殺し合いではなかった
「まずはここから西に向かえ!そして海に至ったならば南に下るのだ!その先にお前達異世界人が喜びそうな村があるからそこを目指せ!」
その痩身のどこから出てくるのか。
マグスの声はとにかく大きい。
冒険者ギルドからスブル王国の王都スブルの西門に向かう道すがら、マグスが無駄に大きな声で遠征の指針を示した。
ニグル一行の誰もが、何も考えずにキゼトを発ちスブルまで来ていた。
そもそもリーダー格であるニグルは、考えようと思ったことすらなかった。
実態もわからず立てる計画に一時間使うなら、まずは行動し、失敗してもいいから実情を知りたい。
実情に合わない計画立案に時間を割く事ほど無駄なことは無い。
実情に合わない計画ほど無意味なものは無い。
前の世界で、ニグルはそういう生き方をしていた。
それが正解であると確信出来たことはなかったが。
「お前達が好きそうなその村が、今回受けた依頼の討伐対象である悪魔の脅威にさらされているのだ!これは頑張らなければならないな!そうだろう!」
マグスはこの世界の冒険者として、著名な存在である。
当然、実績も経験も豊富である。
そのマグスが打ち出す指針ならば、鵜呑みにしても問題無いであろうと、ニグルは思った。
つまるところ、ニグルは計画を立てるのが苦手なだけなのである。
「ちなみに、何組もの異世界人冒険者パーティーが討伐に失敗しているらしいから気を付けてな」
マグスの呟きに、ニグル一行の顔が引き攣った。
「やっぱり俺らだけじゃ無理だろ。マグスも来てよ」
「私もそう思う。ねぇパパお願い」
「エルちゃんは私が守ってあげるから」
「やっぱり僕はマグスさんとキゼトに帰ります!」
「うるさい!とにかく行け!冒険者としてもっと成長しないと、この世界の片隅で浮かばれない異世界人として埋没するだけだぞ!まともな収入を得られず、人並み以下の生活をするような人生でいいのか!そもそもニグル!お前は!」
マグスは説教が好きなハーフエルフである。
「わかった!行くよ!俺だって少しでもいい生活をしたいという欲はあるしエルにひもじい思いさせるわけにはいかないしな!」
話が長くなりそうだと思い、ニグルは迎合した。
「うむ。お前なら大丈夫だ。俺が保証する。ニグル、お前には素質がある!」
何の素質か、マグスは言わなかった。
ニグルは少し気になったが、食い付いたらまた話が長くなりそうだと思い、口を開かなかった。
「その後は適当に遠征を続けろ。その村の南の海を渡ればセノベの西端に辿り着くし、来た道を戻るのもいいだろう。北に向かうとすぐ海だ。西の海と北の海を渡る事は出来ない。今のところ陸地が発見されていないから船も出ていない」
「じゃあ俺らが喜びそうな村に行ってそのままセノベに戻るよ。早くクレープ食いたいし」
「それもいいだろう。無理をし過ぎても良くないしな!」
「ランク8の悪魔討伐依頼受けんのがそもそも無理し過ぎだろうよ」
「黙れ。門の外まで見送ろう」
一行がスブルの西門を出ると、そこには五人の冒険者が待ち構えていた。
皆、兜や頭巾をかぶっており、表情は見えない。
一人の冒険者が前に出て、兜を上にずらし目を見せた。
「ご機嫌よう。私達は異世界から来た冒険者だ。それなりに実績を積んだパーティーとして活動している」
「おー。同胞か。声をかけてくれてありがとう」
ニグルは意外と純粋な男であり、素直に、異世界人に声をかけられた事を喜んだ。
「ランク8の討伐依頼書、こちらに寄越したまえ」
異世界人冒険者は、唐突に告げた。
演技がかった言葉遣いである。
ニグルとルルが嫌う、ファンタジー世界に転移して浮かれたタイプの異世界人なのであろう。
「いいよ」
ニグルはちょうどいいと思い、二つ返事で承諾した。
「僕もその方がいいと思います!」
モリは、チャンスとばかりに食い付いた。
「横取りじゃない!何様のつもりなの?絶対に譲らない」
覚醒し、少し短気になったルルは、ニグルが持っていた依頼書を奪い取り、ぎゅっと握りしめながら憤慨した。
「素直に渡さないなら力ずくで奪う事になるが、それなりの覚悟は出来ているのだろうね!私達も君達も冒険者だ。冒険者には冒険者の立ち回りというものがあるのだよ!」
浮かれた異世界人冒険者は胸を張り、自信に満ちた笑顔で言い放った。
「いやいや、めんどくさいから譲るよ。ルルは黙ってなさい。大体よ、乱闘騒ぎなんて許されるの?王都防衛司令部長にバレたらまずいんじゃない?」
「異世界人同士の事だからねー。この国に限っては法律や習慣やマナーの範疇から外れるね。つまり僕が了承したらそれまでって事・・・了承する!いいだろ?マグス」
いつの間にかニグル一行の背後に現れて、イフォックは勝手に了承した。
「そうだな。いい修行になりそうだ」
マグスまで了承してしまった。
「いつの間にか来て勝手な事言うなよ」
ニグルはイフォックの目を見ずに言った。
「僕は異世界人の扱いを一任されているんだよ。僕の決定は国の決定さ」
「異世界人同士の争いである以上、イフォック殿は手出しされないという事でよろしいかな?」
浮かれた異世界人冒険者は、冴えない地顔に笑みを浮かべてイフォックに確認した。
「当然さ。見届け人になってあげるよ」
イフォックは、いかにも雑魚を見る目をしながら答えた。
「私達はランク7の依頼まで到達している。有名人のニグル殿でも歯が立たないと思われる」
「俺有名なの?」
「キゼトではね。ビギナーズラックのニグル、もしくは傾国の美少女をものにしたロリコン野郎と言えば、異世界人冒険者の間では有名さ」
煽られているのかも知れないと、ニグルは思った。
しかし、目の前にいるのが同じ異世界人と思うと腹も立たないし、何を言われても、親しみが消えない。
ある者は剣を抜き、ある者は刀を抜き、ある者は槍を構え、ある者は詠唱を始めた。
ニグルの感慨など知る由もなく、異世界人冒険者達は戦闘態勢を整え終わった。
人類との戦闘など経験が無いニグルとエルとモリは、どうすればいいか分からず、ボーッと突っ立っていた。
かつて冒険者パーティーに所属し、ある程度の経験を積んだルルだけが、依頼書を胸の谷間に挟み込んで愛用の短槍を構えた。
「譲るつってんのに何でそんなにやる気満々なんだ?」
「そちらの色っぽい女戦士は譲らないと言っているぞ。ならば冒険者らしく闘って奪うしかないのではないかな?」
「お前ら、元の世界でもそんな感じだったの?見たところ揃いも揃ってしみったれた顔つきなんだけど」
イラつき始めたニグルは、つい悪態をついてしまった。
「元の世界など今更関係ないではないか!私達はこの世界に来てスキルを手に入れた。この世界では、私達は間違いなく強者なのだ!」
「高校デビューならぬ異世界デビューか」
こういう精神だから、スキルを持たず差別の対象となっている同胞達を見捨てられるのだなと、ニグルは思った。
そう思うと少なからず怒気が湧き、ニグルは戦闘意欲を持ち始めた。
ニグルに煽られ、冒険者達の殺気が増した。
それを察したのか、ルルの顔が険しくなった。
異世界人魔法使いが詠唱を終え、その両掌に炎が立ち上がった。
「ファイアボール!」
魔法使いがその炎をニグル達に向けて放った。
それに合わせてニグルが駆け出し、炎を体に受け、無効化した。
「それ何のアニメに出てくる魔法なんだ?あ?つか俺の噂知ってても俺のスキルは知らなかったのか?俺のスキルは魔法無効化だ!はぁっ!」
ニグルがイキっている間に、他の冒険者達がエルを目掛けて突進した。
エルが一番弱そうに見えたからではなく、エルを人質にして依頼書を譲らせ、無駄な殺生を避ける為に。
エルは慌てて柏手を打つように手を合わせ、掌を宙空に向けて開いた。
「渦巻く劣情の炎の壁!」
エルと冒険者の間に炎の壁が聳え立ち、突進してきた冒険者達が怯んだ。
しかし一人だけ、一旦は怯んだものの、炎の壁を物ともせず突進を続ける冒険者がいた。
臆病で怠惰なモリが、エルを守らなければならないと思い、咄嗟にその冒険者の前に立ちはだかった。
しかし、モリの動きは鈍く、スルリと躱されてしまった。
「エルさんマント!」
モリが大声で防御を促した。
エルは左手でマントの端を掴み、体の前に翳した。
エルの魔法の力を目の当たりにした浮かれた異世界人冒険者は、ある程度のダメージを与えなければ捕らえられないと判断し、エルの頭上から剣を振り下ろした。
エルは振り下ろされた剣の威力で地面に叩き付けられた。
モリが作ったエルのマントは、確かに浮かれ冒険者の剣を防いだ。
が、それは刃を通さなかったというだけで所詮は布、マント越しに殴打されたエルの左腕は、痛々しくへし折られた。
「ぐぅっ・・・・・!」
エルは仰向けになりながらギッと歯を食いしばり、痛みに耐えようとした。
振り返りその光景を見たニグルの眉間がピリピリした。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!」
ニグルは叫びながら浮かれ冒険者に駆け寄り、その右肩を掴んだ。
浮かれ冒険者の右肩は、呆気なく消滅した。
「お前、それはダメだよ」
ニグルは、自分の右肩が消滅したことで呆然としている浮かれ冒険者の首を掴んだ。
浮かれ冒険者の首が消え、頭部がドサリと音を立てて落下した。
血液さえも消滅させるニグルのスキルは、何故か脂を消滅させない。
ニグルの顔や腕、胴体は浮かれ冒険者の返り血を浴びたが、掌には脂だけが付着した。
「忘れてた。エルはスブル国民じゃないけど、この世界の住民であり王都防衛司令部長である僕にとっては娘みたいな存在だ。君達は処分する」
イフォックはニヤけながらそう言うと、大きく跳躍して残った冒険者達のそばに降り立ち、流れるような剣捌きで瞬殺した。
ニグルは、イフォックの正統的にして圧倒的な強さに恐怖した。
ランク7の依頼をこなせるパーティーともなれば、中堅以上のパーティーであり、ニグル一行より遥かに格上である。
しかしそれでも、イフォックによってあっと言う間に全滅させられた。
きっと、絶望する暇すら無かったであろう。
ニグル一行の被害は軽微なもので、エルの骨折だけである。
しかしこの骨折が、中堅以上の異世界人冒険者達を全滅させた。
「エル、俺が治してやろう」
マグスが慈愛に満ちた目でエルの顔を見つめながら、掌に魔力を集め始めた。
「大丈夫だよパパ。自分でやれる」
エルはマグスの申し出を断り、折れた左腕に右手を添えた。
痛々しくへし折られた腕が、見る見る元に戻っていった。
「マグス、水出して」
「うむ」
マグスは掌に集めた魔力で水を生み出し、ニグルはその水で、浮かれ冒険者の返り血が付いた顔や腕、脂が付いた手を洗った。
「ニグルさんの手、私のせいで汚れてしまったね」
「洗ったから大丈夫だよ。匂いも残ってない。それで良しだ。そんなものだ」
エルの言葉が意味するところは察したが、エルの感情も察したニグルは、努めて明るく、平静さを強調した。
しかしその本心は、平静とは程遠かった。
人を殺した。その事実がニグルの腹中を握りしめていた。




