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モラトリアムは必要無い

「僕、役に立ちませんでしたね・・・」


 エルに向かって突進してきた異世界人冒険者の前に立ち塞がってみたものの、相手にもされず躱されてしまったモリは、モリの割には落ち込んでいた。


「戦闘のきっかけを作ったの私なのに、立ってただけだった・・・」


 依頼書を横取りしようとする異世界人冒険者に一人抵抗し、戦闘のきっかけを作ったのはルルであった。

 にも関わらず、異世界人冒険者達に襲い掛かられることも無く、自ら戦闘に加わることも無く、ただ傍観していたルルは、あまりの惨めさにプライドを磨り潰されていた。



「はぁ・・・」


 モリとルルは、ため息をつきながら異世界人冒険者達の死体から装備を剥ぎ取った。


「うわぁ、血がべっとり」


 元いた世界ではただのフリーターだったモリは、死体から装備を剥ぎ取る事に抵抗が無いわけも無く、そもそも惨殺体を触る自分を想像した事などあるわけがない。


「ウゲェェ」


 モリが嘔吐した。


「どうしたの?」

「鎧外したら腸が・・・・もう嫌ですー」

「そう・・・はぁ・・・」


 普通の感覚を残すモリとは違い、女戦士として覚醒したルルは、死体を見ても血を見ても切り口から飛び出した内臓を見ても特に何とも思わない。

 また先ほどの戦闘のことを思い出し、ため息をついた。



「相手が魔物であろうと魔獣であろうと悪魔であろうと人間であろうと、命を奪ったからにはその持ち物を引き継ぐのが冒険者としての権利であり礼儀だ。有り難く頂戴しろ。奪った命から目を背けるな!」


 マグスはもっともらしい事を言った。


「僕は命を奪っていないし、そもそも命を奪ったのはパーティーメンバーですらないイフォックさんですからー!」

「ランク7の冒険者ともなると装備も立派だな!使えるものは使って余計なものは換金するといいぞ!」


 マグスはモリを無視した。

 相手にするだけ時間の無駄だと思った。




 生まれて初めて人を殺したニグルは、心に薄暗い霧がかかったようで気分が優れない。


 何をすればいいかわからず、上手く立ち回れなかったモリは自己嫌悪に陥っている。


 戦闘のきっかけを作りながら蚊帳の外にいたルルもまた、自己嫌悪に陥っている。


 ついでに、生まれて初めて人が殺される現場を目撃した田中も塞ぎ込んでいる。



「ねぇ、出発は明日にしてさ、今日はスブルで泊まらない?どうせ換金しに戻るんだし」


 場の空気を読んで、自分の望むモラトリアムを正当化できると踏んだニグルが提案した。



「ニグルくん、白川支配人が言っていたんだけど、今後は王国ホテル出入り禁止らしいよ、君たち」


 イフォックの残念なお知らせに、ニグルの肩が下がった。


「王都防衛司令部長の権限でなんとかしてよ」

「ごめん。無理だよ。僕はあいつに王国ホテルの絶対権限を与えてしまったんだ。王国ホテルの中では、白川は僕どころか国王より偉いんだ」

「何故与えた!?」

「支配人の前では客人は皆平等であり、それは世俗の身分の上下に影響されない。それが持て成しの真髄だ、とか何とかごちゃごちゃ言っててね。訳のわからない屁理屈がどんどん出て来るのが面白くてついつい」


 屁理屈を次々と並べる白川を思い出し、イフォックは笑顔になった。


「ニグル!諦めろ!今の状態からいかにして持ち直すかも修行だと思えばむしろ幸運だ!」


 ニグル一行の状況が悪くなればなるほど喜ぶのではないかと思えるほど、今のマグスは機嫌がいい。



「・・・行こうか。田中くん、またね」

「無事に戻ってくださいね。本当に」

「うん。俺が戻るまで俺の家に住んでいいからね」


 ニグル一行は、俯きながら体の正面を西に向けた。



「あ?モリとルルは歩き?」

「そうですよ!スブルまで乗ってきた馬車はマグスさんが乗って帰りますし!」

「歩行速度に合わせてバイク乗るのめんどいなー。馬車買いに行こうよ」


 ニグルは第一歩を踏み出す事なく踵を返した。


「なんだ!何故戻る!」


 マグスが驚き叫んだ。


「馬車買うんだよ。戦利品、少しでも多く持ち帰りたいだろ」

「なら俺の馬車を売ってやるから有り金全部寄越せ!余剰な戦利品もだ!そして早く行け!」

「全部はダメだろ。旅の必需品は何と言っても金だぞ」

「どうせ魔獣なり魔物なりに襲われる。返り討ちにして戦利品を手に入れてどこぞの町なり村なりで換金すればいいだろう。どうせお前のことだから馬車購入にかこつけて・・・」

「はいはいはいわかったわかった出発しまーす」


 また説教が始まる事を察し、ニグルはマグスの言葉を遮った。


 ようやく、ニグルとエルは亀ヘルメットをかぶってバイクに乗り、モリとルルは馬車に乗り、出発した。



 一行は、マグスに言われた通りに、西へと進路を採った。

 スブル王国の王都スブルの西側には、カルスト台地のような景色が広がっている。


「早く魔獣出ないかなー。早く魔獣狩らないと今日の飯無いよー」

「え!食料の準備してありましたよね!」

「さっきマグスに巻き上げられただろ」

「食料は余剰とは違うじゃないですか!」

「知らねーよ。ちょっと先行して様子見てくるー」


 今更どうにもならない事で騒ぎ始めたモリを持て余し、ニグルはバイクを加速させた。



 咽せそうなほど鮮やかな緑の草原の至る所に、群れるように白い岩が転がっている。

 白い岩の群れを避けるように伸びる土の道もまた白い。

 平和な世界であれば、ただただ眺めの良い景色である。


 観光地として開発されていない、人工物が存在しない風光明媚な景色の中でバイクを走らせられる。

 これはエルの存在と並ぶほど、ニグルにとってこの世界に魅力を感じる重要な要素である。


 しかしそれは平和な世界であれば、という前提の話であり、この世界には現実として悪魔や魔物や魔獣がいる。

 冒険者同士、つまり人間同士の関係性すら不穏である。

 景色を堪能しつつも周囲を警戒しなければならない。


「対向車や歩行者を警戒するのと変わらんな」


 ニグルは独り言を呟いた。



「ニグルさん後ろー!」


 突然、エルが叫んだ。


「お姉ちゃん達が襲われている!」


 お姉ちゃん固定か、と心の中で呟きながらバックミラーを覗くと、白い岩の群れの中からワラワラと湧き出した魔獣達が、馬車を取り囲んでいた。


「エル!戻るぞ!」

「うん!」


 慎重にUターンしたニグルは、スロットルを捻りバイクを急発進させた。

 振り落とされないようにと、エルはニグルの腰に脚を巻き付けた。


 馬車に近付くにつれ、様子が見えてきた。

 ニグルの目に映ったのは、目を閉じて闇雲に長槍を振り回すモリと、手槍を見事に捌いているように見えて一頭も魔獣を仕留められていないルルの姿だった。


 ニグルの腰に巻き付けた脚の力を強めつつ柏手を打つように手を合わせ、馬車に近付く間に、エルは十分な量の魔力を集中させた。


「ニグルさん止まって!」


 白い土煙を上げながら後輪を横滑りさせ、車体を横向きにしてエルに視界を与えながら、ニグルはバイクを停車させた。


「エル!任せた!」

「任された!吹き荒ぶ菊の花の風!」


 叫びながら、エルは掌を宙空に向けて開いた。

 掌から吹き出した暴風が地表に沿って走り、魔獣の群れを足元から巻き上げ、空まで吹き飛ばした。


「菊の花の風・・・屁か。これもソエルの命名だな」


 エルが発した魔法の見事さに感心しつつ、ニグルはため息をついた。



 エルが吹き飛ばした魔獣達は落下し、そのほとんどが地面に叩き付けられ死んだ。

 何頭かは馬車の上に落ちモリに直撃し、防ごうとしたモリの両腕を折った。

 地面に叩き付けられながらも辛うじて生き残った数頭は、ルルによってトドメを刺された。


「痛い痛い痛い痛い痛い!腕!腕!腕!骨!折れてます!」

「はい」


 ぎりぎり触れない距離で手を翳し、エルはモリの両腕を回復させた。


「エル、ご苦労様。見事な魔法だったね。選択も良かったんじゃない?ちなみに菊の花って尻の穴の隠語だからね。俺たちがいた世界では」

「え」


 エルは顔を真っ赤にしながら俯いた。


「ママ・・・・」


 エルは眉間に皺を寄せながら、ソエルの顔を思い浮かべた。

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