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事前把握は大切

「終わった終わった!まさかのたった三日で終わったよ!マラさん!」


 港町クタにあるマラ邸に戻ったニグルは、二十頭分の魔獣の皮を馬車から下ろし、マラに依頼完了報告をした。



 海の洞窟の魔獣狩り。

 ニグルとエルとモリが拠点とする、城壁都市キゼトのギルドで受けたランク3の依頼。

 依頼主はマグスとモリの知り合いである、港町クタで防具製造業を営むマラ。


 頼みの綱だったエルがほとんど役に立たなかったにも関わらず、ニグルはまさに満身(右腕)創痍の状態ながら、全員初心者のこのパーティーが三日で完了させた事は、刮目されるべき結果と言えるだろう。


「三人共ありがとう。こんなに早く納品してくれるとは思わなかった。しかも初心者のみのパーティーが、だ。どうすればこんなに早く出来るのだ」


 いつも通り落ち着き払っている様に見えて、十日期限の依頼に対して三日で完了という早さに、マラは驚いていた。


 洞窟で起きた事のあらましをモリが説明すると、仏頂面のマラが微笑んだ。


「そんなやり方か。鋼鉄の投網を使えば、時間はかかるがもっと安全に出来たはずだ。投網で一体ずつ捕獲して外に引き摺り出して、口を開けた瞬間に体内に槍を突き立てるのだ。言ってくれれば貸したのだが」

「え」


 三人は、特にニグルは、愕然として大きく肩を落とした。


「マラさん、今はそんな話聞きたくないよ・・・名誉の、負傷じゃなくて傷跡が浮かばれねぇ」


 ニグルの右腕には、二十頭分の噛み跡がある。まるで継ぎはぎの様で、なかなか凄惨な状態である。


「そうだな。すまない。しかし何故そんな傷跡が?ポーションを使ったのではないのか?」

「使ったよ。え、ポーションって傷跡残らない物なの?」


 ニグルは、エルとモリの顔を交互に見た。


「私はポーション使った事ないからわからない」

「僕、ポーション持ってはいますけど、今までは怪我したらマグスさんの回復魔法で治してもらっていたので、実はポーション使った事がないです!」


 相変わらず頼りにならない連中だと、ニグルは溜め息をついた。



「普通は傷跡など残らない。稀に回復し切らない事はあるが、全部が全部、という事はない」


 マラが説明すると、エルが肝心な事を思い出した。


「そう言えば、ポーションって薬草と魔法で作られてるわ」

「魔法無効化スキルのせいで傷跡が残ったという事ですね!」

「でも傷自体は治ってるぞ?跡が残ってるだけで。元いた世界の外科手術だって傷跡は多少残るし」


 スキルは十人十色。品目リストがあるわけでもない。

 ニグルのスキルの詳細を理解しているものなど、この世に存在しない。


「多分なんだけど、ニグルさんの魔法無効化って、体表に発現しているんじゃないかな」


 察しのいいエルの推測である。

 エルの察しの良さを知るニグルとモリは、正解の解説を聞く気分で耳を傾けている。


「結界は普通に歩いて通過するだけで無効化されて、風魔法は座ってるだけで当たる事なく無効化されて、魔石は持っただけで無効化されて、変な荷車のエンジンの中は魔法で満たされてるのに無効化されない。あと、キゼトの東の塔で雷魔法の直撃を受けたにも関わらず、ダメージを受けなかったのはもちろん、雷の通り道(電紋)すら残っていなかったと聞いたわ」


 エルが今までの実例を挙げた。


「なんで東の塔の事まで知ってんだよ」


 ニグルには、そんな話をした記憶が無い。


「何もしなくても全ての魔法が無効化される。それもニグルさんに当たるかどうかっていうタイミングで。これは確実。そして、変な荷車のエンジンの中の魔法は無効化されないのは何故か」

「エンジンの内部にエルが満たした魔法と俺との距離は、ブーツの革とエンジンのケースの厚みだけだね」

「そう。だから、魔法無効化スキルは、ニグルさんの体表に薄っすらと纏わりつく様に発現しているんじゃないかなって」

「なるほど。皮膚に纏わりついているとも言えるのかな」


 マラが口を挟んだ。


「そうだと思います。ただ、厚みがあるようです」


 エルが話を続ける。


「雷魔法の直撃を受けた時、服に燃えた形跡が全く無かったと聞いています」

「では、衣服ごと纏わりつく程度の厚みがある訳だな」

「多分、ですけど」


 この世界の真面目な話に、ニグルもモリも出番を失った。


「手甲を貫き、皮膚が裂かれたその箇所だけスキルの対象から外れた。だから傷の内部に直接ポーションの効果が届き内部の裂傷が回復した。しかし皮膚表面にはポーションの効果が及ばず、通常の裂傷と同じ様な回復にしかならず傷跡が残った。と言う事なのだろう。推測の域を脱する事など出来ないが、そう考えるのが、今のところは自然な様だな」


 マラが筋道立てて話をまとめた。


「報酬の他に、苦労してもらった事に対する労いと、短納期に対するボーナスとして、ポーション代の補償と防具の無償提供をしたいと思う」


 マラは仏頂面で、声だけ申し訳なさそうに言った。


「早く終わった分クタでのんびりしていってくれ。部屋はそのまま使ってくれて構わない。のんびりしてもらっている間に防具を用意する。在庫品のサイズ合わせだけだから時間はかからない」




 クタは景色のいい港町だ。金持ちが多く住む町ではあるが、ケバケバしさが無い。


 景色との調和。それをこの世界の行政機関や事業家はよく理解している。ニグルが元いた世界の欧州人と似た感性を持っているのであろう。

 お陰で時間をかけてのんびり過ごすのに適している。


 しかしニグルとモリは元日本人である。いかにも観光地といった趣の港町に滞在して、余暇をのんびり過ごすスキルなど持っていない。


「異世界観光じゃい!まずは海行くか!それとも食べ歩きか!」

「クタは新鮮な海の幸で有名だよ」

「まずは食べ歩きじゃい!モリ!斥候せよ!」


 ニグルのテンションが高い。エルは持て余しているのか、言葉少なにニグルとモリの後ろを歩いている。


「ニグルさん!お寿司屋さんがありますよ!」


 モリが指差した方に目を向けると、元の世界の日本語で大きく「寿司」と書かれた看板があった。


「なんと!寿司大好き!どう考えても転移者の店だな!」

「スシって何?」

「ざっくり言うと、生の魚を酢飯の上に乗せてギュッとして醤油をつけて食べる物だよ」

「酢飯って何?」

「そう言えばこの世界に米あるのかな・・・モリ・・・」

「・・・無いですね・・・醤油と酢はありますけど・・・とりあえず入ってみましょうか・・・」



「えらっしゃい!」


 懐かしい響きだ。この威勢の良さは、この世界ではなかなか見られない。

 しかし店内を見渡すと、客が一人もいない。ニグルには嫌な予感しか無い。



「大将は転移者なの?」


 素敵な笑顔で威勢良く出迎えられ、店を出る事が出来なくなったニグルは、椅子に腰掛けながら店主に声をかけた。


「いえ!私は二世です!転移者である親父から、この店を継いでやらせてもらってます!」

「先代の意思と想いを受け継いで・・・か。頑張ってほしいな。我々日本からの転移者にとっては心の拠り所だから、こういう店は」

「そんな大層なもんじゃないですよ!ひょっとして勘違いされているといけないので申し上げますけど、親父まだ生きてますからね!」

「そっか。旬のやつ適当に握って!」

「へい!」


 店主はテンポよく寿司を握り、ニグルの目の前の皿に出した。小さく切ってミルフィーユ状にしたクレープ生地の上に刺身を乗せてギュッとした、変な食べ物がそこにあった。


 ミルフィーユ状のクレープはベチャベチャしている。匂いでわかる。酢を染み込ませてある。


「刺身醤油つけてありますから、そのまま食べて下さい!」

「う、うん」


 促されるまま、ニグルは刺身が乗せられたミルフィーユの酢漬けを口の中に入れた。


 予想通り美味しくない。噛めば噛むほど、美味しくない。

 ニグルは虚な表情で、刺身が乗せられたミルフィーユの酢漬けを咀嚼した。

 隣の席のモリもまた、虚な表情で咀嚼している。


 エルがこの寿司を拒絶してくれれば店を出やすい。

 この世界の人だから寿司苦手みたいとか何とか言えば、スマートに店を出られるだろうと、ニグルは期待した。


「んー・・・」


 エルは不審な目で自称寿司を観察し、恐る恐る口に入れ、眉間に皺を寄せながら咀嚼した。


「・・・え!美味しい!ニグルさん達、元の世界でこんな美味しい物食べてたの?」

「え?」

「え?」


 ニグルとモリはただただ驚き、エルの顔を見た。


「そ、そうね。ちょっと違うけどね。ある意味、一番肝心な部分だけが違うけどね」

「この、これが酢飯っていうの?これと魚との相性が良いから美味しいんだね!」


 ニグルとモリは全力で肩を落とした。残念で仕方ない。もう絶望しかない。


 ニグルは思った。

 エルよ、それは酢飯ではなくクレープの酢漬けだ、あんな美味しい煮物を作れるのにその味覚は何故なんだ、と。


 色々と、転移者である先代の苦労に思いを馳せ、ニグルの目から涙がこぼれ落ちそうになった。

 しかし、少なくとも、この寿司もどきで幸せを感じた女がここに一人いる。


 ある日突然異世界に紛れ込み、試行錯誤しながら必死に自我を保ち、この世界を生き抜いた先代も、このことを知れば少しは報われるだろう。



「お客さんかい。珍しいね」


 店の奥から年老いた男が現れた。


「親父!親父と同じ、転移者の方だよ!」

「おお・・・そ、そう・・・か・・・見たところ・・・日本から転移されたんですかね・・・それは、なんか、すみませんね・・・」


 申し訳なさそうにする老人と、ニグルとモリ。三人の間には、何とも言えない気まずい空気が流れた。

 老人の態度から、妥協点のその場所にこの味がある事は想像に難くないと、ニグルは思わざるを得なかった。

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