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喋くりブレイブ

「殺す気はないから、武器は使わない。それでも殺してしまったら、それは事故だ」


 トシを拠点にする異世界人の熟練冒険者であるブレイブは、ボクサーのようにガードを構えた。


「元いた世界ではボクシングをやっていた。元日本ランカーだよ」


 ニグルは、ただ黙って突っ立っている。


「やらないのか?構えもしないで黙っていては、わからないな」


 ブレイブの問いかけに、尚もニグルは微動だにせず黙っている。


「・・・ビビっているのか?強者と相対して、縮み上がっているのか?」


 周囲の目には、ニグルの思考が止まっているように見える。


「さっきまでの勢いはどうした。弱そうな相手にしか強気になれないのか?情けない」


 明らかに自分より強そうな相手に強気になるのはただの馬鹿だろうと、ニグルは思った。



「俺のスキルは危険だ。お前は、良くて体の一部を失い、悪くて死ぬ」


 ニグルは、ようやく口を開いた。

 ニグルは怯えていた訳でも、思考が止まっていた訳でもない。


 いや、ある意味では思考が止まっていたのかも知れない。

 ブレイブの煽りに対抗する言葉が、てんで浮かんでいなかった。


 しかし、ニグルの眉間はピリピリしている。

 気の集中スキルが発動しさえすれば、誰が相手だろうと、ニグルは勝利を確信できる。

 ニグルは、自身のスキルをチートであると、内心思っていた。


 しかしその確信は、ただの世間知らず。知らぬが仏。そのどちらかだ。



「冒険者同士で情報交換というのは、顔を合わせれば必ずやる。少なくとも俺はやる」


 ブレイブは微笑みながら、語り始めた。


「聞いたことがあるよ。素の状態での戦闘力は皆無だが、スキルが凶悪すぎる奴が西の大陸にいると」


 ブレイブの語りは止まらない。


「オブラートに包んでしまった。実際に聞いたのは、西の大陸に、普段はただの運動不足の中年で戦闘の役に立ちそうもないのに、チート級のスキルを持っているから実績だけはキャリアの割に太い奴がいる、って話だ」


 まだ止まらない。


「あとは・・・実年齢の割には若く見えるとも聞いたな。それとな、この世界のとんでもない美少女を口説き落としたロリコン野郎だとも聞いている」


 ブレイブは、重厚感のある手練れの雰囲気を持つ冒険者だが、よく喋る。


「エルフの血を引いているらしいな。噂通り非常に美しい。運動不足の中年には勿体無いだろう」


 ブレイブはそう言いながら、舐めるようにエルの顔を見つめた。


「え、気持ち悪い」


 エルが呟いた。


「運動不足の中年では、夜が物足りないだろう。俺も中年には違いないが、体力には自信があるぞ」


 ブレイブの耳に、エルの呟きは確かに届いていた。

 しかしその呟きなど、ブレイブにとっては蚊の羽音ほど無意味な音のようだ。


「話を聞かない奴って、自信過剰なのか意思が強すぎるのか、どっちなんだろうね」


 ニグルは、エルに話しかけた。


「ニグルさんも話聞いていない時あるでしょ」


 二人きりの時にはニグルのことをヒロくんと呼ぶ。

 しかし、自分たち以外に人がいる時は、徹底してニグルと呼ぶ。

 エルはあまり、うっかりしていない。


「俺は聞かないんじゃなくて聞こえないふりをしているんだ。都合が悪い時にはな」


 ニグルはうっかり、日常の些細な誤魔化し方の手の内を晒した。


「今の言葉、覚えておくね」


 エルは無表情で答えた。



「雑談とは、随分と余裕があるじゃないか」


 そう言うと、ブレイブはぐっと距離を詰め、呑気に雑談するニグルの顎に拳をめり込ませた。

 ニグルのスキルである気の集中は、その名の通り、気を集中させなければ成立しない。

 恐怖や怒りから逃れることに必死になり、生存することに集中してこそ、その力を発揮する。


 雑談をしていては、何にもならない。

 ブレイブの拳を顎に喰らい、ニグルは呆気なく気絶した。

 


「ヒロくん!」


 ニグルが気絶する姿を目の当たりにし、エイダが叫んだ。

 叫ぶと同時に、大剣を頭上に掲げブレイブに向かって飛び跳ねた。


「うおぉぉぉ!」


 場の空気にほだされたのか、ルルも野太い気合いを発しながら、短槍を構えてブレイブに向かって駆け出した。


「美しい女が二人同時に俺に駆け寄ってくる。俺にもモテ期が来たのかな」


 ブレイブは余裕の笑みだ。


「ブレイブさん!大剣の方は転移者を騙る転生者だ!職歴を聞く限り、本当は結構なおばさんのはずだ!」


 元銀行員の好青年が叫んだ。


「知ってるよ。この女は氷河の女王だ。獣人族だよ」


 エイダが振り下ろす炎に包まれた大剣を僅かな動きだけで躱した。



 エイダの頭部には、小さな犬の耳が生えている。

 エイダは毛量が多く、小さな犬の耳は、普段は髪の毛に隠れていて見えない。


 トシに潜入するにあたって、モリはエイダの為に、ベレー帽を作っていた。

 何かの拍子に、豊富な髪の毛の間から小さな犬の耳が見えないよう、エイダはそのベレー帽をかぶっていた。



 エイダの攻撃を躱したブレイブは、エイダのベレー帽を掴み奪い取った。


「ほら、獣の耳が付いているだろう」


 ブレイブは、余裕に満ちた表情のまま、元銀行員の好青年に顔を向けた。


「いや、獣の耳、見えませんけど」


 元銀行員の若者は、冷静に答えた。

 

 実際、エイダの小さな犬の耳は、髪の毛に隠れたままだ。


「あれ?おかしいな」


 ブレイブは、ベレー帽を持つ手とは反対の手で、エイダの髪の毛を掴んで上にあげた。

 エイダの小さな犬の耳が、露わになった。


「あったあった」


 ブレイブは、ニヤニヤしながら小さな犬の耳を見た。

 周囲にいるトシの住民たちは、獣人族らしい特徴を目の当たりにし、目を見張った。

 エルとモリは、パーティーで最も正統的な強さを持つエイダが軽くあしらわれている姿を目の当たりにし、驚き目を見張った。



 エイダの髪を掴むブレイブに向かって、ルルが短槍を繰り出した。

 ブレイブはエイダの髪の毛を手放し、転がる棒を掴むような気軽さで短槍を掴み、ルルの動きを止めた。


「顔良し。体良し。しかし短槍の扱いはまるで駄目だ」


 ブレイブはいやらしい目つきでルルの胸を見た。


「あと、汗臭い」


 そう言うと、ブレイブはルルの短槍を奪い取り、石突をルルの鳩尾に当てた。



「死ね!死ね!蛆虫!」


 短槍の石突を鳩尾に喰らいうずくまるルルの背後から、大剣を頭上に掲げた半狂乱のエイダが飛び出した。

 ブレイブは落ち着いた様子のまま、ルルの短槍の石突をエイダの鳩尾にめり込ませた。

 エイダは、着地するとともに膝から崩れ落ちうずくまった。



 ニグルは気絶している。

 エイダとルルは鳩尾に短槍の石突を喰らい悶絶している。


 残されたモリは、どうすれば怪我をせずに済むか、それを考えざるを得ない。

 防御力はあっても戦闘力は無いのだから。


「モリさん、随分と絶望しているみたいだけど、私が魔力を集中している間モリさんが私をガードしておいてくれれば、私の魔法で形勢を逆転させられるかも知れませんよ」


 エルは、柏手を打つように両掌を合わせながら、小さな声でモリに囁いた。


「・・・・・」


 モリは、聞こえないふりをした。


「ブレイブさん!僕はただの元ニートです!抵抗しないのでお見逃し下さい!」


 モリは目にも止まらぬ速さで土下座をし、ブレイブに嘆願した。


「はは。抵抗しないのは正解だね。いいだろう、見逃す。ただし条件がある」


 ブレイブは、ルルの短槍を投げ捨てながら続けた。


「ここの地下には地下牢がある」

「食堂に地下牢があるのですか!」


 モリは思わず、大きな声を出した。


「ある」


 喋くりブレイブは、話の腰を折られて表情を曇らせた。


「ここは食堂でありながら議場でもある。警察署の機能も併せ持っている。だから地下牢もある。その地下牢に、仲間を運べ。そちらの美少女もな。君は地下牢に入らなくてもいい。牢番を任せる。俺を裏切るなよ」


 ブレイブはモリに指示を与え、凄んだ。


「わかりました!逃げ出したりしないよう、しっかり監視します!」


 モリは必死になって、ブレイブに取り入った。

 そんなモリを、エルは完全な無表情で見詰めた。


「役目を全うして見せてくれたなら、トシの住民として認められるよう私が働きかけてやる。励めよ。裏切るなよ」


 ブレイブは満足そうな顔をしながら、モリの肩を鷹揚に掴んだ。

 随分と力が強いなと、モリは思った。取り入って正解だったなとも、思った。


「モリさん、私も手伝うから、早く三人を地下牢に運んで、休ませてあげよ」


 エルは、無表情のまま、無機質な声をモリにかけた。


「わかりました!」


 エルの感情を汲み取る気があるのかないのか。

 モリはいつも通りの声音で、返事をした。




 ニグル一行がトシで囚われた頃、マグスとキュアクはセノベ国のクタにいた。


「マラ!久しぶりだ!」


 マグスは、クタで防具工房を営む、旧友のマラを訪ねた。


「マグス!よく来てくれた!」


 マラは、マグスの来訪を歓迎した。


「今からお前の故郷に向かう!それを告げに来ただけだ!」


 マグスは、本当にそのためだけにマラの工房を訪ねた。


「え」


 旧交を温めに来てくれたのだと喜んだマラは、肩透かしを食った。


「サノを迎えに来たのだ!ポルジンの荒野を豊かな農地に変えるのだ!ポルジンからの使者も連れてきた!」


 マグスは一方的に喋り続けた。


「そちらのご立派な武人がポルジンの使者か」


 マラはキュアクに上品な微笑みを向けた。


「ポルジンの第一王子にして王位継承権一位、キュ」

「急いでいる!もう出立する!すまんなマラ!」


 キュアクが名乗ろうとするのを遮り、マグスは工房を出た。

 

「あ、マグス様!」


 キュアクが慌ててマグスを追う。


「来る必要があったのだろうか」


 マラは、小さくなっていくマグスとキュアクの背中を眺めながら呟いた。


「生きていて、元気にしていることだけ伝えたかったのかも知れないな。冒険者なのだから」


 防具工房を営み、多くの冒険者と面識を持った。

 工房に通い続けてくれるベテランもいれば、すぐに来なくなるルーキーもいる。


 常に死と隣り合わせ。

 他の職業の一般市民と比べれば、マラは冒険者稼業が危険なものであるという認識を強く持っている。


 工房を訪れなくなった冒険者がいると、つい気になって共通の知り合いに消息を尋ねる。

 遠征に出ていると聞いた時には、執行猶予を与えられた気持ちになる。

 命を落としたと聞いた時の寂寥感には、いつまで経っても慣れることができない。


「顔が見れれば御の字か」


 マラは、感傷的な男だ。



「マグス様!先程の防具工房には何をしに行ったのですか!」


 馬に跨りながら、キュアクが大声でマグスに尋ねた。


「旧交を温めに行ったのだ!」


 先に工房を出て馬に跨り終えていたマグスが、大きな地声で答えた。


「だったらもう少し長居しても良かったのではないですか?」

「マラは優秀な防具職人だ!常に防具のことばかり考えている男だ!話す内容は防具のことばかりだ!」

「素晴らしいではないですか」

「俺は魔法使いだ!防具など身につけん!興味もない!防具の話は退屈なだけだ!」


 マグスとマラは旧知の仲であり、お互いに何かと融通を利かせ合う仲でもある。

 だからと言って、話が合うわけではない。

 少なくともマグスは、そう思っている。


「あいつの防具は高品質らしいぞ!買ってやってくれ!」


 そう言いながら、マグスは馬を前進させた。


「だったら尚更もう少し長居しても・・・」


 マグスに続いて、キュアクも馬を前進させた。


「少しでも早くニグル達に合流したいのだ!そのためには少しでも早くサノをポルジンに連れて行かねばならんだろう!時間の猶予はない!」

「何か不安要素でも?」


 ニグルの全てが不安要素だと、マグスは思った。

 しかし本人がいない場で、将来の義理の息子のことを貶すべきではないと思い、マグスは口を噤んだ。

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