月光と汗
カルデラなのか、それとも他の何かなのか。
大きな満月を中心にして数え切れないほどの数の星が散らばり、その周りには薄っすらと草原があり、草原を囲むように崖がある。
崖に守られているかの様に静かな湖のほとりに、一人の少女が裸で立っている。
「大きな満月と静かな水面に反射する月光を同時に浴びると、潜在魔力が高まると言われているの」
少女に見えるその女は、三十歳の外見美少女クオーターエルフ、エルだ。
全身で月光を受け止めるエルのすぐ横に寝そべりながら、ニグルはその神秘的なまでに美しい姿を眺めていた。
情欲が衰えない中年のニグルにも、この場に張り詰める神々しい空気は侵せない。
「じゃあ満月の度にここで月光浴すれば、猫も杓子もいつか大魔法使いだね」
「満月は気まぐれでしょ?そんなに都合良くいかないよ」
エルは透明感の強い静かな笑顔でニグルを嗜めた。
エルは周期の事を気まぐれと捉えているようだ。
この世界の天文に関する知識が未発達なのか、発想が叙情的なだけなのか。
天文学に興味がないニグルは、後者でいいと思った。
その方がエルらしい。その方がこの世界に似つかわしい。
外で裸になる自分の姿を見てもニグルが興奮しない事を寂しいと思えばいいのか、月光を浴びる自分の姿に、ニグルの下心を押さえ付ける程の何かがあると思えばいいのか。
エルは迷いながら月光浴をやめ、ニグルの方へとゆっくり歩いた。
「ついでに水浴びしよ」
ニグルは服を脱ぎ、近づいて来たエルの手を取り、湖に足を踏み入れた。
「洗ってあげる」
そう言うなりニグルはエルの背後に回り込んだ。
ニグルはエルの小さな身体を後ろから愛撫し、エルはニグルにその身を預けた。
ニグルはただただ自分の本能に依存し、エルの身体を愛し続けた。
エルもまた本能のまま、抑える事なく声を出してニグルの愛に応え続けた。
誰もいない。あるのは静寂に包まれた自然だけ。二人は自分達を抑える必要を感じない。
二人の熱量は加速度的に増していく。
「あ、あ、あぁ!」
「これが駅弁ってやつだ!オラオラオラオラァー!」
静寂に包まれた自然界を汚すかのように交わる男女の影が、神秘的な湖のほとりで蠢いた。
「エル、腰痛い。ヒール」
「お尻こっちに向けて。力抜いて」
「あっ」
体表に魔法無効化スキルが纏わりつくニグルに魔法をかける手段は、極めて限定的である。
月光に照らされながら、ニグルはエルの汗ばんだ膝枕に頭を乗せた。
エルは膝の上のニグルの顔をさすり、鼻の穴に指を突っ込んだ。
「ここからでも魔法効くかな」
「エル、その指洗った?俺の記憶では、俺の尻に突っ込んでヒールかけた後、洗っていない」
「うん!」
「何が、うん!だ!」
ニグルは慌てて湖に顔を突っ込み、鼻から水を大きく吸った。
「げふっ」
ニグルは咳き込んだ。当然である。
「エル!苦しい!ヒール!」
「そんなのにヒールが効くわけないじゃない」
そう言いつつエルは再びニグルの鼻の穴に指を突っ込んだ。
「はい、ヒール」
「貴様ー!」
ニグルはエルを湖に放り投げた。
「きゃー!ひどーい。暴力はんたーい」
「うるさい!お仕置きだ!」
ニグルはエルの胸の先のスイッチを指先で責めた。
「あ」
四十歳の中年と三十歳の外見美少女がはしゃぐ姿は、見苦しい。
この地に二人以外誰も居ない事は、不幸中の幸いと言える。
「遠征に行かなければダメ。実戦で経験を積み己を磨き、状況に応じた思考と状況に動じない精神を養なってこそ、エルは一人前の魔法使いになれるの」
と、エルの母であり師匠でもあるソエルが言っていた。
そこで、ニグルとエルは北方遠征に出た。
まずは、ニグルとエルが拠点としているキゼトの北、山岳地帯の先にあるスブル王国を目指す事にした。
キゼトを出て山岳地帯の谷を抜け高原の道を進むと、スブル王国の首都であるスブルという大きな街があり、そこにあるスブル宮殿にスブル王が住まうという。
スブル王国は決して評判のいい国ではない。
「行かない方がいい。きっとニグルさん、嫌な気分になると思う」
ニグルがスブル行きを提案した時、エルは即座に否定した。
「なんで?」
「あの国、異世界人を奴隷にしているの」
衝撃的である。
「奴隷制度がある国なの?奴隷の異世界人は奴隷制度に組み入れられているの?それとも異世界人だけが奴隷なの?」
「詳しくは知らない」
「じゃあ詳しく知る為にもスブル王国に行こう」
知ってしまった以上、裏を取らずに済ますことなど出来ない。
ニグルの好奇心はいくつになっても衰えない。この好奇心が、今回の遠征先を北方と決定した。
「モリとマグス、もうキゼト出たかな」
先ほどより汗ばんだエルの膝枕の上で、ニグルは呟いた。
「どうかしら。パパが戻ってくるの、実際にはいつになるか分からないし」
スブル王国に行くにあたって、奴隷にされる事を恐れたモリは、マグスの帰還を待ち、合流してから出立する事になっていた。高名な冒険者であるマグスと同伴ならば悪い扱いは受けないだろうと考えたからだ。
「近々帰ってくるって伝書鳩で知らせあったんでしょ?」
「うん、使い魔の知らせではそうだったけど」
「伝書鳩の手紙には具体的な日にち書いてなかったの?」
「使い魔が持ってきた手紙には近々帰るとしか・・・いつ書いた手紙かも分からないし」
「なんで鳩が使い魔なんだよ」
「そういう名前の鳩」
キゼトとスブルの間に広がる山岳地帯は、険しさと共に、景色の良さでも知られている。
いつ帰ってくるか分からないマグスを待つより、ニグルとエルは先行してツーリングがてら寄り道を存分に楽しみ、スブルでモリとマグスと合流する。そういう予定にしていた。
合流するまでの間は、誰にも邪魔される事なく、二人だけの時間を堪能する事が出来る。
遠征にかこつけたツーリングを堪能することが出来る。
頭に中はそれだけだった。




