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弄ばれた天才の解呪

 大魔法使いマグスに引率されて魔獣を狩りに行った東の森の塔での稼ぎは、一人当たり銀貨五十枚になった。

 某スイス製高級時計は拾った俺の物になり、別途銀貨二十枚。合計で銀貨七十枚。

 その名もフジヤマの二時間コースで換算すると、なんと十四回分である。


 その名もフジヤマの二時間コース十四回分の稼ぎの他に、綺麗な宝石を一つ、マグスが換金せずに持たせてくれた。


 「これは魔石の材料になる宝石だ。ニグルにはこれが必要になる時が来るだろう。持っていけ」


 意味深だ。



 色々な煩悩を捨て置いてもいいくらいの稼ぎを得た俺は、異世界仕様になった愛車を取り戻すべく、エルの魔道具店を訪ねた。


「エールさん!お金持ってきたよ!東の森の塔に行って稼いできたよ!」


 きっと歓迎してもらえるだろうし、もう東の森の塔に行ったなんて凄い!って言ってもらえるだろうと期待して入店した迂闊さは、俺の個性なのだと思う。


「本当に後回しにするとは思わなかったです。特注の魔石買って、魔法使わせておいて、私への支払いよりやましいお店を優先したそうですね。最低ですね」


 元々無表情のエルだが、この日のエルの表情は、無表情という言葉から感じる冷たさよりも、更に冷たいものだった。


「や!追い出されたから少し時間おいた方がいいかなと思って・・・俺が元いた世界ではクールダウンという言葉があってだね・・・」


 エルの目を見る事が全く出来ない。魔獣に襲い掛かられた時より冷や汗が出る。


「少し時間をおく為に、私に支払うべきお金でやましいお店に行って、お金が無くなって仕方なく塔に行って、何食わぬ顔してお金持って来たわけですね」

「ごめんなさい。ただただ、ごめんなさい」


 眉間に皺を寄せ、こめかみに血管を浮かべ、低く暗い声で怒りを露わにするエルに、深々と頭を下げる。

 サラリーマン時代でも経験が無かった程の角度で。


「はぁ・・・先日の私は短気過ぎだったと自覚していますし、それについては反省しているので、これ以上責めるのはやめておきます」

「ありがとうございます。改めまして、このお金をお納め下さいませ。あとお土産」

「宝石・・・綺麗・・・ありがとうございます・・・」


 マグスが持たせてくれた宝石を差し出してみたら、まんまと、エルの声の暗さが少し緩和された。


「魔石の材料になる宝石なんでしょ?迷惑かけた分、少しでも埋め合わせ出来たらなと思って持ってきたんだ」


 嘘である。マグスに渡されてそのまま持って来ただけである。


「違いますよ。これはただの宝石です。でも、とても綺麗・・・」


 マグスよ。



 何はともあれ、エルが銀貨十枚を受け取ってくれたので、晴れてバイクが俺の元に返ってきた。



「ところでエルさん、バイクで一緒にどこか出かけない?海でもいいし、魔道具の材料集めでもいいし」

「前にも言いましたけど、私、この敷地から出られないのです」


 またエルの顔が暗く険しくなった。


「なんで?」

「天使と契約しようとして、呪いをかけられてしまったのです」

「どういう事?」

「まだ私が少女だった頃」

「見た目は今も、少女と言えば少女だけどねぇ」

「私、三十歳ですけど」

「え」


 予想以上の年齢に驚く。


「そんな事どうでもいいです。私の話聞くんですか?やめますか?」

「聞きます」


 より大きな力を得ようとして天使を召喚した事。その天使が堕天使に転生する為の悪行の一環として、望みもしない世界を滅ぼす力を与えられた事。しかもそれはエルの意思に依らず、頭をよぎっただけで発現してしまう恐れがある事。

 エルは悲痛な表情と共に、堕天使に弄ばれた時の事を話してくれたが、よく理解出来ない。


「さらにその後、この家の敷地を私の世界の全てとする呪いをかけて、私をこの敷地に閉じ込めたのです。ついでに自己愛を強める呪いまで・・・」

「だから外に出られないと」

「そうです」


 全然わからない。胡散臭い。


「でもエルさん、自己愛強くないよね」

「呪いをかけられる前よりは強くなりました」

「いや世間一般と比べたら強くないと思うけど」

「強いのです。ニグルさんにはわからないところで、強いのです」


 エルの顔が紅潮した。俺の第六感がグイングインに働いた。


「俺にはわからないところでか・・・迷惑かけたから借りを返したいし、健全な男として、いい女の力になりたい気持ちが溢れている。今まで人に言えなかったことも、今なら言ってもいいよ。全部受け止めるし、全部胸の内にしまう。二人で考えれば何かしら解決の糸口を見つけられるかも知れない」


 俺の眉間がチリチリした。

 エルは少しの間黙ってから、口を開いた。


「・・・私、エルフの血を継いでいるのに、その、昂ってしまうのです。呪いのせいで」


 キタ。


「昂る?世界を滅ぼしたくてうずうずするの?それはダメだ。なんとかしないと・・・マグスにも相談した方がいいのかな・・・」

「そんなんじゃないです!その・・・毎晩のように昂ってしまい・・・一人で・・・」


 期待通りすぎて爆発しそうだ。


「その自己愛は多分、堕天使の思惑と違うね。堕天使の思惑についての俺の読みはこうね」


 多分本当に違うのだが、正解と思われる事を真面目な顔で告げるだけで、エルを揺さぶる事が出来そうだ。


「まず、滅びのイメージが頭をよぎるだけで、世界=エルさんの家の敷地内を瞬時に滅ぼす力を与えた。そして、自己愛を強くする事で、自分自身や身の周りのものを絶対に滅ぼさない為の過度な自制を自身に強いさせた。そうやって、エルさんを煩悶させて苦しめるように仕向けた。ってとこかな。エルさんの自分の愛し方よりは、自己愛を強める理由として筋が通ってると思うんだよね」


 エルは顔を真っ赤にしたまま黙っている。俺がエルの目を見る度に動揺し、目を泳がせる。


 毎晩の様に一人でしている事を俺に知られ、しかもそれが呪いのせいだと思っていたのは勘違いであるという可能性を指摘され、恥ずかしくて仕方ないのだろう。羞恥でジュンジュンし始めている可能性がある。


 エルの思考が鈍り始めた今が畳み掛けるチャンスだ。今なら、勢いを途切れさせなければ、全ては俺の思い通りだろう。


「ところでエルさんは、敷地から外に出ようと試してみたことはないの?」

「ないです。堕天使の呪いが怖かったので」

「ふむ。じゃあ、今まで滅びのイメージを完全にシャットアウト出来てたの?」

「そのために感情を押し殺して、人との接触を極力避けて、イマジネーションをコントロールしていました。一瞬、よぎりかけた事はありますけど」

「よぎりかけた事があるなら、それはもうよぎってるよね」


 エルの顔が青ざめる。上手くいっている。


「言われてみればそうですね・・・どういう事なのでしょう・・・」

「試してみよう」


 おもむろに、俺はエルの小さな手を掴んで立ち上がった。

 少し強引に手を引き立ち上がらせ、家の外に出た。


「でも、本当に呪いにかけられていたら」

「呪いと魔法って違うの?」

「同じだと思いますけど」

「じゃあこうすれば大丈夫だ」


 俺は、小柄なエルに覆い被さるようにして抱きしめた。良い匂いが鼻腔に流れ込んでくる。エルの体温が俺の体に伝わって来る。これが美少女の匂いか。これが美少女の体温か。


「これなら本当に呪いにかけられてても、発現した瞬間に無効化できるでしょ」

「え、え、」

「行くよー」


 エルを抱きしめたまま、敷地の外に出ようとしたが、エルは体を硬くして抵抗した。


「本当に呪いにかけられてたらどうするんですか!」

「ふん!」


 体を捩るエルを持て余し、強引に抱きあげて体を捻った。そのままクルクル回りながら外にでた。本当は、少し不安だったが、勢いが大事だと自分に言い聞かせた。


「エルさん!ほら!大丈夫だ!」

「え、ええ・・・大丈夫・・・みたいです」


 エルは茫然自失としている。今まで一度たりとも想像したことのないこの状況が突然訪れたことに混乱し、戸惑っているのだろう。


「体調に変化は?自己愛したとこジュンジュンしてない?念の為に確認しよう」


 エルを抱きしめる力を少し緩めて確認を促した。眉間がチリチリした。

 冷静な思考を失っているエルは、素直に、静かにスカートの下から股間に手を突っ込んだ。


「体調は悪く無いですけど、こっちは少し・・・」

「本当に確認するとは思わなかったな。俺の目の前で」


 真面目な顔を維持し切れず、思わずニヤついてしまった。

 俺の下卑た笑みを見て、エルは我にかえり、また顔を紅潮させた。


「今ジュンジュンしてんのは俺の呪いかもよ」


 エルの平手打ちが飛んできた。

 頬に何やら液体が付着した。が、ここは敢えて気付かない振りをする。


「エルさん、呪いなんて嘘だったんだよ。エルさんを騙すこと自体が堕天使の悪行だったんだ。その証拠に、今普通に敷地の外に出てんじゃん!」

「外に出られましたね、私、騙されていただけなのですね・・・」


 エルが泣き出した。余程嬉しいのだろう。俺も素直に嬉しい。こんなに人の役に立てる事はなかなか無い。


「エルさん、これからは自由だよ。良かったね」

「堕天使に騙されて、20年近く敷地の中に閉じこもって、やりたい事も我慢して、親に生活の面倒見てもらって迷惑かけて・・・悔しいですっ」


 悔し涙だったのか。


「ニグルさんごめんなさい。本当は最初にお礼言わなきゃいけないってわかってるんですけど」

「いいよ。ずっと苦しんできたんでしょ?いっぱい悔しがって、いっぱい泣いたらいいよ。今は自分の感情に素直でいなよ。今の感情に素直になればなるほど、新しい自分に近付く事が出来るよ。きっと」


 エルは大声で泣き始めた。30歳のクオーターエルフが、子供みたいに泣きじゃくった。

 ここぞとばかりに俺は、エルの頭を自分の胸に軽く押しつけた。ムラムラする。


 エルは、このまま泣き止まないんじゃないかと思うほどの勢いで泣き続けた。大泣きしすぎて鼻水まで垂れている。

 俺の服が涙と鼻水で濡れていく。ムラムラが消えた。


「ありがどうございばず。ひぐっ。ふぐ汚しぢゃってごべんなざい。ひぐっ」


 ようやく泣き止んだエルは、俺の体から離れながら謝った。

 目からは涙を、鼻からは鼻水を垂らしながら謝るエルは、父性本能をくすぐる可愛さだ。さっきムラムラしたことに罪悪感すら感じる。

 思わずエルの鼻を摘んで、父性本能が赴くままに鼻水を拭い取ってしまった。


「改めて、エルさんおめでとう。これからは自由だよ」


 行き場の無い鼻水を拭く為にも、エルの肩を優しく掴み、エルの目をしっかりと見詰めて、自由の身に戻れたことを祝福した。

 指についた鼻水をエルの服で拭いた後、涙を拭ってやる事も忘れない。


「はぁっ。ニグルさんありがとうございます。ニグルさんのお陰で自由に、普通の人と同じように生きていくことが出来ます。たくさん泣いた後の今は、ただただ嬉しくて、ニグルさんには感謝しかないです」


 なんという眩しい笑顔だろう。目も鼻も赤いまま、顔全体で喜びを表すエルの笑顔の眩しさ、美しさは、言葉で表現出来るような安っぽいものではない。

 仮に性格が悪いとしても、とんでもない性癖を持っていたとしても、こんな笑顔を持っているだけでもう、エルがこの世界で一番良い女ってことで良いのではないだろうか。


「やましいお店の件は許してもらえそう?」

「今回だけですよ!」


 許すってなんだろ。今回だけってなんだろ。次は許さないってことかな。次ってなんだろ。彼女みたいなこと言うな、と思った。脈ありなのだろうか。こんな良い女が脈アリなのだろうか。


「自由記念ツーリング、行くぞ!」

「はい!」


 エルは緊張しながらタンデムステップに左足をかけ、俺の肩を掴みながらシートを跨いだ。

 小柄なエルだが、すとんとシートに腰掛ければ、リアサスペンションが沈み込む。

 リアサスペンションの沈み込みに、俺の心は満たされた。


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