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酒に呑まれた下戸

 十代半ばくらいに見える美しい女魔法使いが、掌から大きな火の玉を発現させ、その火の玉を見事に操り悪魔を燃やし尽くす。

 勇壮で可憐なその姿は、目撃した人々に神々しさすら感じさせた。


 しかしその女の実年齢は、三十歳だ。




「本当に悪魔を倒したのか・・・!エルさん、あんたまだ若いのに、凄い魔法使いなんだな!」


 ポーションを集めていたウグリの登場は、現実を知るには遅過ぎた。


「ニグルさんは相当深傷を負っているなぁ。エルさんの足を引っ張らなかったかい?」


 ウグリは余計な心配をしながら、籠からポーションを取り出し、ニグルの腹部と左肩にふりかけた。


 悪魔が燃え尽きた後、冷静になるにつれ、痛みに耐えかねるようになっていたニグルには、ウグリの勘違いを訂正する余裕が無い。



「ニグルさん、私がポーションかけてあげるから、仰向けになって」


 エルはウグリからポーションを受け取り、仰向けに寝転んでいるニグルの隣に座った。


「ひ、膝・・・枕・・・」

「あ、そうだね。はい」

「エル・・・」

「なに?」

「布邪魔・・・」

「うるさい。余裕か」


 そう言いながらも、ニグルに頭を上げさせ、スカートを捲り、エルは太ももを露わにした。

 エルの太ももの上に頭を置いたものの、腹と肩の痛みのせいか、ニグルにはいつものような昂りが無かった。


「エル、ありがとう。エル、頑張ったね。エルは最高だよ」


 ポーションで傷が癒えたとは言えど疲労までは回復せず、ニグルは昏睡状態に陥り、宿に運び込まれ、丸一日寝続けた。




「寝過ぎて背中が痛い・・・」


 ボヤきながら起きたニグルに、エルが抱きついた。


「もう起きないかも知れないって、ちょっと心配だった・・・」

「心配させちゃってごめんね。たくさん寝たから、これ超回復かな、元気になり過ぎてんだけど」


 ニグルは、エルの耳たぶに唇を触れさせ囁きながら、エルの右手を元気過ぎる自分自身に触れさせた。


「バーカ、バーカ」

「でもこのままじゃ部屋から出れないし・・・」

「もう・・・バカ・・・」


 エルを自分の体の下に組み敷き、ニグルはエルの唇を奪った。

 ニグルの首に腕を巻き付け、エルはより激しい情を求めた。

 エルの求めに応じようと、ニグルはエルの情の受け口に触れ愛撫した。

 受け入れ準備が整った事を確認し、ニグルは情の交わりを始めようとした。



「ごめん、背中痛すぎて無理だわ」

「バカ!もう起きずにそのまま死ねば良かったのに!」




 無表情のニグルと、不機嫌な顔のエルが並んで部屋から出てくる姿を見て、見舞いに訪れ食堂で待たされていたウグリは驚いた。


「二人は恋仲なんだろ?恋仲の二人が仲良くこの村に来て、二人で協力し合って悪魔を倒して、次の日にそんな顔並べてるって、何事なんだい」


 ニグルとエルは黙って椅子に座った。


「まぁいいや。ギルドに討伐済みの知らせを持った使いを出したよ」

「ありがとうウグリさん」

「使いには、村の総意として追認を嘆願したいからって、親父が自ら行った。ニグルさんとエルさんの恩に報いようと、やれる事はやろうと、親父は気合入ってるよ」


 ニグルとエルは、思わず微笑みながら顔を見合わせた。


「親父が帰って来るまで、養生がてら村でゆっくり過ごしてくれ。何でも好きなだけ食ってくれ。あんた達が望むものは何でも無償で提供しようって、みんなで相談して決めたんだ」


 無惨な殺され方をした村人の仇をとり、村に平常に取り戻した事に対する村人達の感謝の気持ちが、ニグルとエルには歯痒くなる程伝わった。



 バンゴ村での日々が一週間ほど過ぎた頃、使者としてキゼトのギルドに出向いていた村長が戻ってきた。


 街道沿いで堂々と膝枕をしながら景色を眺めている二人を見つけ、村長は呆れつつ背後から声をかけた。



「ニグルさん、エルさん、お待たせしたね。ギルドは討伐実績を追認してくれる事になったよ」


 村長がもたらした朗報を聞き、二人は慌てて後ろを振り返った。


「完了証明書をギルドに提出すれば、国からの補助と危険手当で金貨を十五枚もらえる・・・よ」

「ギルドからは?」


 ニグルの腑に落ちていない視線から、村長は申し訳なさそうな顔をして目を逸らした。


「ギルドからは?国からだけなの?ギルドからは?」

「これはわしの言葉ではなくギルド長からの言葉である事を理解して聞いてほしいのだが・・・ルールはルール。例外を認めれば体制の崩壊を招く。報酬を与える価値がある事は認めるが、本来与えるべきペナルティーと相殺とする」


 ニグルの表情が見る見る険しくなった。



「村長さん、良い知らせをありがとうございます」


 不満気なニグルとは違い、エルは笑顔だ。


「ねぇニグルさん、追認なんて滅多に無い事だと思うよ。国の追認を得られるように手続きしてくれたのはギルドなんだし、報酬は相殺でも、ギルドも今回の功績を評価してくれているのは間違い無いんだし、素直に感謝しようよ」

「そうかもね・・・でもさー」


 ニグル、似合いもしないのに頬を膨らまして、子供のような膨れっ面になった。


「バンゴ村の報酬と合わせて金貨三十五枚だよ」

「・・・」


 エルは背伸びをし、尚も不満気なニグルの耳に唇を近付けて囁いた。


「キゼト市民の平均年収五年分」

「マジか」


 ニグルは真顔に戻って、エルに顔を向けた。

 そんなニグルに、エルはニヤリとしながら、もう一度囁いた。


「マ・・・ジ」


 ニグルはいつも通りの顔を作り、精一杯の色気を使いながら囁いたエルの腰に、手を回して抱き寄せた。


「一日でそんなに稼いだのに、これ以上贅沢言っちゃいけない気がしてきた」

「そう、いけないよ」


 作られ始めた二人の世界に、村長は構わず足を踏み入れた。


「やあニグルさん、ご理解頂き感謝する」

「村長さん、こちらこそ、改めてありがとうございます」

「いいのですいいのです。そんな事より、祝賀会を開こう。悪魔撃退とギルドの追認を祝ってな!メインイベントは報奨金の贈呈式だ!」



 この日の夜、村を挙げての大宴会が催された。

 普段は酒を飲まないニグルとエルも、断るのは失礼と思い、勧められるままに酒を飲んだ。

 二人が前後不覚に陥ったのは、夜通し続いた大宴会の、ほんの始まりの頃だった。


「みんなー!報奨金の贈呈式を始めるぞーい!ニグルさん!エルさん!こっちにおいで!」

「おっす!おらニグル!報奨金なんていらねっぞ!おら、みんなの笑顔の為に頑張ったんだ!」

「じゃあ村長としてわしが一旦預かるぞーい」


 その場にいる全員が歓声を上げた。

 状況を冷静に判断出来る者など、この場には皆無であった。




「頭いてぇ。何もしたくない。エル、もう一日泊まって行こ」


 ベッドに横たわったまま、ニグルはか細く呟いた。


「・・・うん・・・」


 ベッドに横たわったまま、エルはか細く返事をした。



「ところでニグルさん、昨日貰った報奨金、ちゃんと持ってる?無くしてない?」

「あ」

「え?」

「悪魔に食われた人達の遺族に寄付した時の高揚感が蘇った。気がする」

「え・・・」

「あの時の遺族達の涙が忘れられない。気がする」

「はぁ・・・じゃあ、いいか」


 二人には昨日の記憶など、ほぼ無かった。


「エル、いつか、冒険者引退したらこの村で暮らそうよ。飯は美味いし、村の人達は陽気で親切だし、何より景色が良い」

「うん」


 力無く言うニグルに、エルは小さく頷いて応えた。

 ニグルが自分の将来を二人の将来として考えている事に、エルは満足していた。


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