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大魔法使いマグス

 目を閉じれば蘇る。

 ルルの艶やか表情が、艶かしい肌が、艶々しい肢体が。

 目を閉じれば逃避出来る。

 懐の中の現実から。


 手元の現金を眺め、愛車の姿を頭に浮かべると、ほんの少しだけ、昨日の自分を責めたくなる。

 その名もフジヤマで、自分の分とモリの分、合わせて銀貨十枚使ってしまった。愛車を取り戻すのに必要な金額と同額である。

 エルへの支払いを済まさなければ、異世界仕様になった愛車を取り戻す事が出来ないというのに。


 愛車を取り戻すためには、ただひたすら魔獣狩りをしなければならない。そのための準備を怠ることは出来ない。何故なら、死んではいけない理由が出来たのだから。


 家賃と生活費で銀貨三枚キープ。既に飲食生活費で使ったのが銀貨二枚。残りは銀貨五枚。


 残りの銀貨五枚で、武器防具とポーションを買えるだけ買う為に、この世界で唯一の友と言えるモリと、武器屋を訪れた。


「どのような武器を買うおつもりなのですか?」

「両手剣かなー。一応、剣道経験者だからね」

「剣道やってたのですか!」

「おう!三級だ!」

「三級っていかにも大したことない感じですけど、実際どうなのですか!」

「ああ!大したことないぞ!」


 とりあえず鉄製の両手剣と手甲を買った。鎧は重いからやめた。兜も重いからやめた。両手剣も細めの軽いやつだ。重いと振り回せないし、そもそも金が足りない。両手剣と手甲だけで銀貨四枚。残りの銀貨一枚で買えたのはポーション二個だけ。心許ない。

 しかし、これで手を汚さずに済むのだと思うと、テンションが上がる。



「よしモリ!早速海に向かって歩くか!」


 両手剣で素振りをしながらモリに提案した。

 この辺でちまちま魔獣狩りをするよりは、海辺でもっと強い魔獣を狩る方が効率がいいと考えたのだ。


「今の時間から海まで行ってたら夜までに帰ってこれないですよ」

「じゃあどうすんのさー。俺今晩の飯代も無いんだけど」

「ニグルさん無計画すぎですよ!」


 モリと言い合っていると、背後に嫌な気配を感じた。


「異世界人ども!塔に行くぞ!」


 誘った記憶のないマグスがいつの間にか背後にいて、突然声をかけてきて、勝手に仕切り始めた。


「東の森の塔なら一時間も歩けば着くし三階まで上がれれば結構稼げるぞ!」


 面倒だから受け入れた。


「モリはどうだ!異存はあるか!」

「マグスさんが同行してくださるなら心強いですね!」

「今日はポーションも持ってきたから安心しろ!」


 なんだかんだ言って、マグスは面倒見がいい。


「なんだよマグス。優しいじゃないか」

「照れるからよせ!」


 照れるマグス。照れている事を誤魔化さないマグス。少しだけ胸がキュンとなる。ギャップってずるい。



 東の森の塔が元々なんのために建てられたものなのか、今となっては不明らしい。いつ頃から魔物が住み着くようになったのか、それについてすら伝承の域を出ないという。


 塔の魔物は、草原や森にいる魔獣よりは随分強いらしい。

 マグスに言わせると「魔物だって野宿するより屋根がある場所で寝る方がいいんだろ!となると、使用権は強いものから順番にってことになるのだろうな!」と言うことらしい。


 入り口の前に立ち、塔を見上げる。思ったよりボロい、干からびた土壁の塔だ。石造だと勝手に思い込んでいたから拍子抜けだ。

 ただし相当でかい。こんな干からびた土壁で、この高さの塔がよくもまあ崩れずに佇んでいるものだと、心底感心する。




 柏手を打つように手を合わせ、掌を宙空に向けて開く。その掌の上に自分の魔力を集め、圧縮する。

 圧縮された魔力が火や水や雷や氷に姿を変えて相手に襲いかかる。

 これが魔法か。


「ちょっとした魔法なら瞬間的に出せる。ちょちょいのドンだ。しかし相手にする敵が多い時や強大な時はそれなりの量の魔力が必要だからな、それ相応の時間がかかる」


 マグスの露払いのお陰で、すんなり三階に辿り着いた。

 ちゃんと魔法使いらしいマグスを目の当たりにすると、感動でゾクゾクする。



 三階に辿り着いて早々に、禿頭で小柄で筋肉質な緑色や黄色の人っぽいのが三匹走り寄ってきた。これがゴブリンか。意思を持った者の目をしている。気がする。


 一番不慣れなやつを見極めたのか、三匹が一斉に俺の方に駆け寄ってきた。

 俺は両手に気を集めて、買ったばかりの両手剣を左から右に水平に振り、ゴブリンを撫で切りにしようとした。眉間はチリチリしなかった。

 眉間がチリチリしなかったと言えど、リーチの差でこちらの方が有利だろう。両手剣のお陰で心に余裕があるからか、ゴブリンの動きがよく見える。


 俺が感じた心の余裕を嘲笑うかのように、ゴブリンは背の低さを活かし、身をかがめて俺の攻撃をあっさりかわした。三匹揃って。


 俺の攻撃を交わした三匹は、同時に俺の懐に飛び込んできた。


「しもた!」


 細いと言っても鉄の両手剣、まあまあ長い分まあまあ重い。すぐに胸元に引き戻すほどの筋力は、俺には無い。

 このままではゴブリンの攻撃を防ぐことが出来ない。これはピンチだ。恐怖で顔が引き攣った。

 顔が引き攣ったその時、眉間がチリチリした。


 胸元に引き戻すのを諦めて、両手剣を手放した。必死の思いで、ゴブリン達を押し留める為に、両手を体の前にかざそうとした。

 しかし、俺の動きはゴブリン達より遅い。俺の両手は、体の前にかざす前に、左右のゴブリンの顔に当たった。


 手が当たった瞬間に、左右のゴブリンの顔が崩れて、そのまま真ん中のゴブリンの顔を両手で挟み込んだ。

 両手で挟み込んだ瞬間に、真ん中のゴブリンの顔が、両側から崩れた。



 脂まみれになった両手を眺めた。

 脂まみれになった両手を眺める俺に、マグスが近付いてきた。


「なんでお前は両手剣など買ったのだ。ろくに使えもしないのに。それにどうせ気の力で倒すのだったら棍棒でいいではないか。あの骨はどうした。あの骨は強大な竜の骨だから軽い上に硬くしなやかで折れる心配も無いのだぞ」

「そうだよね・・・」



 マグスに説教されている間に、オークの大群に囲まれた。


「ふん。この程度、俺なら一撃だ!よく見ておけよ異世界人ども!」


 マグスは柏手を打つように手を合わせ、掌を宙空に向けて開き、その掌の上に自分の魔力を集中し始めた。

 掌の魔力は光り輝き、その光は時間と共にどんどん大きくなる。


「モリ!これどれくらいの時間かかるんだ!」


 マグスの邪魔をしてはいけないと思い、モリに問いかけた。


「多分すぐには終わらないですよ!この数に対応した魔力を集めるのですからね!」

「お前ら!魔力集め終わるまでちゃんと防げよ!」


 マグスは普通に喋った。



 マグスを挟んで、モリと二人でオークの攻撃を防いだ。が、防ぎ切れず、マグスは何度か、俺やモリ越しにオークに棍棒で殴られていた。しかし、マグスはお構いなしに魔力を集め続けている。

 防御術は何も体得していないので、防ぐことは諦めて、両手剣を振り回した。相手の数が多い分、それでもまあまあ意味がある。

 しばらくの間、闇雲に両手剣を振り回し続けていると、マグスが叫んだ。


「お前ら!何故敵から離れていないのだ!」


 マグスが叫ぶと同時に、辺り一帯に雷が走った。

 オークの群れは一瞬で全滅した。



「本当に凄いんだなマグスは。これが名のある冒険者の魔法か」

「まあな!オークは全滅、モリは瀕死だ!いつまでもオークと戯れあっているからこうなるんだ!」


 オークにしがみ付かれていたため、俺と違って魔法無効スキルを持たないモリは、巻き添えになったようだ。

 魔法とは、意中の相手にだけダメージを与える、なんて便利なものではないらしい。



「死ぬかと思いましたよ!」


 マグスの回復魔法で蘇生したモリが叫んだ。


「あんなに密着させてる奴が悪いのだ!魔法使いが魔力を集め切るタイミングを察して敵から離れる。これは魔法使いがいるパーティーの基本だぞ!」

「そうですよね・・・ニグルさんの魔法無効ってずるいですよね・・・」


 モリが拗ねた。



「今日はこれで終わるか!大群だったから一気に稼げたし、モリもニグルも疲れただろう!」


 モリは肩で息をしながら、オークとゴブリンを解体している。

 治癒魔法は体力と精神までは回復させないらしい。


「安心しろ!稼ぎはちゃんと三等分にしてやる!」


 ゴブリンは冒険者から奪ったらしい宝石を持っていたので、いい金になりそうだ。



 モリに倣ってゴブリンとオークの死体の周りを漁っていたら、見たことのある、チカチカひかる金属の何かを発見した。


「モリ、これ、あの有名な高級時計じゃない?」

「そうですね・・・冒険者から奪ったのでしょうね・・・」

「その冒険者ってのはつまり、転移者か」

「そういう事です・・・向こうの世界の貴金属はかなり高く売れます。運が良かったと思いましょう」

「ある日突然転移して、訳もわからず異世界を生きて、ゴブリンに殺されて・・・浮かばれねぇな」


 しゃがんだまま、スイス製の高級腕時計を見ながらモリと二人でどんよりしていたら、説教好きなハーフエルフの説教が始まった。


「ニグル!冒険者は自分の命を元手にして、相手の命を奪って生活の糧を得るのが仕事だぞ!その異世界の腕輪の持ち主だってこの塔まで来れた程なのだから、山ほど魔物の命を奪っているはずだ!その命とこの命は、対等だ!」

「俺ほどの大魔法使いの命は対等ではないけどな!とか言ってオチにすんだろ」

「先読みスキルか!」


 最後のは、場を和ませて終わろうというマグスの気遣いだろう。

 大魔法使いマグスはそういう男だと、今は理解している。


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