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灰かぶり媛の奇縁譚  作者: 藤瀬京祥
伍章

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第拾玖話 婚約成立 ー前代未聞の東宮妃

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!

「わたしの約束はそれで果たせるけれど、あなたにも約束を果たしてもらわないと」

「約束?」


 むしろその確認のためにわざわざ足を運んだと言っても過言ではない碧霞(へきか)だが、琳瑶(りんよう)にはなんのことかわからない。

 キョトンとする琳瑶を見て碧霞はにっこりと笑う。

 どうやらこの状況は想定内だったらしい。


「やはり直接会いに来てよかったよ」

「あの、他にもなにかありましたっけ?」


 本当に心当たりのない琳瑶は少し焦り気味に問い返すけれど、碧霞も自信たっぷりに 「ありました」 と返す。

 そして続ける。


「年が明けると十三だから、あと二年後だね。

 あなたには東宮妃として春宮に来ていただく」

「嫌です」


 間髪を置かず、それこそ条件反射のように返す琳瑶に、同席する彩月(さいげつ)はギョッとする。

 だが碧霞にはこれも想定内だったらしい。

 気にすることなく続ける。


「二年のあいだに、存分に母君に甘えておくといい。

 もちろん花嫁修業もしてもらうけど……そういえばあなた、また夜泣きをしたんだって?」

「してません!」

「そうなの?」


 なぜか碧霞は彩月を見て確かめる。

 すると落ち着かない様子で二人の会話を見守っていた彩月が、浮かない顔で答える。


「夜泣きはしていませんが、寝ぼけて叔母上を探して離れ中を走り回ったと聞いております」

「彩月様!」


 後宮を逃れて黎家(れいか)に来た日のことである。

 彩月に抗議の声をあげる琳瑶だが、碧霞は気にすることなく 「ああ、そうなの?」 と普通に返す。


「まぁその程度なら可愛いものだね。

 昔は十二でも十三でも宮に上がっていたらしいけど、月の物が来ていないお稚児に手を出しても種の無駄遣いになるのにねぇ」

「太子!」


 慌てて止める彩月だが遅かった。

 声をあげた時にはすでに全てを言い終えており、琳瑶は固まっている。


「なに?」

「なにって……その、言わなくてもいい一言を言ってしまうその癖、なんとかなりませんか?」

「ならないよ」


 そう言って碧霞はクスッと笑う。


「そういえば双月にもよく言われてるねぇ」

「是非とも直してください。

 琳瑶もすっかり固まっているではありませんか」

「まだまだ子どもだと思っていたけれど、実は微妙な年頃だったりする?」

「ですから太子、そういうところです」


 彩月の改めての指摘に、碧霞は楽しそうに笑うだけ。

 決して 「直す」 とは約束しない確信犯である。

 そして琳瑶も琳瑶である。


「……あの、ひょっとして、その、つ……」

「月の物?」


 言いづらそうな琳瑶と違い、碧霞は平然とした顔で言ってのける。

 琳瑶は 「それです」 と言わんばかりに何度も忙しく頷く。


それ(・・)が来なければ東宮妃にならなくてもいいということですかっ?」

「そんなわけないでしょ」


 表情を強ばらせて何を考えていたのかと思ったら……と呆れる碧霞に、これは彩月も同意らしい。

 力のない苦笑いを浮かべて小さく息を吐く。

 だが琳瑶は本気である。


「ダメなんですか?」

「あなたの東宮妃は決定事項だからね」

「そんな……」

「この世の終わりみたいな顔をしても無駄だよ。

 次の正月に、あなたは(れい)大人(たいじん)の養女として正式にお披露目をしてわたしは立太子。

 そこであなたの東宮妃決定が公表されることになっている」


 するとここで琳瑶が 「ん?」 という顔をする。

 それに碧霞と彩月も気がつき、碧霞が尋ねる。


「どうかした?」

「……碧霞様、皇太子になるんですか?」

朱麗前皇太子(第一太子)が亡くなって、誠豊元皇太子(第二太子)が廃されてしまったからねぇ。

 だからといって皇太子位は空位に出来ないから、お鉢が第三太子(わたし)に回ってきたんだよ」


 秀でた才があるわけでもなく、望まれたわけでもない。

 ただの順番だという碧霞を彩月が 「太子」 と窘めるけれど、碧霞は肩をすくめてみせるだけ。

 肝心の琳瑶はといえば小さな頭で色々と考えたらしい。

 ようやく出た結論を口にする。


「つまりわたし、碧霞様の奥さんになるんですか?」

「そう約束しただろう?」

「いつですか?」

「あの夜に」


 髪飾りは、今は返せないけれどいずれ返すこと。

 眠ってしまうから菓子を食べてはいけないこと。

 そして碧霞の妻になること。

 それがあの夜に碧霞と琳瑶が交わした三つの約束である。


「なぁに?

 わたしの妻だったらおとなしく春宮に来てくれる?」

「嫌です」


 忖度の欠片もなく自分に正直に返す琳瑶に彩月は慌てるけれど、碧霞が軽く手を上げて制する。


「つれないねぇ。

 なにがそんなに嫌なんだい?」

「わたしはお母様と一緒にいたいんです。

 だから春宮には行きたくありません」


 金平糖が入った小瓶を握りしめて宣言する琳瑶だが、碧霞は怒るどころか穏やかに笑ってそんな琳瑶を見ている。


「でも約束は約束だからねぇ」

「琳瑶、そなたの東宮妃は決定事項です。

 ここで駄々をこねても覆りません」


 あまりにも碧霞の言葉はのどかで説得力がないため、代わりに説得するべく横から彩月が口を挟んでくる。


「叔母上もご承知のことです」

「お母様が……一緒に金平糖、食べようと思ったのに……」

「あと二年あるから、ゆっくり一緒に食べたらいいよ。

 足りなければもっと持ってきてあげる」

「太子、余計なことをおっしゃるのでしたら少し黙っていていただけますか?」

「一緒に説得してあげてるんじゃないか」

「どこがですか?」

「そういうところ、双月と似ているよねぇ」

「兄弟ですから」


 にべもない彩月の返事に、碧霞はまた肩をすくめる。


「もちろんわたしも最大限の譲歩を考えているから安心しなさい」

「譲歩案?」


 そんな話は聞いていませんが? ……という顔をする彩月の横で、琳瑶も多少のことでは譲らない決意を固めて碧霞の話に耳を傾ける。


「母君も一緒に来るといいよ」

「は?」


 思いもよらない話に彩月は自分の耳を疑うが、琳瑶は譲歩案に歩み寄る……まではまだゆかないけれど興味を持ったらしい。


「それって、どういうことですか?」

「太子?」

「どうもこうもないよ。

 薔薇(そうび)殿も一緒に春宮に来たらいい」


 聞き間違いではなかったことで彩月は驚きを隠せないが、琳瑶はまだ慎重な姿勢を崩さない。


「そんなこと、出来るんですか?」

「出来るよ。

 だって次の東宮はわたしだからね」


 とんでもない采配は出来ないけれど、春宮内ならある程度は自由に出来るから……と穏やかに話す碧霞。


「母親と一緒に宮に上がる東宮妃なんて前代未聞だけど、あなたがそうしたいのならかまわないよ。

 一つの代で東宮が三人も代わることもそうあることではないし。

 珍しい者同士、仲良くやっていこうじゃないか」


 そんなことを言ってにこにこと笑っているが、まだ琳瑶の警戒は解けない。


「でも……いずれは後宮に移るんですよね?」

「そうだね」


 今上が崩御すれば碧霞が皇帝として即位する。

 そうなれば東宮妃も、なにかしらの位をもらって後宮に移ることになる。

 その時にも薔薇も一緒に……というわけにはいかないに違いないと不安がる琳瑶に、碧霞は穏やかな笑みを浮かべながら返す。


「もちろん一緒に後宮に入ればいい。

 慣例どおりあなたは外に出られないけれど、色々とあるだろうから、薔薇殿はある程度自由に外を行き来してもらってかまわないし」

「そんな勝手なこと、してもいいんですか?

 皇帝陛下に怒られませんか?」

「怒られるもなにも、あなたが後宮に移るのはわたしが即位する時だから、わたしが皇帝だよ。

 自分の後宮なんだからその程度の自由は認めてあげられる」

「それじゃあずっとお母様と一緒にいられるんですか?」

「うん。

 さすがに部屋は別にしてもらうけど」


 それこそ夫婦の営みの場に母親がいては気が削げる。

 いや、はっきり言って萎える、勃たない。

 だから日中は一緒に過ごしてもいいけれど、寝室は別に……という碧霞だが、そこまで琳瑶が聞いていたかどうか。

 春宮に上がっても、後宮に入っても薔薇と一緒にいられると聞いて、琳瑶の決意が揺らぎ始める。

 薔薇と一緒にいられるのなら東宮妃にもなってもいいかも……と考え始めたのである。

 しかも正直者の琳瑶は考えていることが全て顔に出てしまい、碧霞にも彩月にも丸わかり。

 数ヶ月後には婚約者になる相手のそんな様子を眺めながら、碧霞は独り言のように呟く。


「本当に、あなたはどれだけお母様が好きなんだろうねぇ。

 でもよかったじゃないか、薔薇殿母君に楊慶殿(養母殿)が出来て。

 おまけに宮城に上がればもう一人、母君が増えるんだからねぇ」

「もう一人?」


 思考にのめり込んでいたはずの琳瑶だったが、「お母様」 という言葉に反応したらしい。

 探るような上目遣いで碧霞を見る。


「ああ、わたしの母上だよ」

(はん)皇后様?」

「わたしと結婚したら義母になるからね。

 実母に養母、それに義母。

 三人もお母様が出来るんだよ、よかったじゃないか」

「違います!

 わたしが好きなのはお母様だけです!」


 お母様はお母様でも琳瑶が好きなのは実母の薔薇だけ。

 そこだけは絶対に譲れないと声を張り上げて主張する琳瑶だが、碧霞の耳に届いているのかいないのか。

 穏やかに笑む彼はひっそりと呟く。


「あなたの望みは可能な限り叶えよう。

 でも落ちる時は一緒に落ちてもらうよ。

 もちろんそうならないよう最善を尽くすけれど、人生一寸先は闇だからね」


                 【灰かぶり媛の奇縁譚】本編 全伍章漆拾壱話 ー了ー

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