面犬みたいな悪魔のせいで途中で切り上げることになったけど、楽しかったな。冒険」


 エイダはようやく、思い出に浸る時間を終わらせた。


「考えようによっては、女王は悪魔のお陰でより強くなれた」


 ラシオは前向きだ。


「でも、両親を失った悲しみはそんなことと比較出来ないし、何よりも悪魔のせいで自由を失ったわ」


 エイダは、漠然と漂わせていた視線をニグルに向けた。


「魚を獲って、獣を狩って、羊を追って、魔獣の群れが攻めてきたら撃退して。自然と共に生きるってね、楽しいものなのよ」


 エイダは落ち着いた微笑みを浮かべた。

 女王と呼ばれるようになってから六年が経ち、十七歳のエイダにはすっかり風格が備わっていた。


「でもね、最近ちょっと飽きてきちゃったの。ねぇヒロくん、お母さんもヒロくんと一緒に冒険行きたーい」


 しかし、前世で息子だったヒロシがこの世界に転移しヒョランドに現れたことにより、氷河の民にとっての女王像が崩れつつあった。



 子煩悩、違う。

 溺愛、それだ。


 溺愛する元息子を前にすると、エイダは女王としての尊厳を意識することなく、親バカになってしまう。

 息子、四十歳。母、十七歳。


「前世のお袋はこんなじゃなかったけどな。過干渉ながらも結構厳しかったぞ」

「お袋じゃなくてお母さんでしょ」


 笑いを押し殺し、表情筋をこわばらせながら田中が言う。


「うるせぇぞ田中。黙ってお袋が作ってくれた刺身の盛り合わせ食っとけ」


 ニグルは眉間に皺を寄せ、精一杯田中を睨んだ。

 身内に本気で怒れないニグルの甘さを知っている田中だが、あまりに凶悪な顔面を目の当たりにし、思わず目を逸らした。



「期待し過ぎちゃってたのよね。文武両道の私の息子なんだから優秀に違いないと思って。だから教育については、ついつい厳しくしちゃった部分もあるのよね」


 エイダは頬杖をつきながら言った。


「その言い方からすると、期待外れだった訳ですね!」


 モリが嬉しそうに口を挟んだ。


「そうなの。横道それてヤンキーになっちゃったし」

「なってない」


 ニグルは否定する。


「駅前をタバコ吸いながら歩いて、他校の生徒の集団に真正面から突っ込んで、道譲らせたりとかしてたじゃない。高校生の頃。あの時お母さん、道路の反対側から見てたのよ。恥ずかしかったー」

「あれはただの罰ゲーム」

「家の前にバイク集めたり」

「バイク=ヤンキーではない。ベスパ乗ってる奴も居たぞ。ヤンキーがベスパ乗るかよ」

「私の財布から勝手にお金抜き取ったこともあるし」

「世間には迷惑かけてないから大目に見ろ。つか小遣い少なかったんだよ」

「期待外れ感半端ないですね!」


 再び、モリが嬉しそうに口を挟んだ。


「うるせぇぞモリ。黙ってラシオが焼いてくれた羊食ってろ。美味いぞ」


 ニグルは、口の中の噛み砕いた羊肉を見せつけながら言った。



「女王」


 ラシオが口を挟んだ。


「ソエルと約束したのではなかったか?この土地と住民を護ると」


 エイダ以外の氷河の民を覚醒させない、つまり、エイダが覚醒するためにソエルと何をしたのか秘密にするのと引き換えにした約束である。


「だって、ヒロくんと冒険行きたいもん」


 女王と言えど、時には年齢なりに我儘を言う。



「待った。そもそもだな、俺は冒険していると言う実感が無いのだが」


 事実、ニグルが自分の意思で行った冒険はバンゴ村までである。

 ツーリングで例えるならプチツーリング程度である。


「パパに振り回されているだけだもんね」


 エルが同調した。

 確かに、長距離ツーリングと言えるスブル遠征は、マグスに強要されたものであった。


「そうなの?だったら東の大陸に行ってみない?ヒトカタノサト、探しに行こうよ」

「だったらの意味がわからないぜお母さん」


 エイダはとにかく冒険をしたい。

 それだけだ。

 



「女王!また魔獣の群れだ!こないだより増えてるぞ!」


 一人の氷河の民が、慌ててエイダの居館に駆け込んできた。


「わかったわ。すぐ行く。ラシオ、先に行ってて」

「おう」


 エイダとラシオの顔つきが変わった。

 緊迫感は無い。

 ただの好戦的な戦士の顔だ。


「ヒロくんたちの力量を見たいな」

「いいけど、フォローしてよ」

「もちろん」


 魔獣との戦闘を重ね、未知の敵に対する興味を持つようになった。

 自覚はしていないものの、ニグルはすっかり冒険者らしくなっていた。




 エイダの居館がある浜から丘に上がると、向かって左手から奥へと、丘陵地を囲むように森がある。

 森の更に奥には大きな山脈が聳えている。氷河の国の民にとって、脅威以外の何者でもない山脈だ。


 森に遮られて見えない山脈の麓の谷からやってくるという魔獣の群れが、森を背にして様子を見ている。


「じゃあヒロくんよろしく」

「あー。エル、任せた」

「任された」


 集団を相手にするなら、やはり魔法だろう。


「ルルと田中はエルの取りこぼしを。モリはエルを守って」

「了解!」


 ルルと田中は最前線で臨戦態勢をとり、少し離れた後方でモリが控え、その後ろにエルが立った。

 ニグルはエルの更に後ろで、エイダと並んで突っ立った。


「ヒロくん何もしないの?相変わらず面倒なことは人任せ?」

「相変わらずとかいうな。俺、スキル使わないとただのおっさんなんだよ」

「じゃあスキル使えばいいじゃない」

「自分の意志では発動しないんだよ。少なくとも今は発動してない」

「戦力外なのね。じゃあ仕方ないからお母さんと見学してよっか。エルさん頑張ってねー」


 エイダはニグルの腕に自分の腕を絡ませた。


 母の生まれ変わりと思うと少し気持ち悪い。

 しかし実際に目に映っているのは、記憶に残る骨太な母親とは似ても似つかぬ、美しい顔立ちと肢体を持つ若い女である。

 ニグルは複雑な気持ちになった。




「こっちに転移したばっかの頃にエルに能力の鑑定をしてもらったことがあるんだけど・・・」


 複雑な気持ちを誤魔化すように、ニグルはふんわりと、自身の冒険者としての能力についてエイダに説明した。



「なんか、残念ね。でも、魔力いっぱい持ってるのに魔法使えないって、お母さんもだよ」

「そうなの?」

「やっぱり親子だねー」


 エイダは嬉しそうに、ニグルの腕に絡める腕に力を入れた。

 豊かな胸が、ニグルの腕に押しつけられた。


「親子だってんなら乳押し付けるのやめろ」

「いいじゃん。照れてるの?」

「せめて母親名乗るのやめてくれ。そしたら素直に喜べる」



 背後から聞こえる会話に、エルは苛立っていた。

 

 エルは眉間に皺を寄せながら、柏手を打つように手を合わせ、掌を宙空に向けて開いた。

 掌には何も無い。


「みんな、しばらく我慢しててね!」


 エルは力んで、太い声を前線に飛ばした。


「押し掛かる劣情の重圧!」


 その場にいる誰もが、魔獣もニグル一行も後方で遠巻きにして控えている住民達も、魔法を発動させたエル本人と魔法無効化スキルに包まれたニグルを除いた全員が、目に見えない何かに押し潰されそうになった。


「ちょっと!なんで私達まで!」


 四つん這いになって耐えながら、ルルが叫んだ。


 叫んだ拍子に、腕で支え切れず肘が曲がり、ルルは胸から上を地面に押し付けられた。

 剥き出しになった色々なものを強調するかのように、臀部を突き出す格好になった。


「ルル、ノー褌が癖になっちまってんだな」


 ニグルは呆れた。


「ヒロくん、どういう人と仲間になってるのよ」


 エイダは、思春期の子を持つ母親の表情になった。



「うおー!ありがとうございます!」


 モリは、車に轢き潰されたカエルのように地面にへばりつきながらも、顔だけはしっかりルルの下半身に向けていた。


「何?どうなってるんです?」


 片膝をつき、ルルの横で必死に重力に耐えている田中には、モリが盛り上がっている理由がわからない。



「これ、エルさんがやってるの?さすがはあの二人の娘ね。私でもいつも通りには動けないわ」


 そう言いながら、エイダは大剣を杖にしてはいるものの、涼しい顔で立っていた。


 

「ニグルさん、今動けるのニグルさんだけだから。女王の横に突っ立ってないで早く魔獣倒してきてよ」

「待て待て。俺今スキル発動してないぞ。竜の骨でポコポコ叩くことしか出来ないぞ。多分ノーダメージだぞ」

「あら、それ竜の骨なの?」


 エイダは、ニグルが手にする骨に注目した。


「マグスが拾ったってやつ」

「例の!」


 エイダは、西の大陸を冒険している時にマグすから聞かされた話を思い出した。



「私の魔力、無限じゃないんですけど。早くやって欲しいんですけど」

 

 エルが怒鳴った。


「ヒロくん、私の魔法剣、教えてあげようか」


 現在戦力外の息子を不憫に思い、エイダがニグルに提案した。


「それ覚醒して出来るようになったんでしょ?教わって出来るようになるもんなの?」

「私の息子なんだから、出来て当然でしょ?」

「そういうとこ嫌いなんだよ。そもそも、今は血の繋がりないんだから、同じ能力持ってるって考える方が無理あるよ」

「魔力持ってるのに魔法使えないとこ共通してるじゃない」

「だからなんだよ」

「そんなことより、さっきお母さんのこと嫌いって言ったわね」


 エイダは涙目になった。


「ごめんごめん。悪かった」

「じゃあ頭上に骨掲げて」

「なんでだよ」


 そう言いながら、ニグルは骨を頭上に掲げた。


「骨に魔力流し込んで」

「どうやるんだよ。それを教えろよ」

「イメージするのよ。流し込む感じを」

「意味わからん」


 そう言った瞬間に、ニグルが持つ竜の骨が炎で包まれた。


「えー!」


 本人の驚き様。


「ソエルお姉様と同じ事しなくても、潜在能力を引き出すことは出来るのよ。引き出せる量に格段の差があるけど」

「俺に何した!?」

「魂の波長。マグスはそう言っていたわ。魂の波長が合えば多少の影響は与えられるのよ。ラシオも一応使えるのよ」


 ニグルは頭上に掲げた骨に纏わり付く炎を不思議そうに見上げた。


「じゃあ、行ってらっしゃい!」


 エイダは、ニグルの背中を豪快に叩いた。

 ニグルはふと、学生時代の朝のルーティンを思い出し、懐かしい気持ちになった。


「行ってきまーす!」


 ニグルは勢い良く走り出した。

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