縮毛
エルが実家に戻って三日経ち、早くもエルの膝枕が恋しくて堪らなくなった頃、ニグルの借家にモリが訪ねて来た。
「マグスさんの奥さんが、二人でご飯食べに来いって!」
「マグスは結婚してたのか」
「もう引退されてますけど、かつてはマグスさんと共に名を馳せた冒険者だったのですよ!そしてマグスさん同様、高名な魔法使いなのです!」
ニグルは嫌な予感がした。誰かと似た経歴だ。この世界に知り合いは少ない。連想される相手も限られている。
ネガティブに頭を回らせながら、ニグルは重い足取りでモリと共に借家を出た。
マグス邸の門前に立ち、開かれた門扉の間から玄関を見た。玄関のドアの前に、見た事のある女が立っている。
ニグルはまだ、この世界の知り合いが少ない。誰かと間違うという事はない。
「何でソエルさんがここに居る」
ニグルは虚な表情でモリに質問をした。
「ソエルさんとお知り合いだったのですか?」
「三日前に知り合いになったよ」
「そうだったのですか!ソエルさんがマグスさんの奥さんなのですよ!」
モリは、ニグルにとって最悪な回答をした。
「ソエルさんはエルさんのお母さんなんだよね。って事は、マグスはエルの父親って事になるよね」
何故マグスの紹介でスムーズにエルと賃貸契約を結べたのか。
何故エルは家賃を安くしてくれたのか。
何故エルはニグルの魔獣狩りの事を逐一知っていたのか。
何故エルはその名もフジヤマに行った事を知っていたのか。
何故マグスは必要になると言って宝石を持たせてくれたのか。
全て合点がいった。
全てはマグスのお陰であり、全てはマグスのせいである。
「何で黙ってたんだよ」
「知らなかっただけです!」
「話に出た事も無かったのか」
「無かったです!ソエルさんとはほとんど話した事無いですし、マグスさんからは冒険譚と魔法自慢しか聞いた事無いですし!」
「ちょっと、お二人さん、いつまでそんなとこに突っ立ってるのよ。早くいらっしゃい」
ソエルに呼びつけられ、ニグルとモリは門を通り抜けた。
「ソエルさんこんにちは!本日はお招き頂きありがとうございます!」
モリはドアの前に立つソエルに挨拶をした。
「いらっしゃい。今日は、エルの冒険者デビューを助けてくれた二人へのお礼の食事会よ」
「恐縮です!」
「ニグルさん、さっきから何もしゃべらないけど、どうしたの?」
「なんだか気分が優れません帰っていいですか」
「エルが中で待ってるわよ。早く顔を見せてあげてちょうだい」
ソエルはニグルに、笑いかけながら言った。
ニグルは鳥肌が立った。嫌な予感がする。
何故なら、後ろめたい事があったから。
リトルヨシワラへは一人で行った。
ニグルにはまだ、顔見知りなどごく限られた人数しかいない。
リトルヨシワラへ行ったことを知る者など、いないと考える方が自然だろう。
いるとしたら、その名もフジヤマの店員とルルだけだ。
彼らはその世界のプロ。秘密は守るはずだ。
そう思いながらも、ニグルは不安で押しつぶされそうだった。
ニグルは自分を守る為の嘘を厭わない。自分を守る為の嘘をつく為にやるべき事を知っている。
それは、自分に嘘をつく事である。
俺はリトルヨシワラには行っていない。ルルに下着の相談をしに行っただけだ。それだけだ。
ニグルは自分自身にそう言い聞かせた。
「エル三日振りー。修行進んでる?」
「ニグルさん、リトルヨシワラに行ったでしょ」
ニグルは愕然とした。
自然体を装って歩こうにも、足が前に出ない。
「なんのことなのかな?なにをいっているのかぜんぜんわからない」
「ニグルさんはこの街では結構有名なのよ。転移したての異世界人が冒険者になってすぐに悪魔倒したって。街の人に注目されているの。リトルヨシワラで見かけたって、噂になってる」
ニグルはただの窮鼠である。しかも相手は噛みようの無い猫である。
どうすればこの局面を打開出来るのか。何か手はないか。
一旦真っ白になった頭を精一杯働かせ、ニグルは必死に考えた。
考え事をする時の癖で、ニグルはズボンのポケットに手を入れた。その手が布に触れた。
ニグルは落ち着きを取り戻した。そして思った。
確かに俺はリトルヨシワラに行った。
しかしそれは、ルルに下着の相談をしに行っただけだ。ただそれだけだ。
現に、その証拠がここにある。その証拠がこの指先に触れている。
「リトルヨシワラ行ったよ。知り合いに下着の相談をしに行っただけだ。ただそれだけだ」
ニグルはルルの褌を取り出し、両手で広げた。よく見ると、中央に縮れた毛が一本付いている。
これは危険だ。
ニグルは、全身の毛穴が開いた様な気がした。
しかしここで淀んではいけない。淀めばバレる。
「これは俺達がいた世界の下着というものだ。元いた世界ではみんなこういうのを履いている」
「で?」
「これをエルにも履いてもらいたくて、作ってくれるようルルさんに頼みに行ったんだ。ただそれだけだ」
「ルルさんて誰?」
ニグルは、自分の口が滑った事に気付かされた。
「ルルさんは娼婦の方です!」
モリがすかさず口を挟んだ。
ニグルを裏切ったのか、それとも、余りにも空気を読めないのか。
「そうですルルさんは娼婦の方です。異世界人の娼婦の方です。でも先日訪ねたのはそういう事ではなくて、あくまでも下着の相談をしに行っただけだ。ただそれだけだ」
「何でそんなものを私に履かせたいの?」
「これを履くとバイクに乗った時にスカートが捲れても丸見えにならないから!」
「モリさんに作ってもらった服ならそんな心配無いんだけど」
「あとは、衛生面だ!モリが作った服だと、下着履いてる方が直接当たらないから服が汚れない!」
「確かに・・・ちょっと見せて」
エルがニグルに向かって手を差し出した。
ニグルは慌ててルルの褌を差し出した。
「ふーん・・・何これ」
エルが縮毛に気付いた。
「昨日俺が試着した時に付いたみたいだね」
「なんでニグルさんが試着するのよ」
ニグルは心の中で謝った。
試着どころではなく、他の女が半日以上履いていたものでごめんなさい、と。
「どうやって使うの?せっかくだから試着してみたい」
ニグルの顔が引き攣った。
「どうしたの?顔が引き攣ってる」
「俺が試着したやつだから、一度洗った方がいいかなと」
「じゃあ魔法で洗って乾かすね」
エルはそう言うと、柏手を打つように手を合わせ、掌を宙空に向けて開いた。
水魔法と風魔法と火魔法を器用に組み合わせて、掌の上の褌を手際良く洗濯から乾燥まで済ませた。
戦闘時とはまるで別人の、優秀な魔法使いがそこに居た。
「じゃあスカート捲って」
試着用に借りたソエルの寝室で、ニグルに言われた通り、エルはゆったりとしたワンピースの裾を捲った。
「・・・・・」
ツルツルとしたその場所を見たニグルは、自分を抑えられなくなり、黙ってエルの股間に顔を埋めた。
「ちょっと!何するのよ!」
自分の股間に顔を埋めるニグルに文句を言いつつも、エルは無抵抗だ。
無抵抗どころか、ニグルの後頭部に手を掛け、自分の股間にニグルの顔を軽く押し付けてさえいる。
「この三日間で何回自己愛したの?」
ニグルはエルの股間から顔を離し、エルの目を見ながら意地の悪い顔をした。
エルはニグルのこの顔に抗えない。
「五回・・・」
「え、多くない?」
「だって・・・」
「寂しかったの?」
「うん」
「じゃあ、その寂しさを紛らわせてあげるね」
ニグルはそう言うと、再びエルの股間に顔を埋めた。
その時ドアが開き、ソエルが現れた。
「私の部屋で何してるのよ。母親の寝室でおっ始めるとか、何考えてるのよエル」
ソエルは淫らな笑顔で二人を見た。
ニグルは慌てて立ち上がり、エルは慌ててワンピースの裾を押さえ付けた。
ソエルの笑顔を見て、ニグルは面倒な事になりかねないなと思った。
「ソエルさん、自分も混ぜろとか言いそうだね」
ニグルはエルに耳打ちした。
「どうせなら私も混ぜなさいよ」
やはり言った。
言うや否や、早くも服を脱ごうとしている。
「いや、モリが寂しがってるだろうから戻ろう」
「そうだね。ママ、戻りましょ」
「何よ!さっきまでモリさんの事なんて頭に無かったくせに!」
ごねるソエルを押し出して、ニグルとエルは寝室から出ようとした。
「ちょっとニグルさんどこ触ってるのよ!このスケベ!」
「背中だよ。ただの背中」
「ママ、見苦しいわ」
「ちっ」
ニグルは思った。
やはり、ソエルはとんでもない女だ。




