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冒険者

 西門近くにある魔道具屋のうら若き女店主は、少し幼く見えはするものの、誰もが美しいと思う容姿を持っている。


 魔道具屋の前を通り掛かった時に、たまたま女店主が庭に出ている姿を見かけた者は皆、その美しさに目を奪われた。


 どういった訳か、女店主は決して敷地の外に出なかった。

 何とか口説こうと魔道具屋を訪れようにも、彼女が張った結界に阻まれてしまい、下心を持つ男達は敷地の中に入る事すら出来ずにいた。


 この街で一番の美少女を口説き落としたい。そう願う健全な男達は皆、彼女と縁を作る機会すら与えられず、悶々としながら日々を過ごしていた。



 ある日、異世界から転移してきた男が、女店主の結界を破り店の中に入っていった。

 その男は何度か魔道具屋を訪れたが、その度に女店主に追い出されていた。

 女店主はというと、その男を追い出しては結界を張り直すという作業を繰り返していた。


 女店主と縁を持つ事を諦めていた街の男達は、結界を破る能力を持つその男を羨みつつも、まるで相手にされていないらしいその様子に安堵し、まるで相手にされなていらしいその男を嘲っていた。



 異世界から転移してきた男が魔道具屋を訪れる様になってしばらく経った頃、その男によって女店主が敷地の外に連れ出された。


 連れ出されたその日の夕方頃、異世界人の男と共に帰宅した女店主は、無差別に他人を拒む結界を家の周りに張った。

 その結界は、結界の中で女店主と共に長い時間を過ごした異世界人の男によって、帰り際に破られた。

 その日以来、女店主は破られた結界を張り直す習慣を棄てた。


 その出来事は、近隣住民によって噂として広められ、瞬く間に街中の男達の耳に届いた。

 結界を張る習慣を棄てた理由と異世界から転移してきた男の関連性を勘ぐりつつも、噂を知った街の男達は色めき立った。


 噂が街に広がって以来、多くの健全な男達が女店主の店を訪れるようになった。

 女店主の店は一見、繁盛している様に見えた。




「来店人数は増えたけど、売り上げは全然増えていないの」


 ニグルとモリと共に朝食のクレープを食べながら、エルはため息混じりに呟いた。


「つまり客が増えた訳ではないと」


 ニグルは、好物であるラム肉のクレープを頬張りながらエルの呟きを拾った。


「そう。ただ店に来て世間話をして帰って行く男が大量に増えただけ。そもそも私の作る魔道具は、主婦向けの便利グッズばかりだし」

「主力商品は、ランプより明るく光る魔光石とか、洗濯の時に使うと汚れがよく落ちる魔洗石とか、料理の時に使うと不足した鉄分を補うことが出来る魔鉄石とかですよね!」


 ニグルと出会うまで魔道具店に入った事が無かったにも関わらず、モリはエルの店の商品をよく知っていた。


 そんな不思議なモリを気にする事なく、エルは答えた。


「最近のイチオシは、床に転がすと埃や小さなゴミを吸い寄せる魔吸石です」


 ランプより明るく光る魔石はわかる。しかし、汚れがよく落ちる魔石や鉄分を補う事が出来る魔石は、魔石じゃなきゃだめなんだろうか。と、思いつつも口に出す事なく、ニグルはラム肉を咀嚼した。


「あの人達は、何のために私の店にきているのかしら。また結界張った方がいいのかなぁ」


 エルの呟きを聞き、モリは密かに顔を引き攣らせた。



「ところで、ニグルさんは冒険者ギルドに登録しないの?」


 エルは、今までと関係性が大きく変わった後もニグルの事を「さん」付けで呼ぶ。

 少しよそよそしいかもと思いはするが、恋を知らずに成人したエルは、過去の自分に対する気恥ずかしさに打ち勝つ事が出来ず、よそよそしさに逃げていた。


「冒険者ギルドって何?」


 この世界に来て一ヶ月は経つのだろうか。ニグルは積極的に多くの事を知ろうとして来なかった為、未だにこの世界の一般常識に乏しい。


「冒険者の管理をしている機関。冒険者ギルドに所属すれば、仕事を斡旋してもらえるし、収穫物の換金代行もしてくれるの。手数料分は引かれるけど、物によって色んな店を回る必要が無くなるから手間が減るよ」

「そんな便利なものがあるのに何で教えてくれなかったんだよモリ」


 モリからは、そんな便利な機関があるという話を聞いた事が無い。

 ニグルは不満を隠さずモリを責めた。


「怖い人が多そうだから、行った事が無いのです!」


 モリは自分の苦手な事から逃げる傾向がある。

 それを知った上でモリを許容しているニグルは、これ以上は掘り下げない事にした。


「じゃあ三人で登録しましょっ」


 エルがニグルとモリに提案した。


「エルも冒険者になるの?」


 突然の事に、ニグルは素直に驚いた。


「エルさんのこと呼び捨てにしてる・・・お二人は今どんな関係・・・」


 以前と違うニグルとエルの距離感に、モリは妬みを感じた。

 これは、エルを知るこの街の男の、一般的な感情であろう。


「今までは魔道具の材料集めとかで依頼する側だったけど、せっかく自由になれたんだから、冒険しながらついでに自分で材料を集められたらなーと思って」

「いいね。登録しよう。モリも登録しようよ」

「まあ、ニグルさんが一緒に行ってくれるなら平気かもですけど」

「よし行こう今行こう」


 少しいじけているモリの事など斟酌せず、ニグルは二人を急かした。



 クレープの支払いを済ませ、三人は急ぎ足で冒険者ギルドを訪ねた。


 魔道具屋の女店主エルは、依頼者としてギルドに顔がある。


「エル様!エル様がこちらにおいでになるなんて、初めてではないですか?」

「最近ようやく外に出られるようになったので、早速、冒険者登録させて頂こうと思いまして」

「別人みたいに明るいお顔をされてますね。女の私でも見惚れてしまいます」


 外に出られずにいたエルは、ギルド職員に定期的に注文を取りに来てもらっていた。定期的に、比較的リスクの低い仕事の発注をするエルは、ギルド職員なら誰もが知る上得意であった。しかし、冒険者になるという事は、エルは上得意ではなくなるという事だ。


「登録者様は、依頼をクリアした実績によってランクが上がります。ランクが上がればより高難度の依頼を受けることが出来ます。報酬は難易度に比例しますので、高難度の仕事ほど報酬が高額になります。ただし、命の保証は出来かねますので、全ては自己責任でお願い致します」


 ギルド職員の女は、少し複雑な思いを持ちつつも、ギルド職員としての義務を全うした。



 登録を終えた三人は、早速依頼を受けることにした。依頼は掲示板に大量に貼られている。


「ギルドのお姉さん、可愛い顔して最後に怖いこと言ったな」

「可愛いってなによ」


 軽い気持ちで率直な感想を述べたニグルは、エルの小声に気付かず、妬心を引き出した事にも気付かない。


「ニグルさん!東の森の塔でゴブリンに奪われた異世界製の腕輪を回収するっていう依頼がありますよ!あの腕時計の事ですかね!依頼料は銀貨十枚!」


 モリはこの世界の文字を読み書きできる。努力家だ。一方ニグルは、今のところこの世界の文字を覚える気がない。


「あの高級時計のことかな。もう売っちゃったよ。その依頼料より高く」

「この依頼は?十日以内に南の海岸の洞窟に生息している魔獣の皮を二十頭分収集」


 エルが見繕った依頼はランク3。報酬は金貨五枚。条件は馬車貸与、近くの港町にある指定旅宿で宿泊なら宿泊費半額。モリが馬車移動可能であれば、ツーリングがてら行けて宿泊費が安く済む。


「ランク3って初心者でも受けられるの?」


 ニグルは当然の疑問を持った。 


「三人以上なら、何があっても自己責任という前提で、各自の冒険者レベル1でも可って書いてあるよ」

「海の洞窟の魔獣って強いらしいんですけどね・・・本当に初心者でも大丈夫なんですかね・・・」


 気軽なエルと違い、モリは怖気ついている。


「エルがいるから大丈夫でしょ。エルは初心者と言っても天才魔法使いなんだし」


 エル頼りで情けないニグルは、誰よりも気軽だ。


「天才魔法使いって呼ばれるのはちょっと・・・」


 エルは困惑顔で呟いた。ニグルは聞こえないふりをして続けた。


「心配ならマグスも誘う?」

「マグスさんはただいま西方に遠征中です!とりあえずその依頼を受けますか!」

「モリは馬車に乗れるの?」

「マグスさんの雑用をこなすために何度も乗ってるから大丈夫です!」


 モリは自信に満ちた輝かしい笑顔で、普段からマグスに便利使いされている自分を曝け出した。


「じゃあ決まりだな。エル、俺らはバイクで行こうか」

「うん!」


 小さく微笑みながら無邪気に頷くエルの顔に見惚れるニグルの笑顔は、だらしない事この上ない。

 凶悪な人相のだらしない笑顔は側から見れば不気味なもので、その笑顔を見たモリは情けなさにため息をついた。

 初めての恋に冷静さを欠いているエルは、その不気味な笑顔に微笑み返す事で、満たされている自分を確認した。

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