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再会

 案内役の氷河の民の名は、ポノという。

 無愛想ではあるが、面倒見がよくて気が利く。


 氷河の女王の下で魔物や魔獣と幾度となく闘った歴戦の戦士ではあるが、控えめな性格であるが故に、目立った戦功は無い。



「船おやじ。ヒョランドまで船を出してくれ」


 ポノはニグル一行を待たせ、港町の外れにある寂れた小さな船着場に来ていた。


「ポノ、お前さん出稼ぎ中じゃないのか?途中で帰るなんておかしな奴だ。氷河の民の名が泣くぜ」


 船おやじと呼ばれた男は、ポノと顔見知りらしい。


「女王が会いたがっている者を見つけたから連れて行く。女王はきっと喜ぶ」

「・・・俺が船に乗せてやったって知ったら、俺の事も褒めてくれるかな」

「褒めてくれるだろう」

「よし!船を出そう!金はいらない!女王のためだからな!」




「船を手配した。しかし大きな船ではないから、馬車は置いていけ。その変な赤い荷車は乗る」


 ポノは船主を連れて、ニグル一行が待つ場所まで戻って来た。



「俺が船主だ。礼はいらないよ。女王に褒めてもらうためにやるんだからな」

「ありがとう。なんか、みんなやたらと女王に褒められたがってるけど、何故?」


 ニグルは、先ほどから感じていた疑問を船主にぶつけた。



「氷河の民はみんな女王を愛している。老人も若者も、男も女もだ。愛する者から褒められたら嬉しいものだ」


 船主の代わりに、ポノが答えた。



「それにな、女王は褒め上手なんだ・・・美しい顔に満面の笑みを浮かべて、温かい声で一言添えて褒めくれるんだ・・・」


 船主は恍惚の表情を浮かべながら、ポノの答えに付け足した。

 付け足した後、突然目を見開いた。


「癖になるぞ!」


 船主は急に、大声を出した。


「お、おう」


 ニグルは少し驚いた。



「ヒョランドは氷河の国と呼ばれているだけあって寒い。防寒着を準備しな」

「ヒョランド?」


 船主が発した言葉の中に、初耳のものがあった。



「氷河の国というのは通称だ。俺たちは俺たちの土地をヒョランドと呼んでいる」


 横から、ポノが口を挟んだ。


「ヒョランドが正しい国名なのか」

「いや、ヒョランドは土地の名前であって国名ではない。そもそも国家というほどのものがない」

「どゆこと?」

「どこかからヒョランドに辿り着き定住した者達の子孫が、寄り集まって助け合いながら自由に暮らしている。それが我々氷河の民だ」


 少数民族なのかなと、ニグルは思った。




 ソルディの港を出てから3日かけて外洋を越え、ニグル一行はヒョランドの姿を目にした。

 船は深い入江に入り、海とは思えないほど穏やかな水面を静々と進んでいく。



「さむっ。あ、氷河」


 経験したことの無い寒気の中、田中が、水に浮かんでいるように見える白い氷の壁を見つけた。



「深い入江、波の無い静かな海、海のそばまで迫る山や崖、そして氷河。神秘的な風景だね」


 美しい風景に見惚れているルルの横顔を見て、ニグルは、ルルが整った美しい顔の持ち主であるを思い出した。



「フィヨルドだね。ノルウェー行ってみたかったんだよなー」


 元いた世界で叶えられなかったフィヨルド観光を異世界で堪能している。

 ニグルは、不思議な気持ちになっていた。


 ニグルは、お互いの感動を共有しようと、自然な所作でルルの腰に手を回した。

 ルルはニグルに身を寄せ、頭をニグルの肩に乗せた。

 それに気付いたエルが、ソエルの杖をニグルの臀部に叩き付けた。

 


「フィヨルド・・・ヒョルド・・・ヒョランド・・・異世界人の命名ですかね?」


 モリは基本的に、風景に興味が無いない。


「それはわからない。今のヒョランドには亜人族しか住んでいない。異世界人はいない。昔のことはわからない」


 ポノが答えた。

 

「ポノさんも亜人族なのですか?」

「ああ」


 ポノはフードを脱ぎ、獣の耳が付いた頭部を露わにした。


「獣人さんだ!犬耳!」


 フィヨルドの美しさにも目を奪われなかったモリが、ポノの耳を見て目を輝かせた。


「違う。俺のは狼耳だ」


 そこはポノのプライドの部分なのかも知れない。


「じゃあほぼ正解だよ」


 ニグルは、ポノの言葉の裏側に斟酌せず、あっさりと言い切った。




 静かな深い入江をゆっくりと奥まで進むと、行き止まりに狭いながらも浜があり、浮桟橋が繋がれている。

 船はそこで停泊した。


「ようこそヒョランドへ」


 ポノはそう言いながら、浮桟橋に飛び移った。

 ニグル一行もそれに続いた。



「女王はどこだ!」

「おや、ポノ。お前、出稼ぎ中じゃなかったのか?」


 ポノが闇雲に大声で尋ねると、一人の老人が反応した。


「女王が言っていた異世界人を連れてきた」

「おお!女王が喜ぶな!女王は今、すぐそこの丘で犬達と一緒に羊を追っているぞ」

「そうか。行こう」


 ポノはニグル一行の方を振り返りながら歩き始めた。



 羊の群れが、丘からニグル達がいる浜に向かって走り降りてきた。

 その羊達の後ろを、随分と楽しそうに笑いながら走る若い女がいる。

 氷河の女王である。


「女王。崖の上の集落に住むポノだ」


 ポノが氷河の女王に声をかけた。


 氷河の女王は立ち止まり、フードを脱ぎ、手の甲で額の汗を拭った。

 ニグル一行は皆、汗で輝く氷河の女王の顔を見て、美しいと思った。


「崖の上のポノ?出稼ぎ中じゃなかったの?」


 氷河の女王は、笑顔のまま首を傾げた。


「客を連れてきた」

「あら珍しい。どういう人?」

「異世界人冒険者だ」

「え、まさか・・・」

「多分」

「嬉しい!」


 氷河の女王の笑顔が弾けた。


「いや、本当に女王が言っていた男かどうかはまだわからないが」


 氷河の女王の眩い笑顔を見て、ポノは照れた。

 同時に、まだ人違いである可能性があることを考え、女王をがっかりさせてしまうかも知れないと思い、怯えた。


「それはそうだけど、そんな事より、私の我儘のために大切な出稼ぎを途中で切り上げてまで連れて来てくれたことが嬉しいの。あなたは本当に優しい人。ポノ、ありがとう」


 氷河の女王は、その美しい顔に満面の笑みを浮かべたまま、ポノの手を取った。


「お、おう・・・」


 ポノは顔を真っ赤にしながら俯いた。



「女王!久しぶりだな!」

「船さん!久しぶりね。元気だった?」

「お陰様で元気にやってるよ」

「今日はどうしたの?」

「女王の探し人を俺の船で連れて来たんだ」

「そうだったの?」

「ああ。女王のためだからな、無料で運んでやったぞ!」


 船主は、期待に満ちた顔を氷河の女王に向けた。

 しかし、船主の視線の先にある氷河の女王の顔は、幼子を叱る母親のような顔になっていた。


「そんな事しちゃ駄目じゃない。船で人や物を運ぶのがあなたの仕事でしょ?それで生計を立てているのだからちゃんと対価を受け取らないと。対価って、あなたがちゃんと仕事をした証拠でもあるのよ。真面目に仕事をしているという自負があるのなら、ちゃんと受け取らなきゃダメ」

「すまない・・・女王」


 船主は、髪にも髭にも白髪が混じった、それなりの年齢の男だが、母親に叱られた幼子のように口を尖らせながら、視線を地面に落とした。

 そんな船主に、氷河の女王は表情を優しくして微笑んだ。


「でも、船さんの気持ちはとても嬉しいわ。ヒョランドを出ても私のことを想ってくれているのね。それを知ることが出来て私、とても幸せな気分になれた。船さん、ありがとうね。幸せな気分になれたのに嫌なことを言ってごめんなさい。これからはプロの矜持を忘れずに」

「わかったよ女王。これからはちゃんとする。へへっ」


 船主は顔を真っ赤にしながら、上目遣いで女王の顔を見た。


 そんな船主を、ニグルはゴミを見るような目で見た。


 船主はきっと、怒られつつ褒められる計算を立てていた。

 こいつは、Mだ。したたかなMだ。

 ニグルはそう断定し、見下していた。



「船主さん、ニグルさんと似てるね」

「は?」


 突然口を開いたエルに、ニグルは不快感を示した。


「ニグルさんはよく、子供みたいに可愛く拗ねる」

「マジですか」


 田中は、小馬鹿にした笑顔をニグルに向けた。

 ニグルは無言で、田中の脇腹を小突いた。




「あなた達が異世界人ご一行様?」


 氷河の女王が、ニグル一行に向き直って声を掛けた。


「私は異世界人ではありません。私はセノベ国キゼトの住人のエルです」

「あなたがエルさん?初めまして。子供の頃に、あなたのご両親にとてもお世話になったのよ。会えて嬉しいわ」

「そうなんですね。よろしくお願いします」


 何かを察したのか、エルは、閉ざした心に声を篭らせた。



「女王、例の男が来たと聞いたが」


 氷河の女王の従者が現れた。


「例の男かどうかはこれから確認するんだけど、まあ、ひと目見ればわかるよね」

「そうだな。久しぶりに会えて、嬉しくて涙が出そうだ」

「私も」


 二人の会話が何を意味するのか、ニグルには全くわからない。



 氷河の女王は、ニグルの目を見つめた。


「私はエイダ。氷河の女王と呼ばれているわ」

「エイダさんか。よろしくね。俺があなたの依頼を受けたニグルです」

「違うでしょ?あなたの本当の名前は・・・ヒロシ」

「え?」


 見ず知らずの女が、前の世界にいた頃の自分の名前を知っている。

 突然のことに、ニグルの思考が止まり、体が固まった。



「私が誰かわからない?わかるわけないか・・・こんなに若くて可愛いんだから・・・」

「誰?」


 自分で可愛いとか言っちゃうのか、と、ニグルは思ったが、それを口に出すには冷静さが足りない。


「私はね・・・」


 氷河の女王は、言いかけて溜めた。


「私は・・・あなたのお母さんだよ!前の名前はヒロコ!」

「はい?」


 ニグルの戸惑いは止まらない。


「いやいや、早くに亡くなったけど、そうは言っても五十過ぎだったし。こんなに若くなかったし」


 ニグルは必死に、鈍い頭を巡らせた。


「それにこんなに可愛くなかったし」

「失礼ね。失礼なのかな。貶されてるのか誉められてるのか、わからないわ」



 氷河の女王は、気を取り直し、再びニグルの目を見つめた。


「お母さんね、転生したの。前世の記憶を持ってこの世界に生まれ変わったの」

「そうなのか・・・いやそう言われたからって素直にお袋と認めるわけにはいかないけど」

「お袋なんて言っちゃって。ヒロくん、お母さんって呼んでたじゃない」


 エイダは、意地の悪い笑顔になった。


「う・・・」

「ヒロくんてばマザコンでさー」


 氷河の女王は、ニグルの背後に並ぶ、ニグル一行に顔を向けた。


「違う!お母さんが過干渉だっただけだろ!」


 ニグルは顔を赤くしてムキになった。


「お風呂も十二歳まで一緒に入ってたしー」

「いつも無理矢理入って来てたんだろ!俺嫌がってたのに!」

「ヒロシさんマザコンだったんだ」


 ニグルの背後から、田中がからかった。


「違うって!田中!ヒロシって呼ぶな!」


 ヒロシが赤い顔を田中に向けた。



「なんかイメージと違う」


 ルルが冷えた声を出した。


「だから違うって!引くな!」


 ヒロシは赤い顔をルルに向けた。




 エイダは突然、エルに視線を向けた。


「ヒロくん、エルさんと付き合ってるんですって?マグスの手紙に書いてあったわ」

「うん」

「そんなロリっ子よりお母さんの方が良くない?胸あるし」


 エルから視線を外したエイダが、首を傾げながらニグルの目を覗き込んだ。


「ヒロくんがタンスに隠してたエロ本、何だっけ?巨乳コレクションじゃなかったっけ?」

「あのエロ本の存在バレてたのかよ!」


 ニグルしか知らないはずの秘密を暴露され、ニグルは取り乱した。



「ヒロシさん巨乳好きなんだ・・・」


 エルが俯きながら、暗い声を出した。


「いや違う!それは本当に違う!たまたま本屋の目立つ場所に置いてあったから急いで手に取って買っただけだから!って、ヒロシって呼ぶな!」


 本当に巨乳好きではないニグルは、更に取り乱した。



「それきっと本能的に選んだんだよー。ヒロくんは本当は巨乳好きなんだと思うなー。それに、今は血がつながってるわけじゃないんだから、いいじゃない」


 エイダがニグルの腕に抱き付いた。


「いやいやいや、そうじゃないだろ。自ら母親名乗っておいてさ」

「ちょっと引く・・・」


 エルがエイダを睨みつけた。


「いやこれはお母さんの冗談だから。お母さんはこういう人なんだよ。悪ノリが好きなんだよ」

「お母さんって認めてくれたねー」

「そうだね。認めざるを得ないね。このうざさはお母さんで間違いないわ」


 母との悲しい死別から十七年。

 騒々しい再会ではあるものの、目の前に母の生まれ変わりがいるのだと確信してみれば、ニグルは素直に感動せざるを得ない。



「お母さん、久しぶり」


 凶悪な顔をした四十歳の息子が、改まって告げた。


「うん、久しぶり。生まれ変わってまた可愛い息子と会えるなんて、私は世界一の幸せ者だね」


 十七歳の母親が、先程までの騒がしさが嘘のような落ち着いた眼差しで、息子の顔を見つめた。

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