第拾話 灰かぶり媛の奇縁譚 ー合縁奇縁
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!
「腹が痛いと医者まで呼んで大騒ぎをしたと聞いたけど、ずいぶん元気そうじゃないか」
忙しいはずなのに、こう何度もよく抜け出してこられるものだと呆れる琳瑶を前に、碧霞は 「安心したよ」 と続ける。
お忍びとはいえあらかじめわかっていた訪問だったため、琳瑶は前回同様にきらぎらしい衣装で着飾っての出迎えである。
寝台に伏せっているとでも思っていたのか。
その姿を見た碧霞は意外そうな顔をしていた。
そして前回同様、双子の兄たちが碧霞の不在を誤魔化すため王宮に残り、貧乏くじを引かされた三男の彩月が同席している。
「結局腹痛の原因はなんだったの?」
「……胃炎です」
不満げに答える琳瑶だが、碧霞は楽しそうである。
琳瑶が腹痛を訴えたのは数日前、杖豊衣を名乗って茶武長が黎家の屋敷を訪れた日の夜のこと。
食事はもちろん夜眠ることも出来ないほどの痛みに、翌朝、医師の診察を受けたのである。
実は屋敷の者たちの多くは、月の物が来たのではないかと囁きあい、厨房では赤飯を炊く準備をしていたのだが、医師の診断は胃炎。
それも神経性の胃炎との診断に、続いた招かざる客が原因ではないかと推測された。
「そう。
でもその様子ならたいしたことはないみたいだね」
「たいしたことはありませんが、病人の見舞いに菓子を持ってくるのもどうかと思いますが」
それも腹痛を起こしたときいていたはずなのに……と呆れる彩月に、琳瑶も恨めしそうな目を碧霞に向ける。
「折角のお菓子なのに、食べられないなんて……」
医師の指示で食事は粥のみで、菓子などの間食は禁止。
茶も駄目ということで、琳瑶の前に置かれた湯飲みには白湯が入っている。
「言われてみればそうだったね。
ほら、菓子をあげると約束していたから今日も持ってきただけなんだけど。
でもそういうことなら侍女たちに分けてやるといい。
あなたにはまた後日届けさせてあげるよ」
呑気に構えた碧霞自身は甘い物を食べないため、前には茶の入った湯飲みが置かれているだけ。
琳瑶と、おそらく母親の薔薇も一緒に食べるだろうと思って持ってきた菓子は多くないが、控えていた侍女たちは碧霞の話に小さく喜ぶ。
だがその中に一人、澄ました顔のまま立っている侍女がいる。
少し前に入った新しい侍女だが、泰晶春訪問時には手に持っていた茶銚を投げつけるなどして大活躍している。
そんな一人だけ様子の違う侍女に気がついた碧霞は 「おや?」 と声を上げる。
すると侍女のほうも気がついたらしく、組んだ両手に顔を埋めるように頭を下げる。
「ずいぶん珍しい人がいるじゃないか。
久しぶりだね、豊衣殿」
「碧霞太子にはご機嫌麗しく」
侍女……いや、豊衣は低く控えめに応える。
「てっきり茶家に帰ったと思っていたけど……一応訊いてもいい?」
「なんなりと」
「ここでなにをしているの?」
「琳瑶媛のご慈悲をもちまして、こちらにてお仕えさせていただいております」
「それって……」
言い掛けた碧霞の視線が琳瑶を見る。
「あなたはともかく、黎家は承知のことなの?」
「お母様から東雲おじ様にお話ししてお許しをいただきました。
それに豊衣さ……豊衣はもう茶家の人間ではありません」
ついうっかり侍女に 「様」 を付けかけて慌てて訂正する琳瑶だが、碧霞の関心はそこにない。
あくまでも豊衣がここにいる理由についてである。
そこで琳瑶は、豊衣が茶家を出てきた理由をかいつまんで話す。
「そう、母君がお亡くなりに。
それはお悔やみを申し上げる」
「茶家には豊衣がここにいることは知られていません」
「そうなの?
先日、文刀殿の子息が来たんでしょ?」
「来ましたけど、気づきませんでした」
「え?」
茶武長が豊衣の名を騙って黎家を訪問した時、琳瑶と対面した室内に控えていた侍女の中に豊衣もいた。
だが彼は気づかなかったのである。
生まれた時から同じ屋敷で暮らしてきた従姉妹なのに、彼は豊衣に気づかなかったのである。
その理由を豊衣自身は、子どもの頃からずっと男児の装いをしていたからだろうと推測する。
父親が男児を欲しがっていたため、母親がわざと豊衣に男児の服を着せて男児として育てていたのである。
もちろん父親をはじめ、屋敷の者はみな豊衣が女子であることを知っていたが、体が丈夫ではなかった母親の気がそれで休まるならと誰もなにも言わなかったのである。
もちろん豊衣も。
おかげで男性としての振る舞いには慣れていたが、さすがに宦官の振りをすることになるとは思っていなかったに違いない。
「母なりに、あの屋敷の中でわたしを守っているつもりだったのかもしれません」
亡くなった今では、その本心は聞けないが……。
元々滅多なことでは豊衣と武長が顔を合わせることはなく、女物の衣装を着ているところも、髪を結い上げて簪を挿し、化粧をしている顔なんて見たこともないはず。
だからわからなかったのだろうと豊衣は話す。
ちなみに琳瑶が泰家の屋敷で豊衣を見たことがあると言ったのは嘘である。
あの場を切り抜けるためにとっさについた嘘だが、それが嘘だとわからないほど武長は豊衣のことを知らなかったのである。
「父ですら気づかないでしょうから、武長ならなおさらです」
「なるほど。
でもねぇ……せめて呼び名を変えなさい。
見た目では気づかなくても、名前を聞けば気づくかもしれないでしょ」
「迂闊でした」
あの日同席していた宋英成からも、武長が豊衣に気づかなかったと聞いてすっかり安心しきっていた彩月は、碧霞の指摘に愕然となる。
さらに碧霞は言う。
「茶家の名は、あなたを救う時もあるかもしれないから今すぐ捨てろとは言わないけどね。
それこそ邪魔になった時に捨てればよろしい。
でも豊衣の名で過ごすのはやめなさい」
正体がばれて困るのは豊衣である。
それこそ黎家の屋敷で働いていることが茶家にばれれば利用される……いや、もう利用されることはない。
彼女を茶家に縛り付けていた母親はもう亡いのだから。
だが黎家に迷惑をかけてしまうだろう。
そう思った豊衣は素直に碧霞の話を受け入れ、呼び名は琳瑶に付けて欲しいと頼んだ。
「すぐには思いつかないので、あとでお母様と相談して決めてもいいですか?」
「もちろんです」
少し困った顔の琳瑶に言われ、豊衣が素直に応じてよかったよかった……で終わればよかったのだが、不意に琳瑶がとんでもないことを思い出したのである。
もちろん思い出すだけならいいのだが、それを口に出したのがよろしくなかった。
「そうだ、聞いて下さい碧霞様!
お母様のお蒲団が凄くいい匂いなんです!」
碧霞の返事も聞かずに本題を切り出した琳瑶は、卓を挟んで向かいにすわる碧霞などまるで見ていない。
それこそ蒲団に染みついた薔薇の匂いでも思い出しているのか、恍惚の表情を浮かべ、キラキラに輝かせた目であらぬ方向を見ている。
「突然なにを……」
碧霞と琳瑶のあいだに席を置く黎れい彩月は、予想の遥か斜め上を行く琳瑶の発言に頭を抱えたくなる。
そこに碧霞が追い打ちを掛ける。
「ねぇ彩月、会うたびに不安要素が増えるのもどうなんだい?」
「申し訳ございません。
その……叔母上が甘やかすものですから……」
本当なら琳瑶のこんな発言を阻むのが彩月の役目だったのだが、あまりにも唐突な妄言だったために止めきれず。
碧霞の責めを甘んじて受ける羽目になったのだが、そもそも琳瑶が母親の薔薇と一緒に寝たいなんて言い出した原因が、彼の兄たちにあるからさらになにも言えない。
しかも碧霞はそれを知っているのである。
当事者である双月が、眠りの邪魔をされた八つ当たりよろしく 「寝込みを襲われた」 などと話したのだが、さすがに碧霞もそこまでは信じていない。
「いくら義理の兄になるとはいえ、嫁入り前の娘が男の寝所に入るのもどうだろう?」
「本当に申し訳ございません」
今後このようなことがないように努めますなどと、彩月は下っ端役人顔負けの平身低頭で謝罪を繰り返す。
椅子にすわって卓に額を擦りつける……いや、打ち付ける勢いだが、彩月の内心では土下座モードだろう。
「あの双月相手だからなにもないのはわかっているけれど、婚約者としては内心穏やかではないんだよ」
どうしてくれる? ……とでも言わんばかりに遠回しに責める碧霞に、彩月はただただ額を卓に擦りつけて謝罪を繰り返す。
「薔薇殿も一緒に嫁いできていいとは言ったけれど、絶対に部屋は離します。
一緒に寝るのもいいけれど、わたしと寝る時は三人なんて絶対にゴメンですからね」
「太子」
「碧霞様と一緒に寝るならお母様と寝ます」
「琳瑶」
「彩月、ちゃんと閨ごとも教えておいて下さいね」
「ねやごとってなんですか?」
「それは叔母上に……教えなさそうですね。
ヤバい、どうしたら……」
どんどんカオスと化す会話の渦中にあるのはもっぱら彩月で、碧霞と琳瑶は攪拌するばかり。
「そういえばあなた、オネショは治ったんですか?」
「オネショなんてしません!」
「太子、オネショではありません。
夜泣きです」
「あ、そうそう、夜泣き」
「しません!」
「太子、いつも兄上たちに言われていると思いますが、それ、言わなくていいことです」
また碧霞の悪い癖が出た……と嘆く彩月をよそに、碧霞は余計なことを言いまくる。
「でもあなた、泣き顔も可愛いから大丈夫かもね」
「なにが大丈夫なんですかっ?」
「わたしのものが勃つかどうか」
「?」
「太子!
ですから、それは言わなくていいですって!」
「ほうらこの子、まるでわかってない顔してるじゃない。
ちゃんと入宮までに教えておいて下さいよ」
「いっそ実地で太子が教えたらよろしいではありませんか」
「それもいいねぇ。
どうしようかなぁ」
「悩まないで下さい」
途中から会話に置いてけぼりを食らわされた琳瑶は、ムッとして口を尖らせる。
「そうです、悩まないで下さい。
わたし、碧霞様と結婚しませんから」
「あ、まだそこなの?」
「申し訳ございません、そこです」
「やれやれ、無駄な足掻きをするねぇ」
余裕綽々の碧霞は湯飲みに手を伸ばし、軽く茶を口に含む。
それからゆっくりと言葉を継ぐ。
「確かあなたが五歳の時に離縁して、薔薇殿はご実家に帰ってしまわれたんだっけ?
だったら丁度いいじゃない。
五歳までの五年に入宮までの二年を足せば七年。
離れ離れだった時間と同じ丁度七年じゃないか」
「全然丁度よくありません!」
「そうじゃなくて、そこから新しい関係に進むだけですよ」
「新しい関係?」
「そう、新しい関係。
あなたは薔薇殿にとっては永遠に娘だけど、あなた自身はわたしの妻になって、いずれ生まれる子の母となる。
薔薇殿だってあなたの子を見たいでしょう」
「わたしの子ども?」
「ええ、薔薇殿にとっては孫ですね。
普通なら、入宮した側室たちの親は孫と滅多に会えません。
それを一緒に生活させてあげようと言っているのです。
もちろん抱いてもいいですよ。
なんでしたら名付けもさせてあげましょう」
「お母様は喜びますか?」
「とても喜ぶでしょう」
碧霞の言葉だけでは信用がないのか、琳瑶はチラリと彩月を見る。
なんだか上手く丸め込めそうな流れにうっかりしていた彩月は、ここで自分に意見を求められるとは思っておらずすっかり油断しており、向けられた視線に慌てて何度も頷いてみせる。
「え、ええ、もちろん、もちろんですとも!
というか、さぞ可愛い子が生まれるだろうと、このあいだ母上と話しておられました!」
「お母様が喜んでくれる……」
このまま丸め込まれた琳瑶が……もちろんこのあとすぐに丸め込まれたわけではないが、結果として丸め込まれて二年後には東宮妃として春宮に入宮。
さらにその何年ものちに現皇帝が崩御すると、碧霞が皇帝として即位するとともに琳瑶は黎貴妃として立后することになる。
めでたし、めでたし ー了ー




