洞窟の下見
ニグル、エル、モリ。
三人が三人共、初心者冒険者のパーティーである。右も左も分からない。引率役もいない。
依頼を受け、魔獣狩りの前線基地となる港町クタまで来てみたものの、何をすればいいのか誰にも分からない。
名の知れた冒険者を両親に持つ、元幼き天才であるエルがいるのだから何とでもなるだろう。
ニグルもモリもそう思っていた。
当のエルは、両親と一緒に冒険に出た経験がある訳でもなく、魔法使いとしての教育は受けていたものの、冒険者としての心構えすら教えられた事がなかった。
何となく冒険者になって、何となくニグルと一緒に冒険に出てみたかった。
だから冒険者登録を提案した。話がとんとん拍子に進んだ。そして今ここにいる。
エルにとってはそれだけの話である。
クタに着いた日の夜、三人はミーティングを行った。
「で、どうすればいいんだ?」
この世界での生活が一番短いニグルは、迷う事なく、他の二人に判断を委ねた。
「僕は、ニグルさんについて行きます!」
モリはニグルに判断を委ねた。
ニグルはエルの回答に期待した。
「私は、ニグルさんについて行くわ!」
エルは、モリと全く同じ事を言った。
元いた世界の頃から、方針が決まらずグダグダする事を最も忌むニグルは、二人に期待した事を後悔し、自分が音頭を取るしかないと腹を括った。
判断の早さからして、元々他の二人に一切期待していなかったのかも知れない。
翌日、モリに魔獣狩りの準備をするよう指示を出し、ニグルはエルと共に洞窟の下見をする事にした。
何も分からないなら、まずは、何でもいいから知る事だ。
何も分からないから、知り得る全ての事がプラスにしかならない。ニグルは気楽な男だ。
「なんかくせー」
磯の香りなのか、それとも魔獣の匂いなのか。
洞窟の入り口に立った時、ニグルの鼻腔に、生々しく重苦しい匂いが入り込んできた。
洞窟内は、所々水溜りがあるものの、歩行が困難なほどではない。
ただ、当然ながら、光が差し込まない奥深部はあまりにも暗闇が深く、照明が無ければ魔獣を見つけ出す事など出来ない。
「暗くて何も見えないね」
「ニグルさん、この魔石を奥に投げて」
エルは肩掛け鞄の中から魔石を取り出し、ニグルに手渡した。
「地面に転がったら光るから」
「魔光石か。了解だよ」
ニグルはエルから魔石を受け取ると、洞窟の奥に向かって投げた。
ピチャンと音を立て、魔石が水溜りに落ちる。落ちた魔石は光り輝く事なく、暗闇の中でただ転がっている。
「ん?」
ニグルには事態が飲み込めい。
「あ」
エルは気付いた。
ニグルの掌に収まった時点で、恒常的に発動し続けている魔法無効化スキルにより、魔光石は力を失ったのだ。
「そう言えばニグルさん、魔法無効化スキル持ってたね」
「ああ、不便なスキルだな」
「私との相性が最悪」
「体の相性は抜群なのにね!」
ニグルはだらしなく鼻の下を伸ばした。
エルは身の危険を感じた。
ニグルの事だ、今この場所でも想いが溢れたとか言い出しかねない。
昨日は移動の疲れから来る腰痛により、ニグルは想いを溢れさせる事なく大人しく寝た。
一晩寝てすっかり回復しただけに、今、この状況でも言い出しかねない。
姿が見えないと言えど、魔獣が群れているはずの洞窟で行為に及ばれては堪らない。
エルはニグルから離れ距離を置いた。
ニグルが次の言葉を紡ぐ前に、エルは慌てて予備の魔石を掴み、精一杯の力で投げた。
魔光石の光の向こうに、魔獣の姿はまだ見えない。
「いないね!もっと奥かな!でも油断出来ないからこまめに投げなきゃね!」
エルはニグルに口を開かせまいと、慌てて勢い良く所感を述べながら、足早に魔光石を拾いに行き、再び魔光石を投げた。
軽口を叩いたものの、実は緊張しているニグルは、足早に歩くエルに黙ってついていった。
魔光石を投げては歩いて拾って投げてを繰り返し、二人は洞窟の奥へと進んだ。
緊張しているせいか、どれくらいの距離を歩いたのか、どれくらいの時間が過ぎたのか、二人にはわからない。
「予備の魔石、もっと無い?」
「あるよ」
「後ろにも投げといて。背後が不安で仕方ない」
「うん」
カランカランと、背後からエルが投げた魔石が転がる音が聞こえた。
「きゃあ!」
エルが突然悲鳴を上げた。二人が全く気付かない間に、一頭の魔獣が二人の背後に近付いていたのだ。
エルの悲鳴が聞こえた直後に、炎の轟音が聞こえた。
エルの悲鳴に反応して急いで背後を振り返ったニグルは、大きなワニの様な生き物が燃え尽きるその瞬間を目撃した。
「・・・燃え尽きてんじゃん」
「ごめんなさい・・・」
顔を紅潮させながら、エルは消え入りそうな声で謝った。
「皮を回収出来るような倒し方しないと」
「急に現れたから驚いて魔力のコントロールが出来なくて・・・でも、思ったんだけど」
エルは神妙な面持ちになった。
「私の魔法だと、どんなに加減しても、皮にダメージを与えずに仕留める事が出来なんじゃないかしら・・・」
エルが使う火魔法では、確かに対象自体がただ燃える。
「火魔法以外に使える魔法は無いの?」
「私が咄嗟に使える攻撃魔法は火魔法だけで・・・あとは時間かければ何とか使えるかなって程度で、咄嗟には出せない・・・」
「魔獣を体の中から燃やすとかは?」
「魔獣が口を開けてジッと待っててくれれば体の中に魔法を放てるかも・・・」
「・・・とりあえず、戻ろうか」
「うん」
今回の依頼において、エルは戦力にならない事が判明した下見となった。
ニグルは思った。一体何の幼き天才だったのだろう、と。
マラ邸に戻ると、モリが食事の用意をしていた。
よくわからない厚切りの肉を焼いただけの食事だ。
「今日は獣肉ステーキにしましたよ!」
モリが機嫌良く焼いている。
「獣肉って事は、猪とか鹿とか熊とか?」
「え、魔獣の肉ですよ」
よくわからない魔獣の厚切りステーキを頬張りながら、ニグルは偵察の報告を始めた。
「モリ、まずいぞ。飯もまずいけど飯の話じゃないぞ。エルが使える火魔法だと魔獣の皮が燃え尽きる」
「なるほど・・・当たり前と言えば当たり前のことなのかもですね・・・ステーキ不味いですか?」
「私は護衛に専念します・・・このステーキは決して美味しくないです」
エルは、消え入りそうな声で言った。
「それはそれで安心感が半端ないからいいね。しかしどうしようねー。なるべく皮にダメージを与えずに殺さなきゃいけない。不味いけど食えない程ではないよこのステーキ」
「ニグルさんが魔獣の口の中に手を入れて気の集中スキルを発動して、内臓を破壊すればいいのではないでしょうかね!噛まれる事になるとは思いますけど!」
「こらっ」
「私もそれがいいと思う」
「こらこらっ。俺の腕千切れちゃうよ」
「私が魔法で治してあげる」
「魔法効かないから」
「あ」
「あ、じゃねえよ」
この三人では、どれだけ考えても、どれだけ時間を費やしても、きっと答えが見つからない。




