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灰かぶり媛の奇縁譚  作者: 藤瀬京祥
灰かぶり媛の後日譚

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第参話 三つの月・前

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

彩月(さいげつ)様のお部屋に遊びに行ってもいいですか?」


 琳瑶(りんよう)がそんなことをおねだりしたのは、あの日から四日ほど経ってからのことである。

 もちろんあの日とは、(たい)晶春(しょうしゅん)が琳瑶を訪ねて黎家(れいか)本家屋敷にやってきて暴挙に出たあの日である。

 その後の晶春のことはわからないまま。

 あえて琳瑶も尋ねなかったし、薔薇も、二人を案じて様子を見に来ていた(れい)楊慶(ようけい)もなにも言わなかった。

 琳瑶が訊けば教えてくれたかもしれないけれど、あの暴挙の目的をあとで楊慶から聞いてほとほと愛想が尽きていたから、あえて訊かないことにしたのである。


 そんな日から四日ほど経ったこの朝、朝食を終えたところで侍女の一人が薔薇(そうび)に声を掛けた。

 厨房でなにかあったらしく、椅子に掛ける薔薇のすぐうしろに立って耳打ちする。

 すると大きく頷いた薔薇は、同じ卓に着く琳瑶に話し掛ける。


「琳瑶や、母はちょっと厨房に顔を出してきます」

「わかりました。

 彩月様のお部屋に遊びに行ってもいいですか?」

「彩月の?」


 琳瑶が珍しいことを言い出したので、薔薇はちょっと驚いた顔をする。

 まだ正式なお披露目はしていないが、黎家内で琳瑶の養子縁組は決定事項である。

 つまり彩月と琳瑶は義理の兄妹となる。

 だからといってことさら仲良くするようにとは誰も言わないが、いずれ皇太子妃として王宮に上がる琳瑶にとって三人の義兄は、養父となる東雲(とううん)と同じくらい心強い後ろ盾である。

 そう考えると、王宮に上がる前に義兄妹の親睦を深めておくのもいいだろう。


 しかもそれを琳瑶から言い出したのである。

 相手が双子の兄たちではなく彩月であることも丁度いい。

 さらに丁度いいことに、彩月は今日一日休みだともきいている。

 それこそ双月たちとは違い、物わかりがよく気の好い彩月なら、少しの時間なら琳瑶の話し相手をしてくれるだろう。


「わかりました。

 ああ、でも気をつけなさい」


 そう言って薔薇が注意したのは、彩月の双子の兄、双月(そうげつ)と呼ばれる蒼月(そうげつ)橙月(とうげつ)のことである。

 二人は昨夜遅くに屋敷に戻ってきたらしく、おそらくまだ休んでいる。

 彩月の部屋は双月と同じ東の離れにあり、離れているとはいえあまり騒ぎすぎて二人の気に障らないようにしなさい、と。

 だが 「はい!」 と元気よく返事をしたはずの琳瑶は、なにをどう間違えたのだろう。

 双月の部屋を訪れてしまったのである。


 少し前に入ったばかりの侍女を含めた数人を連れて、母屋を通り抜けて東の離れに辿り着いたのだが、先触れに出した西の離れの侍女と、それを受けて彩月の許に伺いに行ったはずの東の離れの侍女。

 そして到着した琳瑶たちを出迎えた東の離れの侍女。

 どこで誰が間違えたのか、琳瑶が案内されたのは双月の部屋だったのである。


(誰もいない?)


 案内されるままに廊下を進んだ琳瑶は、促されるままに取り次ぎの間を抜けて居室へと入る。

 だがそこには彩月の姿はもちろん、侍女の姿もなかった。


 突然の訪問だったから支度に時間が掛かっているのかもしれない。

 それなら支度が出来るまでのあいだを取り持つための侍女がいてもよさそうなものだが誰もおらず、となりにある寝室とのあいだを仕切る扉は固く閉ざされ、まるで人の気配を感じさせない。


 急いで茶の支度をしに行ったのかもしれない。

 東の離れには厨房がないから、母屋まで湯を沸かしに行っているなら少し時間は掛かりそうだが、待てど暮らせど誰も来る様子がない。

 それどころか案内してきた侍女までがそそくさと席を外してしまったのである。


(どういうこと?)


 口にこそ出さなかったけれど首を傾げていたから、琳瑶が考えていたことは付き添う侍女たちにもわかっただろう。

 その中でも少し前に入ったばかりの新しい侍女がなにか言い掛けるが、琳瑶はずんずんと部屋を進み、やはりその侍女が止めるより早く寝室へと続いているはずの扉を開けてしまう。


 そっと扉を開けて覗きこむと、まるで人の気配を感じない室内だが、奥まったところにある寝台に不自然な盛り上がりがある。

 誰か横たわっている……と思って琳瑶が覗きこんでいると、低く少しくぐもった声が聞こえてくる。


「誰だ?」


(あれ?

 この声は……)


 誰の声かはわからないけれど、彩月の声ではない。

 少しくぐもっていてひどく不機嫌そうだが、間違いなく彩月の声ではない。

 だが少し似ているような気がする。


「……誰だと訊いている」


(まずい、かな?)


 今更ながら気まずさを覚えた琳瑶は、止めようとしてくれた侍女をチラリと見る。

 すると侍女は黙ったまま大きく頷いて応える。

 琳瑶は深呼吸を一つ、それから扉を開いて寝室に足を踏み入れる。


「琳瑶です」

「リン……」


 不機嫌そうに聞こえた声は、どうやら眠かっただけらしい。

 低く琳瑶の名前を復唱しようとして気がついたらしく、溜め息のように 「え?」 と漏らす。

 それから寝台の上に見えていた盛り上がりがゆっくりと動き、双月のどちらかが姿を現わす。


「琳瑶……」

「はい」

「どうして……」


 おそらくどうしてここにいるのか? ……と尋ねたかったに違いない。

 だが最後まで言い終える前に不自然な盛り上がりがまたモゾモゾと動く。

 この時になってようやく琳瑶も気がつく。

 寝台の上の盛り上がりが不自然だったのは、そこにいるのが一人ではなく二人だったからである。


(もう一人いるっ?

 え? ……誰っ?!)


 さすがの琳瑶もこれはまずいところに来てしまったと気づく。

 もちろんこの時に思い出したのは誠豊(せいほう)元皇太子と蘇妃(そひ)……ではなく()栄娘(えいじょう)の逢い引きである。

 双月にも彩月にも、妻はもちろん婚約者もいないことは、お喋りな薔薇や楊慶からリサーチ済み。


 だが親の知らない恋人がいたのかもしれない。

 さらにはつい先程薔薇から、双月は昨夜遅くに屋敷に戻ってきたと聞いたところである。

 その時にこっそり連れ込んでいたのかもしれない。

 だとしたら昨夜は逢瀬を楽しんでいた……といっても琳瑶には具体的なイメージが浮かぶわけではなく、ただただまずいところに来てしまったと思って顔を青くして焦る。


 先に 「誰か?」 と琳瑶に問うた双月の言葉が半端に切れたのは、どうやら向こう側に横たわっているもう一人の誰かが声を掛けたかららしい。

 なにを言っているのかはわからないけれど、静まりかえった室内に、人の声のようなものがかすかに聞こえる。

 乱れた寝間着姿の双月は寝台の上で上体を起こし、顔に掛かる髪を掻き上げながらその人物を見下ろし、気怠げな表情と声で声を掛ける。

 そこで意外なことが発覚する。


「起きろ、蒼月(そうげつ)


 声を掛けられているのが蒼月なら、声を掛けているのが橙月(とうげつ)ということになる。

 だが問題はそこではない。


(え?

 蒼月様?

 え?

 一緒に寝てる?

 え?

 双月様、一緒に寝てる?)


 琳瑶の動揺をよそに、双月の向こう側にそっくりな顔をしたもう一人の双月が上体を起こす。


「どうした、橙月」

「琳瑶がいる」

「リン……」


 橙月と全く同じ反応をする蒼月は、橙月の言葉を復唱しかけたところで偶然琳瑶と目が合い、やはり 「え?」 と声とも息ともつかぬ音を漏らす。

 そして流れる気まずい沈黙。


「……琳瑶」


 声だけではどちらかわからないが、琳瑶に顔を向けている橙月の口は動いていなかったから、うつむいている蒼月が話しているのだろう。

 重々しく沈黙を破ってくる。


「はい」


 いけないものを見てしまった自覚がある琳瑶はどんな顔をすればいいのかわからず、口元を引き攣らせながら応える。


「どうしてここにいる?」

「……どうして、でしょう?」


 それは琳瑶が訊きたいことである。

 彩月の部屋を訪ねるはずだったのになぜか双月の部屋に案内され、挙げ句には双月のあられもない姿を見せられたのである。

 他になんと答えればよかったのだろう……。

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