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浮かれる男達 沈む女

 港町クタは、悪魔を討伐したニグルとエルの噂で持ちきりだった。

 しかし、一人は転移したばかりの初心者冒険者、一人はつい最近まで引きこもっていた元天才。

 二人が町に入ってきても、それが噂のニグルとエルだとは誰も気付かない。



 ニグルとエルがマラの工房兼邸宅に戻ると、そのまま応接室に通された。


「二人の活躍は聞いている。私の故郷を救ってくれた事に心から感謝している。本当にありがとう」


 マラは頭を下げ、二人に感謝の言葉を述べた。

 初心者冒険者に対する態度としては、丁重に過ぎるとニグルは思った。



「しかし悪魔を倒すとは驚いたな。二週間前に冒険者登録をしたばかりの初心者がたった二人で悪魔討伐をしたのだからな。この町でその話を知らない者はいないし、キゼトでも評判になっている事だろう」


「正直に言ってしまえば、俺は決して乗り気ではなかったんだ。でもエルが、見て見ぬ振りは出来ないって言い張ってね。悪魔にトドメを刺したのもエルだし、エルはバンゴの救い主だよ」


 マラはエルに向かって、再び頭を下げた。


「エルさん、改めて感謝の気持ちを伝えたい。ありがとう」


 エルは少し俯いた。


「私は何も出来なかったのです。ニグルさんが大怪我をしながら悪魔を瀕死の状態まで追い込んで、私はトドメを刺しただけなのです。身を挺してバンゴを守ったのはニグルさんなんです。私は何も出来なかった・・・」


 エルは必死に忘れようとしていた恐怖と不甲斐無さを思い出し、顔を暗くした。


「二人は同じパーティーなのだ。どちらがどうしたでは無い。二人でどうした、なのだ」

「そうだぞエル」


 マラは温もりのある落ち着いた声でエルに語りかけた。


「それに、ニグルさんはエルさんがいなければ悪魔を討伐する事は無かったのだろうし、エルさんが側に居たから、悪魔を瀕死に追い込む所まで頑張れたのではないかね」

「そうだぞエル」


 マラの励ましにも、エルの表情は変わらない。


「でも私、自分が情けなくて、恥ずかしくて」

「ニグルさんの力を引き出したのだ。そして二人で悪魔を討伐したのだ。素直に誇るべきだと思うがね」

「そうだぞエル」


 まだ変わらない。


「幼い頃から天才と持て囃されて、驕っていた部分があったのです。もっとやれると思っていたのです。でも悪魔が怖くて何も出来なかった。私がニグルさんを引き止めて、私の意思を汲んでもらって、そして悪魔を討伐する事にしたのに」

「驕りに気付いたのは大きな成長だ。驕りに気付くのは容易い事ではない。まずその機会に恵まれる事自体が稀なのだ」

「そだそだー」


 エルは、話に飽きてきた事を隠そうともしないニグルをキッと睨み付けた。



「エルは冒険者としてはまだ初心者だ。でもずば抜けた力を持ってる。あとは慣れだけだと思うよ」


 この場を凌ごうと、ニグルは急に真面目な顔で話し始めた。


「エルは悪魔を一瞬で燃やし尽くす事が出来る程の力を持っている、これは事実でしょ?」

「うん」

「じゃああとは慣れだよ。エルが戦いに慣れてちゃんと力を使える様になるまでは、俺が守ってあげるから。俺はエルを守る為なら悪魔相手でも一歩も引かずに戦える、これも事実だったでしょ?」


 マラとニグルの励ましに、ようやく少しだけ取り戻した笑顔で、エルは応えた。


「言ってる俺も超初心者だからあんまり信用してもらっちゃ困るけどな!はっはー!」

「くっ」


 最終的に不真面目なニグルを再びキッと睨み付けながら、エルは歯噛みした。




「そろそろモリが工房から戻る頃だ。ついでに、三人に提供する防具を持ってくるよう言ってある」


 ニグルとエルの表情が輝いた。


「二人がバンゴ村に行っている間、モリは防具作りを学んでいたのだ。提供する防具はモリに整えさせた。彼は職人としての才能に恵まれている。うちの職人達も驚いている。冒険者を辞めても食うに困る事は無いだろう」


 バンゴ村での悪魔討伐の際には、防具を装備していなかった。

 防具があれば、ニグルの怪我はもっと軽微だったかも知れないという思いがあっただけに、期待が高まる。



 マラの工房の職人と一緒に防具を運び入れながら、モリが応接室に入ってきた。


「ニグルさん!エルさん!お帰りなさい!ご活躍だったそうですね!」

「モリさんただいま!」

「おーモリただいま。鎧作りはマスターした?」


 せっかく落ち着いたエルがまた落ち込むのを恐れ、何より、討伐の話をするのは面倒臭いと思い、鎧作りの事を聞いてみたものの、ニグルはそれほど興味を持っていない。


「作るのは設備がいるので工房じゃないと無理ですけど、修理ならいつでも出来るようになりましたよ!」

「素晴らしいね」



 マラが微笑みながら、持ち込まれた防具を手に持った。


「あなた達に提供する防具は在庫品ではあるが、サイズを合わせて、各自の特性に合わせて色々と手を加えたものだ。手を加えるのはモリに任せた」

「デザインにも拘りましたよ!まずはこれ!」


 モリは白銀のプレートアーマーを持ち上げた。胸部から腹部にかけての流線形が美しく、加工技術の高さが窺える見事なプレートアーマーだ。


「美しいでしょう?曲線美と表面加工の緻密さに拘りました!」

「それは誰の?俺の?モリありがとう!」

「これは僕用です!」

「あっそ。じゃあ俺用の見せてよ」


 モリは、打ちっぱなしかと思えるほど荒い表面の、鉄の鎧を持ち上げた。剣道の防具の様に、背中がガラ空きになっており、腹部には大きく開いた口の装飾が雑に彫り込まれている。


「モリのと比べると手抜き感が半端ないんだけど」

「敢えてです敢えて!ニグルさんのワイルドな雰囲気に合わせてあります!」

「釈然としないけど、実は嫌いじゃない」

「装飾の口は、悪魔討伐を記念して掘りました!」

「ここ噛まれましたよーって事か!いいな!」

「いいの?」


 エルが呆れながら口を挟んだ。


「いいよいいよこいうの。好き好き。んでなんで背中ケチったんだよ」

「剣道三級のニグルさんに対するオマージュです!」

「ぶはっ!いいな!毒々しい意図が反映されてて気に入ったぞ!やるな!モリ!」

「何の話なのか全然わからないけど、多分わかっても理解出来ないね・・・」


 エルは再び呆れた。


「あと、腕噛まれてもいいように、海の洞窟の魔獣の皮で作った手甲も作っておきましたよ!」

「コンセプトが全部自虐じゃなーか!いいな!」


 モリは、エルと恋仲になったニグルに対して隠し持っていた嫉妬を装備に込めたつもりだったが、結果としてニグルの好みに合ってしまった。



「次はエルさんのですね」

「期待出来ない・・・見るの怖い・・・」

「大丈夫!僕を信じて下さい!これです!」


 モリが手に取ったものが、ニグルの目には、ただのセーラー服のように見えた。


「鎧は重いですから、エルさんには厳しいかなと思いまして!」

「だからってただのセーラー服は無いだろう」

「ただのセーラー服では無いですよ!丈を少し長めにしたところが拘りです!ぎりワンピースとしても着れます!パンチラ不可避ですけど!」

「拘りそれかよ!て言うかエルはこの世界の人だからノーパンだぞ。不可避なのはマンチラだぞ」

「ぶふ・・・!」


 モリの鼻腔が広がった。

 エルはおぞましいものを見る様な目をした。


「でも残念ながら大丈夫です!事故防止の為に、膝丈のかぼちゃパンツもご用意しました!」

「これ可愛い!モリさんありがとう!」


 エルは、かぼちゃパンツとのセットアップなら気に入ったようだ。


「でもそれ防御力皆無だろ」

「そこはちゃんと考えてますよ!元の世界のケブラーみたいな刃物を通さない素材のマントと、海の洞窟の魔獣の皮で作った編み上げブーツもご用意しました!あとボーダー柄のタイツとドット柄のタイツも」

「タイツも拘りか・・・」

「・・・はい。襟の二本線と色合わせてありますよ」

「つか、マントとブーツだけで良くない?セーラー服はどうでも良くない?」




「取り敢えず、試着してみてはどうか」


 黙って三人のやりとりを聞いていたマラが、話の収束を試みた。

 ただし、その視線はエルだけに向けられていた。


 エルは、マラに促されるまま別室に移動して着替えた。


「どうかな?」

「すげー可愛い」

「思った通りとても似合ってます!」

「とても可愛い」


 エルは照れながらお披露目をした。

 人族の目には幼く見える容姿に、モリの拘りが詰まった服がよく似合う。

 ニグルとモリとマラの三人は、しばらくの間、頬を赤らめニコニコしながら黙って眺め続けた。

 エルは困惑の表情を浮かべながら、三人の下卑た目に晒され続けた。




「再びクタに来る事があれば、是非寄ってくれ。もちろん、その時には我が家を宿代わりにしてもらって構わない」


 防具と報酬を受け取った翌日、三人はマラに見送られながら、キゼトへの帰路についた。


 我ながら冒険者らしくなったなと、ニグルとモリは思っていた。

 装備によって実感を得た者もいれば、実績に裏打ちされた自信によって得た者もいる。

 冒険者らしい、の定義は人それぞれだ。


「スカートよりバイクに乗りやすいー」


 エルは、モリが作った服の事を相当気に入ったようで、リアシートの上でマントを靡かせながら燥いだ。

 しかしエルの胸の中は、他の二人ほど晴れやかではなかった。

 

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