獣人達
クタの港を発った貨物船は、南洋の海を削るように進んでいく。
力強く、勤勉に、大きな白波を立てながら。
貨物船の甲板上では、ニグル一行が思い思いに時間を過ごしていた。
田中とルルは筋トレにいそしみ、ニグルとモリは何もせずにただ寝そべっていた。
エルは、貨物船警護の任に就いている魔法使いと共に、舳先で貨物線にたかる魔獣を撃退していた。
「カモさんいないからガンダムトークが出来ねぇよ」
同年代の元異世界人にして、元悪魔で現在は杖であるカモを失ったニグルは、南洋を越える貨物船の甲板上で暇を持て余していた。
「ファーストですか?」
ニグルの隣で、モリが反応した。
「僕、ファーストあんまり好きじゃないんですよねー」
「そりゃ世代的に・・・いや・・・坊やだからさ」
セリフが決まり、ニグルは頬を赤く染めた。
「よくわかりません!眠くなってきたので寝ます!」
そう言うや否や、モリは瞬時に眠りに落ちた。
「モリは寝ちまうし田中とルルは筋トレしてるし!」
ニグルは、暇であることにストレスを感じ始めていた。
「エルは俺を放っておいて魔法の練習なんてしてるしな!」
ニグルは、不貞腐れながら舳先に向かって大声を出した。
「最初から大炎を撒き散らそうとしてはいけませんよ。まずは大きな火の玉を作るのです」
「はい」
「次に、火の玉を敵に向けて放ちます。火の玉のままですよ」
「はい」
「敵の目の前まで行ったら、そこで火の玉を散らすのです」
「はい」
エルは、貨物船にたかる魔獣を撃退しがてら、貨物船警護の魔法使いから、魔法の基礎を学んでいた。
「エルー。魔法の勉強はどんな感じ?」
邪魔をしてはいけないと思いつつ、ニグルはエルの背中に向かって声をかけた。
大魔法使い夫婦を両親に持ち、かつて幼き天才と讃えられ、母から英才教育を受けたエルである。
常に残念感が付きまとう魔法使いと言えど、今さら他人から教わる事など無いであろう。
そう思っていたニグルにとっては、意味の無い、ほんの軽口のつもりであった。
「すっごく勉強になる!知らない事だらけ!師匠は凄い人!」
エルは大興奮。
ニグルは驚愕。
そもそも、そんな凄い師匠が貨物船の警護の任に就いているのかと、ニグルはそこにも驚いた。
「師匠はそんなに手練れなんですか?」
ニグルは、師匠に直球で質問した。
「セノベの魔法使いとしては中の下くらいですかね。冒険者になり切れなかった半端者です。海上には強い魔獣ほとんどいませんから、私程度でも間に合うのですよ」
師匠は包み隠さず答えた。
聞かなければ良かったと、ニグルは思った。
中の下の魔法使いが知っている基礎をエルは知らない。
遠征前のソエルの特訓とは一体何だったのだろうか。
「スブル行く前の特訓、何してたの?」
「ママが魔法の名前を考えてくれた」
「碌でもない名前を考えてただけなのか・・・」
外洋に出ると、魔獣が船に集まりがちである。
外洋上で大船を襲う魔獣と言えば、空を飛ぶ魔獣だけである。
空を飛ぶ魔獣を倒すとなると、魔法使いの出番である。
魔法を使えないニグルとモリとルルにとっては、船旅とは暇なものなのである。
視線をエルの背中から青い空に戻していたニグルが、あくびをしながら田中に視線を向けた。
「田中くんは魔法使えるの?」
元いた世界でニグルと同じ会社で働いていた田中は、ある日転移し、キゼトからスブルへの街道沿いで気を失っていた。
そんな田中をニグルとエルがスブル遠征の途中で拾った。
その後、田中はニグル達と別れ、マグスに連れられキゼトに行き、マグスとその妻ソエルの下で修行に励んだ。
「僕、戦士系です」
「覚醒した?」
「しましたよ。カウンターが得意です」
「覚醒したってことは・・・ソエルとやったの?」
「まぁ、そうなんですけど、そんなはっきり聞きます?」
マグスの妻ソエルは、エルフと魔族の血を持つハーフエルフである。
元冒険者であり、大魔法使いとして知られると共に、その多淫さ故に淫婦としても有名であった。
その肢体に流れる淫婦の血は、性を交えた者の潜在能力を大きく覚醒させる作用を持っている。
田中以外にも、夫である「偉大なる大魔法使い」マグス、親戚の「交わり合った血の奇跡」イフォック、娘である「元幼き天才」エル、その他諸々を覚醒させている。
淫婦の血は娘のエルにも受け継がれており、エルはニグルとルルを覚醒させている。
「ソエルが覚醒させたってなると、相当活躍しなきゃだな。マグスやイフォックと肩並べなきゃ」
「さすがにそれは無理でしょー」
淫婦の血で大きく覚醒させると言っても、元々持っている潜在能力を引き出す量が多いということであり、その潜在能力の最大値を更新するわけではない。
淫婦の血の前では、潜在能力の最大値の差が、覚醒後の冒険者としての能力の差となって顕れる。
「それはともかく・・・ソエルは、どうだった?」
「めちゃくちゃ、良かったです・・・」
性の交わりにおいて、経験値は裏切らない。
「キゼトのお客さん方、着きましたよ」
いくつかの港を経由した先、船長から下船を促されたその港は、氷河の国という言葉から連想される光景とはかけ離れた、大雑把に言うと緑色の大地の片隅であった。
「ここが氷河の国?この世界ではこれが氷河?」
ニグルは軽く混乱した。
「ここは氷河の国じゃないですよ」
船長は面倒臭そうに返事をした。
「ん?俺たちは氷河の国に行きたいんですけど・・・」
「聞いてますよ。マグス様から」
「じゃあ」
「定期船はここまでなのです。この先は船を買うなり雇うなりして行ってもらうしかないですよ。マグス様から聞いていなかったんですか?」
「聞いておりませぬ」
「とにかく、私たちはここで荷物をおろしてまたクタに戻ります」
船長は、食い下がろうとするニグルを持て余した。
「なんで氷河の国まで行かないんだよー」
「氷河の国になんて用事ありませんよ。貨物船は」
船長の声に苛立ちが混ざり始めた。
「なぜ」
「氷河の国は交易を行なっていないからですよ」
「鎖国?」
「そうじゃないです。交易品なんて代物が無いからです。貧しい辺鄙な土地なんですよ」
ニグル一行は顔を青ざめさせながら、お互いの顔を見合った。
定期船が出ていないという不便さも去ることながら、交易品を持たないという僻地ぶりに、皆一様に愕然とした。
南洋には、いくつもの小国が存在している。
小国ばかりと言えど、それぞれが資源に恵まれており、豊かな国が多い。
資源地を奪い合う争いが頻発してはいるが、小競り合いを繰り返している程度でしかない為、平和とは言えないものの乱世とも言えない。
ニグル一行が船を降ろされたのは、南洋諸国の一つ、ソルディ国の港である。
ソルディ国民には人族が多いが、亜人族も多い。
セノベやスブルといった北方の大国と比べて、獣人族が多いのが特徴である。
「思ったより、獣だな」
初めて獣人族を見たニグルが呟いた。
「人間の顔に獣の耳って感じを想像しますよね。普通」
初めて獣人族を見た田中が呟き返した。
「狼男みたい」
初めて獣人族を見たルルも呟き返した。
「ケモ耳!モフモフしてそうですね!楽しい時にはあの尻尾を振るのですかね!」
初めて獣人族を見たモリのテンションが高い。
「個人差があるって聞いたよ」
両親から冒険譚を聞かされて育ったエルは、獣人族を見るのは初めてながら、知識だけは持っている。
「モフモフ加減に個人差があるんですか?」
「そこじゃなくて。そこも個人差あるだろうけど」
目を大きく開いて興味を示すモリに、エルは戸惑った。
「獣人族と魔物や魔獣との違いがわからない・・・」
「それ、差別になるから言っちゃ駄目だよ」
「はい」
この世界の禁忌にふれたニグルを、エルが小声でたしなめた。
「あの犬耳さん可愛いですよ!」
モリが指差す先を見ると、人間の顔に犬のような耳が付いた少女が歩いていた。
「おー。あれだあれ。あの感じを想像してたんだよ」
ようやく先入観に合った獣人を見つけたニグルが、モリのテンションに釣られた。
「あれなら亜人族って感じするけど、二足歩行してる喋る獣顔はなー」
「差別ダメ。絶対」
「はい」
再びこの世界の禁忌にふれたニグルを、エルが小声でたしなめた。
ニグル一行が獣人族の少女を観察していると、動物の毛皮を身に纏った集団が現れた。
毛皮のフードに毛皮のマント。いかにも氷河の国の民といった出で立ちである。
「これはあれだ。どう見ても氷河の国の住民だ。ちょと話聞いてくるよ」
ニグルはゆっくりと、氷河の国の民と思われる集団に走り寄った。
ニグルが走り始めたその時、クタの街で見たのと同じ、空を這う蛇が再び現れた。
しかし、走っているとは思えない遅さで走るニグルに目を取られ、誰一人気付かなかった。
「やっぱり氷河の国の人達だってさー!傭兵として出稼ぎに来てるんだってさー!」
毛皮の集団の中に紛れながら、ニグルが大声を出した。
大声を出しているニグルと、残りのニグル一行メンバーとの間に、黒い結界が出現した。
「これってこないだのと同じ結界かな」
ニグルは、事もなげに結界を消滅させながら、一行の元に戻って来た。
「ニグルかよ!」
聞き覚えのある性別不明の甲高い叫び声が、空から降ってきた。
見上げると、ニグルの真上、ニグルと太陽の間に、小柄な人影が浮かんでいた。
「ニグルだよ!」
「お前がニグルかよ!じゃあクタで俺に嘘をついたって事か!」
「あ、やべ」
「嘘つき!」
吐き捨てながら、小柄な人影はどこかへ飛び去った。
「結界、消滅させたよな?」
「歩いただけで結界消滅させた!」
「有名な冒険者なのか?」
氷河の国の住民達が、歩いただけで結界を消滅させたニグルに驚き騒ぎ始めた。
「まだ、初心者の域を脱しない冒険者だ」
氷河の国の住民達の元に戻ったニグルが、キリッとした表情で告げた。
「こいつじゃないか?女王が言ってた異世界人って」
「出鱈目な冒険者ってやつ?」
「そいつそいつ」
「そうだ。多分俺がそいつだ。氷河の国まで連れてってくれ」
氷河の国の住民達は、輪になり相談を始めた。
「女王のためだ。誰か連れてけよ」
「稼ぎが減るから嫌だ。お前が連れて行けよ」
「嫌だよ。でもみんな嫌だよなぁ」
「でもでも、女王のためを思うなら、連れて行かなきゃなぁ」
「今回の全員分の稼ぎを一旦まとめて、今ここにいる全員で山分けってことにしないか?」
「それなら連れてく奴だけが損ってことにはならないな」
「それなら行ってもいい」
「俺は最近女王に褒めてもらっていないから俺が行きたい」
「俺だって褒められたい」
「お前は先週褒められたばかりだろう。今回は俺に譲れ」
「俺はまだ褒められたことない」
「じゃあ、仕方ないな。お前が連れてけ」
案内役を務めることになった男が、ニグルの前に立った。
「連れて行こう。しかし乗ってきた船は置いていかなければならない。貸し切り船を雇わなければならない」
「金は多分大丈夫だけど、どこで雇えるのかわからない」
「氷河の国出身の業者がいる。事情を話せば何とかしてくれるだろう。女王のためだからな」
氷河の国の住民達の、氷河の女王への愛の強さがニグルに伝わった。
ここに来てようやく、ニグルは女王に興味を持った。




