魔獣狩り
三人寄れば文殊の知恵。
それは考えることを厭わない三人が寄れば、の話である。
考えることを厭うものが何人集まろうと、何の知恵も生まれない。
ニグルとエルが洞窟の下見に行った翌日、ろくな作戦も立てず、モリを加えた三人は朝から洞窟に入った。
昨日の偵察で警戒心を誘ってしまったのか、陽の光が届かなくなってすぐの場所で、エルが投げた魔光石が魔獣の顔に当たった。
「駆除するだけなら、エルの魔法ですぐなんだけどね」
ニグルが詠嘆していると、ジッと身構えていた魔獣が、突如として三人に向かってきた。
「きゃあ!」
エルの悲鳴と炎の轟音が同時に洞窟内に響き、視界に入っていた数頭の魔獣が一斉に燃え尽きた。
依頼の結末を悪く想像しながら、魔獣が燃え尽きた後の洞窟の奥に広がる漆黒を眺める。全く光が差さない完璧な闇に視界を覆い尽くされ、思念と現実の境目がわからなくなる。
ニグルは、思考が止まった自分に気付いた。
「一旦外に出てミーティングしようかね」
ニグルは力無く、エルとモリに声を掛けた
頬に当たる潮風が心地良い。
瑣末な事を忘れさせてくれる、磯の香りを運ぶ少し湿り気を帯びた風が、海にいることを実感させてくれる。
「ごめんなさい・・・」
潮風に髪を小さく靡かせながら、エルは項垂れた。
「さーて。どーしよーねー」
このままでは、一週間どころか一ヶ月経っても依頼をこなす事など出来ない。
「モリ、モリの槍で魔獣ぶっ刺せ。それしか無い!頑張れ!」
ニグルは勢いをつけてモリに指示した。
モリは今回の依頼の為に槍を持参している。
「同時に何頭も来たら無理ですよ!」
「そこよ。何とか一頭ずつ誘い出す方法を考えよう」
「・・・実は僕、餌スキル持ってます・・・」
モリが、惜しそうにニグルに告げた。
「何それ」
「僕自身が餌となって魔獣の気を引くスキルです」
「なんか切ないスキルだな・・・」
ニグルに憐憫の情が湧いた。
「まあ・・・発動条件は輪をかけて切ないのですけど・・・」
「スキルって発動条件があるのか・・・まぁいいや。とりあえずそのスキルを活用しよう。て事は槍でぶっ刺すのは俺の役目か!ちっ」
「あの・・・私は何をしようかな」
「エルは俺の後ろにいな。俺が守ってやるからビビんなくていいよ。俺が殺されそうになった時だけ魔獣に魔法ぶちかましてくれればそれでいいよ!」
エルが気に病まないよう、ニグルはニグルなりに気を使いながら、明るく言った。
ニグルがモリの槍を持ち、三人で再び洞窟の中に侵入した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
エルの魔石に照らされた魔獣が見えたところで、モリが突然、卑屈な態度で謝り始めた。
「なんだモリ!なんかしたのか!とりあえず許すからまずは包み隠さず全部話せ!」
ニグルは、モリが何かやらかしたのかと思い、胸襟を開かせようとした。
「モリさんがいつも私の事をやらしい目で見てたのは知ってますけど、今謝られても困るんです!」
エルは察しがいい。エルが言っている事はエルの思い込み等ではなく、事実である。
「違います!違わないけど違います!これがスキル発動条件なのですよ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!許して下さい!」
スキルは元いた世界で送っていた人生が反映される。事実かどうかは分かりようもないが、ニグルはそう聞いた事がある。
ニグルのモリに対する憐憫の情が、より強まった。それは余す事なく、ニグルの顔全体に現れていた。
切ない空気に一同が包まれていると、一頭の魔獣がモリに気付き、意気揚々と、オラつく様に向かってきた。ニグルにはそう見えた。
モリが噛みつかれる前に倒さなければならない。ニグルはそう思い、モリの前で左膝を立ててしゃがみ、槍を短く持ち身構えた。
魔獣はモリにしか興味が無いらしく、ニグルに気付く様子さえなく、ズレた間合いで、ニグルの目の前まで来てからようやく口を開き、十分にニグルが口の中に収まる位置まで来てもなお、大きく開いた口を閉じようとしない。
この魔獣はほぼほぼワニだ。ほぼほぼワニが口を全開にしている。魔獣にはモリしか見えていない様だが、それでもモリに噛み付けば必然的にニグルも噛まれる。
その事に気付き恐怖した瞬間、ニグルの眉間がチリチリした。
「よいしょー!」
気合と共に、後ろに大きく引いていた槍を魔獣の口の中に突き刺す。
槍を通して、魔獣の体中にニグルの気が送り込まれる。
魔獣の体内は、槍を通して送り込まれたニグルの気で、粗方破壊された。
魔獣がぐったりと脱力し、ニグルの右腕は魔獣の上顎と下顎に挟まれた。
ただ挟まれただけだが、大きな牙は鋭く、上顎は大きく重い。魔獣の牙はニグルの鉄製の手甲を貫通し、ニグルの腕に刺さった。
「いってぇ!モリ!魔獣の口開けろ!ポーションありったけ寄越せ!」
ニグルは喚いた。
「ポーション持ってきてないんですか?」
モリは呆れた。
「自分が戦う事になるなんて思ってなかったし、ポーション使う事なんてないだろうと思って持ってこなかった!」
「私が治してあげたいのに・・・」
落ち込むエルには目もくれず、モリがニグルの腕にポーションをかける。
不思議なほど傷が埋まり血が止まる。しかし意外と傷痕が残る。
「モリのポーション全部エルに渡して!エルは俺が噛まれる度にポーションかけて!」
「はい!」
エルとモリが同時に、勢い良く返事をした。
端的ズバリの指示さえ出れば、ニグルに依存するエルとモリに迷いは無い。
「はいはいはいどんどん行くよ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「よいしょー!いってぇ!モリ口開けろ!エルポーション!」
「ほい」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「よいしょー!いってぇ!口開けろ!ポーション!」
「ほい」
同じ事を十回繰り返したところで、モリの精神力とニグルの体力とポーションが尽きた為、視界に残る魔獣をエルが全て燃やし尽くし、この日の魔獣狩りを終える事にした。
安全な環境下で落ち着き払ったエルが、ちゃんとコントロールした炎で上手に魔獣の死骸を処理し、剥製が作れそうなほど綺麗な皮を収穫することが出来た。
しかし皮だけでもそれなりに重く、洞窟の外の馬車まで担いで歩くのは、疲弊したニグルとモリにとっては決して楽な作業ではなかった。
十頭分の魔獣の皮を馬車に積み終え、三人はクタへの帰路についた。
「明日はモリが自分で槍刺せばいいんじゃないか?」
「僕に向かって跳躍してくるのですよ!こっちの槍の間合いに入る前に魔獣の間合いに入ってしまいますよ!僕の前で身構えているから、ニグルさんは魔獣が跳躍する前にご自分の間合いで攻撃出来ているのです!」
「そっか」
ニグルは疲れていた。モリを説得するだけの体力が残っていなかった。
翌日、新しい魔獣対策も無いままに、再び洞窟に向かった。
昨夜は三人とも疲れていた為、口数少なく、テイクアウトしたクレープを食べ、すぐに寝た。
クレープ屋からマラの屋敷まで向かう途中でポーションを大量に買い込んだのが、翌日に向けて行われた、せいぜいの準備であった。
「エル、魔法で魔獣眠らせられない?」
もう痛い思いはしたくない。
洞窟に向かう道すがら、ニグルは鈍る思考を精一杯巡らせた。しかし出てきた案はこんなものだけだった。
「実は昨日こっそり試したの。全然効かなかったの」
「こっそり試すなよ。言えよ。んで効かなかったのか。そうか。もっと楽にやれる方法ないかなぁ」
「無いですね。きっと」
何も考えずに即答したモリにイラついたものの、魔獣との戦闘に関するノウハウが無いだけに、これ以上考えてもいい案が出そうになかった為、昨日と同じ方法で収穫する事にした。
早く終わらせてのんびりしたい。その想いだけがモリとニグルを支えた。
ただただ無心で、事務的に、昨日と同じ作業に取り掛かった。
「いっでぇ!ポーション早く!今日はスキル発動しねーんだけど!」
「スキル無しでも倒したんだからもうスキルなんて必要無いじゃないですか!次行きますよ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「いやそうだけど!スキル使えば噛まれずに済むわけでもないけれど!」
ニグルは喚きながら次の魔獣の口中に槍を刺した。
「いでぇっ!早く口開けろ!」
「はーい。ポーションだよー」
一人日常生活の中から切り取ったかのように落ち着いたエルが、ニグルの傷口にポーションをかける。
「エル落ち着いてんね!今なら魔力コントロールして槍の代わりに小さめの炎を口の中に入れるとか出来るんじゃないのかしらね!」
「ニグルさんの背中って、凄く安心感あるんだ。だからいつもの私でいられるんだ」
エルが背中にしがみ付く。しがみついて頬をニグルの背中に押し付ける。
「お、おう」
甘えるエルに、ニグルは抗う事が出来ない。
ニグルは思った。これはスキルだ、と。




