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熊かと思ったら猫

 ニグルとエルは、月光の湖のほとりで三日三晩汗だくになり、ようやく出発する気になった。


「ここを出たら魔物と遭遇する可能性があるから、用心してね」


 出発するにあたって、エルはニグルに注意を促した。


 月光の湖は、街道から少し逸れた先の小山の上にある。

 山頂だからなのか神聖な場所だからなのか、とにかくそこには魔物が現れない。


「悪路で魔物から逃げ切れる自信無いしな・・・遭遇したら戦うしかないか・・・めんどくさっ」



 お揃いの亀ヘルメットを被り、二人は崖の上に停めておいたバイクに跨った。


 キゼトとスグルの間にある山岳地帯の谷間の街道は、決して険しいわけではない。

 しかし岩場もあれば落石がそのままになっている箇所もあり、平地の街道とは比べるべくも無い。


「しっかり掴まっててよ」

「うん!」


 ニグルはエルの、うん!が好きだ。




 ニグルがゆっくり慎重にバイクを走らせていると、右手の丘から、熊のような魔物が走り降りてきた。


「早速か!しかも熊!」

「大黒猫!」

「猫!?いやどう見ても熊だろ」

「違う。大黒猫」


 ニグルにとってこの世界は、まだまだ謎だらけだ。


「ニグルさん、戦おう!」

「いや、逃げよう」


 ニグルはタンクを挟む両膝に力を込め、スロットルレバーを捻った。


「落ちるなよ!エル!」


 悪魔を討伐したニグルである。

 戦えば勝てるかもしれないと考えもした。


 しかし、最終的にニグルの思考を支配したのは、面倒臭い、その思いだけだった。



 谷に単気筒の力強い咆哮を響かせながら、ニグルは目を三角にしてバイクを操った。

 しかし、オフロードバイクに乗ってはいるものの、ニグルはダードが得意ではない。

 残念ながら大黒猫に追いつかれ、併走された。


「エル!任せた!」

「任された!」


 ニグル越しに大黒猫に向けて魔法を発動させると、エルの魔法が無効化されてしまうかも知れない。

 ニグルはギアを下げエンジンブレーキをかけてバイクを減速させた。


 エルはニグルにしがみつきながら両脚を上げた。

 その両脚をニグルの胴に絡み付かせると、両手を離し、背をのけ反らせながら、柏手を打つように手を合わせた。


 大黒猫は自身の後方に下がったニグルとエルに反応し、四本の足を踏ん張らせ急停止した。


 大黒猫の急停止を確認し、ニグルはスロットルを開きバイクを急加速させた。

 大黒猫を追い越しざまに、エルは掌を宙空に向けて開いた。


「渦巻く劣情の炎!」

「何それ!」


 エルの掌から業火がほとばしり、大黒猫を一瞬で焼き尽くした。


「やった!」


 エルは結果に満足し、背をのけ反らせたまま両手を上げて喜んだ。



「魔法名の意味がわかんねーよ」

「え?」

「なんで劣情が出てくるんだよ!」

「ママが魔法名に必ず入れろって。女の力を引き出す魔法の言葉だって」

「ソエル・・・」


 ソエルはエルの母親にして大魔法使い、そして元冒険者にして淫婦である。

 更に言えば悪ノリが過ぎる。


 ニグルに劣情の意味を教えられ、エルは赤面した。


「そんなはしたない言葉だったの・・・」

「ある意味エルにはお似合いの言葉だけどね」

「ニグルさんに言われたくない」

「でも人前で言うのはちょっと恥ずかしいね」

「他の名前考える・・・」




 キゼトは魔物のメッカである。

 山岳地帯を進むにつれ、つまり、キゼトから遠ざかるにつれ、魔物の出現率は下がるはずである。

 とは言え、キゼト周辺の魔物は日中は大人しくしているため、街道を利用している限り、魔物との遭遇率は低い。


 しかし山岳地帯は食糧の確保が困難なのか、日中から魔物が人を襲う事が珍しくない。

 結果、日中に限って言えば、キゼト周辺より山岳地帯の方が魔物の出現率が高い。


 そのため、旅人の保護を目的として、山岳地帯には一定の距離毎に砦が設置されている。

 旅人が魔物に襲われていることに気付けば、砦に詰めている兵士が魔物を追い払いに来るし、持て成しは一切ないものの、砦内の広場は、誰もが宿泊場所として利用することを認められている。



「凄まじい魔法だったな」


 砦から出張ってきた兵士が立ち塞がったため、ニグルがバイクを停めると、兵士は気さくに話しかけてきた。


「変わった乗り物だな」

「異世界の乗り物だよ」

「なんだ、異世界人か。そっちの女もか?」

「いいえ。私はキゼトで魔道具店を営むエルと申します」

「ふん。まあいい。旅人であれば異世界人でも一応保護することになっている。砦に泊まっていってもいいぞ」


 兵士は見下す視線をニグルとエルに向けた。


「異世界人とつるんでる女なんて、ろくな女じゃないんだろうな。異世界人は変態が多いらしいから、相当なアバズレなんだろ?」


 兵士は下卑た笑みを浮かべながらエルを凝視した。


「お前さっきから何言ってんだ」


 そう言いながら、ニグルは自分の右手を見た。ニグルの眉間は、チリチリしていた。


「エル。俺最近わかってきたんだよ。気の集中ってさ、すげー怖い時とすげームカついてる時に発動してんだよ。きっと」


 ニグルは、エルには一切視線を向けず、兵士を凝視しながら言った。

 その目は凶々しく据わり切り、視線を合わせた兵士は後退りながら顔を青ざめさせた。


「多分、今こいつに触れたら・・・」


 ニグルは一歩前へ出た。

 エルはニグルの正面に回り込み、兵士の前に立ち塞がった。


「ニグルさん、やめて」


 見たことのない凶悪な目を見て、エルも青ざめた。


 しかしエルは信じている。

 ニグルがエルに危害を加える訳が無いと。身を挺して止めれば言うことを聞いてくれるはずであると。


「遠征はまだ始まったばかりよ。これくらい我慢してくれなきゃ先が思いやられる」

「そうだね。大人気なかった。ごめん」


 さっきまでのニグルが別人格であったかのように、スッといつもの表情に戻った。


「おい、どうしてもって言うなら砦に泊まってやってもいいぞ。改めて俺にお願いしてみろ。深々と頭下げながらな」

「・・・調子に乗るなよ異世界人」

「ニグルさん」

「まだ日が高い。もっと先まで行こう。気分悪いしお尋ね者になりたくないし」


 ニグルはスロットルを捻り、その場を走り去った。

 エルから聞いていた異世界人差別の噂が真実味を帯びるような、嫌なストレスを感じた。

 ニグルの心根に、スブル人に対する悪感情が芽生えた。

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