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対立

 一部の住民から、サン・ビストロ大食堂などと大仰な呼ばれ方をされているが、メニューは軽食と街中華で見かけるようなものばかり。


 実態は大衆食堂、それも主に日本人向け。

 それがトシの大食堂である。


 しかし、建物自体はとてつもなく大きい。

 それこそ、サン・何とか大聖堂と、大きさだけなら張り合えるだろう。

 これほど大きいのは、食堂としてだけでなく、住民総出の集会の会場としても利用する目的が、建設当初からあったからである。


 トシは、それほど大きな人口を抱えていない。

 異世界人だけが住む町なのだから、当然であろう。

 大食堂のキャパシティであれば、全住民を収容して余りあるだろう。



「くっそ広いなー」


 あまりの広さに、ニグルは興奮していた。


「端の席なんてさ、店員さん呼ぼうと思っても声届かないぜ」


 何がそんなに楽しいのか、ニグルは機嫌良く大きな声で話している。


「どうでしょうね!」


 何故かモリもご機嫌だ。


「モリ!モリ!あっちの席に移ろう!」

「はい!」


 ニグルとモリは、アホっぽい笑顔で、席を移った。


「あの席から店員さん呼んでみよ!」


 ニグルがモリにけしかけた。


「すみませーん!」


 モリは、精一杯声を張った。


 モリの声は、決して小さくはない。

 かと言って、通る声ではない。

 店員は誰一人来ない。

 店員が存在するのかどうかもわからない程、誰も来ない。


「ほら!やっぱり声届かない!今度は俺が試す!」


 そう言うと、ニグルは大きく息を吸った。


「すみませーん」


 ニグルの声は、大きい上によく通る。

 店員がいそいそと近付いてきた。


「はーい。あれ?さっきまで向こうの席にいましたよね?嫌がらせですか?」


 店員の表情が曇った。


「すみませーん。あんまり店が広いから、一番遠い席から呼んでも来てくれるか試したくなって」


 凶悪な顔の中年が無邪気な笑顔で言う。

 店員は、気持ち悪いと思った。


「・・・そうですか。用がないなら呼ばないでくださいね」


 店員は踵を返し、その場を離れようとした。


「ちょっと待って!今日ここで集会あるんですよね?」


 ニグルは、店員を呼び止めて質問した。


「はい」

「住民全員、この中に入れるんですか?」

「はい」

「鮨詰め状態?」

「いいえ」

「余裕あるの?」

「かなり」

「なんでこんなに広くしたの?」

「今は大食堂ですけど、いずれこの世界で一番大きな塔になるんです」

「まだ建設中なの?」

「そうです。気付きませんでした?上の方見えなかったのかな?」

「気付きませんでした。あっちの大聖堂っぽい名前だと思ったけど、あっちのファミリアみたいことしてんだな」


 住民全員分の家を建てることが急務のはずだが、随分と悠長なことだなと、ニグルは思った。



「憎きこの世界を一番高い所から見下ろそうって、みんな意気込んでますよ!」


 店員は、まっすぐな笑顔で言った。

 共感を強制するかのような、嫌な笑顔だ。

 

「あ、そう」


 ニグルは引いている。


「リアクション薄いですねー。この世界を見下ろせるんですよ?」


 店員は、呆れたような顔をした。


「見下ろすだけなら、山の上からでも見下ろせるよ?そもそも、視線が高くなるからって、何がそんなに嬉しいの?」


 ニグルは負けずに、呆れたような顔をした。


「だからぁ、足元より遥か下に見下ろせるんですよ、この世界の連中を。優越感?」

「優越感?じゃないよ。くだらないよ」

「大きい車に乗ると優越感があるんでしょ?そんな感じ?」

「しょうもな!そんなんで優越感に浸れるなんて、随分とお得な精神構造だな!」

「私は車に乗ったことないから分からないですけど。みんながそう言ってます」

「みんなが言ったからって・・・そんなの洗脳みたいなもんじゃないか。自分でちゃんと考えろよ」

「・・・何で初対面のあなたにそんな言われ方されなきゃいけないんですか・・・」


 店員の顔に影が差した。


「ごめん。言い過ぎた」


 ニグルは素直に反省し、謝罪した。

 

「言い過ぎです!ニグルさんの悪い癖ですよ!」


 モリが追い打ちを掛けた。

 自覚しているだけに、ニグルはモリに反論できない。


「普段は適当なくせに、変にこだわる時があるのよね」


 いつの間にかそばまで来ていたエイダが被せた。


「たまに説教くさいのよ」


 いつの間にかそばまで来ていたルルも被せた。


「そういうとこだけは、ちょっと嫌い」


 いつの間にかそばまで来ていたエルにまで被され、ニグルは落ち込んだ。



「とにかく、いつ完成するか分からないけど、この世界で一番高い塔を造っているんです!完成した姿を見たら、きっとおじさんもびっくりしますよ!」


 店員は、少しだけ悪態をついてニグルのそばを離れた。




 ニグル達がカレーを食べ終わる頃、大食堂にミッシェルリーダーが入ってきた。


「あ、カトウさんじゃないですか。大食堂に来てくれたんですね。集会にも参加されるので?」


 ミッシェルリーダーは、歓迎もしなければ迷惑がりもしないといった声色で、ニグルに話しかけた。


「そうですね。暇なので。あ、この人たちは俺のパーティーメンバーです」


 無機質なミッシェルリーダーの声に応じて、ニグルは抑揚のない声で大雑把に、ミッシェルリーダーにメンバーを紹介した。


「そんでこちらがトシのリーダーのミッシェルさん。フランス人」


 変わらぬ抑揚のない声で、ニグルはパーティーメンバーに、適当にミッシェルリーダーを紹介した。


「こんにちは。紳士と淑女のみなさん」


 ミッシェルリーダーは、ニグルの適当な紹介を受けながらも、らしい挨拶の言葉を並べ、モリとルルとエイダの頬に自身の頬を合わせた。


「おお、フランスっぽい」


 ニグルはつい、思ったことを口にした。


 昨日はしなかったのにな、とはニグルの心の声だ。

 ミッシェルリーダーはニグルとエルを警戒しているのかも知れないと、ニグルは勘ぐった。



 

 ミッシェルリーダーが姿を現してすぐに、大食堂にトシの住民が集まり始めた。

 話に聞いていた通り日本人が多いものの、白人、黒人、日本人ではなさそうなアジア人など、人種は多様だ。


 しかし話す言葉は一様に、日本語としてニグルの耳に届いている。


「お、新顔だ。あなた日本人?随分とこの世界に馴染んだ格好してるね」


 日焼けをした彫りの深い顔の男が、大きな声でルルに話しかけた。


「そう、日本人よ。あなたはどこから?」

「イタリアだよ。美しい女性は、そんな変な服装でも魅力を放つんだね。とてもセクシーだ。溢れ出るフェロモンで咽せそうだ」


 それは汗の匂いだろと、少し離れた場所で会話を聞いていたニグルは思った。


「フェロモン?それは汗の匂いだろ。汗臭くて咽せそうだ」


 白人にしても鼻の高い白人が、イタリア人とルルの会話に割って入った。


「だがそれがいい」


 鼻の高い白人は、ニヤリとしながら言った。


「変態英国紳士め。刺激的な深呼吸の邪魔をしないでくれないか」


 日焼けしたイタリア人が、鼻の高い白人に文句を言った。


「どっちも変態だよなぁ」


 ニグルがモリに投げかけたその言葉は、モリだけに届けるには大き過ぎた。

 イタリア人と英国紳士は興醒めしたのか、舌打ちをしてルルから離れた。


 ルルから離れてすぐ、隣のエイダに近付いた。


「名前をお聞きしてもいいかな?美人さん」


 イタリア人が、エイダに尋ねた。


「ヒロコです」


 元いた世界でもこの世界でも、エイダは自称文武両道。

 迂闊にこの世界での名前を口にしたりはしない。



 十七歳。数字で見れば、エイダは少女なのかも知れない。

 しかし整ったその美しい顔は、自信に裏付けられた堂々とした振る舞いと相まって、多少大人びて見える。


「ヒロコってことは日本から?」


 イタリア人と英国紳士に、いかにも好青年風の日本人が混ざった。


「うん。日本から来た転移者」

「俺も日本から転移してきたんだ。ヒロコさんは、元いた世界ではどんな仕事してたの?」

「銀行員よ」


 転生前のエイダの、これは本当のことである。


「俺も銀行員だったよ!どこの銀行で働いてたの?」


 好青年は、食い気味に言った。


「長銀」


 ヒロコことエイダは、咄嗟に答えた。

 これも、本当のことである。


「それって二十年くらい前に破綻したとこじゃない?」

「そうなのよー」

「ヒロコさん、見た感じだと、長銀が破綻した頃は物心つくかつかないかくらいの年齢じゃない?」

「あ」


 自称文武両道のヒロコは、たまに正直さが文武両道に勝る。


「転移者だって言ってたけど、違うの?」

「・・・・・」

「長銀が嘘?転移者が嘘?なぜ嘘をついた?本当は転生者?それともまさか・・・怪しいな」



 好青年がエイダに疑いの目を向けているその頃、少し離れた場所では、ニグルとエルが二人の世界に没頭していた。


「エルぅ、カレー食べさせて」


 はたから見れば、このニグルは気持ち悪い。

 しかしエルにとっては、このニグルは可愛い。


「もう、いい歳したおじさんが甘えちゃって」


 そう言って、エルは恍惚としながら、ニグルの口にスプーンですくったカレーを運んだ。

 カレーをニグルに食べさせながら、別の場所で見た記憶があるものを愛する男に食べさせていることに、エルはある種の興奮を感じていた。


「仲良いですね。親子で転移したんですか?」


 表面的にはほのぼのした、ニグルとエルの仲睦まじい姿を見て、極東人と思しき男が声を掛けてきた。


「いや、俺らは婚約者」

「え、ロリコンですか?異世界に転移したからってやり過ぎですよー」


 リアクションからして、モリと同類のように思われる。


「いや、この人こう見えて三十歳だから」


 二人の時間を阻害されて気を悪くしたニグルは、素っ気なく答えた。


「ほう、随分と童顔ですね・・・ハーフエルフですか?」


 モリと同類らしき男は、探りを入れた。


 ロリコンという異世界言葉の意味するところは知っている。

 ニグルがロリコン扱いされる度に、エルは嫌な気持ちになる。


「クオーターエルフです」


 つい、即答した。


「じゃあ、この世界の人ですよね」


 モリと同類らしき男は、無表情になって言った。


「あ」


 あ、ではない。

 しかし今のエルは、あ、しか言えない。


「んぐっ。この女性は転生者です。大目に見ろ」


 冷めかけたカレーを飲み込み、ニグルは勢いで押そうとした。


「転生者は転移者ではない。トシには入れない」


 モリと同類の男は、薄っぺらい勢いに負けるほど気弱ではないようだ。


「ケチくせぇな。元いた世界の記憶があって元いた世界に焦がれて来てんだ。受け入れてやれよ」

「この世界の習慣や価値観の中で育った事実は看過し難い」

「難しい言葉使ってんじゃねぇよ。お前、元いた世界でもそんな難しい言葉を日常的に使ってたのか?」

「難しいと思うのはあなたに教養がないからだ」

「お前、元いた世界で友達いた?いなかっただろ。この世界に来てようやく仲間ができて調子乗ってんだろ」


 ニグルの眉間はいつの間にかピリピリしていた。

 

「随分と品のない人だな。トシに似つかわしくない。出ていってくれ」


 モリと同類の男も、苛立ち具合ではニグルに負けていない。

 

「上等だ!力尽くで追い出してみろ!命懸けでやれよなぁ!」


 ニグルはもう、モリと同類の男を殺す気でいる。

 やはりニグルは、この世界に冒険者として馴染んでいるのだろう。


「品がないだけでなく野蛮だ!」


 叫ぶモリと同類の男の背後には、騒ぎを聞きつけたトシの住民が集まっていた。


「命懸けでやれとは穏やかじゃないな」


 いかにも、な出立ちの壮年の、濃い顔の男が、住民の群れの中から現れた。


「誰だお前。お前が代わりに俺を追い出すのか?お前にやれるのか?あ?」


 気が立っているニグルに、彼我の強弱を推し量る冷静さはない。

 

「ドラゴンスレイヤーだ」


 トシの住民の群れの中から、厨二感満載の言葉が聞こえてくる。


「ドラゴンスレイヤー?アニオタ?ゲーマー?」


 ニグルは、この手のノリが嫌いだ。

 

「アニオタでもゲーマーでもない」


 ドラゴンスレイヤーと呼ばれたその男は、余裕のある笑みを浮かべて、ニグルの目を射抜くように見据えた。


「俺は日本出身の冒険者だ。ドラゴン討伐を夢見ながら、トシを拠点に冒険者稼業をしている」


 ドラゴンスレイヤーと呼ばれた男の口から発せられた言葉に、ニグルは混乱した。


 本当にドラゴンがいるらしいこと。

 本当に強そうな壮年の男の発言が痛々しいこと。

 

 ニグルには、現状が飲み込めない。


「俺の名はブレイブ」


 唐突に、本当に強そうな壮年の男が名乗った。


「いや顔が縄文系」


 ニグルは思わず、思ったことをそのまま口にした。


「元勇者が存命だから勇者とは名乗れないが、勇者に引けを取らない実績を上げたから、自称勇者ってことでブレイブと名乗っている」


 brave。英語で勇者の意。


 その名乗りの理由もまた痛々しいが、しかし、虚勢を張っているようには見えない。

 むしろ、本当に強そうな雰囲気に真実味が加わっている。


「俺が追い出してやる。それでいいだろう?」


 ブレイブは凄むでもなく、余裕の笑みのままで言う。

 ニグルは思わずたじろいだ。

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