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つい、オーバーキル

 高原の果てに至ると、眼下にスブル王国の王都、スブルが見える。

 キゼトほどでは無いにせよ、大きな城壁都市である。



「ようやく見えたねー。腰と背中がそろそろ限界」


 ニグルはバイクの横でストレッチをした。


「何でそんなにいつも通りなんですか。不安とか無いんですか?奴隷にされるかも知れないんですよ?」


 田中は、怪訝な顔でニグルのストレッチ姿を眺めた。


「今心配してもどうにもならないだろ」


 今現在困難に遭遇している訳でもないのに、何故精神を揺さぶられなければならないのか。


 ニグルには田中の心情が理解出来ない。


 エルと田中は、ニグルの心情が理解出来ない。


「田中さんは異世界にいた頃から仲良かったんだから知っているのでしょ?ニグルさんがこういう人だって」


 エルは呆れ顔を田中に向けた。

 当然、田中に呆れている訳ではない。ニグルへの呆れを田中と共有したかったのだ。




 ニグルが入念にストレッチを続け、エルと田中が呆れ顔を向け合っていると、いつの間にか、三人の周りを不快な圧と淀んだ空気が包んだ。


「ニグルさん、囲まれてる」


 エルが張り詰めた表情で声をかけた。


「マジか。スブルの兵士?」


 ニグルは、うめく様な声で質問した。

 股を大きく開き、それぞれの膝の内側に手を当てがい腰を捻るニグルは、痛気持ち良さに心を奪われ、目を開けていられない。


「魔物。目、開ければ?」


 棒読みをするエルは呆れ顔のままだ。


 エルの棒読みは不機嫌な証拠。

 ニグルは急いで目を開き周りを見渡した。


「本当だね。角が生えた魔物に囲まれてるね。角がいっぱい」

「加藤さん、あれ鹿ですか?何で鹿に囲まれてるんですか?ここは奈良公園ですか?」


 田中は、初めて見る魔物に驚き、焦り、まごまごしている。


「奈良公園でも春日大社でもないよ」


 緊張しないわけにいかないニグルは、田中を持て余した。



「エル、数多いし頼める?」

「うん」

「田中くん、俺の後ろに隠れてろ。守ってやる。でも後ろの警戒くらいはしといてくれよ」


 ニグルは竜の大腿骨を、エルはソエルから受け継いだ杖を構えた。


「エル、先手必勝だ。任せた!」

「任された!」


 エルは柏手を打つように手を合わせ掌でソエルの杖を挟み、杖の先端、ソエルが寂しい夜を自ら慰めたという少し変色している丸みを帯びた箇所に魔力を集中させた。


「渦巻く劣情の炎の壁!」 


 エルが魔法名を唱えると同時に、杖の先端から大きな炎が放たれる。

 杖の力で増幅したエルの魔力によって生み出された大きな炎は、ニグル達と鹿のような魔物の間に真っ赤な壁となって聳え立った。


「また劣情って言った」

「急には名前変えられない」

「ところでこれって先手なのか?防御的な感じじゃない?」

「一気に全部は無理だし、まずはこうかなって」


 エルにとってこの遠征は、状況に応じた思考と状況に動じない精神を養い、正しく魔法を選択し、安定して発動させられるようになるための修行の旅だ。


 エルは所詮、まだ修行が必要なレベルなのだ。


 そしてその修行はまだ始まったばかり。

 まず、正しい選択からしておぼつかない。


「キゼトの西の塔に行った時、似た状況でマグスは雷落としてたよ」

「あ」


 ニグルに言われて、エルは他に正しい選択があることに気付き、慌てて柏手を打つように手を合わせて掌でソエルの杖を挟んだ。


「落下式子宮の狂気!」


 杖の先端から稲妻が放たれ、炎の壁の向こうに群がる魔物に落雷を喰らわせた。


「だから何なんだよそのネーミングセンスは。子宮の狂気ってヒステリーのこと?雷をヒステリーと例えてるのか?ヒステリーが子宮の狂気ってヒポクラテスじゃねぇか」

「だってママが」

「面白がってんだよ、ソエルは」



 ニグルがエルを罵っている間に、生き残った瀕死の魔物が一匹、ニグル達に向かって突進してきた。


「こいつは俺に任せろ!」


 ニグルは竜の大腿骨を構えた。


「うらぁ!」


 ニグルは魔物の頭部目掛けて竜の大腿骨を振り下ろした。


 魔物は、ニグルの自信に満ちた挙動に面食らったのか、ニグルの手前で立ち止まり、顎を引いた。


 見た目より随分と質量の軽い竜の大腿骨は、ポコンと、魔物の頭に当たった。


「あ、やっぱり駄目だぁ。俺今ムカついてもビビってもいないもん。エルの魔法の名前を聞いて恥ずかしいと思ってるだけ」

「うるさい!しつこい!」


 エルは怒りながら、杖から炎を放った。


 魔力のコントロールをせずに放たれたその炎は、瀕死の魔物を殺すには過剰な、この日の戦闘で最も大きな魔力によって生み出された、地獄でも見かけなさそうな大きな炎であった。


「田中が危ない!」


 ニグルはエルが放った大炎から田中を守るために、田中を押し倒し覆い被さった。

 ニグルに降りかかった炎の渦は、ニグルの背中に触れる直前に消滅した。


 ニグルに覆い被さってもらえなかった瀕死の魔物は、一瞬にして燃え尽き消滅した。



「エル!魔法使う時は感情的になるな!ちゃんと魔力コントロールしろ!何のために遠征に来てんだ!ソエルにチクるぞ!」


 ニグルは思わず怒鳴った。

 エルは不貞腐れた顔で横を向いている。


「ニグルさん、髭が刺さって痛いんですけど」


 ニグルに覆い被さられ、頬を合わせて下敷きになった田中が、か細く文句を垂れた。


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