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怠惰、憤怒、膝枕

 怠惰な気分の時に怠惰な時間を阻害されると、非常に強いストレスを感じる。

 勉強しようと思っていた時に勉強しなさいと言われると腹が立つというあれの真相は、きっとこれだろう。


 少なくとも、ニグルはこれである。




 自分の体臭がピグミーキングコングを誘導しているとも知らず、ルルは凛とした美しい顔を上げ、駆け寄るピグミーキングコングを睨み付けた。


 しかし、ルルの唯一の武器である短槍はピグミーキングコングの腹に刺さっている。


「私に出来ることはもう無いわ。あとは頼んだわよ」


 ルルは堂々たる足取りで後方に退いた。



「取り敢えず、次は両手を狙うね」


 ニグルからの指示が無い。

 エルは自身の判断で、柏手を打つように手を合わせ、ソエルの杖を両手で挟み、魔力を集中させ始めた。



 戦意を喪失し、逃げる事しか考えていなかったニグルは、その心を怠惰に支配されていた。


「本当にめんどくせぇな・・・」


 ニグルは、向かって来るピグミーキングコングを眺めながら、竜の大腿骨を右肩に担いだ。


 異次元的に質量の軽い竜の大腿骨をわざわざ肩に担いだのは、当然、重いからではない。

 無意識の内に、ニグルはピグミーキングコングにオラつき始めていた。

 よくある、木刀を右肩に担ぎ左手をポケットに突っ込み、仁王立ちするあの感じで。


 竜の大腿骨を右肩に担いだニグルは、左手をズボンのポケットに突っ込もうとしてようやく、ズボンを脱がされている事に気が付いた。

 しかし、ズボンを穿き直そうとも思わないほど、ニグルの心は怠惰に支配されている。



 大きな口の彫刻が施された、剣道の防具の様な鎧を装備した褌姿の中年が、左手を腰に当てて右肩に骨を担ぎ仁王立ちしている。


 中世日本ならば、デザイン的に個性が過ぎるものの、不良足軽や山賊・盗賊のように見られ、恐れられもしたであろう。


 現代日本ならば、とにかく敬遠されるであろう。


 しかし相手は異世界の、いや、そもそも人間ではない。

 違和感など解することもなく駆け寄ってくる。



 勢い良く近づいて来るピグミーキングコングを眺めながら、その敵意を痛感させられた。

 ニグルの意思など関係無く強制される命の奪い合い。

 怠惰なニグルは、強いストレスを感じた。


 ストレスを感じた拍子に、眉間が盛大にピリピリし始めた。


 ニグルの頭の中のある部分は現状に激昂し、他のある部分は、これで勝てると確信した。



 ニグルの間近に至り、ピグミーキングコングは、辿ってきた匂いとは違う匂いに気付いて急停止した。

 その匂いの中に殺気を感じ取ったピグミーキングコングは、右腕を頭上に振り上げた。


 ニグルの頭の中のある部分は竜の大腿骨を持つ右手に気を集中させ、怠惰に支配されたままのある部分が、雑に竜の大腿骨を振り下ろさせた。


 竜の大腿骨が触れた瞬間、ピグミーキングコングの左手の全指が消滅した。



 殺気が漂う辺りに、頭上に振り上げた右手を叩きつけようと前のめりになっていたピグミーキングコングは、左手の全指を失った事でバランスを崩した。


 狙いを外れてニグルの右側に叩きつけられたピグミーキングコングの右手の甲に、ニグルが竜の大腿骨を打ちつけた。

 ピグミーキングコングは、崩れた姿勢を保とうと力を入れていた右手を失い再びバランスを崩し、両肘で体重を支えた。


 ニグルは更に、竜の大腿骨を左右に往復させてピグミーキングコングの右腕を徐々に消滅させた。

 肩を残して右腕を全て失ったピグミーキングコングは、顔面から崩れ落ちた。


 ニグルは無表情で竜の大腿骨を振り上げ、目の前にあるピグミーキングコングの頭に打ちつけた。


 骨は最初に、ピグミーキングコングの頭の表面のほんの一部を消滅させ、触れる部分を見る見る消滅させながら、頭の中に減り込んでいった。


 竜の大腿骨を伝って流れ出たニグルの気に脳を破壊され、ピグミーキングコングは動きを止めた。


 ピグミーキングコングは動きを止めたが、ニグルの動きは止まらない。

 手当たり次第にピグミーキングコングの死体の至る所を骨で叩き、消滅させ続けている。


「ニグルさんそろそろやめよ?どんどん戦利品が減っていくし、このままだと討伐証明になる部位まで消滅しちゃいそう・・・」


 全くの無表情で手だけを動かす褌姿の中年に、エルが恐る恐る声を掛けた。


「ちっ」

「舌打ちされた・・・」


 ニグルの舌打ちに傷付き、エルは青ざめ俯いた。



「モリー!終わったぞ!解体頼む!」


 ニグルは、地響きするほど大きく太い声で、モリを呼び付けた。


 ニグルの声の強さに慄き、モリは慌てて馬車馬に鞭を打った。

 ピグミーキングコングの傍で馬車を停車させ飛び降り、緊張した面持ちで解体作業に取り掛かった。


 戦闘の途中で退き、戦闘が終わった頃にはとうにスキル効果が途切れていたルルは、狂戦士化する事もなく、黙ってモリを手伝い始めた。


 エルは、このままでは悪い空気が薄れないと思い、荷台から取り下ろした魔獣の毛皮の上で正座をし、膝枕の準備をした。


 モリが作成した旅装を着用しているエルの履物はかぼちゃパンツである。

 決して、エルの太ももに直接頭を乗せることを好むニグルの邪魔にはならない。


 しかしエルは、念の為にかぼちゃパンツを脱いだ。

 かぼちゃパンツを脱ぐと、極めて短いセーラーワンピース姿になる。

 これなら万全だろうと思い、青ざめた硬い表情のままニグルの方を見て、ペチペチと太ももを叩いて膝枕を促した。



 明らかに皆が自分に気を遣っている。当然それは、自分のせいである。

 ちゃんと空気を読めるニグルは、その事に気付いている。

 ニグルは深呼吸をし、心を整えた。


「はぁっ。みんなごめんね。解体は俺が手伝うよ。ルルは休んでて。エルと二人で寛いでなよ」


 ニグルは精一杯取り繕おうとした。



 しかし、疲れていると言えばニグルこそである。

 ピグミーキングコングの攻撃で負ったダメージは、エルの意図により全快していないままだ。


「ニグルさん!お気遣い有り難うございます!でも僕一人でやります!ニグルさんは休んでいて下さい!」


 取り繕うニグルを見て緊張がほぐれたモリが、快活に申し出た。


「私は全然疲れてないから大丈夫です!モリさんの手伝いは私がやります!」


 モリに負けまいと、ルルも快活に申し出た。


「ルルさんは水場を探して体を洗ってきて下さい!」


 ルルを蹴落とす為ではなく、モリは本音をそのまま言葉にした。


 モリは嬉々として作業を始め、ルルは赤面しながらモリから離れた。



「モリありがとね。ルルも休んでなよ。でもあんまり離れない方がいいから、しばらくは汗臭いままでいて」


 ルルは馬車の荷台に飛び乗り、自分の体臭を確認し眉をしかめ、俯きながら再び赤面した。




「あー、疲れたー」


 ニグルはエルの近くまで来て座り込んだ。


 エルはニグルの顔を見ながら、再び太ももをペチペチと叩いた。

 今度はニグルも、素直にエルの太ももの上に頭を置いた。


「ご褒美」


 そう言うなり、エルは太ももの上のニグルの顔に覆いかぶさり、ニグルの唇に自身の唇を重ねた。


 唇を重ねてすぐに、二人は唇を開き、舌と舌を絡み合わせた。


「ニグルさん、私の舌、吸って、強く」


 一旦顔を離し、エルはより濃厚な口付けを求め、再び唇を重ねた。


「うん」


 ニグルは求められるまま、人より少し長いルルの舌を強く吸った。



 口付けが終わり、何もかも忘れられる二人だけの世界から現実の世界に戻ったニグルとエルは、微笑みながら見つめ合った。


「心底惚れた女とチューすると疲れも吹っ飛んじゃうな。ご褒美ありがと。愛してるよ、エル」


 これでもかと言うくらい和顔のニグルだが、第三者が居合わせる場で臆面も無く愛を言葉に乗せてしまうその様は、まるでラテン系である。


「知ってる」


 エルは微笑みながら、一言だけ返した。



 ニグルには伝えていないが、エルは気付いた事が一つある。

 尻に指を突っ込む以外にも、体表を魔法無効化スキルに覆われたニグルに魔法を効かせる方法である。

 それは、舌が長いエルだからこそ出来る方法だ。


 しかしエルは、その事はまだニグルには内緒にしておこうと思った。

 まだ楽しみを減らしたくないと、エルは考えていた。

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