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海路、再びクタ

「あー!イルカさんだ!」

「この世界にもいるのですね!」

「私イルカ好きなのぉ。ジャンプしてくれないかなぁ」


 青い水面を白く切り裂く背びれ。時折見えるつるりとした灰色の背中。

 船に並走するように泳ぐその姿は、まるで人類との融和を求めているかのような、テレビでよく見る感じのイルカそのものである。


 ニグルとモリとルルは、この世界にもイルカがいることに興奮を抑えられない。


「ん?イルカ・・・さん?」

「あ?」

「ニグルさん、さっきイルカにさん付けしましたよね!」

「してねぇよ」



「みんなが居た世界ではイルカって言うんだ・・・あんなもの見て、なんでそんなに興奮しているの?」


 エルには、三人の異世界人がなぜ興奮しているのか理解出来ない。


「いやいやいや。イルカさんが船と一緒に泳いんでくれてんだぞ?そりゃ興奮するだろう」

「ほら、さん付け」

「この世界のイルカは人気者じゃないの?私たちの世界では一番人気の動物なんだけど」

「一番と言い切るのはどうかと思うけど、まぁイルカさんは間違い無く人気者だな」

「また、さん付け」

「なんで人気者なの?」

「なんでって・・・顔が可愛いし、鳴き声も可愛いし、賢いし。あのつぶらな瞳で見つめられてキューって鳴かれたら鼻血でるぞ。でも本当は俺、ペンギンくんの方が好きなんだよな。あの歩き方がたまらんのよね。でもあいつらってば糞は」

「賢いのはわかるんだけどっ!顔が可愛い?鳴き声が可愛い?ニグルさんたちがいた世界の感性が理解出来ない」


 ニグルの話が長引きそうだと察したエルは、精一杯の大声で被せた。


「世界が違うとその辺も違ってくるのかねぇ。でも、エルのことは、俺たちもこの世界の人たちも絶世の美少女って認識で共通してるみたいだけどな」


 感性にズレが無いという例を出しつつ、ニグルはエルに媚びた。


「それは、ニグルさんだけが思ってくれれば、私はそれだけで満足なんだけど」


 エルはちょろい。

 頬を紅く染め、首を傾げながらニグルに微笑みかけた。


 ニグルは目を爛々とさせ、鼻腔をひくつかせながら、エルの可愛すぎる笑顔をじっと凝視した。



「あ!イルカがジャンプしましたよ!」


 ニグルとエルが二人の世界に入り込もうとしたその時、モリが殊更に興奮しながら叫んだ。


「凄いジャンプ力!顔見えますよ!えー!」

「本当だ!かわ・・・えー!」

「サービス精神旺盛なイルカさんだえー!」


 灰色の背中、その下は黄土色の胴体。

 黄土色の胴体の先には、中年男のような顔。


「ぐげぇぇ」


 そしてゲップのような鳴き声。


 三人がイルカだと思い込んではしゃいでいたその生き物が何であるのかはわからないが、少なくともイルカではなかった。


 ここは元いた世界とは色々と違う異世界。

 そのことを改めて思い知らされ、三人は愕然とした。


「生物って環境に順応するために進化するんじゃないのか?水中で速く泳ぐためには流線形になる必要があったんじゃないのか?あの顔じゃ駄目だろ」


 ニグルは憤慨した。


「それは我々がいた世界の生物の話だ。例えば極東人の低い鼻は、人類がより東へと移動していく中で、寒冷地での生活に適応するために、凍傷になりにくくなるよう進化した結果であるという説がある」


 表情が無いのでわかりにくいが、カモはカモなりに、したり顔で説明した。


「ロシア人鼻高いぞ。日本人より相当高いぞ。そして大抵の日本人より遥かに寒い場所で生活しているぞ」

 

 ニグルはしたり顔で指摘した。


「しかしそれは、あくまでも我々が元いた世界での話であり、奴らは不合理なこの世界の生物であり、不合理そのものの魔獣だ。進化論の定義など当てはまらない」


 カモはニグルを完全に無視して、完成された無表情で言い切った。



「良かった。イルカっていう一番人気の動物は、もっと可愛い別の生き物なのね」

「なんなんだあいつら!こっ酷く騙された気分だ!エル!あいつら全滅させようぜ!」

「あれは人魚っていう魔獣だよ。この船の乗組員の人達が餌付けして、船を守らせているんですって」

「あれで人魚ってのも釈然としないけど・・・守ってくれてるなら殺すわけにはいかないな・・・」

 


 

 青い空と青い海に挟まれた水平線を進む船で、ニグル一行は港町クタに向かっている。


 クタは、対南洋貿易の玄関口であるが、対スブル王国貿易の玄関口でもある。


 直線距離ならば、キゼトの方が近い。

 旅程ならば、やはりキゼトの方が近い。


 しかし、キゼトからの陸路では、険しい山岳地帯を通らざるを得ないため、大量の荷物を運ぶのには適さない。

 また、山岳地帯には交戦的で強大な魔獣が多いため、護衛にかかるコストが高い。


 自然、セノベ国とスブル王国の交易路は、海運ルートが主要となった。


 

 エルは一つの疑問を持った。


「カモさん、なぜ商隊を襲わなかったのですか?」


 セノベとスブルの交易が滞ったという話を聞いたことがない。

 

「うむ・・・私が襲っていたのはナバタ村に害をなす恐れがあると感じた者だけだ・・・」


 カモが、か細い声で答えた。

 波に揺られるうちに、カモは船酔いに襲われていた。


「そもそも、王都から港までの輸送ルートは、ナバタ村より南にある。あんな辺鄙な開拓地に繋がる道が輸送ルートであるわけがない。人に聞く前に少し考えてはどうか」

 

 カモは、少し機嫌が悪い。


 カモは、体を失った元悪魔の生首であるだけに、吐き気はない。

 ただただ目眩と頭痛に悩まされていた。


「ちっ」


 八つ当たりをされたと感じたエルは、舌打ちをした。



 カモの八つ当たりで気分を害したエルは、黙って陸地を眺め続けていた。

 やがてエルは、陸地に何かを発見し、気を取り直した。


「ニグルさん。あれ」


 エルが指差す方向に目を向けると、ニグルの目に段々畑が映った。


「おぉ。懐かしいな」


 二人にとって思い出深い場所、バンゴ村だ。

 懐かしいと言っても、初めての悪魔討伐をバンゴ村の砂浜で行ってから半年も経っていない。

 

 海からならば、段々畑の全景を見渡せる。

 街道から見下ろすバンゴ村の景色も美しかったが、海から眺めるバンゴ村もまた美しい。


「カモさーん。あんな感じで、海沿いの棚田作れないもんかな?」


 ニグルは甲板に転がっているカモに尋ねた。


「・・・水を引ければ可能であろう」


 船酔いに苦しむカモが、か細い声で答えた。


「そうか。クタに着いたらサノさんに手紙書いてよ。一度バンゴ村見に行ってって。バンゴ村の村長には知らせておくから」

「貴様にそんな力があるのか」

「あの村なら」


 ニグルとエルにとって初めての悪魔討伐は、悪魔被害に悩まされていたバンゴ村を救い、悪魔に殺害された何人もの住民の仇をとり、残された住民達の溜飲を下げた。


 悪魔討伐を祝う宴は、村の経済を傾けるほどの規模で行われた。

 ニグルとエルは、村の救世主として崇められた。

 と、ニグルは認識している。



「バンゴ村が見えたってことは、もうすぐクタに着くんじゃないか?」

「クタに着いたら何泊かしましょうよ!フグリさんに会いたいですし、お寿司屋さんにお米をあげたいのです!」


 モリはフグリの指導の下で、モリとニグルとエルの装備を製作した。

 モリにとって、フグリは師匠と言える存在なのである。


「いいな!あの寿司屋に米あげたらきっと喜ぶぞ!ちゃんとした寿司が食えるな!」


 ニグルは、酢まみれになったクレープの上にネタを乗せた寿司を思い出し、眉間に皺を寄せながら口角を上げた。


「お寿司食べれるの!?楽しみ!」


 ルルは、久しぶりに寿司を食べれる未来にたわわな胸を弾ませ、若い女性らしく喜んだ。


「本当のお寿司が食べれるんだ!」


 酢まみれのクレープの寿司が気に入っていたエルではあるが、ルルの喜び様に釣られた。


「私も寿司を食べたい」

「カモさん、もの食えるの?食ったもんどこに行くの?」

「異次元だ」

「マジか」

「すまん。知らん。杖になってから何も食べていないからな」

「じゃあ試しに食べてみようか」

「うむ」


 表情には現れないが、カモの杖は船酔いを忘れてワクワクしている。




「よく来てくれた。馬車は工房の中庭に停めるといい。ここなら盗難の心配は無いが、念のため幌をかけておくといい」


 クタに着くなり、ニグル一行はフグリの工房を訪ねた。


 悪魔被害に苦しめられていた故郷をニグルが救ってくれた。

 その恩をフグリは忘れない。

 

「もちろん宿舎の空いている部屋を自由に使ってくれていい」


 フグリは、ニグル一行の滞在中は、最大限に融通を利かすと決めている。


 

「フグリさん、こちらはルルといいます。パーティーの一員です」

「よろしく頼む、ルルさん。美しい方だな」

「よろしくお願いします」

「しかし少し汗臭いな」


 汗臭いと言われることが癖になったルルは、積極的に汗をかき、夜まで体を拭かずに放置するよう心掛けてしまっている。



「これはカモの杖といいます」

「なんだそのおぞましい杖は・・・それに、杖を紹介されるのは初めての経験だ」

「よろしく。おぞましい見た目で恐縮だ」

「喋るのか!」


 ニグルは、このリアクション見たさにカモの杖を持って歩いていると言っても過言ではない。


「なんと!この杖・・・元悪魔です!」

「なんだと!また悪魔を討伐したのか!」

「討伐した上に仲間にしましたよ」


 ニグルは自慢げに、ニヤリと笑いながら言った。


「仲間に!ニグルさんは優秀な冒険者であるだけでなく、悪魔使いでもあるのか・・・」


 フグリはもう、どう反応すればいいのかわからない程に驚いている。


「悪魔使い?って何?」


 ファンタジーに疎いニグルは、エルに教えを乞うた。


「悪魔を召喚して使役する人」


 エルは感情を込めずに答えた。


「あ、そういう感じではないです」


 ニグルはフグリの方に向き直って否定した。


「そうだな。私はこんな奴に使役されていない」

「こいつ首だけだから何も出来ない。使い物にならない悪魔なんて使役しない」

「魔法は使える。ただ使う気が無いだけだ」

「(そうだったのか・・・)俺がお前を持ってる限り、お前の魔法は全て無効化しちまうからな」


 中年二人のいがみ合いを見せられ、エルとモリとルルは白けた。


「早く荷物運ぼうよ」


 エルがニグルに作業を促した。


「わかった。とりあえずカモは馬車の荷台に転がしておく」

「いい歳して意地悪しないの」


 十代半ばにしか見えない三十歳の外見美少女エルフに注意され、凶悪な顔の中年はしょげた。


 その様を見て、表情がないためわかりにくいが、カモはニヤニヤした。


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