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大魔法使いマグス、合流

 人混みの中で怒りを感じてはいけない。

 そう思えばそう思うほど、ニグルは王国ホテルから外に出る気になれない。


 怒りや恐怖で発動し、その手に触れたものを容易く破壊してしまうスキルを手に入れてしまったばかりに、ニグルは自分自身が恐い。


 幸い、王国ホテルに滞在する分には退屈しない。

 王都を一望できる展望台や豪華な大浴場もある。

 王都防衛司令部長であるイフォックの客人待遇なだけに、好きな時に好きなだけ豪華な食事を摂る事も出来る。


 ニグルは、マグス一行が追い付くまでの間、王国ホテルでの怠惰な日々を過ごす事にした。



「田中くん。俺とエルはカップル専用個室浴場に行ってくる。君は好きにしたまえ」


 白川支配人の個人的な趣味なのだろうか。

 王国ホテルには、カップルだけが利用できる個室浴場まで用意されている。


 王国ホテルに引きこもっているニグルの、カップル専用個室浴場で行っている日課。

 それは、外の景色が見える窓の前にエルを立たせ、窓枠に両手をつかせる事だ。

 かれこれ一週間、飽きもせずに同じ事を繰り返している。


「もっと足開かないと洗いにくいですよー」

「この格好は恥ずかしいってば・・・」


 エルの後ろにしゃがんだニグルは、問答無用とばかりに、エルの神経が集中した場所を優しく愛撫した。


「あ、あ、昨日もその前も洗うとか言ってそういう事した」

「外の景色見てみ。眼下には人々が日常生活を営む街。いつもと変わらぬ顔で動き回る人々」


 そう言うなり、準備が整ったエルのその場所に、ニグルは爆発しそうな自身のそのものを当てがった。


「あの愚民どもを見ながら、日常から飛躍した快感に身を震わせるが良い!うぉぉぉぉぉぉ!」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 獣のように咆哮する男。

 獣に組み伏せられた小動物のように小さな悲鳴を連続させる女。

 昼食にはまだ早い、太陽が一番高い位置に昇り切る前の、人々の精神が溌剌とする時間帯のルーティン。




「加藤さん今日も午前中からお盛んでしたね。下の通りまでエルさんの声聞こえてましたよ」

「あら、そうなの?」


 厚顔無恥な確信犯。


「今日・・・も・・・って事は昨日も一昨日もその前もですか?」


 エルは顔を真っ赤にした。

 恥ずかしそうに、ほんの少し、嬉しそうに。


「聞こえてないって思ってたんですか?加藤さんの事だから聞こえるようにやって興奮してるのかと思ってました」

「羞恥心でウズウズしてる今のエルにすげー興奮してる」

「うるさい」

 


「午前中からお盛んとは聞き捨てならないな!俺の娘に何をさせているのか!そう言えば俺の娘はあのソエルの娘でもあるな!じゃあ仕方がないのか!」


 聞き覚えのある騒がしい大声が、三人が昼食を摂る席まで聞こえてきた。

 ニグルとエルは、声のする方に顔を向けた。


 二人の視線の先でズカズカとシルエットを大きくしているのは、淫婦の夫にして残念な外見美少女の父、大魔法使いマグスである。


「久しぶり、マグス」

「久しぶり、パパ」

「揃いも揃って随分あっさりした歓迎だな!大魔法使いを出迎える態度ではないな!」


 黙っていればただの痩せた中年である。

 しかし、見かけに寄らず魔法使いとして人並み外れた能力を持つマグスは、態度の大きさも人並み外れている。


 

 そんな尊大な痩せ男の陰から、丸いシルエットがはみ出している。


「ニグルさん!エルさん!お久しぶりです!」


 モリである。


「田中くん、これモリ。俺が転移したての頃に世話になった転移者」


 ニグルは手短に、田中にモリを紹介した。


「モリ。これ田中くん。転移してきて道端で転がってるところを拾った俺の元同僚」


 ニグルは手短に、モリに田中を紹介した。


「知り合いが転移してくるなんてこともあるのですね!」

「初めまして田中さん。ルルと申します」


 モリの丸いシルエットの陰から、ルルが顔を出した。


「げ、ルル。なんで?」

「綺麗な人ですね」


 ルルは人並み以上に美しい。

 田中は思わずルルの顔に見惚れた。


「田中さん、ありがとうございます。私も同じ世界から転移してきたんですよ。げ、って何ですかニグルさん」


 ルルは不敵に微笑んだ。


「冒険者に戻りたいと言うから連れて来たのだ!」


 マグスが通常通りの大声で口を挟んだ。


「おね…あ、ルルさん!」


 ルルとの再会が嬉しいのか、言い間違えて恥ずかしいのか、エルは頬を少し赤らめた。


「またお姉ちゃんって言いそうになったの?午前中からお盛んなエルさん」


 ルルは悪戯っぽく微笑みながらエルの目を見つめた。

 エルは手をギュッと握り締めながら赤面したが、その口元は弛んでいる。


「大した言葉責めでもないのにウズウズしてるわ。田中くん、ちなみにだけど、ルルはエルより歳上だ」


 余計な一言と共に、ニグルはエルとルルの関係性を説明した。


「そして竿姉妹ですね!補足ですけど、ニグルさんとマグスさんは穴兄弟です!」

「何んだと!」


 ニグルは、興奮気味に、口を挟んだモリを睨みつけた。

 ルルの身体を通してマグスと繋がっているとは、夢にも思っていなかったのだ。


「ニグル!俺が先客だぞ!」

「俺は毎回、二回以上こなしていたぞ」


 勢いでマグスと張り合い、ニグルはハッとなった。


 ニグルの中では、エルにはルルとの関係について誤魔化したつもりでいる。

 ニグルは慌ててエルの方を向き、表情を伺った。

 エルの表情は、氷結していた。


「何?焦った顔して。誤魔化してたつもりかもしれないけど、誤魔化せてないから」



 戸惑い言葉に詰まっている時には、空気をぶち破る闖入者の存在は有り難いものである。

 それが例え、快く思っていない者であったとしても。

 

「マグスー!マグスマグス!久し振りマグス!」


 マグスが王国ホテルに入ったと報告を受けて飛んで来たのだろう。

 イフォックが弾けるような笑顔と共に大きく手を振りながら現れた。


「イフォック!もう嗅ぎ付けられたか!ニグル、俺はあいつが嫌いだ。お前も嫌いだろう」

「苦手なタイプではある」

「マグスは相変わらずあれだ、異世界言葉で言うところのツンデレだね!僕はいつだって素直だからちゃんと言葉にする。久しぶりに会えて本当に嬉しいよ!マグス!マグスマグス!」


 イフォックはマグスの肩を掴み、痩せた体を大きく揺さぶった。


 マグスは、イフォックは相変わらずバカだなと思った。

 ニグルは、イフォックは多重人格者なのではないかと思った。



「ところでニグルくん。推薦状は提出してきたのかい?」

「市民権貰う気ないから提出してない」


 こんな国に誰が定住するものかと、ニグルは思った。


「なんでさ」

「俺、キゼトに住んでんだ」

「キゼトに住んいでるというだけの話で、別にキゼト市民ではないぞ!」


 マグスが余計な口を挟んできた。


「余計な事を言うなクソガリ魔法使い」

「クソガリ!よくわからんが悪意を感じる言葉だな!この偉大なる大魔法使いにそんな態度をとる大馬鹿者はお前だけだぞニグル!」


 マグスは表情を変えずに堂々たる態度で嗜めた。



「イフォックさんって、マグスさんがバカって言ってた人ですよね?」


 モリに他人への気遣いを求める事など出来ないだろう。

 モリと数日間時間を共有すれば、大抵の人が知る事である。


 しかし、そうとは知らない田中は、こいつは頭がおかしいのかと思った。


「マグスぅ。相変わらず僕の事をバカ呼ばわりしているのかい?」


 イフォックは、再びマグスの細い肩を掴み体を揺さぶった。


「そうだ!お前は明らかにバカだ!しかし良かったな!つい今しがた、ニグルを大馬鹿に認定したぞ!」

「そうだね。ニグルくんは大馬鹿だ。一人でこの国を転覆しようとしている」


 イフォックにそんな話をした記憶はない。

 やはり刺すようなあの視線は尋常じゃないのだと、ニグルは察した。


「ニグル、本当か?やめておけ。今のお前に何が出来る。この世界に来てから数ヶ月しか経っていない、信用も、人望も、影響力の欠片も無いお前に」


 マグスは、穏やかな口調で諭した。


「理不尽を見過ごせない」

「お前は無力だと言っている」

「要因の根っこを切る事は出来る。それは俺なら可能だ」

「気の集中で差別主義者全員殺すとでも言うのか?それとも国王を殺すか?いずれにせよ、それは傲慢なのではないか?自己評価の面でも裁量の面でも」


 気難しい細面で穏やかに諭され、ニグルは学生時代に戻ったような錯覚に陥った。


「感情に判断を委ねるな。人族の四十歳というのは、もっと落ち着きがあるものと思っていたのだがな。お前はその歳でまだまだ青いのだな」


 言い返せなかったのか気を削がれたのか、ニグルは口を噤んだ。

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