第伍話 三つの月・後
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「女性からの求婚をするなんて……しかもあんなに堂々と。
ほんっと、あなたはなにを考えているの?」
彩月がそんなことを言ったということは、少なくとも琳瑶が双月に 「わたしと結婚してください!」 と求婚したあたりから盗み聞きしていたということだろう。
もちろん琳瑶も女性の側から求婚するなんて希有なことだとわかっている。
わかっているが、ないわけではない。
「でもお母様が貸してくださった本には……」
泰家では、琳瑶の衣装はもちろん身の回りの品ですら満足に用意してくれず、薔薇が用意して届けてくれていた。
その中には時々流行の物語本などが入っており、行李を覗いたのか、あるいは薔薇が話していたのか。
運び役の一人だった彩月もそのことは知っていたようだが、さすがに検閲のようなことはしたくなかったのか、あるいは興味がなかったのか。
はたまた忙しくてそこまでをする時間がなかったのか、内容までは知らなかったらしい。
「……叔母上はどんな物語を読ませたんだ」
しかも琳瑶は彩月の呟きを勘違いして 「それはですね」 と、嬉々として説明しようとする。
先日の、碧霞を皇族の落胤と勘違いしたのもそうだったが、どうも薔薇が琳瑶に与える読み物には問題がある。
貴族のみならず、上流階級にある女性のあいだでは実に様々なものが流行るのは彩月も知っているし、退屈を持て余している女性たちにとって必要なものであることも理解出来る。
だが琳瑶のような子どもには、与える前に内容を吟味しなければ……と考えた彩月だが、そもそも薔薇と琳瑶を引き離すことが難しいことに気づいて頭を抱えることになる。
「……とにかく、兄上たちもおっしゃっていましたが、あなたが皇太子妃になることは決定事項です。
どんなに足掻いても覆りません」
「でも……」
次の正月には十三歳になる琳瑶だが、幼さの残る顔で口を尖らせてみせる。
「だいたいあなた、本当はわたしを訪ねてきたのではなかったのですか?」
それこそ最初は彩月に求婚するつもりではなかったのかと問われた琳瑶は、最初から隠すつもりもなかったし、ここで正直に話せば協力してもらえるかもしれないなんて甘い考えで正直に話す。
「あ、それはですね、だって彩月様、双月様がいらっしゃるから家はお継ぎにならないじゃないですか」
「なるほど。
だから偽装結婚の相手に丁度いいと思ったわけだ」
「はい」
琳瑶は形だけの婚姻を望んでいるので側室でも十分。
但し黎本家三兄弟の誰かでなければならない。
だから最初は彩月を相手に選んだのだが、思わぬところで双月の性癖を知ることに。
衆道なら女性と結婚はしたくないだろうから、むしろ偽装結婚は双月にとっても好都合のはず。
世間的に地位も名誉も役職も財産もあり、決して外見も悪くない……むしろいいくらいの成人男子がいつまでも独り身でいることは、肩身が狭いし周囲も放っておいてくれない。
それでも意固地に独り身を押し通せばよろしくない噂を流されるのが目に見えている。
ならば琳瑶の提案はWin-Winな名案ではないかと思ったのである。
しかも先程の琳瑶の求婚に対して双月は、承諾しなかったのはもちろんだが、拒否もしなかった。
だから押せばいけるのではないか……とまで考えていることを知り、彩月はますます頭を抱えることに。
そんな彩月を助けたのは身支度を調えた双月である。
「えーっと、まず兄上たちが拒否しなかったのは、そもそも求婚自体をなかったことにするためだと思う」
「聞かなかったことにして?」
彩月は 「そう」 と答えながら大きくゆっくりと頷く。
そこに侍女を伴って寝室から現われた双月は、休日ということで、下ろした髪を肩に垂らすように一つに束ねている。
そうすると薔薇に似ているのは、さすが叔母と甥である。
「そもそもお前は勘違いをしている」
「わたしたちに衆道趣味はない」
「そうなんですか?」
まずは意外感、それから残念感が琳瑶の顔に出てくる。
双月はその馬鹿正直さに呆れながらも空いていた椅子にそれぞれで掛けると、控えていた侍女が新たに茶を淹れ、二人の前に出す。
「素直といえば聞こえもいいが、ただの馬鹿面だな」
「兄上」
「女性に興味がないだけで、男が好きなわけではない」
「自分と同じ顔に欲情するとか、気持ち悪い」
同じ顔を前にはっきりと言い切る双月だが、もう一方も同じ意見なのか、特に言い返すこともなければ頷くなどの同意もしない。
むしろ言いたいことがあるのは琳瑶のほうである。
「じゃあどうして一緒に寝てるんですか?」
「子どもの頃からそうしていただけだ」
「面倒だからそのままにしているだけだ」
それこそ忙しくて部屋を分けるタイミングを逸したなどと口々に返す二人に、琳瑶は残念感を満載にして口を尖らせる。
「紛らわしいことをしないでください」
そこにふと思った彩月が尋ねる。
「ねぇ琳瑶、参考までに訊くけど、衆道なんてどうして知っているの?」
「前にお母様が貸してくださった物語にあったんです、男の人同士の恋物語が」
「叔母上……」
「叔母ながら、碌でもない方だな」
「案外、あの人が一番害悪かもしれない」
がっくりと肩を落とす彩月の陰で口々に呟き合った二人の兄は、改めて琳瑶を見て話し掛ける。
「琳瑶は一体全体、皇太子妃のなにがそんなに嫌なんだ?」
「碧霞太子は可能な限り譲歩しているではないか。
母親と一緒に嫁ぐなんて、前代未聞を受け入れるとまでおっしゃってくださっているというのに」
「だって……」
思いのほか黎家本屋敷ここでの生活快適で離れたくなくなったとか、後宮での嫌なことを思い出したくないとか色々と並べ立てたけれど、結局それら全てが言い訳に過ぎないことは琳瑶自身がよくわかっている。
そう、理由とか理屈ではない。
ただ嫌
それだけなのである。
そもそも権力欲のない琳瑶が皇太子妃になりたいなんて思うはずがない。
政略である以上碧霞のことが好きなわけでもなく、今でも十分すぎるほど自由気ままな生活をさせてもらっているから後宮のきらぎらしい生活に憧れもないのである。
「ひょっとして、物語のような恋でもしたいのか?」
ふと思いついたように双月が言うと、片割れが 「だったら」 とあとを受ける。
「相手は碧霞太子でもよいではないか。
余計なことをわざわざ口にする悪癖はお持ちだが、基本的な性格は悪くない御方だ。
顔立ちも整っておられるし、この国で一番の金持ちだ」
それこそ擬似恋愛をするには格好の相手ではないかと言い出して弟の彩月を呆れさせる。
ただただ母親と一緒にいたいだけの琳瑶は言うまでもない。
だが最初に言い出した双月もさらに言う。
「なんでも望みも叶えてくださると言っていたのだろう。
それに……なにかあった時には運命をともにしてくださるとおっしゃっていたときく。
あの方にとっては最大限の愛情表現だと思う」
まだ事後処理が続いている今回の騒動は誠豊元皇太子と蘇栄娘が起こしたもの。
皇帝を愚弄したも同然の愚行に蘇栄娘は処刑された。
娘を【妃】として入宮させられるほどの権勢を誇っていた蘇家そかも、当然のこととして没落の憂き目をみる羽目になった。
さらには誠豊元皇太子の実母である元貴妃の丹真玉や同母の兄弟である秀真公主や玉英公主はもちろん、皇太子妃までもが罰を受けることになった。
そのほとんどが出家という形で俗世から隔離され、今後はひっそりと慎ましい生活を送ることになる。
それなのに!!
諸悪の根源とも言える誠豊元皇太子は、宮刑という男性にとっては死の次くらいに厳しい刑に処されるとはいえ、離宮にて、これまでより少しばかり窮屈な生活になるだけ。
太子の位も失い今後は表舞台に立つことも出来なくなるが、皇族として最低限の処遇は受けられる。
同じ罪を犯した蘇栄娘は処刑されたのに、誠豊は地位と名誉を失っただけで困窮することなく生活してゆけるのである。
「あなたの望みは可能な限り叶えよう。
でも落ちる時は一緒に落ちてもらうよ。
もちろんそうならないよう最善を尽くすけれど、人生一寸先は闇だからね」
先日、お忍びで黎家本屋敷を訪れた碧霞がそんなことを言ったのは、、ひょっとしたらそんな誠豊の愚行を、結末を目の当たりにしたからかもしれない。
もちろんだからといってそんな日が来た時、碧霞が本当に琳瑶と運命を共にするとは限らないのだが、この時の三人はもっと困った事態を目の当たりにすることになる。
三人の息子たちが休みだったこの日、夕方には父親である東雲も屋敷に戻ってきて一家団欒の夕食となったのだが、その席に薔薇・琳瑶母子も招かれた。
いつもよりちょっと豪華な食事を前に嬉しそうにしていた琳瑶は、みんなが顔を揃えるところで薔薇にあるお願いをしたのである。
「お母様、今日、一緒に寝てください!」
なぜ琳瑶がそんなことを言い出したのか?
双月と彩月の三人にはすぐに見当がついた。
そして薔薇の返事も……。
「もちろんですよ!
吾子のお願いなら、今日だけでなく明日も明後日も一緒に休みましょう」
それこそひと月でもふた月でも、果ては一年でも二年でも一緒に寝ると張り切る薔薇を見て、同じ卓に着く彩月は小さな不安を抱く。
「まさかと思いますが、春宮に上がっても一緒に休むなんて言い出しませんよね。
どうするんですか、これ?」
先見の明がある碧霞はこんな事態を予想していたのかもしれない。
だから危惧し、薔薇も一緒に春宮や後宮に来てもいいけれど、部屋は離したいと言っていたのである。
それなのに、まさにそうなりかねない事態となってしまったのである。
しかも琳瑶が薔薇と一緒に寝たいと言い出したのは、おそらく朝に双月が一緒に寝ているのを見たから。
そう思って二人の兄たちに尋ねてみたのだが……。
「この程度なら問題ない」
「父上がそう仰るのでしたら」
答えたのは、三人の息子たちの話を聞いていた父親の東雲である。
その言葉に正直に安堵する彩月だったが、双月は言う。
「勘違いするなよ、彩月」
「この程度ならお前でも十分に対処出来るだろうという意味だ」
「頑張れよ」
「兄上?」
いったいどういうことなのかと尋ねるけれど、二人は、キャッキャウフフしている薔薇・琳瑶母子を遠い目で見ながら続ける。
特に、求婚に失敗しながらもただでは起き上がらない琳瑶を冷ややかな視線で見ながら。
「琳瑶はなかなか強かだ」
「だが、どんな手を使ってでも無傷で春宮に放り込め。
いいな?」
「兄上……どうしてわたしが……?」
ただ一人、納得のいかない夕食を摂ることになった彩月であった。
いやもう一人、キャッキャウフフしている薔薇・琳瑶母子に混ぜて欲しくて指をくわえて見ている人物がある。
兄弟の母親であり、東雲の妻でもある楊慶である。
「……わたしも、一緒に寝て差し上げてもいいのですよ、琳瑶」
ポツリと呟くけれど、盛り上がっている母子の耳には届かず、気づいてすらもらえなかった。




