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この世界のサノ

 華やかな世界ではなくとも、サノにとって、農業指導員は趣味と実益を兼ねた天職であった。

 元いた世界では、寝る間は惜しまなくても休日は惜しんで働いた。


 求められればいつでもどこへでも顔を出した。

 自らも体を動かし、求める者へは惜しみなく蓄積した知恵と経験を享受させた。


 仕事以外に興味が無かったサノは、自分の仕事の舞台の美しさ、そこを過ぎる曖昧な時間の流れに気付く事もなかった。


 暇な時間にどこに視線を向ければいいのかがわかったのは、この世界に転移して数年後のことであった。



「今の時期はそれほど忙しくない」


 生来の働き者とはそういうものなのだろうか。

 暇であるというそれだけの事を、サノは照れ臭そうに言った。


「その上、実作業のほとんどを若い者に任せている」


 サノは、作業する人影が見当たらない田んぼを楽しそうに眺めている。

 その目は、達成感や満足感以外の、もっと素朴な感情に彩られているように、ニグルには思われた。



 開拓初期は、少ない人数で粉骨砕身の働きをせざるを得なかった。

 しかし、ナバタ村の人口が増えた今、サノは農業指導に専念する時間が増えていた。


 余計な事務作業が無い生活の中で、農業指導に専念するサノの視界に、自分の仕事を取り囲む仕事以外のものが入る余裕が生まれた。

 サノは、新たに視界に入るようになったそれらに魅了された。


 サノもニグル同様に、元いた世界よりこの世界が気に入っていた。




 サノ達が拓いたナバタ村には、噂を聞き付けた異世界人が数多く集まっていた。

 冒険者になり切れなかったスキル持ちの異世界人の駆け込み寺のような面もあり、また、奴隷身分の異世界人が逃れてくることも稀にあった。


 元いた世界での職業は様々であったが、誰もがサノの指導の下、慣れない農作業に勤しんだ。

 それ以外に同胞のコミュニティで生きていく選択肢が無かったのも事実だが、サノの人柄がそうさせた部分もあったのであろう。



 冒険者になり切れなかったとは言えど、スキル持ちの異世界人は自衛戦力になる。

 自衛戦力を高めていく内に、この世界の住民からの迫害は自然消滅した。


 人口が増え、迫害が無くなり、稲作が軌道に乗り、耕地面積を増やし、僅かではあるがナバタ村の住人以外にも米を分け与えられるようになった。


 農業指導者であり、ナバタ村の実質的な首長でもあるサノは、余剰な米を最初に配るべき相手として南の村の住人を選んだ。


 迫害された。双方に行方不明者が出た。何度も衝突した。

 それでも南の村の住人は隣人であると、サノは思っていた。


 面積あたりの収穫量、味、栄養価。

 米という作物が持つ魅力のそのいずれもが、南の村の住人を惹きつけた。


 ナバタ村と南の村、異世界人の農民達とこの世界の農民達の融和が始まった。 



「最近は、近隣のこの世界の住民の村にも出張っているのだ」

「この辺り一帯の稲作地帯全体の農業指導者ってとこですか」


 太古の日本では、農業指導者のような立場の者が権力者になった。

 なんとなく、ニグルはそう想像していた。


 サノもいずれは権力の確立を図るようになるのだろうか。

 サノは人格者のようであるから、欲に駆られて権力を確立することは無さそうだが、権力を手にしたらどう変わるかわかったものでは無いとも思う。


「そんな立派な者ではないが、自分の経験がより多くの人の役に立つことは幸せなことだと思う。それに、この世界の色々なことを知ることが出来て、とても充実している」


 サノは満たされた笑顔で言い、言ってすぐに暗い表情になった。


「ただ、初期の頃の仲間の何人かは、殺されたり、病死したり、行方知れずになったり・・・今のこの喜びを分かち合いたかった仲間が、何人か足りない」

「行方不明は何人いるんです?」


 ニグルは何かを察しながら、質問した。


「それは、一人だ。カモという男だ。しつこく迫害してきた連中を殺して逐電したのではないかと、残った者たちの間では噂されている」

「どんな人だったのです?」


 ニグルには確信しかない。


「誰に対しても優しく、穏やかな男だった。仕事熱心で情熱もあって、頼りになる仲間だった。カモがいなかったら、最初期の苦労を乗り越えることは出来なかったと思う。あんな優しい男が人を殺せるのだろうかと、私は皆がする噂に疑問を持っている」

「こいつですか?」


 ニグルは、悪魔の杖を押し付けるようにサノの顔の前に出した。


「そんなに青白くなかった。いやそれより何なのだその悪趣味な杖は」

「この悪趣味な杖は、カモの杖といいます」


 ニグルの確信は揺るがない。


「え?悪魔の杖じゃ・・・」


 エルが口を挟んだ。


「カモの杖といいます」


 ニグルが重ねて言った。


「私は悪魔の杖だ」


 黙り続けていた悪魔の杖が、つい言葉を発した。


「喋るのか!」


 サノはもちろん驚いた。


「すまない。サノさん、私はカモだ。噂の通り、迫害していたこの世界の者たちを殺し、逐電した」


 カモの杖は、今までの経緯をサノに語った。

 カモの杖は、よく喋る。


「そうか・・・そうだったのか。あなたを止められなかった。あなたの怒りを宥められなかった。私達のために、手を汚させてしまった。本当に申し訳なかった」

「負の感情に流される方が心が楽だったのだ。私の弱さが原因だ。自業自得という事だ」



「積もる話もあるだろうし、俺達は席を外しますよ」


 ニグルはカモの杖を地面に突き刺し、立ち上がった。

 いかにも気を利かせた、という雰囲気を醸し出したが、実際には、自分達には関係の無いサノとカモの話に興味を示さないモリとルルに、気を遣っただけのことである。

 いや、実際のところ、ニグルこそうんざりしていた。


「すまない。宿に案内させよう。夕食まで体を休めるなり村内を見て回るなりしてくれ」

「泊まらせてくれるんですか!ありがとうございます!」

「当然だ。せっかく来てくれたのだし、カモと再会させてくれた。感謝の気持ちを示したい」




 カモの杖を除くニグル一行は、ナバタ村の隅々まで見て回った。

 モリとルルは、元いた世界にもあった景色の美しさをここで知った。

 エルは、ニグルが元いた世界で愛した景色の一端を知ることで、出会う前の記憶を共有したか様な錯覚を持った。


「個人的には人の動きを感じられる収穫期の方が好きなんだけど、この時期の田んぼもいいもんだ」


 四者四様、それぞれがそれぞれに満たされた。




「ニグルさんの好きな景色、私も好き。ニグルさんが好きだった景色を見られて、私も嬉しい。昨日までより、もっとニグルさんに寄り添えた気がする」

「嬉しいこと言ってくれるね。あの景色をエルが好きになってくれて良かった」


 ニグルとエルは、過去を振り返る度に感じていた物足りなさを、少しだけ埋められた気がしていた。

 お互いの思いを察し、確信し、二人は自然にお互いの唇を求め合った。


「でも今日は満腹だから無理だよ」

「えー」


 米三昧の持て成しを受けた後、ニグルとエルは久し振りに二人きりの夜を得ていた。


 エルは当然、期待した。

 ニグルも当初は、そのつもりでいた。


 しかしニグルは、食欲を満たし過ぎてしまうと性欲が衰える男だ。


「頑張ってる最中にうんこしたくなったら中折れしちゃうという懸念もある」



 エルは黙って服を脱ぎ、ニグルに密着した。

 今更、その気になった体を冷めさせることなど出来ない。


 元引き篭もりとは思えない、ただ痩せているわけではない引き締まった肢体。きめ細やかな肌。その肌に帯びたほのかな湿気。その湿気から感じ取れる生命の香り。

 それらがニグルの五感を刺激し、満腹感を忘れさせた。


 ニグルは左腕でエルの体を自分の体に押し付け、エルの唇を吸った。

 エルは舌を伸ばしニグルの舌に絡み付かせた。

 舌を絡め合わせる間に、ニグルのニグルはすっかり、いつも以上に硬直していた。


 衰えない自分に、ニグルは自信を深めた。

 しかしその自信の裏側には、ニグル自身も気付かない間に、エルの魔法が効いていた。



ーーーーーーーーーーーーー


「腰痛い。もうこれ以上は無理」

「こっちはまだ元気なのに・・・」


 エルは、ニグルのニグルヘッドをさすった。


「今が一番敏感なんだから触っちゃダメ!」


 ニグルは体をピクリと反応させながら困惑した。


「困った顔したニグルさんもかわいい」


 エルは、普段のエルとは結び付かない妖艶な笑みを浮かべた。


「からかうなよ」


 凶悪な顔の中年が、口を尖らせ拗ねた。


「拗ねたニグルさんもかわいい」


 そう言って、エルは再びニグルヘッドをさすった。


「あ、あっ。ダメだって」

「んふふふふ」


 エルの身体には確かに、ソエルから受け継いだ淫婦の血が流れている。

 そう確信し、心から満足したニグルは、腰の痛みを忘れた。


「俺の言うこと聞かない悪い子にはお仕置きだ!」

「あっ・・・んん」


 ニグルはこの後もう一度、腰の痛みを忘れた。


ーーーーーーーーーーーーー



「昨日、何回したの?」


 ルルが拗ねた顔をしてエルに尋ねた。


「三回」


 エルは何食わぬ顔をして答えた。


「あの歳で・・・ニグルさん、凄いね」


 ルルは、拗ねた心を忘れて驚いた。




「さて、行くか」


 久し振りに米で腹を満たし、心身ともに力が充溢したニグル一行は、セノベへの帰途に着いた。


「ニグルさん、土産だ。持っていってくれ」


 サノは、ナバタ村の若い衆をつかって、米俵を三つ、モリの馬車に乗せた。


「何食分になるのですか?」


 モリがサノに尋ねた。


「それは人によるが、茶碗ならざっと三千杯くらいかな」

「僕は一食三杯くらいでちょうどなので、一年近くご飯を食べられるのですね!」

「何故お前一人で全部食う計算をしているのか。お前は一年間米禁止だデブ」


 ニグルは眉間をピリピリさせながら、掌をモリに向けた。


「準備整いました!出発しましょう!」


 モリは馬車を曳く馬に鞭を打った。


「忘れ物無い?ちゃんと杖も積んだ?」


 ニグルが大きな声でモリに確認した。


「ちゃんと積んだよ」


 モリの代わりにルルが答えた。


「私はちゃんと馬車に乗っている」


 大きく開かれたルルの太ももの間で股間を見せ付けられながら、カモの杖も答えた。


 昨晩ニグルにもエルにも相手にされなかったルルは、こういう形で欲求の一部を満たしていた。

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