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過去

 いかに悪魔と言えど、特別なスキルを持たない限りは、消滅した身体を再生させる事など出来ない。

 生首としてただ存命しているだけでは、転がることすら出来ない。



「土で体の代わりを作ることは出来るのだが・・・どうせ貴様が触れれば崩れてしまうのだろう?」


 生首となった痩せた悪魔が、窺うようにニグルに尋ねた。


「そうなる。無駄だ。諦めろ。お前、魔法以外に取り柄無いだろ。俺の前では無力だ」


 ニグルは、祈る様な気持ちを隠し、静かに、しかし語気を強めて鎌をかけた。

 

「まさか、名も無き冒険者に敗れるとはな」


 実際に、魔法以外に取り柄が無い痩せた悪魔は、負けを認めざるを得ない。



 ニグルは勝った。ニグルはホッとした。


「イフォックだったら納得だったか?」


 ニグルは軽口を叩いた。


「王都防衛司令部長か。奴が討伐に来ていたら、私は瞬殺されていただろうな」

「あいつ、討伐に来たこと無いんだ」

「奴は冒険者を引退しているし、そもそも、この先にある村に関心が無いからな。奴は王都を出た異世界人になど興味が無いのだ。だから王都の防衛しかしないのだ」


 確かに、途轍もない戦闘力を持つ高名な魔法剣士でありながら、イフォックはその影響力を王都スブルに限っている。


 その意図の全てを知ることは出来ないが、少なくともイフォックは、王都を出て自活している異世界人の自由を侵したくないと、そう考えているのではないだろうか。

 王国ホテルで異世界人への想いを聞かされたニグルには、そう思われた。


 しかし、負けを認めたとは言えど、話し相手は討伐依頼ランク8の悪魔である。

 確信を持って打ち倒した相手でもない。

 いつ、何を仕出かすかわかったものではないという恐怖が、ニグルにはある。


「そっか。事情通だな」


 ニグルは、相手を刺激しないよう、当たり障り無く話を合わせた。

 世渡りスキルである。



「私はかつて、人間だった。異世界人だったのだ」

「マジか。俺もだよ」

「あれは、オートバイだったな。この世界のものではない乗り物に乗っているのだから、気付くべきだった」

「かっこいいでしょ。旧車だよ」

「メーカーはどこだ」

「世界のホンダ。あのバイクは1980年製のオフ車でね、当時他のメーカーのオフ車が2スト主流だった中〜〜〜」


 ニグルは、愛車についての講釈を垂れ始めた。

 少しでも興味がありそうな素振りを見せた、痩せた悪魔の痛恨のミスである。




 ニグルは人見知りをしない。

 初対面の相手だろうと、話を聞いてくれそうな相手にならば、延々と話し続けることが出来る。


 エルは、ニグルと出会ってからの数ヶ月間で、その事を知った。

 だからと言って、悪魔の生首と打ち解けて世間話をするとは、どう言う事なのだろう。


 ニグルのことを理解しようとすればする程、思考が迷走する時がある。


 

 エルはすぐそばにいるニグルのことを黙々と考えながら、モリの体に触れない程度に手を翳し、治癒魔法を注ぎ込んでいた。


モリは、エルの炎魔法の巻き添えになり、全身に大火傷を負っていた。

エルの治癒魔法によって外傷は消えつつあるものの、モリは未だに意識を取り戻してはいなかった。

 


「エルちゃん・・・早く火傷治して・・・」


 同じくエルの炎魔法の巻き添えになり、脚に重度の火傷を負ったルルが、這いつくばってエルに救いを求めた。


「モリさんがまだ回復していないから・・・」


 このままでは一生目覚めないかも知れない。

 そう思い、焦りを募らせながら、エルはモリに治癒魔法を注ぎ続けていた。



「汗臭い女よ。すまないな。この男に身体を破壊されていなければ、私が貴様の火傷を治してやれたのだが」


 ニグルの講釈を打ち切りたい一心で、痩せた悪魔がエルとルルの会話に割って入った。


「破壊しなかったら火傷じゃ済まなかったかも知れないだろうが」


 ニグルが痩せた悪魔を追撃した。


「確かに」

「だろ?でな、そのフレーム構造のお陰で車重が軽くなったのはいいんだけど、フレーム剛性自体は〜〜〜」


 痩せた悪魔は脱出に失敗した。



「ところでさ、最初は魔法使う時にだらだら独り言言ってたのに、何で途中から一言になったの?」


 自分から始めた講釈に飽きたニグルは、唐突に話題を変えた。


「あれは気分だ。魔法を使うのだから、詠唱した方が様になるだろう」


 痩せた悪魔は、ニグルの講釈から解放された安堵感から、取り繕うことなくありのままを述べた。


「え、じゃあ本当は黙ったままでも魔法使えるの?」

「使える」

「厨二じゃーん」


 凶悪な顔面の中年と、表情の無い青白い生首が、楽しそうに笑い合った。


 エルとルルは、苛立ちで顔を引き攣らせた。




「火傷はもう治った。あとは意識を取り戻せるかどうかだけ」


 エルは、モリの体に触れない程度に翳していた手を下げた。


「普通ならもう意識戻しててもおかしくないんだけど・・・手遅れなのかな」


 モリが突然起き上がった。


「すみません!もう意識あります!いつになったら僕の体に触れてくれるんだろうと思って待ってました!」


 エルは怒りのあまり顔面蒼白になった。


「私の魔力は無尽蔵ではありません。無駄遣いさせないで下さい」



「美しい少女よ。貴様は魔力吸引は出来ないのか?」


 見るに見かねたのか、痩せた悪魔が再び口を挟んだ。


「出来るとは思うんですけど、このパーティーで魔法使えるの私だけだから吸引先が・・・あ」


 エルは、あることを思い出した。


「この中に、魔法を使えないくせに無駄に膨大な魔力持っている人がいます」


 ニグルである。


「そう言えば、エルにスキル鑑定してもらった時にそんなこと言われたね」


 出会った日のことを思い出したニグルとエルが、静かに歩み寄り、お互いの腰に手を回した。


「あの時、エル、ゲロ吐いたよね」

「うるさい」


 エルは、ニグルを黙らせようと、ニグルの口を唇で塞いだ。

 そのまま、出会ってから今までに起きた出来事に思いを馳せながら、二人は舌を絡ませ合った。

 と、ニグルは思っていたが違った。


 エルは徐々に舌を伸ばし、精一杯伸ばすと、目に力を漲らせ、魔力吸引スキルを発動させた。

 ニグルの体内の奥底からエルの舌へと、魔力が引き寄せられた。


「魔力吸引出来たー。ご馳走様でした」

「あ、そういうことだったのか」


 エルは必要に応じて行ったに過ぎないのだが、ニグルは弄ばれたような気分になった。


「体調に変化無い?」

「すっごい脱力感」


 ニグルはため息をついた。


「問題無さそうだね」


 エルは、ニグルからルルに視線を移した。


「お姉ちゃん、脚見せて」


 狂戦士化していないルルは、股を開くとか股間を突き出すとか、そういう余計なことをせずに素直にエルの指示に従った。


 エルは、ルルの焼け爛れた脛に触れ、治癒魔法を注ぎ始めた。




「貴様らが行こうとしている西の村は、ナバタ村という。ナバタ村に行けば米が食える」


 悪魔の生首が、突然、思いも寄らぬことを言い始めた。


「米!この世界に米があるのか!」


 ニグルは、驚きの余り、悪魔の生首を両手で持ち上げて見つめ合った。

 見つめ合ってすぐに、痩せた悪魔の顔を地面に戻し、転がし、自分とは反対方向に向けた。


「貴様、なぜ私の顔を反対方向に向ける」

「まじまじと見たら怖くなった。何しろ喋る生首だからな」

「すまない。しかしそれはお前のせいだ」

「すまない」


 ニグルは悪魔の生首の顔を自分の方に向けたが、すぐに気が変わって、仰向けにした。



「人間だった頃は、ナバタ村で開拓に携わっていたのだ。この世界の者どもに随分迫害された」


 まだ僅かではあるが、この世界でも米が栽培されている。

 この世界の米は、幾人もの異世界人の辛苦の結晶である。


 痩せた悪魔は、その幾人かの異世界人の、一人であった。



---------



「上流でこんなに水を使って、川が枯れて我々の村が干上がったらどうしてくれるんだ!」


 田んぼに水を入れるための水路を見て、開拓地の南の村に住む、この世界生まれの老人が怒鳴った。


「水量は十分にある。川は枯れない」


 いかにも偏屈そうな、カチッとした硬い表情の男が答えた。


「そんなもん・・・異世界人のお前達にこの土地の何がわかるってんだ!」


 深く考えもせずに、大声を出せば言うことを聞くとでも思っていたのだろうか。

 老人には反論に対する準備が出来ていなかった。



「私には知識がある。あなたとは違う。裏付けも無しに適当なことを言わないで頂きたい。どうせ言いがかりをつけに来ただけなのだろうが」


 不貞腐れてそっぽを向いた老人に追い打ちをかけるように、硬い表情の男が言い切った。



「言い過ぎですよ・・・この世界の人達にもお米の味を知ってもらおうって始めた事なんですから、穏便に話し合いましょうよ・・・」


 硬い表情の男を、気の優しそうな顔をした男が宥めた。


「彼らは何を言っても理解しない。理解しようともしない。話すだけ無駄です」


 硬い表情の男は、吐き捨てるわけでもなく、言葉の端々まで硬く、そう言って立ち去った。


 硬い表情の男の背中は、怒りよりも寂しさで塗り潰されているようであった。

 気の優しそうな顔をした男には、そう感じられた。


 力を合わせて頑張ってきた。

 苦労を分かち合ってきた。

 喜びも共有してきた。


 硬い表情をした男の背中に掛けるべき言葉が思い浮かばない。

 気の優しそうな顔をした男には、黙って背中を見送ることしか出来なかった。



 

 稲が穂を出し、まだ色むまでにはならない頃のある朝、水田を見回ろうとした数人の開拓者が、必要な量の水が流れ込んでいないことに気付いた。


「上流の水路か、ひょっとしたら堰が崩れているかも知れません。見に行きます」


 硬い表情の男が一人で歩き始めた。


「待って下さい。一人は危険です。私も行きます」


 気の優しそうな顔をした男が、硬い表情の男を追いかけ、並んで歩いた。


「危険だとして、あなたがついてくると何か解決するのですか」

「あなた一人よりはマシでしょう」


 それだけの言葉を交わすと、二人は炎天下を黙々と歩いた。


 

 すっかり汗だくになり、水路の上流に向かって歩き続けると、やがて絶望的な光景を目にした。

 異世界人達が少ない人数で苦労しながら築いた水路が崩され、土砂で埋められていた。


 二人は、その場に立ち尽くした。


 硬い表情の男は、黙って来た道を戻り始めた。


「南の村の連中の仕業ですかね」


 気の優しそうな顔をした男が、暗い表情で呟いた。


「そうかも知れません」

「・・・だとしたらまだ近くに潜んでいるかも知れない。急いで戻りましょう」



ーーーーーーーーーーーーー



「そんな事が何度も続く内に、私の心は闇に染まっていった。そして、この世界の連中が水路を崩そうとする現場をおさえ、全員殺した」


「その後も、あの道を通るこの世界の者を殺し続けた。また水路を崩しに来たのかも知れない。仕返しに来たのかも知れない。そう疑って。ただの通行人だろうと何だろうと」


「殺す度に、心の闇が濃くなった。濃くなる度に、魔力が強くなった。いつの間にか痛みを感じなくなった。悪魔になったのだと気付いた」



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