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白飯

 過去を振り返った生首の独白が終わる頃には、ニグル一行は水を打ったように静まり返っていた。


 とは言えど、独白内容の重さに心を引き摺られた訳ではない。


 空気を読めないモリは、興味の無い話を聞かされて心を虚無にしていただけである。


 元いた世界で都会暮らしの経験しかないルルは、生首の独白の大半を理解出来ず、周りに合わせて静かに聞いている振りをしていただけである。

 

 数ヶ月前まで引き篭もりだったエルには、生首の独白の大半を理解出来ず、ニグルに合わせて静かに聞いている振りをしていただけである。


 転移する前、旧い農村への移住を考えていたほどの田園風景好きのニグルは、早くナバタ村を見てみたいという欲求が募り、早く生首の話が終わるよう祈りながら、静かに聞いている振りをしていただけである。



「この世界の者どもは、変化を望まない。進歩しようとしない。高い知能を持ちながら進歩しようとしないのは、もはや逆行と言っても過言ではない」


 久し振りの他人との会話にテンションが上がった生首は、勢いに乗ってこの世界批判を始めた。


「そこが気に入っている。自分達の進歩ばかり求めて、自分達の首を絞めようとしている連中ばかりの世界よりはマシだ」


 余計な事を言うと話が長引くと思い黙っていたが、この世界のことを気に入っているニグルは、この世界のことを批判されて黙っていられなくなった。



「共存か」

「共存だ。この世界の人間の方が、人間以外のものと上手く共存している」

「そういう見方もあるのか」

「これからはそういう見方をしろ。どうせお前にはもう何も出来ないのだからな」

「これから・・・私にトドメを刺さないのか」

「トドメ刺す代わりに棒刺したら痛い?」

「私は痛みを感じない」


 生首の回答を聞き、ニグルは満足そうに微笑んだ。


「じゃあ適当な太さの棒をお前に刺して俺が持ち歩く。お前はこれから俺の持ち物だ。悪魔の杖とかどうよ?名前。ちょっと厨二っぽい?」

「名前負けしている。今の私には何も出来無いと言うのに・・・」

「気にするな。どうせただの悪趣味な装飾品だ」

「悪趣味・・・か」


 生首は、青空を見上げながら、突然現れた大きな転換期を受け入れる努力をした。



「ニグルさん、そんなおぞましい物を持ち歩くつもりなの・・・?」


 この世界の住人であり、習慣として悪魔に恐れ慄くエルにとってこそ、悪魔の杖は悪趣味極まりない。


「同世代の話が合う奴だからね。それにバイク好き仲間だし。な!杖!」

「バイクはそんなに好きじゃない」

「さあ!ナバタ村に行くぞ!お前の大好きなバイクで移動だ!」


 ニグルは聞こえないふりをした。

 生首は、ただただ青空を見上げた。



 悪魔の杖を手に入れたとは言え、バイクに乗っている最中は持て余す。

 悪魔の杖は、馬車の荷台の上に無造作に転がされた。


「扱いが雑だな」


 悪魔の杖は不平を口にした。


「雑な扱いは敗者の常だ。耐えろ」


 どうしようもないものは、どうしようもない。

 どうしようもないのだから、どうしようもない。


 ニグルの胸は少し痛んだが、悪魔の杖は痛みを感じないそうだから、割り切ることにした。


 生首は、青空を見上げながら、自分に与えられた運命を受け入れる努力をした。




 野営地から馬車の速度で半日、ニグル一行はナバタ村に辿り着いた。

 悪魔の杖の前身である痩せた悪魔の威光のお陰か、道中で魔獣、魔物、野盗、ならず者冒険者等に襲われることなく、長閑な道程であった。



 雑木林の中に造られた石畳の細い道が、ナバタ村の入り口になっている。

 その入り口の路傍には、石造りの道祖神が鎮座していた。


「道祖神か。こだわりを感じるな」

 

 石造りの素朴な道祖神が、農村好きなニグルの心の琴線に触れた。


 その道祖神は、人間だった頃の悪魔の杖の発案で設置されたものであった。


「私が言ったのだ。道祖神は外来の厄災を防いでくれるから是非置こうと。私の故郷に何体もあったのだ」


 この開拓村に対する悪魔の杖の思い入れは、本物だったのであろう。



「お前の出身地が分かった気がする。理知的で親切な人が多い、あそこかな」


 道祖神が何体もある地域など、日本全体で見ればごく限られている。


「今のこの様では故郷に対して恥ずかしい。私の故郷に対するお前の印象がいいようだから、ますますだ。だから、それ以上の詮索はしないでもらいたい」

「わかったよ」


「日本列島の、わりと真ん中に近いとこだろ」

「詮索するなと言っている」

「蕎麦美味いよな」

「貴様は私の願いを聞き入れたはずだ」

「ツーリングでよく行ったんだよ」

「黙れ」

「日本アルプスが」


 言い終わらないうちに、ニグルの後頭部に衝撃が走った。

 振り返ると、エルがソエルの杖を持ち上げ構えていた。


「ニグルさん、しつこい」


 ニグルの後頭部に打ち付けられた、エルが持ち上げている杖の先端には、淋しい夜のソエルが付着させた染みがある。


「わかった。やめる」


 染みの部分をまじまじと見たニグルは、少しだけ嫌な気持ちになり、詮索をやめた。




「今でも迫害続いてんのかな」


 道祖神を眺めながら、ニグルが悪魔の杖に尋ねた。


「悪魔になってからは近付かないようにしていたからわからない」


 悪魔の杖は、道祖神は外来の厄災を防いでくれると言っていた。

 道祖神の設置を発案した当人が悪魔になり、村に近付かなかったと言うのは、何とも皮肉なようにニグルには感じられた。

 

 実際には、かつての仲間を怯えさせないよう、痩せた悪魔が気を遣っていただけなのだが。



 

 道祖神の前を行き過ぎ雑木林を抜けると、視界全体が明るい光に包まれた。

 明るさに目が慣れてくると、そこに見渡す限りの美しい水田が広がっていることに気が付く。


 地平線から、視線を上に向ければ向けるほど濃くなる青空、その青空に浮かぶ濃い白の雲。

 地平線から、視線を下に向ければ向けるほど再び濃くなる青空、その青空に浮かぶ少しぼやけた白い雲。


 いくら美しい水田が広がっているとは言え、そう滅多に見られる光景ではない。

 天気、日差し、風、湿度。全てが揃ってようやく目にすることが出来る。

 いい日に来れたものだと、ニグルは感動した。


 初めて見る美しい光景に、エルは目を潤ませ感動を噛み締めた。

 元いた世界では田園風景に興味を持ったことがないモリとルルも、この美しい光景に潜在的な郷愁を感じさせられた。


 悪魔の杖は、見届けることなく離れてしまったこの地の現在の美しさと成果を目の当たりにし、茫然自失となった。



 何も言葉が出てこない。

 田園風景を見慣れている者も、田園風景を初めて見る者も、田園風景に興味を持ったことが無かった者も、本来の目的を見失い迷走してしまった者も、皆等しく言葉を忘れた。



「旅人か。いや冒険者か。冒険者がこの村に来るのは随分久し振りだ」


 田んぼに向かって無言で立ち尽くす五人の横から、男が声を掛けてきた。

 声に釣られて四人が顔を向けた先には、カチッとした硬い表情の男が立っていた。


「この声は、サノさんか」


 一人だけ田園風景に視線を取り残された、悪魔の杖が呟いた。

 その呟きは、細い水路を流れる水の音にすら掻き消されるほど、小さなものであった。



「私はこの村で農業指導をしているサノです。この村の名物は米という食材だ。米で作った料理を食べてみませんか」


 硬い表情を崩しはしないものの、サノは気さくな態度を示した。


「じゃあ、茶碗一杯でいいので、白飯を食べさせて下さい」


 ニグルは、思わず笑顔になった。



「茶碗で白飯・・・おお、あなた方も異世界人でしたか」

「ええ、異世界人が三人と、この世界のクオーターエルフが一人です」

「この世界の人と異世界人が混在するパーティーとは珍しいな。素晴らしいことだ。私も食べ物を通してこの世界の人と異世界人の融和を目指している」


 サノは、硬い表情を崩した。


「色々と話をしたいところだが、まずは飯をご馳走をしよう」


 サノに連れられて、四人と一本は、村の集会場に併設された食堂に入った。

 

「今から米を研ぐので一時間ほど待ってほしい。釜で炊くから、あなた達のような若い人達が食べていた飯よりも美味いぞ」


 そう言うと、サノは米を研ぎ始めた。


 久しぶりに白飯が食える。

 そう思えば、一時間待つ程度、苦にもならない。



「クレープと比べると、随分時間がかかる料理なのですね」


 この世界の住人であるエルは、当然初めて食べる白飯である。

 

「確かに時間はかかるけど、美味しいんだよ。最初は味気なく感じるかも知れないけど、噛めば噛むほど甘くなるの。それにね、どんな料理とも相性がいいんだよ」


 ルルがエルに答えた。


「じゃあ、クレープで巻いても美味しいの?」

「そうじゃないです!クレープに代わるものです!クタで食べたお寿司覚えてます?あれは本来、クレープではなくてお米の上に具材が乗っているのですよ!」


 ルルに代わってモリが答えた。


 モリもルルも機嫌が良い。

 二人とも、久し振りの白飯に胸を踊らせている。



「ところで悪魔の杖よ。お前、サノさんと知り合いなんじゃないの?話さなくていいのか?」


 盛り上がる三人を他所目に、ニグルが悪魔の杖に声を掛けた。


「突然生首が喋ったら驚いてしまうだろう。それに私は、何も言わずにここを去ったのだ。裏切り者と思われているかも知れない。だから杖であることに徹して、今は黙っておく事にする」

「そうか。そんな事だろうと思ってはいたけれど」

「すまないな。私のことは気にしないでくれ」




「炊けたぞ。茶碗一杯と言わず、好きなだけ食ってくれ」


 白飯を盛った茶碗を四人の前に置くサノは笑顔だ。


 この世界に転移して白飯と無縁になった同胞達に白飯を食べさせる。

 それこそが、サノにとっての一番の喜びであった。



「いただきまーす!」


 異世界人三人が手を合わせ、声を揃えた。


「いただきまーす」


 エルも三人に倣った。


「この細い棒はどうやって使うの?」


 エルが不思議そうに箸を見ている。

 サノは自らの迂闊さに気付き、スプーンを持って来た。


「それは箸というのだが、いきなり使うのは難しい。すまなかった。スプーンで食べてくれて構わない。しかし、いずれは箸で食べられるようになるといいなと思う」


 最初の硬い表情からは想像出来なかったが、サノは優しい男である。




 ニグルは、白飯を箸ですくい、口に運んだ。

 白飯を口に運んだニグルの目に、涙が溜まった。


「やっぱり俺は日本人なんだな」


 咀嚼する度に、口の中に甘みが広がる。甘みが広まるにつれ、幸せになる。幸せになればなる程、込み上げるものがある。

 ニグルの目から涙がこぼれた。


 凶悪な顔の中の特に凶悪な場所からこぼれ落ちた涙を見て、その場にいた誰もが驚いた。


「久しぶりに米食ったから、色々思い出しちまったんだ。子供の頃の事を。家族揃って笑いながら飯食った時の事を」


 皆の驚きに気付いたニグルは、言い訳をした。

 しかし、久し振りに食べる白飯の味に、箸も涙も止まらない。


「お袋に呼ばれて、親父と姉貴と俺がテーブルを囲んで、お袋が出来立ての料理を並べてくれて、四人で頂きますって言って、その日に何があったかを話して、親父が冗談を言って、お袋と姉貴が笑って、俺も笑って、家族で揃って飯を食うのが楽しかった頃があったんだ。子供の頃は、家族で揃って飯を食うのが楽しかったんだ。すっかり忘れてたよ」


 溢れる涙は、止まらないどころかどんどん増えていく。


「うっ、うぅ」


 嗚咽を抑えられない。

 それでも箸を止められない。



「ニグルさん・・・」


 エルがつられて泣き始めた。



「お父さんとお母さんに会いたい・・・でもきっと、もう二度と会えないんだよね」


 堪えきれず、ルルも泣き出した。



「親父とお袋、元気かな」


 ニグルの呟きに反応し、エルが泣き顔を上げた。


「あ、もう死んでるわ」


 ニグルは両親と死別済みである。


 励ます間も無く、エルは手元の白米が盛られた茶碗に視線を落とした。



「美味いと言ってもらえるのも嬉しいが、我々が作った米で元いた世界に思いを馳せて泣いてくれる者がいるのだから、苦労した甲斐があったと思う」


 サノまで、硬い表情をぐちゃぐちゃに崩して泣き始めた。



 モリは、自分を除く全員が何故泣いているのか理解出来ないまま、笑顔で白飯を食べ続けていた。


「せめて焼肉のタレくらいあると良いのにって思うのですけどね!」


 モリはあくまでも、モリである。


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