女王 その証明 霞む
随分と神々しくなり、少し近寄り難くなってしまった。
ヒョランドの住民達は、覚醒したエイダのことをそんなふうに見ていた。
「エイダは今日から、この地に君臨する女王よ。そう心得なさい」
そう宣告するソエルに、異を唱える住民は一人としていない。
かと言って、気軽に認める旨を明言する者もいない。
かつて対峙したことが無い程の難敵を倒さなければならない今、ヒョランドのリーダーにはより強い求心力が必要となる。
大衆は肩書きに弱い。
肩書きだけの違いではあるが、その肩書きが持つ求心力は、首長より女王の方が大きい。
ソエルの宣告の意図はわからない。
とは言えど、エイダを新しいリーダーとして認めさせ、更には首長以上の存在であると同胞達に認めさせることが最重要事項である事に間違いはないであろう。
それには、自分がエイダのことを女王と呼べばいい。ラシオはそう思い至った。
「女王よ、その力を示して悪魔を討ち、この地に元通りの生活を取り戻してくれ」
ラシオの訴えに、エイダは閉じた口元に力を入れながら、ゆっくりと頷いて応えた。
「笑うなよ。お前のために言ってんだから」
苦笑いしながら、ラシオはぼそりと呟いた。
ラシオの声に背中を押された住民達が、一斉に顔を上げた。
「そうだ!女王の力を示してくれ!」
「俺たちは女王について行くぞ!」
「俺たちは女王の民だ!」
エイダの宣告を受け入れつつも、覚醒したエイダの威に打たれつつも、周りの様子を窺っていた住民達は、ラシオの予想通り、ラシオに続いて口々にエイダを女王と呼んだ。
代々首長の役を務める家に生まれたと言うだけでなく、若すぎるとは言えど、エイダはヒョランドの男の誰よりも強く、ヒョランドの女の誰よりも美しい。
故に、住民達の多くが従前からエイダに心を寄せている。
その前提があるからこそ、住民達は素直にエイダを新しいリーダーとして認め、肩書きが仰々しいものになることを嬉々として受け入れた。
「女王!女王!俺たちの女王!」
「じょおー!」
「女王様ー!」
森の中にいる住民達が無闇やたらと女王という単語を連呼する中、森の外で見張りに立っていた住民が、慌ててエイダの元へ駆けて来た。
「エイダ!悪魔が森のそばまで来ている!魔獣を引き連れて来た!大群だぞ!」
見張りに立っていた住民は、興奮しながら報告をした。
報告を受けたエイダは、住民達の方に向き直り仁王立ちになった。
「女王と呼ばれるに相応しい私を見せてあげる。みんなその目に焼き付けておきなさい」
エイダは微笑みながら、住民達の顔を見渡した。
「そしてあなた達は、女王の配下に相応しい戦士であると証明して見せなさい」
「おお!」
住民達は歓声を上げてエイダの指示に応えた。
「マグスとソエルお姉様は手を出さないで。氷河の国の男達の闘いぶりを見物していて」
エイダは、マグスとソエルに自信に満ちた顔を向けた。
「ソエルお姉様だと!エイダ!すっかりソエルの虜だな!」
「私は私で、女王様の虜よ」
マグスとソエルなら、エイダの顔を見ればわかる。
自分達に出番は無いと。
エイダ達が森の外に出ると、視界一杯の魔獣の群れと、巨大な四足獣の悪魔の姿が目に飛び込んできた。
「強く、なったのか」
四足獣の悪魔は、目ざとくエイダの変化に気付き、少し驚いた。
「油断をするつもりはないが、所詮はガキだ。一口で喰ってやろう」
「あなたは私に勝てない。今の私にはその確信がある」
自信はあるが緊張はする。
エイダは、口元を引き締めた。
「雑魚に私の邪魔をさせないで」
エイダは一度引き締めた口を開いた。
エイダの口から出た戦闘指示は、それだけである。
指示を出すなり、エイダは大剣を頭上に振りかざし、一人で駆け出した。
「エイダめ、こういう所は何も変わっていないな」
ラシオは呆れながら、大剣を頭上に振りかざした。
「みんな!女王に遅れを取るな!かかれ!」
ラシオは大声で号令をかけた。
皆が恐れるのは四足獣の悪魔だけである。
魔獣の群れなど、ヒョランドの男達にとっては恐れるほどの敵ではない。
ただし、数が多過ぎる。
「おおおぉぉぉぉぉ!」
男達は、大声を出して気合を入れ、頭上に大剣を振りかざしながら駆け出した。
四足獣の悪魔の前には、魔獣の群れが立ち塞がっている。
エイダは、魔獣の群れに至るや、無造作に大剣を振り回し、目前の魔獣達を薙ぎ払った。
しかし周囲は魔獣だらけ。薙ぎ払ったそばから、魔獣の群れに飛び掛かられる。
エイダは無駄の無い足捌きで間合いを取り直し、再び大剣を振り回して魔獣の群れを薙ぎ払った。
そうする内にラシオ達が駆け付け、魔獣の群れにぶつかるように突撃し、集団同士による乱戦を始めた。
魔獣の群れをラシオ達に任せ、エイダは頭上に大剣を振りかざし直した。
天に向けてまっすぐ掲げたエイダの大剣が、炎に包まれた。
エイダは頭上で大剣を水平にし、改めて駆け出した。
四足獣の悪魔は身じろぎせずに、駆けて来るエイダを待ち構えた。
エイダが目の前に来るや、四足獣の悪魔は大きく口を開き、エイダに噛みつこうとした。
エイダはそれを、くるりと回りながら避けた。
以前より素早くなったエイダに、四足獣の悪魔は苛立ちを覚えた。
ついさっき自分が口にした自信に満ちた煽りを早くも忘れ、右前足を上げた。
「ふんっ」
気合いと共に、四足獣の悪魔はエイダに向けて右前足を叩き付けた。
エイダはそれを、再びくるりと回りながら避けた。
何度も繰り返される前足による攻撃。
それをくるりくるりと、右に左に回転しながら避けるエイダ。
まるで大剣の重量に身を任せて遠心力で回転しているかのように見えて、その動きには全く無駄が無い。
まるで踊っているかのようなエイダの身のこなしに、戦闘中にも関わらず、数人の住民は見惚れてしまった。
それに気付いたラシオは、その視線の先でくるくる回っているエイダに向かって大きく口を開いた。
「女王!余裕だな!しかし踊っているだけでは悪魔は倒せないぞ!」
エイダに目を向けながら、ラシオは正面の魔獣を叩き切った。
ラシオの視線の先のエイダが、四足獣の悪魔の攻撃を避けながら、ラシオに視線を返した。
「体と感覚をすり合わせていたのよ。体に力がみなぎり過ぎて、感覚が追いつかなかったの。でももう大丈夫」
そう言って、エイダは体を回転させながら、四足獣の悪魔が叩き付けようとした左前足を炎に包まれた大剣で薙いだ。
四足獣の悪魔の左前足は脛の辺りで分断され、断面は炎で焼かれた。
四足獣の悪魔は、およそ人語を解する者とは思えないような、大きな咆哮を上げた。
「何それ。さっきまで偉そうに言葉を使っていた人面犬が、まるでただの獣になったみたい」
エイダは、咆哮を上げる四足獣の悪魔を嘲笑った。
「ガキぃ、随分と舐めた真似をしてくれたなぁ」
後ろ足二本で立ち上がった四足獣の悪魔の顔には、強い怒りがありありと浮かんでいた。
「舐めた真似をしてくれたのはあんたでしょ。あんたを切り刻んで、燃やし尽くして、父上を喰ったその口も、父上を飲み込んだその喉も、父上を消化したその胃袋も、全部無かった事にしてやるわ」
「はは!貴様の父を糞としてひり出した尻の穴も無かった事にするつもりか!」
「やかましい!」
四足獣の悪魔の煽りで怒りに身を任せたエイダは、ヒステリックに絶叫しながら跳躍した。
あまりに無防備なその跳躍で、エイダは四足獣の悪魔の右足に容易く叩き落とされた。
「女王!」
エイダが叩き落とされた瞬間を目撃した一部の住民達が、目の前の魔獣そっちのけで、大剣を頭上に掲げて悪魔に向かって突進した。
突進した住民達は、四足獣の悪魔の右前足一本でまとめて弾き飛ばされた。
「あなた達は手を出さなくていいのよ」
四足獣の悪魔に叩き落とされたエイダが、大剣を杖にして立ち上がった。
「もっと今の自分に誇りを持つべきだった。私はもっと清く、もっと慎ましく、もっと逞しく、もっと力強い戦士であるべきだ」
エイダは大きく深呼吸をしてから頭上に大剣を掲げ、刀身を炎で包んだ。
心を無にし、四足獣の悪魔の所作に目を配り、全身に力を漲らせた。
「どうしたガキぃ!さっきまでの勢いはどこに行った!」
四足獣の悪魔の怒号が吹雪の中に響いた。
「そう急かさないでよ」
エイダは腰を落とし、構えを低くした。
下半身に込めた力を更に強くし、姿勢を前傾にし、下半身に込めた力を一気に解放し、駆け出した。
吹雪と共に凄まじい勢いで駆け寄ってくるエイダの姿が、想像を遥かに超えて大きくなる。
四足獣の悪魔はエイダの脚の速さに面食らい、その脳は判断する事をやめてしまった。
身じろぎしない四足獣の悪魔の足元に、あっという間に辿り着いたエイダは、無言で左右の足を薙ぎ払い横に飛び退いた。
両後脚の足首から先を失った四足獣の悪魔は、前のめりに倒れた。
足首から先を失った四足獣の悪魔の両脚は、赤々とした炎に包まれた。
「覚えておきなさい。私はこの地の女王。この地の民に害を成す者は、絶対に赦さない」
エイダは炎に包まれた大剣を頭上にかざし、大きく跳躍して一回転し、勢いのままに大剣を四足獣の悪魔の頭に打ち付けた。
四足獣の悪魔の頭は、頭頂部からうなじまで二つに分かれ、それぞれが真っ赤な炎で燃やされた。
「死んだら、覚えておくも何もないわよね」
エイダは、炎が消えた大剣を肩に担いで、動かなくなった四足獣の悪魔を見下ろした。
頭と足から広がって行った炎に全身を包まれて、四足獣の悪魔は盛大に燃えた。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「女王!しかとこの目に焼き付けたぞ!」
「女王様!女王様ー!」
ラシオをはじめ住民達は、魔獣の群れとぶつかり合っている最中にも関わらず、大声で歓声を上げ始めた。
「まだ終わってないでしょ。早く証明しなさいよ。女王の配下に相応しい戦士であると」
「偉そうに!ちょっと待ってろ女王!」
ラシオは破顔しながら怒鳴り、豪快に大剣を振り回した。
いくらヒョランドの住民達が優れた戦士揃いであると言えど、いかんせん魔獣の数が多過ぎる。
殲滅しようにも、その作業は遅々として進まない。
「ねぇあなた。早く祝宴を開きたいから、手伝っちゃいなさいよ」
「そうだな!見てるだけでは暇だしな!」
エイダからは、住民と魔獣の戦闘に手を出さずに見物しろと言われた。
しかしそれは、単に言われたというだけのことであり、マグスとソエルは、エイダと約束を交わしたわけではない。
マグスは、柏手を打つように手を合わせ、魔力を集めた。
しばらくの間、マグスは魔力を掌に集中させ、やがて掌を宙空に向けて開いた。
マグスの掌に、水柱が立った。
その水柱は太くなりながら天に向かって高く伸び、その根元がピンッと跳ねるように吹雪の空に舞い上がった。
吹雪の暗い空に消えた水柱は、硬く凍り鋭く尖った氷柱になった。
「可愛い女王様。みんなを後ろに下がらせて」
ソエルは、よく通る声でエイダに言った。
「仕方ないな・・・みんな!魔獣から離れて!巻き添えになるわよ!」
ラシオ達はエイダの指示に素直に従い、素早く魔獣達から離れた。
「突き刺せ!」
マグスは、自ら作り出した氷柱に命じるかのように、鋭く叫んだ。
無数の鋭く尖った氷柱が、地上に蠢く魔獣の群れに向かって急速に落下した。
氷柱群は、魔獣を貫くだけでは飽き足らず、凍土を掘り起こすかのように激しく地面に突き刺さった。
「相変わらず魔力の集中が遅いわね。でも、相変わらず、すごい威力ね」
痩せ細ったマグスの顔を、ソエルは惚れ惚れと見つめた。
マグスは、珍しく笑顔になり、ソエルの顔を見返した。
「サービスしといたぞ!お前に見せてやるためにな!」
本人達は惚気ているつもりだが、マグスの力を初めて目の当たりにした者達は皆、この世のものとは思えないほどの実力を見せつけられ、唖然としてしまった。
「マグス、私が霞む」
エイダは、不機嫌な顔になった。
「あなた達、女王の配下として相応しい戦士だってこと、ぜんっぜん証明出来てなかったんだけど」
エイダは、ラシオ達に八つ当たりした。




