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決意 奇特な人

 街道からバンゴ村の居住区へは、段々畑の中央にある細い坂道が一本繋がっているだけである。


 人が三人も並べば一杯という程度の幅でしかない。

 生活の為の道路と言うならば、自動車が存在しないこの世界ではこれでいいし、高度経済成長期以前の日本もこれで良かった。


 この世界の人類はまだ、過剰に、人類の都合だけで一方的に文明を発展させるまでには至っていないらしい。

 ニグルはそれを気に入っている。



 畑に挟まれた細い坂道を下り、居住区を通り抜けて入江の手前でバイクを停車させ、ニグルとエルは周りを見渡した。


 何人かの男が切羽詰まった顔をして右往左往しており、のどかで美しい景色に不似合いな事この上ない。



「こんにちは。クタで防具製造業を営んでいるマラさんの紹介で来た者なんですけど」


 ニグルはバイクに跨ったまま、近くにいる男に声を掛けた。


「何!?もう来てくれたのか。使いはまだクタに辿り着いていないはずだが・・・」

「使い?」

「まあいい。宿の準備は出来ているから、まずは荷物を置いてきてくれ」


 言いながら、男はようやく、見たことのない騒々しい乗り物に気付いた。


「なんだそれ。臭いしうるさいな」


 しかし男はそれどころではない。

 一言文句を言って、それでもう関心を失った。



 状況がよくわからないまま、ニグルとエルは、男に案内されて宿に入った。

 宿と言っても、ごく普通の一軒家だ。空き家を整理して宿として使っているのだろう。


「俺の名はウグリだ。村長の息子だ。あんたらの世話は俺がさせてもらう」


 ニグルが声をかけた男は、気忙しく最低限の自己紹介をした。


「ニグルです。キゼトに住んでいる冒険者です」

「エルと申します。同じくキゼトに住む冒険者で魔法使いです」


 ウグリの気忙しさに釣られ、ニグルとエルも早口で手短に自己紹介をした。


「では早速会合に参加してくれ」

「はい?」「はい?」


 ニグルとエルは同時に聞き返した。


「申し訳ないんだけど、何が何だかわからない」

「会合に行けばわかる。ついて来てくれ」


 常日頃からそうなのか、どうやら逼迫しているらしい今だけがそうなのか、先程から、ウグリは全く人の意を介さない。


 少し混乱したままウグリのペースに飲み込まれているニグルとエルは、ウグリに引きずられる様に会合会場である村長の家を訪れた。


「父上、こちらがマラさんが派遣してくれた冒険者のニグルさんとエルさんだ」


 ウグリの紹介に、ニグルとエルは目を大きく見開いて顔を見合わせた。


「一体、何なんです?」


 村長の方に向き直ったニグルは、状況がわからずイライラしていた。


「俺達はバカンスのつもりでここに来ただけなんだけど、どうやらウグリさんの早とちりで面倒な事に巻き込まれようとしているとしか思えないんだけど」


 ウグリとその父は、驚きの余り固まった。


「そうだったのか・・・話が噛み合わないはずだ・・・。しかし今、この村はバカンスなんて悠長な事を言っていられる状況ではないんだ。いずれにせよ状況の説明をしなければならないだろうから、とりあえず座ってもらえるかい」


 ウグリはニグルとエルに着席を促し説明を始めた。


「街道から入江を見ながら下って来たと思うんだが、入江に島がいくつか見えただろう?あの島にいつの間にか魔物が住み着いてしまって、この村の者が襲われる様になったんだ」


 ウグリは、浮かれていたニグルのテンションをすり潰すのに十分な話をし始めた。


「そりゃこの辺りにも昔から魔物はいる。しかし滅多に襲われる事はなかったし、たまに襲われたところで、俺たちだけでも何とか撃退出来る程度の強さだったのだ」


 ここまでは、わりと普通の話である。


「しかし、今あの島に住み着いている魔物は違う。一体だけではあるが、何しろ強い。そして知性があって性格が悪い」

「性格が悪い?その魔物と話でもしたの?」


 ニグルは思わず興味を持ってしまった。


「魔物と会話なんて出来るわけないだろう」

「じゃあ何で性格悪いってわかるのさ。魔物なら人を襲うのは仕事みたいなもんだろう」


 少し挑発した感じになってしまったかなとニグルは思ったが、ウグリは俯き、蘇った恐怖に顔を青ざめさせながら話を続けた。


「あいつは、入江の浜で、この村の者を捕らえて食った。三人だ。それも、生きたまま、住民が大勢集まるのを待ってから、見せつけるように食ったんだ。断末魔の叫びを聞かせながら食ったんだ」


 エルの顔が見る見る青ざめていく。


「助けに入ろうとした者もいたが一瞬で燃やされたよ。あいつは魔法が使えるんだ。俺は何も出来なかった。震えながら立っているのがやっとだった」


 ウグリの話に耳を傾けながら、ニグルはエルに顔を向けた。


「性格の悪さを裏付ける知性を持ってるね。そのうえ魔法を使えるって、相当ランク高いんじゃない?」


 ニグルは、かつて名のある冒険者だった両親を持つエルなら、魔物についての知識があるのではないかと期待した。


「知性があって魔法が使えるって事は、魔物って言うより悪魔なんじゃないかな」


 エルは即答した。


「魔物と悪魔って何が違うの?」

「魔物は知能が低い、悪魔は人類と同等の知能を持っている。そして、人類と外見的特徴が似ている」


「マジか。じゃあ逆に、人類と悪魔の違いって何よ」

「平均的に、悪魔は人類より魔力が強くて力も強い。欲も強いし何より残虐。そして人類に敵する存在」


「じゃあもう人類でもすげー強い凶悪犯罪者がいたら、それって定義的にはほぼ悪魔じゃん」

「魔法が使えたり、特別な力を持っていたりすれば、人類社会に紛れ込んだ悪魔と認識されてしまうと思う」


「結構、強引だな・・・」

「特に、スキル持ちが多い転移者との線引きは曖昧なの。だから転移者の冒険者には、人類の敵ではない事を示す為に命懸けで危険な依頼を受ける人が多いわ。それでも転移者を忌避する人は少なくないのだけれど」


「だからマグスは自分から転移者を名乗るなって言ってたんだな」

「キゼトみたいな転移者が珍しくない大きな街ならともかく、転移者が珍しい土地では特にね」


 ニグルとエルの会話を聞いていた村長が目を見開いた。


「ニグルさんは転移者なのか!マラの知り合いなら大丈夫なのだろうが・・・。線引きが曖昧と言うより、転移者の中には実際に悪魔に魂を売って悪魔に生まれ変わる者もいると聞くからな」


 村長の発言にエルの表情が曇ったが、村長は気付きもしない。


「ところで先ほど、マグス様のお名前を口にしていたな。まさか、あのマグス様ともお知り合いなのか」

「知り合いどころか、マグスは俺の保護者です。あの偉大なる大魔法使いマグスこそが、俺の保護者なのです!」


 ニグルはマグスの偉大さを理解してはいないが、村長の信用を得るのには使えると思い、殊更に強調した。


「それなら安心だ。この先、私は決してあなたを疑ったりしない」


 村長にそう宣誓させる程、マグスの名前に効果がある事に、ニグルは心底驚かされた。



「そんな訳で、俺たちはクタに住むマラさんに使いを出したんだ。マラさんなら討伐隊を募るなりキゼトのギルドに討伐を要請するなり、最善の選択をしてくれるはずだから」


 このままでは話が進まないと思ったのか、話が逸れているあいだ黙っていたウグリが、強引に話を締め括った。



「何にせよ理解した。状況が状況だし、観光は諦めて一旦クタに戻ろう」


 ニグルはエルの表情を観察しながら言った。

 嫌な予感がしたのだ。


「討伐隊や他の冒険者を待っていたら、もっと被害が増えるよ」

「え」


 嫌な予感の通り、表情から読み解くまでもなく、とんでもない事を言い出したエルを見ながら、ニグルは固まった。


「バンゴ村の人達、困ってる。助けてあげられないかな」


 奇特なエルが現れた。

 人の役に立ちたい思いが心の根元に埋め込まれている。

 それはエルの美徳なのだが、今回ばかりは余りに無謀だ。


「エル、俺達は初心者冒険者なんだぞ?戦闘力で言えばここの漁師達と大差無いって」

「そうかも知れないけど、何もせずに帰るなんて出来ない」


「ギルドに申請したら、最低でもランク5の依頼になるだろう。それくらいの相手だ。冒険者と言えど、流石に初心者では無理だぞ」


 ウグリが口を挟んだ。しかしエルはもう止まらない。


「じゃあせめて、また悪魔が来た時に防衛のお手伝いをさせて下さい!」


 エルは助太刀を申し出るどころか、懇願し始めた。


 ニグルは閃いた。


「ねえねえ。ランク5って俺達では請けられない依頼?」

「そうだけど、見て見ぬふりなんて出来ないよ!」


 エルは、まだクタに帰ろうとしているのかと思い、ニグルに対して苛立ちを覚えた。


「いや、そうじゃなくて、ギルドに依頼しておいて貰って、ギルドから上位の冒険者が派遣される前に俺達が倒したら、俺達がランク5の任務を完了したって、追認される?」


 意外な事を言い始めたニグルに、エルは戸惑った。


「ギルドで手続きせずにやったらルール違反だよ」

「知らなかったら?知らずに村の危機を救うためにやむを得ずやったのならば?」

「それは・・・ルール違反じゃないかも知れないけど、追認はどうかな・・・聞いた事ないケースだから・・・」


 動機はともかく、ニグルがバンゴに留まるつもりになり始めている事を知り、戸惑いながらもエルの機嫌は徐々に良くなっていった。



「報酬はいくら?」


 ニグルは下卑た微笑みを村長に向けた。


「村から出せるのは金貨二十枚が精一杯だ」


 村長の回答に、人死まで出ている割には少ないと思い、ニグルは不満を持った。


「討伐依頼は普通の依頼と扱いが違うし、被害も出ているから、追認されれば国からの補助とギルドからの補助と危険手当合わせて金貨三十枚行くかも。だから合計で金貨五十枚!・・・追認されればだけど」


 ニグルの表情から報酬に対する不満を察したエルは、予想される報酬総額を餌に、ニグルを煽った。

 煽っている最中から見る見る下卑た表情に戻るニグルに呆れ、最後だけ小声で言った。


「よし!やる!俺!やる!村長!俺達が知らない間にギルドに依頼出しといて!絶対に俺に気付かれちゃダメだよ!もちろん、俺達がいる事自体、ギルドには伏せといてね」

「・・・わかった・・・」


 村長はじめ会合に参加している村人達は、こんな奴なら討伐に失敗して死んでも構わないだろうと思った。

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