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スブル入り

 テレビもインターネットも無かった時代では、噂話は魅力的な娯楽だったのではないだろうか。

 娯楽であると同時に、貴重な情報でもあっただろう。


 情報には価値がある。信用や金に換える事が出来る。

 人々はさぞ、噂話集めに懸命だった事であろう。




 エルの背後には、いつからそこにいたのか、旅人やスブルの兵士が集っていた。


「角獣王を一撃で倒したぞ」

「あれはキゼトの住人の変な荷車のニグルという男だ。キゼトでは有名な冒険者だ」

「知っているぞ。初心者ながら悪魔討伐した男だろう」

「なるほど。有名なのも頷けるな」

「有名なのは悪魔討伐したからじゃない。絶世の美少女と言われていながら男を全く寄せ付けなかった売れない魔道具屋の店主を口説いたからだ。ほらそこにいる小柄な女がその店主だ」


 噂話の矛先が自分に向かうに及んで、エルの顔から表情が消えた。


「おお・・・これがあの淫婦ソエルの娘にして絶世の美少女と評判のエルか・・・愛想が無いな」


「ちっ」


 エルは無表情のまま、小さく舌打ちした。



「あの巨大な角獣王を秒殺するとは、とんでもない冒険者だな」


 集まった兵士の中で最も華美な鎧を着込んだ男が、エルに話しかけてきた。


「見慣れない乗り物だ。あの者は異世界人なのだろう?情けない話だが、この国は異世界人に対する扱いが悪い。しかし私がたった今目撃した出来事を上官に証言すれば、不快な思いをさせずに済むはずだ。私は勇気ある者を尊敬する」


 小柄なエルが、ニグルと話す時よりも見上げなければならない程度に、大柄な男である。


「ありがとうございます。私は魔法使いにして冒険者のマグスと、魔法使いにして元冒険者のソエルの娘、キゼトの冒険者でエルと申します」


 大柄な男の顔を見上げるエルを見て、なんて可愛い三十路なのだろうと、ニグルはしみじみ思った。


「おお、マグス様とソエル様の娘さんでしたか。それならあれ程の勇者と行動を共にするのも納得だ。私は王都防衛司令部のアクトです。まずは詰所で休んで下さい。その後で、司令部にご案内して上官に推薦状を書いてもらいましょう」


 アクトは、見上げるエルの可憐さに覚えた目眩を打ち消すように、大声で喋った。


 精神的にすっかり疲れたらしいニグルは、無表情のまま、黙ってその男の顔を眺めた。



 入門の際にニグルが門番と揉める可能性を危惧していたエルは、これが噂の渡りに船だと思った。


「よろしくお願いします!」


 疲れ切ったニグルの反応が鈍い今がチャンスとばかりに、エルは即答した。



「とりあえず横になりたいんだけど」


 今にも閉じそうな目で、ニグルが欲張り始めた。


「ソファある?仮眠ベッドでもいいけど。とにかく休みたいんだよ」

「すまない。ベッドもソファも無いのだ。なるべく早く推薦状を書いてもらえるよう尽力するので、それで勘弁して下さい」


 アクトは申し訳なさそうに言った。


 アクトの表情や仕草をまじまじと観察していたニグルは、笑って誤魔化さないアクトに、少なくとも最低限の誠意は持っていると感じた。




「本当に違う世界に来たんですね・・・」


 ニグルの疲れた顔を疑わない田中は、ニグルのバイクを手押ししながらスブルの街並みを見渡した。


「イタリア南部の下町もこんな感じだから、この街並みが異世界らしさではないよ」


 ニグルは田中の感慨に水を差した。


「加藤さんイタリア行った事あるんですか?」

「ないよ。テレビで見た」

「実際に見たわけでもないのによく言い切れますね。相変わらず適当。ホッとします」

「街の人と触れ合いながら旅歩きするテレビ番組で見た事実を述べている。実際に見たのと同じようなもんだ」




 アクトの案内で司令部長室に入ると、室内の中央に置かれた机で、暇を持て余して頬杖をつく若い男がいた。


「司令部長殿、ご報告です」


 壮年と思しきアクトが頬杖男の前に立ち姿勢を正し、目撃した内容を報告した。

 どうやらこの若い男が、アクトの上官であるらしい。


「ふむ。推薦状を書いておこう。今すぐ書くのは気分が乗らないから後で書く。宿で休んで待っていてくれ。アクト、案内してやれ」


 司令部長は気のない顔でアクトに指示を出した。


「かしこまりました」


 アクトは慇懃に頭を下げ、ニグル達の方に振り返った。


「宿へ案内しよう。いい宿ですよ。司令部長のお眼鏡に叶った異世界人は無料で泊まれます」



 スブル王国へ足を踏み入れた異世界人は、概して不快な思いをする。

 異世界人への差別が強い国民性を持つ国なのだから当然である。


 しかし、異世界人の中でもスキル持ちの者は国にとって有益であるという認識も持っている。

 有益な存在であれば手懐けた方がいい。


 負の感情を払拭して恩を売り、いずれ何かしら貢献させる。

 高級宿での無料宿泊は、言わば国策なのである。



「三人部屋かよ」


 ニグルは不満を口にした。

 エルと二人きりになれないからだ。それだけだ。


「贅沢言わないの。無料なんだから」


 幼く見えるエルが、年齢不詳に見えるニグルを嗜める光景。

 田中にはまだ違和感が感じられる。


「エル、田中くん何かスキル持ってるかなぁ」

「見てみるね。田中さん、椅子に座ってしっかり目を開いていて下さい」


 田中はエルの指示通りにした。


「物理耐性少しとカウンタークリティカルのスキルを持ってる。魔力は無し」


 田中の瞳を覗き込みながら喋るエルの口臭が田中の鼻腔に入り込む。

 どういう内臓を持っているとそうなるのか、エルの口臭は僅かに甘い。

 幼く見えはするものの、美しい容姿と甘い口臭を持つエルに、田中の理性は崩れかかっていた。


「ごめんなさい。疲れててあまり見えない」


「ごめんねエル。そのうちまた見ればいいよ。な!田中!」


 ニグルの声で、田中は我に返った。


「僕のスキル、いまいちな感じですか?」

「通常時の俺よりは強そうだ」

「わかりにくい」


 そう言うと、田中は真面目な顔になり、少し俯いた。


「僕が加藤さんのパーティーメンバーじゃないってバレたら、宿から叩き出されちゃいますかね」


 田中の顔が見る見る青ざめていく。


「じゃあ今日から同じパーティー。解決」


 ニグルは田中の気持ちを楽にさせようと、あえて気軽に端的に言った。

 田中の顔が少しだけ晴れやかになった。


「ギルドの登録証が無いからバレちゃうよ」


 エルの真面目さは、時に空気を掻き乱す。

 田中の顔が再び青ざめた。


「じゃあ俺の荷物持ち。解決」


 プライドが傷付いたのか、田中は少し困惑気な顔をした。

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