第捌話 灰かぶり媛のかぐや譚 ー宋英成の挽回・前
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「琳瑶様にお会いしたいと、茶家から遣いの方がおいでで……」
タイミングを見計らっていたというわけではないだろうが、侍女の一人が取り次ぎに現われた時、琳瑶は一人で本を読んでいた。
少し前まで一緒にいた薔薇が厨房に呼ばれて席を外したため一人だったのだが、もちろん全くの一人ではない。
側には最近入ったばかりの侍女と、以前からいた侍女の合わせて三人ほどが控えている。
先日の泰晶春のことがあったから、琳瑶はもちろん、そばに控えていた侍女たちも取り次ぎに来た侍女に警戒するような視線を向ける。
取り次ぎに来た侍女もそれを不快に思うより、おそらく先日の騒ぎのことを思い出していたはず。
だがそれだけではなさそうな歯切れの悪さがある。
「どなたでしょう?」
タイミングの悪さに琳瑶が困っていると、一番近くにいた新入りの侍女が凜とした声で尋ねる。
すると取り次ぎに来た侍女は、やはり歯切れ悪く答える。
「それが、その……杖豊衣様と名乗っておられまして……」
そう告げる侍女の目が、尋ねた侍女をチラリと見る。
すぐさま尋ねた侍女の表情が考え込むように変わると、すわったままの琳瑶も不安げな表情で彼女を見上げる。
そして動揺も顕わに尋ねる。
「ど、どういうこと、ですか?」
「どういうことでしょう」
質問に質問を返したことに気づいて、侍女はすぐさま 「失礼いたしました」 と頭を下げる。
そして続ける。
「何者か気になるところではございますが、先日のこともございます。
まずは薔薇様にお伺いを立ててはいかがでしょうか?」
それが一番無難だと判断したのは琳瑶だけではない。
この場にいた他の侍女たちも。
だが結局琳瑶一人で会うことになったのは、薔薇が厨房どころか、そのまま母屋にまで行ってしまい戻ってこなかったからである。
もちろん人を呼びに遣ったのだが、母屋は西の離れの侍女たちにとっても勝手が出来る場所ではない。
なかなか薔薇の居場所も見つけることが出来なかったため、捜索はそのまま続けながらもやむなく家人を何人か呼び、失礼を承知で客人のボディチェックをしてから会うことになった。
断ってもよかった
いや、断るべきだったのだろう。
それでも琳瑶が会うことを決めたのは、杖豊衣を名乗る人物が気になったから。
実は琳瑶たちは、あの日以降、豊衣が黎家の屋敷を訪ねてくることがないと知っていた。
それどころか彼女が今どこにいるのかも知っている。
だから訪ねてきた人物が豊衣でないことはわかっていたが、その正体と目的が気になったのである。
琳瑶に呼ばれた家人たちは、用件を聞いて当然のように反対した。
当主である東雲はもちろん彼の三人の息子たちも不在だったが、親族である宋英成がたまたま屋敷を訪れており、これまたたまたま話を聞きつけて家人たちと一緒に西の離れにやってきた。
当然話を聞いて反対したけれど、やはり豊衣を名乗る人物の正体と目的は気になったらしい。
そこでボディチェックと同席を条件に、琳瑶と客人を会わせることにしたのである。
名家の媛が家族以外の男と二人きりになることはない。
それこそ家族であっても、成人した男兄弟とは二人きりにならないのが普通である。
だから客人もその点は不審に思うことはなかったのだろう。
もし不審に思っても断ることは出来ない。
それこそ同席を拒めば、よからぬことを考えていると思われてしまうからである。
かくして急遽来客のもてなし準備が整えられた……と言ってもたいしたものではなく、せいぜい部屋を整えて茶と菓子を用意したくらいだろう。
琳瑶と英成、それに数人の侍女と家人が待つ応接室に通された客人は余裕ぶっているのか、通された部屋の様子を見回してから琳瑶と英成を見る。
そしてこんなことを言い出す。
「さすが黎家ですね。
離れとはいえ立派な部屋ですねぇ」
本来ならば客人は屋敷の主人である黎東雲に挨拶をして、それから琳瑶に会うのが普通だが生憎と東雲は不在である。
代理となる三人の息子も。
そこで琳瑶が直接会うことになったのだが、これがいけなかったのかもしれない。
英成を筆頭に、控える家人も侍女も客人の態度を苦々しく思った。
舐められた
目的の琳瑶が正面にいるというのに挨拶もせず、部屋の感想なんて言い出すのだからそう思わざるを得ない態度である。
おまけに話し方もずいぶんと親しげで、当人と琳瑶を除いた全員を不快にさせる。
琳瑶はといえば、客人の顔を見て必死に考えていた。
(誰?)
年齢は英成と変わらないから20歳前後。
背は高くもなければ取り立てて低くもなく、太ってもいなければ痩せてもいない。
顔も特に不細工というわけではないが、美男子とは言い難い。
だが着ている物はそれなりによく、着こなしも悪くない。
おまけに髪に女物のかんざしを挿して少し遊び人風を装っている。
何者だろう
この男が豊衣でないことだけは確かだが、ひょっとしたら以前にも会ったことがあるのかもしれないと思って考えていた琳瑶だが、やはり記憶にはない顔である。
だが琳瑶を訪ねてきたのだから全く知らない人物というのも考えにくい。
これはいったいどういうことなのか? ……と考えていると、ようやくのことで男は琳瑶に挨拶をする。
「初めてお目に掛かります、杖豊衣と申します」
「こちらが琳瑶媛。
わたしは宋英成と申します」
琳瑶ではなく英成が琳瑶を紹介し、続けて自己紹介をする。
すると自称豊衣は顔を上げて英成を見る。
「英成殿は黎家となにかご縁が?」
「わたしの母が、黎家当主夫人の姉に当たります」
「それはそれは。
これをご縁に、是非ともお近づきになりたい」
黎家本家当主夫妻が従兄弟同士であることは有名な話である。
つまり東雲とも血縁がある英成伝いに東雲、あるいは本家の三兄弟に近づこうという魂胆だろう。
なんとも露骨な態度である。
だが英成もこのくらいのことには慣れているらしく、内心はともかく、表情を変えることもない。
しかも自称豊衣が英成の身元を確認したのには別の魂胆もあった。
「それで、本日はどのようなご用件でしょう?」
「これはまだ内々の話としてお聞きいただきたいのですが……」
そう自称豊衣が話し出したのは、英成の勧めで三人が椅子に掛けてから。
卓の周りには茶を淹れる侍女が二人ほどいるが、自称豊衣は気に留める様子はない。
そもそも内々の話などと言いながら、人払いもせず話し始めたのである。
「琳瑶媛に、茶家に嫁いでいただきたい」
体裁程度に声を潜めたけれど、部屋にいる全員に聞こえる声量でなにを言い出すのかと思えば……。




