第肆話 三つの月・中
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「琳瑶、どうしてここにいる?」
「……どうして、でしょう?」
どうやらここは双月の部屋らしく、ならば部屋の主人である蒼月がそう問うのもわからなくはない。
昨夜遅くに帰ってきて眠っていたところ、突然部屋を覗き見されて気分がよくないのも理解出来る。
だが琳瑶も、彩月の部屋を訪れるはずだったのになぜか双月の部屋に案内されたのである。
しかも双月の乱れた寝間着姿を見せられただけでなく、てっきり恋人を連れ込んでいると思っていた寝台にはなぜか同じ顔が横たわっていたのである。
これはいったいどういうことなのか?
わからないことばかりの琳瑶には他に答えようがなかったのである。
(確か男同士で……というのは衆道?
つまり双月様たちはそういうご趣味ということ?)
彩月の兄である双月はとうに成人しており、次の正月には二十歳になる。
その二人が一緒に寝ていたということはそういうことなのだろうと小さな頭の中で考えていた琳瑶は、それらが全て顔に出ている。
琳瑶に問い掛けたあと黙ってその百面相を見ていた蒼月は、これ見よがしに深い溜息を吐いてみせる。
そして改めて琳瑶に告げる。
「……そなたの妃教育には腹芸の授業も入れたほうがいいな」
「しっかり履修しろ」
よく似た声なので、これはどちらがどちらを言ったのかわからない。
だが語尾が重なっていたので別々の人物が言った言葉であることはわかる。
わかるのだが琳瑶にとっての問題……いや、注目すべき点はそこではなかった。
「腹芸……そんな科目があるのですか?」
初めて聞く目新しい科目に興味を示したのである。
「確か叔母上が、わざわざ泰家に家庭教師を派遣していたのではなかったか?」
「はい」
素直に答えた琳瑶の表情は 「それがなにか?」 と義理の兄に問い返している。
それを見て、双月は改めて腹芸の履修が必要だと思ったらしい。
「……いったいなにを学んでいたのやら」
「漢文とか算術とか、詩歌も。
それに……」
「成績がよかったことは聞いている」
やはり素直に答える琳瑶の言葉を遮ってまで、双月はわざとらしく深く息を吐いてみせる。
それを聞いて琳瑶は (それは先生に?) と問い掛けてやめる。
黎家から派遣されていた家庭教師のことを思い出し、ある日突然辞めてしまった理由が気になったのだが、なんとなく訊いてはいけないような気がしたのである。
「だが東宮妃としては、それだけでは足りない」
「実はそのことでご相談があるのです!」
今だ! ……とばかりに張り切って声を上げる琳瑶に、双月はそっくりな顔で、そっくりな表情でほぼ同時に琳瑶を見る。
実際はともかく、それが琳瑶には 「なにか?」 と問われているような気がして、二人がなにか言うより早く言葉を継ぐ。
「わたしと結婚してください!」
「……は?」
「……あ?」
微妙に発声は違ったが、タイミングはばっちりな双子。
もちろん表情も同じである。
「ですから、わたしと結婚してください!」
寝ぼけていてちゃんと聞いていなかったのかと思い、琳瑶は馬鹿正直に繰り返す。
すると二人は、顔を見合わせることなく口々に言い合う。
「そなたは東宮妃になる」
「これは決定事項だ」
呼吸も意思の疎通もばっちりな双子だが、琳瑶も負けてはいない。
「でもでもでも、その、双月様と結婚したら東宮妃にならなくて済むんですよね?
だから……」
「何度も言うが、そなたが東宮妃になることは決定事項だ」
「これは二度と覆せない決定事項だ」
琳瑶の企みに気がついているのかいないのか、「決定事項」 であることを繰り返して強調する二人。
だが琳瑶も、それを覆すために色々と考えたのである。
そして決行すべく相談に来たのだが、当初の予定だった彩月ではなく、間違って双月の部屋に案内されたのが意外なほど幸いしたのである。
「だから双月様と結婚したいんです!」
「……なるほど、そういうことか」
屈することなく繰り返す琳瑶だが、亀の甲より年の功と言うべきか。
歳の差こそ七歳だが……いや、だからこそ琳瑶でも思いついた程度のことに気づかないわけがない。
片方が納得したように呟くと、もう一人も 「ああ」 と同意する。
「つまり皇太子妃を降りるために、わたしたちのどちらかと結婚しようとしているわけだ」
「はい!」
「しかも従兄弟が相手ならこのまま屋敷に住み続けられる」
「望みどおり叔母上のそばを離れずに済む、というわけか」
「はい、全くおっしゃるとおりです!」
隠すつもりなんて毛頭ない琳瑶は、腹芸なんてクソ食らえの勢いで馬鹿正直に答える。
しかも双月が求婚を受け入れてくれるという謎の自信に満ち満ちている。
もちろん琳瑶には根拠のある自信だったのだが、それはとんだ勘違いだったのである。
そっくりな二つの顔は琳瑶に冷ややかな視線を向ける。
だがその口が開くより早く寝室の扉がノックされた。
「兄上、よろしいでしょうか?」
双子の弟、彩月である。
寝乱れたままの寝間着を直そうともしない双月と違い、身支度を調えた彩月は爽やかな笑みを浮かべて部屋に入ってくる。
しかも今日は休日なので、いつもの官服ではなくいかにも貴族の子弟らしい上等な衣装をまとい、侍女を五人も連れていた。
「彩月か、盗み聞きとはいい根性だな」
「お気づきでしたか」
「そんな芸当が出来るようになったとはな」
「日頃の兄上たちのご指導の賜物でございます」
兄たちの嫌味ともとれる言葉に、彩月はにこやかに穏やかに返す。
それこそいつからそこにいたのか、全く気づいていなかった琳瑶は 「え? 盗み聞き?」 と呑気なものである。
実は琳瑶を間違って双月の部屋に案内してしまった侍女が、そそくさとどこかに行ってしまったのは自分の間違いに気づいたから。
もちろんそのあとは急いで彩月の部屋に知らせに行ったのである。
だから彩月は比較的早い段階から話を聞いていたが、双月が彼の存在にいつ気が付いたかはわからない。
わからないが、彩月のほうから出てくるまで知らん顔をしていたということは、別に琳瑶との話を聞かれてもかまわないと思っていたからだろう。
そのくせ 「盗み聞き」 なんて言葉で責めるのだから性格が悪い。
だが彩月も、そんな兄たちの性格を知っているから気にする様子もない。
双月はそんな口の減らない弟に 「感謝しろ」 などと返すから本当に性格が悪い。
「それを連れて部屋を出ろ」
「それはかまいませんが、もう少し休まれますか?
一応侍女たちを連れて参りましたが……」
どうやら彩月が五人もの侍女を連れてきたのは、双月の身支度をさせるためだったらしい。
もちろんもう少し休むなら琳瑶は自分の部屋に連れて行くし、当然侍女たちも下がらせる。
そう彩月が伝えると、まだ眠たげな様子だった双月は 「起きる」 と答える。
「わかりました。
では隣の部屋でお待ちします」
そう応えた彩月は琳瑶を促し、双月の侍女四人を残して部屋を出る。
すると先程までは誰もおらずがらんとしていた居室に、茶の支度が整えられていた。
「とりあえず兄上の支度が出来るまで待ちましょう」
そう声を掛けられた琳瑶は侍女に勧められるまま椅子に掛ける。
すると先に掛けていた彩月が琳瑶の侍女の一人に目を向ける。
「ああ、そなた……いえ、あなたが……」
すると琳瑶のすぐ横についていた侍女が、両手を組んで彩月に向けて頭を下げる。
「先日の活躍は聞いたよ。
よく琳瑶を守ってくれた」
先日、琳瑶を訪ねてきた泰晶春が刃物を持ちだした時、琳瑶や薔薇を守るため、とっさに手に持っていた茶銚を晶春に投げつけて湯を浴びせたあの侍女である。
彼女のおかげで他の侍女たちも我に返り、湯を被った晶春が怯んでいるうちに隣の次の間で控えていた家人たちを引き入れることが出来たのである。
もちろん一番の功労者は真っ先に懐剣に気がついた薔薇である。
彼女の機転がなければ琳瑶はどうなっていたかわからない。
だが娘を守りたい一心の無茶は、そのあとの侍女の行動がなければ琳瑶共々どうなっていたかわからない。
そう考えれば彩月が褒めるのも当然である。
「いえ、当然のことをしたまででございます」
だが当の侍女は頭を下げたまま控えめに応える。
それが自分の務めだと。
「今後ともよろしく頼むよ」
「もったいないお言葉でございます」
「ところで琳瑶」
侍女と彩月の短いやり取りを笑顔で聞いていた琳瑶は、唐突に向けられる彩月の言葉に 「はい?」 と間の抜けた顔で、気の抜けた返事をしてしまう。
「女性からの求婚をするなんて……しかもあんなに堂々と。
ほんっと、あなたはなにを考えているの?」
まさか彩月から説教をされるとは思っていなかった琳瑶は、すぐに言葉を返すことが出来なかった。
さらには身支度を調えた双月からも説教をされることになるとは……。




