第壱話 灰かぶり媛のかぐや譚 ー復縁要請・前
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「わたしが黎家の一の媛!
このわ、た、し、が!」
そんなに誇張されなくても佳澄の言っている意味はわかる。
佳澄の父黎芳雲は先代当主黎陽照の三男で、現在の当主は長兄である黎東雲。
だが東雲には蒼月、橙月という双子に彩月という息子の三人がいるだけ。
東雲のすぐ下の弟に当たる翔雲も暉清と虹秀という息子だけで娘はいない。
今回、お披露目はまだとはいえ、琳瑶と東雲・楊慶夫婦の養子縁組が決まったが、琳瑶は、佳澄はもちろん、彼女の妹である佳流よりも歳下。
だから佳澄が 【黎家の一の媛】 の座に納まるのはわかる。
わかるのだが……
「それがなにか?」
思わず疑問が口を突いて出る。
即座に佳澄が 「なにかですってっ?」 と眉を吊り上げ、声を張り上げるのを聞いて琳瑶はうんざりする。
思わず漏れてしまった本音だが、言わなきゃよかったと後悔したのである。
結局佳澄が言いたいのは、一の媛である自分を差し置いて琳瑶が優遇されていることが気に入らない、そういうことだろう。
だがそれだって今まで一の媛として佳澄が家内で優遇されていたところに琳瑶が現われその座を奪ったというのならまだしも、どう見ても家長である東雲は佳澄・佳流姉妹を無視している。
家内も、下働きを含めて全員がそれを承知しているようにも見える。
そんな状況で 【黎家の一の媛】 を主張されても、琳瑶としては 「それがなにか?」 としか返しようがなかった。
他にあるだろうか?
元々佳澄も佳流も北の離れから出ることを禁じられているのだが、家人の隙を見つけては母屋に入り込み、さらに西の離れまで足を伸ばしてくるのである。
毎日のことではないけれど、いい加減うんざりもしてくる。
その上でこんな主張をされても 「それがなにか?」 以外の言葉が出てくるはずもなかった。
佳澄のほうもオウム返しに声を張り上げたものの言葉が続かず、ぐっとなにかを飲み込む。
「……泰家の娘のくせに……」
苦し紛れにようやく吐き出した……と思ったら、佳澄はこの言葉を切っ掛けに反論を始める。
「そうよ、お前なんて泰家の娘のくせに、どの面下げてこの屋敷にいるつもり?
さっさと出て行きなさいよ!」
泰家の娘
正月には正式に黎東雲の養女としてお披露目されることが決まっている琳瑶だが、きっとずっと言われ続けるのだろう。
陰で泰家の娘、と。
琳瑶もわかっていたが、この時はまさかその泰家にまでつきまとわれることになるとは思わなかった。
「わたしこそが黎家の一の媛。
この屋敷で一番大事にされるべき媛なのよ」
確かに一の媛を大事にする家は多い。
しかも家格が高ければ高いほどその傾向が強く出るが、それはただ大事にされるだけの存在としてではない。
よりより縁を結んで家の役に立つことを望まれているからである。
実際に北の離れでは、琳瑶を現皇帝に嫁がせて後宮や皇族とのつながりを強くし、その上で佳澄を皇太子に嫁がせることを企んでいた。
その企みに気づいていた黎東雲・翔雲兄弟は失敗を見越して見ぬ振りをし、泰昌子が兄弟の思惑どおりに事を失敗に終わらせてくれたのである。
そして東雲・翔雲兄弟は、その失敗の上で次の皇太子となる碧霞に琳瑶を嫁がせることまでを企んでいた。
もともと東雲・翔雲兄弟と末弟の芳雲の仲がよくないことが原因だろうが、このことからも佳澄は 「黎家の一の媛」 という扱いを受けていない……いや 「黎家の一の媛」 ではないことがわかる。
ここまでを考えて琳瑶はあることに気づく。
(なるほど、だから自分で 「一の媛」 だと主張してるんだ)
佳澄は 「黎家の一の媛」 と扱われていないし、そのことを本人も知っているからことさら言葉に出して主張し、周囲に理解、あるいは周知させようとしているのではないか?
そう思ったのである。
だが使用人というのは主人の顔色や言動に敏感である。
屋敷の主人であり黎家の当主である東雲はもちろん、妻の楊慶、それに三人の息子たち。
さらには別に屋敷を構えている翔雲一家。
財力も権力も持っている二家族全員で一致している芳雲一家の扱いに、今更佳澄一人……いや、芳雲一家が足掻いたところで扱いが変わるはずもない。
だからこそ佳澄は毎日のように西の離れに押し掛けて、琳瑶に喚き散らしているのだろう。
むしろ琳瑶が黎家に来たことで、主張する場所、あるいはタイミングを得たのかもしれない。
きっと琳瑶に喚き散らし、周囲にも聞かせているのだろう。
耳を傾けている使用人などほとんどいないだろうが……。
そんな佳澄を筆頭に芳雲一家には、間違っても問題の皇太子と琳瑶の縁談が進んでいることはもちろん、先日、その皇太子がお忍びで黎家の本屋敷を訪れたことは秘密である。
だが琳瑶が東雲の養女になることは知っているらしい。
屋敷中が冬支度に合わせて正月準備をすするめる中、琳瑶のお披露目の準備も並行して行なわれているからどこかで耳にしたのだろう。
こんなことを言い出した。
「東雲おじ様の養女になるといっても所詮は泰家の娘。
泰家の娘には、せいぜい泰家の息子がお似合いよ」
そんなことを言う佳澄は、不出来とこき下ろす弟の鹿涼ですら琳瑶にはもったいないと嘲笑う。
琳瑶はまだ佳澄の弟鹿涼とは会ったことはないが、この数日後、勝手知ったる泰家の息子と再会することになった。
「泰晶春様とおっしゃっていますが……」
来客を報せに来た侍女は、琳瑶と一緒にいた薔薇の問い掛けに歯切れ悪そうに答える。
手習いの筆を持つ琳瑶の手に手を重ねて筆蹟を教えていた薔薇は、琳瑶に 「筆を置きましょう」 と声を掛ける。
それから侍女を見てゆっくりと返す。
「晶春殿ですか」
呟くように言った薔薇が口をへの字に結ぶと、室内には気まずい沈黙が流れる。
それはずいぶん長い時間だったような気もするけれど、実際はそれほど長い時間ではなかったのかもしれない。
ただただ空気の重さに琳瑶と侍女は息苦しさを覚えた。
「……わかりました、わたくしも同席します。
支度を」
「かしこまりました」
一礼をした侍女が慌ただしく退室すると、薔薇は思案げに琳瑶を見る。
「お母様?」
「……吾子はそのままでも十分に可愛いのですが、ここはやはり見せつけるべきでしょう」
それがどういう意味なのか?
そう琳瑶が尋ねるより早く、薔薇の意を心得た侍女たちが琳瑶の背を押して衣装部屋へと押し込める。
そしてずらりと並んだきらぎらしい衣装の中から、今日は控えめの柄が選ばれる。
もちろん選んだのは薔薇で、控えめというのも黎本家一家と対面した時や、碧霞との面会時に着ていた衣装と比べれば控えめという意味である。
その衣装に合わせて侍女たちが帯や小物を持ってきて、琳瑶が身支度を調え終えた時には来客の報せがあってから軽く半時は過ぎていた。
だが薔薇が言うには 「約束もなく突然押し掛けてきたほうが悪いのです」。
だから半時はもちろん、一時くらい待たせても気にする必要はないと強気である。
おそらく待たせている相手が泰晶春ということも強気の理由だろう。
ようやくのことで琳瑶が薔薇を伴って応接間に現われると、落ち着かない様子で待っていた青年は、一瞬はホッとした顔を見せたものの、一緒にいる薔薇を見て表情を強ばらせる。
そして喉につっかえていた言葉を吐き出すように声をあげると、慌てて立ち上がり、薔薇を見て礼をとる。
「……こ、これは薔薇様!」
「……久しゅうありますね、晶春殿」
なにか言いたげな間を置いて挨拶を返す薔薇。
その全身からは、隠すことなく不穏な空気が放たれている。
そんな二人のあいだに立たされた琳瑶は気まずさを覚えるが、なにを言っていいのかわからず沈黙を守っていると、晶春がチラリと琳瑶を見てくる。
その目が助けを求めているような気がしたが、琳瑶は気まずさを覚えながらもぎこちなく逸らせる。
助けてもらえないということでようやく諦めがついたのか。
あるいは覚悟が出来たのか。
客人の青年は、表情を強ばらせながらも薔薇に話し掛ける。
「あの、薔薇様、少し琳瑶と話をさせていただきたいのですが……」
「ええ、少しの時間でしたら」
「出来たら琳瑶と二人で……」
ここでまた青年はチラリと琳瑶を見る。
おそらく琳瑶に同意して欲しいのだろう。
そうすれば薔薇を説得出来ると思ったに違いない。
だが琳瑶はあえてそんな思惑を外し、体の向きを変えて薔薇を見る。
そして大好きな大好きな薔薇と目を合わせると麗しい笑みが返ってくる。
とっさにいつものように 「お母様、大好き」 と言いそうになってしまうのを慌てて口を押さえて堪えると、薔薇は琳瑶に向けた笑みを一変させて青年を見る。
「大事な娘を男と二人きりになどさせられるわけがないでしょう」
「そんな、わたしと琳瑶は従兄弟で……」
「だからなんだというのです」
客人の青年、泰晶春は琳瑶の実父泰昌子の弟泰昌美の息子だが、泰家が混乱の渦中にあるせいか、声に張りはなく、顔色や表情も精彩に欠けている。
年齢は十六、七歳くらいだから彩月と同じ年頃のはず。
だが疲れているのか、琳瑶や薔薇の目には老けて見える。
もちろんだからといって同情するつもりはなく、琳瑶と二人きりにするつもりもない。
従兄弟同士であっても、である。
おそらく薔薇には、部屋に入った時の晶春の顔を見て、訪問の目的のようなものがわかったのだろう。
薔薇にぴしゃりと返され、晶春は再び言葉を飲む。
再び気まずい沈黙が流れると、琳瑶薔薇母子に付き従う侍女が声をかける。
「薔薇様、いつまでも立ってお話しするものなんでございますし、ひとまずはお掛け遊ばされてはいかがでしょう?」
そう言ってもう一人の侍女と一緒に空いている椅子を勧める。
小さく息を吐いた薔薇が 「そうですね」 と低く応えて椅子に掛けると、ならって琳瑶も椅子に掛ける。
するとそこにすかさず別の侍女が、二人の前に湯飲みを置く。
また別の侍女が、すでに出されていた晶春の湯飲みを回収して新しい湯飲みを置く。
それらの作業が一通り終わると侍女たちは入り口近くに揃って控える。
ここまでを待って薔薇から改めて口を開く。
「……それで晶春殿、本日はどのような用件で吾子をお訪ねか」
「その……もちろんこのようなことをお願いするのは厚かましいとわかっているのですが、もう他に打つ手がなく……」
「前置きは結構です」
この後に及んで言い訳のようなものをタラタラと並べ始める晶春を、またしても薔薇がぴしゃりと言って阻む。
「吾子になんの用です?」
「琳瑶に……その、泰家に戻って欲しいんです」
「嫌です」
琳瑶の返事に迷いはなかった。




