第弐話 灰かぶり媛のかぐや譚 ー復縁要請・後
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「吾子になんの用です?」
「琳瑶に……その、泰家に戻って欲しいんです」
「嫌です」
なにを言い出すのかと思ったら……と呆れる琳瑶は、間髪を置かずに返す。
こればかりは再考の余地などないから迷うこともない。
薔薇に続いて琳瑶にまでぴしゃりと返されて晶春はガックリと肩を落とすが、ここで諦めて帰るわけにはいかない。
なんとしても琳瑶を泰家に連れ帰らなければならないのである。
そう思って残る気力を振り絞るように声を張り上げる。
「琳瑶!
ならば……ならばせめて、一度屋敷に来てくれないか?」
「どうしてですか?」
「叔父上が今回の件でひどく落ち込まれて、体調も思わしくないらしい」
ここまでを言って一度言葉を切った晶春は、琳瑶が 「お父様が?」 と呟くように言うのを聞いてまくし立てる。
「気になるだろう?
蘭花は今回の件で寺に入れられてしまったし、艶麗殿は叔父上と離縁してご実家に帰ってしまわれて、もう叔父上には琳瑶しかいないんだ。
だからせめて見舞ってやってはもらえないだろうか。
その、数日でもいいんだ。
そばにいて励まして差し上げて欲しいんだ」
「でも……」
「叔父上は、琳瑶にとってたった一人の父君だろう?
その父君が淋しい思いをしておられるのだ。
娘として慰めて差し上げるべきじゃないか?
その、薔薇殿と離縁されてからこれまでずっと、琳瑶が淋しくなかったのは叔父上がいてくださったからだろう?
だったら今度は琳瑶が娘として親孝行をするべきだよ。
こういう時こそ恩返しをしないと」
琳瑶を説得するため、少し早口に綺麗事を並べ立てる晶春。
その口から吐き出される言葉や話し方を聞いていて、琳瑶は心の中で納得する。
(ああ、この話し方、お父様と同じ)
父昌子と離縁をして薔薇が実家に帰ったあと、昌子はずっと琳瑶に言い続けてきた。
いずれ薔薇は再婚をする。
だがそのためには子どもがいては邪魔だから、琳瑶は昌子の許にいなければならない……そう琳瑶に言い聞かせてきた。
その話し方であり、やり方である。
だが今の琳瑶は、昌子や泰家にとって都合のいいことを何度も何度も言い聞かされ、思い込まされてしまった五歳児ではない。
だから晶春の言葉を真に受けて泰家に父を見舞えば、もう黎家に戻ってこられなくなることは容易に想像がついた。
それに昌子たちの仕打ちですでに愛想も尽きている。
親子の情も残っていない。
晶春は、琳瑶が下女として後宮に放り込まれたことを知らないのかもしれない。
だから情に訴えればなんとか丸め込めると思っているのかもしれない。
あるいは知っていて知らない振りをしているのかもしれない。
知っているからこそ必死になっているのかもしれない。
だが琳瑶は、そんなことすらどうでもいいくらい泰家への未練はなかった。
「わたしは行きません」
「琳瑶、そんな冷たいことを言ってはいけないよ」
なんとしても琳瑶を説得したい晶春は食い下がるけれど、琳瑶の決意は固い。
さらにそこに薔薇が 「黙らっしゃい」 と声を荒らげる。
「なにが淋しい思いをしなかったのは父君のおかげじゃ?
吾子はずっと淋しい思いをしていたではないか!」
「薔薇様?」
「知らぬとは言わせぬぞ、晶春殿。
昌子殿や艶麗殿が吾子にどんな仕打ちをしていたか」
「それは……」
やはり晶春は知っているらしい。
だから反論しかけて言葉に迷う。
そこに薔薇が容赦なく言葉を浴びせる。
「元々昌子殿に男子が生まれなければ、そなたが入り婿として蘭花と結婚することになっていた。
その蘭花を失って、慌てて琳瑶を取り戻しに来たのであろう?」
「そのようなことは決してございません。
泰家はすでに昌美が継いでおりますから、蘭花と結婚しなくてもわたしが後継者です」
「そう言えばそうであったな」
拍子抜けするほどあっさりと納得する薔薇にホッと胸をなで下ろす晶春だが、泰家が琳瑶を諦められないように、薔薇が琳瑶を手放すはずがない。
納得したように見せかけて、実際は全く納得していない。
そして琳瑶が、一度泰家に行けば二度と黎家に戻れないことをわかっているように、薔薇もまた、ここで琳瑶を泰家に行かせれば二度と取り戻せないことをわかっていた。
「もっとも、だからと言って見舞いになど遣るつもりはないがな」
「ですが薔薇様……」
「黙らっしゃい!
昌子殿がそうだったように、昌美殿も吾子がいれば黎家の助けをあてに出来ると考えているのであろう?
似た者兄弟じゃ」
「なんのことでしょう?」
図星を指されたらしい晶春は焦った様子で誤魔化そうとするが、その程度の言葉で誤魔化される薔薇ではない。
「大方昌美殿は、琳瑶をそなたと娶せようとでも考えているのであろう?
そなたにとっても、蘭花より琳瑶のほうが都合がよいからな」
茶家出身の母を持つ蘭花より、黎家出身の母を持つ琳瑶のほうが当然利用価値は高いが、それ以上に晶春は蘭花の性格を持て余していたのだろう。
この二人の様子は、薔薇も泰家で暮らしていた頃に見て知っていた。
さらなる図星にぐうの音も出ない晶春だが、黙り込んだのはほんのわずかな時間のこと。
清々しいほどの開き直りを見せてくる。
「……そこまでおわかりなら話は早い。
琳瑶をわたしの妻にください」
「断る」
率直な求婚に薔薇も率直に返す。
「なぜです?
薔薇様の娘とはいえ、琳瑶の父が叔父上であることに変わりありません。
その、黎家の名を使っても、あまりいい縁談が来るとは思えません」
それならいっそ自分の妻になったほうが……などと続ける晶春を、薔薇は 「笑止!」 と一蹴する。
二人の話を黙って聞いていた琳瑶も佳澄が言っていた 「泰家の娘」 という言葉を思い出すが、よくよく考えてみれば、琳瑶はこのままずっと薔薇と一緒に過ごすことを望んでいるのである。
だから縁談など必要なかった。
むしろ邪魔である。
そんなことを考えている琳瑶をよそに、晶春の説得を一蹴した薔薇は続ける。
「吾子の縁談をそなたが心配する必要はない。
むしろご自身の心配をしてはどうか?
今の泰家では嫁の来てがあるまい」
折角の跡取りも、嫁の来てがなければ意味がないと薔薇はせせら笑う。
それはかつて、男児の出産を巡って昌子から受けた仕打ちへの意趣返しかもしれない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというけれど、きっと薔薇にとっては 「昌子憎けりゃ泰家まで憎い」 のだろう。
「そこまでおわかりでも琳瑶を妻に頂けないとおっしゃるのですか?」
清々しいほどの開き直りから、今度は泣き落としでもしようというのか。
晶春は情けない顔をして声を震わせる。
だが薔薇はもちろん、琳瑶も動じることはなかった。
「当然じゃ。
吾子の身の振りは母であるわたくしが責任を持つこと。
まかり間違っても、今更泰家になど渡しはせぬ」
「それならば……」
不意に思い詰めた表情で、声で呟いた晶春は、おもむろに懐に手を突っ込んだと思ったらなにかを取り出して立ち上がり、そのうしろで倒れた椅子がけたたましい音を立てる。
黒っぽい棒状のなにかを握っている……と琳瑶が考えている隣で、美しい顔を瞬時に険しくした薔薇が腰を上げ、こちらもそのうしろで倒れた椅子がけたたましい音を立てる。
「させぬ!」
薔薇が険しい声をあげるのとほぼ同じタイミングで黒っぽい棒状のなにかを両手に握った晶春が腕を開くと、鞘が抜けて銀色に光る刀身が現われる。
ようやくのことで琳瑶はそれが懐剣だと気づくが体が動かない。
隣で立ち上がっていた薔薇は、晶春とのあいだにある卓を力一杯向こう側へ押して、琳瑶に斬り掛かろうとする晶春の動きを止める。
天板を転げ落ちた湯飲みが床に落ちて割れ、甲高い音を立てる。
「お母様!」
卓を挟んで近づいた薔薇と晶春。
その凶刃が薔薇に向かうのを見て琳瑶が声をあげるのとほぼ同時に、戸口にいた侍女の一人が、手に持っていた茶銚を晶春に投げつける。
「あ! ……つ」
茶を淹れたあとに残っていた湯を被って怯んだ晶春が、それでも気を取り直した時には、廊下に控えていた家人たちに取り押さえられていた。
用件がわかれば摘まみ出そうと思って薔薇が控えさせていたのだが、まさかこんな形で役に立つとは薔薇も想定外。
きっと控えていた男たちも、こんな形で出番が来るとは思っていなかったに違いない。
「違う!
違うんだ!
放せ!」
屈強な男たち数人に取り押さえられる晶春は、それでもなにか声を張り上げながら足掻く。
渾身の力で暴れる晶春と容赦なく取り押さえる男たち。
踏み鳴らされる床や叩きつけられる壁が激しい音を立てる。
すでに薔薇と晶春のあいだにあった卓は倒され、少し前まで晶春がすわっていた椅子も部屋の隅まで吹っ飛ばされている。
その騒動の中、琳瑶は茫然と椅子にすわっていた。
駆け付けた男たちに晶春を任せた薔薇は、最初は肩で息をして立ち尽くしていたが、そんな琳瑶に気づくと慌てて抱きしめる。
「琳瑶や、もう大丈夫ですからね」
この時ばかりは琳瑶も、いつものようにいい匂い……なんて恍惚に浸ることはなかったけれど、しばらくしてようやく我に返る。
そしてハッとする。
「お……お母様、け、がは……」
「大丈夫、大丈夫ですよ。
母に怪我はありません」
変なところに力が入ってうまく声を出すことが出来なくて、それでも必死に尋ねる。
すぐに返される薔薇に言葉にようやく全身の力が抜ける。
そして家人に取り押さえられた晶春を恐る恐る見る。
床に押さえ付けられた晶春もまた、顔だけを上げて琳瑶を見ていた。
「助けてくれ琳瑶」
「晶春……」
「本当に違うんだ。
ちょっと傷を付けようとしただけなんだ」
晶春は琳瑶や薔薇を殺そうとしたのではなく、琳瑶に傷を付けようとしただけ。
それこそ顔にでも傷が出来れば嫁のもらい手がなくなる。
そうすれば本格的に嫁ぎ先がなくなり、自分の妻になると考えたのである。
もちろん傷は顔でなくてもいい、少し痕の残る傷なら。
黎家も、傷を付けた責任を取らせるという形で琳瑶を晶春に嫁がせるだろう。
そう考えたらしい。
「この、痴れ者が!」
刃物を持ち出した目的を白状したあとも、また開き直ってグダグダと言い続けていた晶春だったが、薔薇の一喝で我に返って黙り込む。
そればかりか自分のしたことの意味にも気がついたのかもしれない。
今度は顔を青くして、さっき以上に声をあげて言い訳を並べ始める。
「違うんです!
本当に違うんです!
待ってください、薔薇様!
琳瑶、話を聞いてくれ!」
侍女たちに促され、守られるように部屋を出て行く薔薇と琳瑶。
このあと部屋に戻った二人は、王宮にいた東雲と彩月が急いで屋敷に戻ってきたことを聞かされる。
だがそれ以上のことは、少なくとも琳瑶は聞かされなかった。
薔薇は東雲から聞いて知っていたかもしれないが琳瑶には話さなかったし、琳瑶も聞かなかった。




