エイダとラシオと、マグス
「ヒロシ」
氷河の女王の横で静かに立っていた従者が口を開いた。
従者もまた、ニグルのことを前の世界にいた頃の名前で呼ぶ。
「ヒロシです。今度は誰だよ」
ニグルは、転生した母との騒々しい再会で少し疲れていた。
「俺はラシオという。俺も前世で既知だぞ」
「俺を本当の名前で呼ぶってことはそう言うことなんだろうけど、見た目じゃわかんないんだよ」
何故目の前に二人も転生者がいるのか。何故二人とも自分の縁者なのか。
なんとも、自分達にとって都合のいい世界ではないか。
ラスボスを倒したら死んだはずの幼馴染が生き返る、とあるシリーズの四作目のエンディングよりも都合がいい。
喜ぶべき事なのかも知れないが、ニグルはうんざりし、細い目を更に細めた。
「ラッキーって言えば、わかるだろ?」
「ラッキー?」
ニグルは細い目を大きくして、凶悪な面に喜色を浮かべた。
「そうだ!ラッキーだ!」
「マジか!お前も生まれ変わってたのか!」
ニグルと、氷河の女王の従者ラシオは、興奮した面持ちでお互いの顔を凝視した。
「この人も知り合いなんだ」
エルは、興味があるのか無いのか、よくわからない顔をしていた。
「ああ、俺が七歳から二十歳の頃に飼ってた犬だ!」
ニグルは、喜びが爆発した顔をエルに向けた。
「犬」
ニグルの回答は、ファンタジーなこの世界の住人であるエルでさえ、驚くべきものであった。
犬が人に転生したことも驚きだが、元いた世界で飼っていた犬だったらしい転生者と違和感無く会話をするニグルの柔軟性もしくは無思慮に、ニグルの仲間たちは驚いた。
「言葉は通じなくても、心で通じ合ってたよな」
「ああ、俺もそう確信していた。一方通行じゃなかったことがわかって安心した」
周囲の思惑などお構い無しに、ニグルとラシオは再会の喜びに浸った。
「仲良し・・・だったんだね」
エルは、二人の再会の喜びに水を差さないよう精一杯気遣いながら、言葉を絞り出した。
「そうだな・・・」「そうだな・・・」
ニグルとラシオは同時にひと言答え、同時にひと呼吸置いた。
「俺にとっては弟みたいな存在だったんだ!」「俺にとっては弟みたいな存在だったんだ!」
ニグルとラシオが、同じタイミングで同じことを言った。
「馬鹿言え!お前が生まれたの俺が七歳の時だぞ!弟はお前だろ!」
「無知か!犬は人間の六倍の早さで成長するのだ。一年半後にはお前より歳上になっていたぞ!」
「先に生まれたのは俺なんだから俺が兄だろうよ」
「俺が死んだ時、俺は九十歳でお前二十歳だったんだぞ?二十歳のガキの弟が老衰で天寿を全うとかおかしいだろ!」
「人間の時間の概念ではお前は十三歳で死んでいる!弟だ!」
「犬は自分を下から二番目に位置付ける!お前は一番下だった!お前が弟だ!」
取り留めの無い、程度の低い不毛ないがみ合いが繰り広げられている。
「相変わらず仲良しね。って、なんでお母さんのことは素直に受け入れなかったくせにラッキーのことは素直に受け入れてんのよ!」
ニグルとラシオのいがみ合いに割って入ったエイダが、膨れっ面になった。
「心底どうでもいい・・・」
エルが、仲間たちの思いを代弁した。
「そうね。取り敢えず私の館に入りましょ」
エルの言葉で我に返ったエイダが、女王の顔で、ニグル一行を居館に案内した。
酷寒の貧しい土地とは言えど、ヒョランドには広く深い針葉樹の森があり、木材には困らない。
飾り気の無い質素な構えではあるものの、エイダの館は、氷河の女王と呼ばれ崇拝される者に相応しい、立派な建物であった。
「お腹減ってるでしょ?」
エイダは若く美しい顔には不似合いな、母親の眼差しをニグル一行に向けた。
「ラシオ、羊一頭締めてきて。ヒロくんの好きなジンギスカン鍋やりましょ」
「わかった」
ラシオは意気揚々と玄関に向かって歩き始めた。
「連れの皆さんも寛いでくれ。貧しい土地だからたいした持てなしは出来ないが、食材の新鮮さだけは間違い無いぞ」
歩きながら笑顔で言うラシオ。
ニグルといがみ合っていた時とは別人のような、鷹揚とした態度と落ち着きのある表情。
まるで中年のような雰囲気を持っているが、ラシオはまだ二十歳の青年である。
顔だけ見ていれば、知的で端正な顔をしている。
外に出ようとしていたラシオが、玄関の手前で振り返った。
「しかし女王、羊一頭をこの人数では食べきれないぞ」
「余ったら氷室で保存するか、干し肉にでもすればいいでしょ」
「そうだな」
ラシオは玄関のドアを開けた。
いつの間に天候が崩れていたのか、雪が強い風と共に入ってきた。
エイダは、困り顔をニグル一行に向けた。
「この世界の残念なところは、冷蔵庫が無いことね。主婦にとっては痛恨よ」
「いや、こんだけ寒いとこなら冷蔵庫なんていらないだろうし、そもそも今のお母さんは主婦じゃないだろ」
落ち着きを降り戻したニグルは、いつも通りの無愛想な面つきになっている。
「そうね、独身よ。嬉しい?」
「そう言う話はしてない」
ニグルはエイダを調子に乗らせないよう、端的に答えた。
「ところでお母さん、何でわざわざギルドに依頼出してまで俺を呼び付けた?」
「そうねぇ・・・」
少し間を置いて、エイダは頭の中を整理した。
「私はこの変な世界に転生した。そしたら、既にラッキーが転生していた。同じ土地に、数年前に」
「ラッキーよく気付いたな」
「女王が生まれた時、直感でそんな気がしたんだ。確信出来たのは女王の前世の記憶の話を聞いた時だがな」
エイダは淡々と、思いのままに話を続けた。
「こんな僻地でもね、たまに冒険者が来るの。そのうちの半数は、自分達のことを異世界人って言っていた。異世界から転移して来たんだって。よくよく話を聞いてきたら、その異世界は、前世の私がいた世界だった」
エイダは、遠い目をした。
エイダの視線の先に、過去の光景が浮かんでいるようだ。
「ヒロくんも、転生か転移かどっちかで、いつか来るかもなってずっと思ってたの。そしたら、ある日夢で見たのよ。この世界でバカみたいな顔してバイクに乗ってるヒロくんを」
「バカみたいな顔って、わざわざ言う必要ある?」
「だから、ヒロくんがこの世界に来るとしたら、きっと転生ではなく転移してくるんじゃないかって、そう思ったわ」
エイダは、ニグルを無視した。
「七年ほど前だったか、マグスがヒョランドに来たんだ。世界中に名の知れた冒険者であるマグスなら何か知っているかも知れないと思って、二人で質問したんだ。何故俺たちはこの世界に来たのか。何故、転移する者と転生する者がいるのか」
エイダの話の取り止めの無さに痺れを切らしたラシオは、エイダを押し退け、思い切って横槍を入れた。
「マグスはなんて言ってた?」
ニグルはラシオに尋ねた。
「そんなもん知るわけないだろバカガキ共、ですって」
ラシオの代わりに、エイダが楽しそうにクスクス笑いながら答えた。
「ごめんなさい・・・」
娘の立場で、エルがマグスの暴言について謝罪した。
「でもね、世界を広く知ればいつか答えが見つかるかも知れないからって、私とラシオを冒険に同行させてくれたの」
エイダの笑顔には、マグスへの好意が顕れていた。
遠慮のかけらも無い発言と面倒見の良さ。
マグスらしいと、ニグルは思った。
「でも十歳だったんでしょ?ちょっと無理くりすぎない?」
「そんなことない。楽しかったわ。私、見た目ではわかりにくいと思うけど獣人の血が混ざってるから、成長が早かったの」
「当時から女王は強かったぞ」
過ぎたことを心配するニグルへのエイダとラシオの回答は、ニグル一行を小さく驚かせた。
ーーーーーー
「エイダ、本当に行くのか?気は変わらないのか?やめた方がいいと思うぞ」
ヒョランドの首長、エイダの父は、十歳の娘の旅立ちを引き止めたいと思っていた。
「大丈夫よ父上。マグスと一緒なんだから。それに、すぐ帰ってくるつもりだから。ね?」
「呼び捨てかこのクソガキめ!」
「あなた、そんなに心配する必要無いわ。エイダは魔獣狩りでもしっかり貢献しているのでしょ?」
エイダの母は、顔をしかめながら夫を止めた。
実際のところ、エイダの父は旅立つ娘を心配しているわけではない。
何しろ、有名な冒険者である大魔法使いマグスが同行しているのだから。
エイダの父は、ただ単に、歳に見合わぬ強さと利発さと、愛すべき快活さ持つ愛娘と離れるのが寂しかっただけなのである。
しかしエイダの父は、エイダの自主性も愛している。
冒険で得られる経験の価値が尊いものであることも理解している。
その上エイダは、すぐに帰ってくると言う。
エイダの父は譲歩して、愛娘を引き止めるのをやめた。
「絶対に、すぐ帰ってくるんだぞ。マグスも、頼むぞ」
「わかっているわよ」
十歳の子供が、大人のような仕草で父親を煩わしそうにあしらった。
「任せておけ!子供は親のそばで育つべきだ!すぐに帰らせる!」
マグスが、エイダの早々の帰還を請け負った。
「ラシオも、エイダを頼むぞ。エイダの気が変わろうとも早々に帰還しろ。これは命令だからな」
エイダの父は、ヒョランドで最も将来を嘱望されている若者をエイダの従者につけていた。
戦闘能力、思慮深さ、冷静な性格、確かな判断力。どれも優れた若者である。
エイダの父は、この若者の才を愛し、信頼していた。
「わかっている」
ラシオは素っ気なく答えた。
エイダの父が寄せる信頼とは裏腹に、ラシオは、主君でもないのに常に命令口調でものを言う首長を嫌っていた。
マグスとエイダとラシオは、浮桟橋から舟に飛び乗った。
「小さな舟で悪いな。せっかくのエイダの旅立ちだってのに」
エイダ達を大陸まで運ぶのは、ヒョランド出身の駆け出し海運業者であった。
「私の体も小さいから、ちょうどいい大きさよ。それにこの舟、人が触れる場所みんな綺麗に磨かれている。乗客への思いやりが詰まっているね」
十歳の子供に褒められて、舟おやじは首を真っ直ぐにしていられないほど照れた。
「ふひゅっ。よし!じゃあ出るぞ!」
舟はゆっくりと、水溜りに浮かぶ枯れ葉が風に吹かれるような心許なさで、浮桟橋から静かに離れていった。
舟が浮桟橋から離れるや否や、エイダは、浮桟橋で船を見送る両親に向かって大きく口を開いた。
「いつ帰るかわからないから!気が済むまで冒険してくるからね!」
エイダが両親に向けて放った声は、両親の耳に届く最後のエイダの声になった。
南洋諸国のうちの一国、ソルディ国の港から上陸し、マグス一行は東に向かった。
南洋諸国は紛争地帯であるせいか、魔物は少ない。
しかし、紛争地帯であるが故に、揉め事が起こりやすい。
マグスに連れられて、エイダとラシオは面倒ごとを避けるように急いで南洋諸国を抜けた。
「亜竜だな」
南洋諸国の東の大陸には魔物や魔獣の類が多く棲息している。
そして東の大陸に棲息する魔物や魔獣は強い。
修行の場として適している。
「エイダ、ラシオ、お前らだけでやってみろ!」
「わかった」
気負う事無く、エイダはマグスの指示を受けた。
「ラシオ、私が囮になる。あいつの目が私を追った瞬間に切り掛かって。あなたの足の速さなら少し隙があれば大丈夫。トドメはラシオに譲ってあげる」
「了解だ」
十歳のエイダは、自分の背丈より大きな大剣をラシオから受け取り、頭上に掲げて走り始めた。
大剣の重量を持て余すのか、少しよろけながら。
亜竜は、心許無く駆けてくる少女に気付き、手軽な食事にありつける好機とばかりに、警戒心も持たずに目で追った。
亜竜がエイダを目で追った事を確認するや、ラシオが大剣を頭上に掲げて駆け出した。
「エイダ!やられるなよ!」
「そう思うなら喋ってないでもっと必死に走りなさいよ」
よろけながら走りつつも、エイダは落ち着き払っている。
エイダは、亜流と目を合わせた瞬間に察していた。
この亜竜は自分より弱いと。
弱い亜竜の自分を見る目が、まるでスナック菓子を見ているかのようであると思った途端に、エイダは耐えられないほど不愉快になった。
「えいっ」
自分を食らおうと亜竜が顔を突き出した瞬間に、エイダは頭上に掲げた大剣を無造作に振り下ろした。
力任せと言うより、重量任せと思えるほど無造作に。
振り下ろされたエイダの大剣が土を割り地に食い込んだ時には、亜竜の頭部は二つに分かれていた。
「なんと!」
いくら幼いながらに強いと言えど、いくら獣人族が天性の身体能力に恵まれているとは言えど、いくら獣人族の成長が他の種族より早いとは言えど、亜竜を一刀のもとに仕留めたエイダに、マグスは驚いた。
「エイダ・・・」
自分で言い出した作戦を一方的に変更したことよりも、自分がトドメをさす約束を破られたことが、ラシオにとっては遺憾であった。
しかしそれ以上に、土地が変わって相手が変わっても、いつも通りの強さを見せつけるエイダに、エイダをよく知るラシオも驚いた。
「亜竜は強いって聞いていたのだけれど・・・たまたま一番弱い亜竜が当たったのかしら」
エイダはエイダで、噂に聞く東の大地の魔獣の、期待外れの手応えに驚いていた。




