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奴隷兵士

「バイクで三人乗りなんて、日本では考えられなかったですね」


 田中は少しだけ嬉しそうに言った。


「そうだね。東南アジアっぽいよね」


 そう答えたものの、ニグルは高校生の頃に経験がある。

 原付スクーターノーヘル三人乗りを。


 しかし、ジェネレーションギャップかも知れないと思い、ニグルは口を噤んだ。




 日が沈む頃、三人乗りのバイクは次の砦に辿り着いた。


「ここで泊まらせてもらうしかないんだから、嫌なことがあっても怒らないでね、ニグルさん」

「あい」


 十代半ばにしか見えないエルに強面中年のニグルが嗜められて素直に返事をする。

 田中はその光景を微笑ましいと思った。


「相変わらず、すぐ怒ってるんですね、加藤さん」


 田中はニヤニヤしながらニグルの顔を見た。


「そうか。お前は俺のこと、すぐ怒る奴だと思っていたのか。さっき怒った振りの仕方教えてもらったとか言ってたじゃないか」

「本当に怒ってる時も多かったじゃないですか。今も、ほらもう怒りそう。その目やめて下さいよ。怖いんですって」

「この目は親から貰ったものだ。お前は今、俺ではなく、俺の親を冒涜しているのだぞ」

「目に込められた怒りの事を言ってるんです。それを親のせいにするなんて、それこそ親御さんへの冒涜じゃないですか」

「少し見ない間に生意気言うようになっちゃって!」


(ニグルさん楽しそう)


 エルはそう思いつつ、門番に声を掛けた。


「キゼトの住人、エルと申します。父は魔法使いにして冒険者のマグス、母は魔法使いにして元冒険者のソエル」

「おお、かの高名な冒険者ご夫妻の娘さんですか。どうぞ中へ」


 門番はマグスとソエルの名を聞いて目を見張った。

 マグスとソエルの二人は、本当にこの世界に知られている存在なのだと、ニグルは思い知らされた。


 門番はエルを中に通すと、ニグルと田中に目を向けた。


「そちらのお二人は異世界人ですね」


 門番は穏やかな表情で、二人に声をかけた。


「だったら何だ。言いたいことあるんなら聞いてやるから言え」


 さっきの今である。

 ニグルはつい、過敏に反応してしまった。


「ほらもう怒り始めた」


 田中が嬉しそうに言った。



 ニグルが悪態をついても、門番の表情は穏やかなままだ。


「俺も異世界人ですよ」


 ニグルは驚き、細い目を見開いた。


「奴隷兵士として、この砦に詰めてます。あくまでも奴隷なので、食事と必需品の支給だけで命を張って働いています。スブルはそういう国ですよ」


 穏やかな表情のままこんな事を言う。


「今、この砦には奴隷兵士しかいません。この世界の人間である上官は王都に行っています。今日は嫌な思いをせずに済むのでご安心を」



 夜、砦の兵士達と火を囲みながら食事を共にした。

 豆と豚肉が入ったスープと果物だけではあったが、味は悪くなかった。


「不味くないでしょ?装備も衣服もちゃんと支給してもらえるし、報酬が貰えない以外は特に不満が無いんです。見ず知らずの土地に来て、これ以上の贅沢は言えないかなって思っています。この世界の連中の我々に対する扱いは酷いものですけど、我慢するしかないです」

「そうですか」


 ニグルは一言だけ返した。

 冒険者として自由に生きる方がマシだと思ったが、他人の価値観に干渉するのは面倒だと思った。



「ここにいる奴隷兵士は皆、スキルに恵まれなかった体育会系の人間です」

「じゃあ普通に戦ったら俺より強い人ばっかですね」

「しかし、スキルも魔法も使えない兵士ばかりで魔物の相手をするわけですからね、なかなか大変なんですよ」


 兵士たちはお互いの顔を見ながら虚に笑い合った。


「ニグルさんは何故冒険者になったんです?」

「最初に声を掛けてくれた奴が、冒険者以外の選択肢を教えてくれなかったからです。それだけ」


 実際には、異世界人差別が無いとされるキゼトですら異世界人が普通の職に就くのは難しく、選択肢が無かっただけだ。

 しかし、それを言ってしまうと奴隷兵士達に絶望感を与えてしまうかも知れないと思い、ニグルは言わずにおいた。


「冒険者で実績抜群なら、逆に待遇が良くなりますよ。実際、何組かの有名異世界人パーティーは肩で風切って歩いていますよ」

「その人達は奴隷になった異世界人の為に何かしてくれるとか、無いんですか?」

「無いです。むしろ、この世界の人達より冷たいです」

「そうですか」


 砦での夜は、ニグルにとって愉快とは程遠く、かと言って不快でもない、無味無臭なものであった。




「さー、王都目指して出発するか」


 下界の人間達の感情などお構いなしに、雲に隠れない限り、太陽はどこにでも顔を出す。


 この先に待ち構えるニグル達の未来には、希望など無いと考えるのが自然なのだろう。

 しかし、天空から降り注ぐ、朝を爽やかに輝かせる日の光を浴びると、ネガティブな未来こそ想像がつかない。

 ニグルは王都が位置するという方向に明るい視線を向けた。



「僕も奴隷兵士にされるんですかね・・・」


 ニグルとは違い、田中はネガティブな未来を想像していた。


「されないよ。俺がさせない」

「はあ」

「俺のこと信用してんだろ?」

「そうですけど・・・」


 ニグルの自信に裏付けは無い。

 何とかなるだろうと軽く考えているだけだ。

 田中はその事を知っている。前の世界でも経験している。


「この世界でもニグルさんは、いざという時には頼りになる人ですよ。信じて下さい」


 エルがフォローした。


「前の世界でもそうでしたからね。信じます」


 田中は少し困惑しながら、虚に微笑んだ。

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