防具職人の親方のマラ
キゼトの南方に半島があり、その南端にはクタと言う大きな港町がある。キゼトからクタまでの移動は、馬車で一日、徒歩ならば二日の距離である。
クタはキゼトに侍る港町、という位置付けである。
実際には徒歩で二日の距離なのだが、他国間ではもちろん、国内ですら、「城壁都市キゼトの港町」という認識の者が多い。
実際、各種公的機関の本部はキゼトにあり、クタにはその出張所が置かれているに過ぎない。
しかし、この地方の行政の中心はキゼトで間違いないのだが、商工業の中心はクタである。
どちらが栄えているかと聞かれれば、この地方の誰もが、クタの方が栄えていると答えるだろう。
キゼトの冒険者ギルドで依頼を受けたニグルとエルとモリの三人は、一旦帰宅して旅支度をし、翌朝、行きつけのクレープ屋に集合した上でクタに向かう事にした。
今回の依頼の舞台、南の海辺の洞窟は、クタからは目と鼻の先である。ギルド指定の旅宿というのも、クタにある。
「準備が終わったらそっち行くよ。今日はそっちで寝る」
ニグルはエルを家まで送り、当然の事の様に言ってみた。
「うちに来てそのまま大人しく寝る?」
「絶対大人しく寝ない」
「明日は一日中移動だよ?体力温存しないといけないから早く寝たい」
「えー・・・」
ニグルはいい歳をして頬を膨らませ、精一杯拗ねている自分を表現した。
世間の誰もがその凶悪な膨れっ面に違和感を感じ、笑うか引くかするであろうが、エルはそれを可愛いと思ってしまう。
「もう・・・じゃあ、今からする?その代わり、終わったら帰ってくれる?」
「うん!」
ニグルとしては、添い寝こそが目的だったのだが、エルがやる気を出してしまったのであれば、それを無視する事は出来ない。
平均より恐い顔をした四十歳の中年が無垢な子供の様に「うん」と頷く。
エルはその場に立っているのがやっとなくらい、ニグルの「うん」が腹の奥底に響いてしまった。
エルは思った。ギャップってずるい。
・・・・
「そんなとこ舐めるの!?」
「普通普通。こんなん普通。誰でもやってるよ。エルが知らないだけだよー」
「でもそこは・・・あっ」
「あっ、て」
ニグルがいやらしく笑みを浮かべながらエルの目を真っ直ぐ見つめる。
ニグルのいやらしい笑顔は、エルの羞恥心を倍加させ、それに伴い興奮と感度をも倍加させる。これはスキルだ。
「あああっ!」
・・・・
翌朝、最低限の着替えだけをバイクのリアキャリアに積み、ニグルはエルを迎えに行った。
「エルー。入るよー」
「はーい」
ドアを開けると、待ち構えていたかの様にエルが立っていた。モジモジしながら、何か言えと訴えるかの様に、照れ笑いしながら真っ直ぐニグルを見つめている。
エルは、長かった髪の毛をバッサリと切り、ニグルが元居た世界で言うところの、フレンチボブにしていた。
自分で切ったのか何かしら魔法を使ったのか、とにかく綺麗に仕上がっている。
少しクセのある髪質の、ふわりとしたウェーブがかかったフレンチボブ。これは単に、ニグルの好きな髪型だ。
「ロングも良かったけど、ショートもよく似合うね」
「好きな人に髪型褒められるのって・・・こんなに嬉しいんだね」
「ハサミ貸して。こうするともっと可愛くなるよ」
ニグルはそう言うと、エルの前髪を短く切り揃えた。
ニグルに依存するエルは、自分の魅力を増幅させようとしてくれるニグルの判断を信じて疑わない。
「ああもう!何てこった!ますます可愛いじゃないか!こんな可愛い子どこ探してもいないよ!もう依頼やめてずーっと見ていたい・・・」
童顔の小さな丸顔に、ショートバングのフレンチボブがよく似合う。
「褒めすぎ・・・あと、そんなに見られると照れちゃう・・・」
ただでさえ、エルがますます自分好みの女になり興奮している時に、照れる姿を見せつけられ、ニグルは堪らずエルを抱きしめた。
抱きしめたままソファに移動して腰を下ろし、自分の太ももの上にエルを座らせ、エルの唇に自分の唇を重ねた。
立ったまま長いキスをするのは、身長差があり過ぎる為、腰痛持ちのニグルには苦痛なのだ。
「すっごく似合ってるけど、なんでこのタイミング?」
「バイクに乗る時、髪が長いと邪魔なの。風に引っ張られるから。って何で服脱がしてるの?」
「エルが可愛過ぎて、想いが溢れちゃった。ほら」
「もう」
自分が求めていた以上に褒められたからか、エルは機嫌良く、ニグルの溢れた想いを受け入れた。
受け入れたその時には、エルの想いもニグルの想いと同様に、すっかり溢れてしまっていた。
・・・・
「どこ舐めてんだよ!」
「昨日のお返し」
「いやでもそこは・・・あっ」
「あっ、だって」
エルは、血がそうさせるのか、小悪魔の様な笑顔を浮かべながらニグルの顔を見つめた。
ニグルも羞恥心が嫌いではない。
「あっ、あぁ!」
「ニグルさん、可愛いっ」
・・・・
お互いに溢れた想いをしっかり宥め、ニグルとエルは待ち合わせ場所のクレープ屋に向かった。
門の近く、大通り沿いにある店なので、二人はバイクに乗って行くことが出来た。
「ニグルさん!エルさん!流石に遅過ぎですよ!一体全体何をしていたんだか!」
テラス席で、モリがクレープを頬張りながら叫んでいる。温厚なモリが怒るのは珍しい事だ。
「来るの遅い上にそんなにひっついてイチャイチャイチャイチャイチャイチャしながら歩いて!なんですか!見せつけたいのですか!童貞の僕に対する当て付けなのですか!」
遅かった事以上に、イチャイチャしている事が気に入らないらしい。
「ごめんごめん。それ奢るから許して」
「あ、エルさん髪型変えたんですね。とてもよく似合っています!」
「モリさんありがとう。そして遅くなってごめんなさい」
「ますます可愛くなったから許します!」
エルのあまりの可愛さが目の保養になったのか、モリの機嫌はすぐ直った。
ニグルとエルも腹拵えを済ませ、三人は港町を目指して出発した。
ニグルはモリの馬車のペースに合わせてバイクを運転しなければならない。
その速度は、バイクにとっては徐行である。とても運転しづらい。馬以上に休憩が必要かも知れない。
半日が過ぎた頃、ニグルとエルにとって特別な、崖からの景色を右手に見ながら街道を進んだ。
「エル、あの時の海だよ」
「あの日の方が空が綺麗だったね」
幼い頃以来二十年ぶりに外界に出て、初めて恋をした相手と二人きりで見たあの日の方が、この場所の景色は綺麗だった。
エルはその事に満足した。
日があるうちに、魔獣と遭遇することもなく、クタに辿り着くことが出来た。
三人はまず、ギルド指定の旅宿を訪ねた。ギルド会員証を提示すればすんなりチェックイン出来るのかと思いきや、満室だからと断られた。
「さてどうするか」
「マグスさんのお知り合いの方を訪ねてみましょう!オススメの宿を教えてもらえるかもです!」
クタにはマグスの知り合いが住んでいる。防具製造業を営んでいる、マラという男だ。
マラは人族の初老の男で、大きな体の上に理知的で気難しそうな顔が乗っており、頭は綺麗に禿げ上がっている。
綺麗に禿げ上がったマラの頭頂部は、絶妙な丸みを帯びている。
世界が違えば文化も違う。マラというその名は、ただの名前であって含みはない。
「マラさん、初めまして。キゼトで魔道具屋を営んでいるエルと申します」
エルの口からマラ。他の誰にも伝わらなくても、ニグルは嬉しい。
「初めまして。ニグルと申します。最近冒険者になった転移者です。よろしく」
マラは真っ直ぐに、笑いを堪えるニグルの目を見ながら挨拶を受けた。
「二人ともよろしく。エルさんの名前は知っている。子供の頃から名前が知られる程の魔法使いなのに、何の逸話を聞く事もなく不思議に思っていた。ニグルさん、転移者であることは、あまり自分から言わない方がいい。相手によっては痛くもない腹を探られる事になりかねない」
ただ挨拶を返すだけではないところに、マラは人柄を感じさせた。
港町クタは、大きな貿易港であるだけでなく、海辺の観光地として人気の町だ。
マラの話によると、クタに旅宿は少なくないが、観光客でどこの旅宿も常に満室だという。
三人はマラの好意で、マラの工房兼屋敷に泊めてもらう事になった。
「職人用の奇宿舎が空いている。自由に使ってくれていい。金はいらない。食事は出さない。共同の竈門が中庭にあるからそれも自由に使ってくれていい。最後はしっかり部屋の掃除をする、条件はそれだけだ」
マラは簡潔に説明しながら、三人を部屋に案内した。
「ところでモリ、どのような用件でクタに来たのだね」
「ギルドの依頼で来ました!海の洞窟の魔獣の皮を二十頭分集めるのです!」
「モリもようやくギルドに登録したか。無理をするな。死んでは元も子もない。まだ若いのだからな」
マグスに紹介された日から気にかけ続けていたモリの成長を感じ、マラは優しく微笑みながら忠告した。
「ところでマグスはどうした。一緒じゃないのか」
「今は遠征中です!今回はニグルさんとエルさんの三人だけです!」
「エルさんがいるのなら大丈夫だろうが、くどい様だが、無理はするなよ。期限は多少過ぎても構わない。無事に任務を完了してくれる事を期待しているぞ」
「あら、ひょっとして依頼主はマラさん?」
「その通りだニグルさん。耐水性のある鎧の製作を頼まれている。その材料にするのだ。よろしく頼む」
職人用の寄宿舎は、全室二人部屋になっている。
ニグルとエルは荷物を床に置き、ベッドに腰掛けた。
「マラさん、凄く大きい人だったね」
「呼び捨てでもう一回言って」
「なんで?なんか嫌な予感がするから言いたくない」
相変わらず、エルは察しがいい。
前話で初ブクマ頂きました。ありがとうございます。
照れ臭いですけど、言わせて頂きます。
マンモスうれP




