第拾捌話 三つの約束
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范皇后を母に持つ皇帝の第三太子碧霞、それが翠琅の正体だった。
「父君はそんなに好きじゃないみたいだけど、一応伝えておくね。
泰昌子の処分を……」
そう切り出す碧霞は少し申し訳なさそうだったけれど、琳瑶だってもう十二歳。
なにもわからない子どもではないけれど、とっくに見限ったとはいえやはり父親であることには変わりなく、少し表情を硬くして大きくゆっくりと頷く。
それを見て碧霞も話し出す。
「ひょっとしたら黎大人あたりからもう聞いているかもしれないけれど、昌子殿は役職を辞任された。
その黎大人に促される形で泰家も弟の昌美殿に譲られた」
一見、反省を目に見える形にするために行動したようにも見えるが、実際のところは違うのだろう。
周囲に促されてのことか、あるいは実際は解職だが表面を取り繕うために 「辞任」 とされただけなのか。
いずれにせよ昌子に選択肢はなかっただろう。
それで首の皮一枚繋がったのだから。
泰本家屋敷には弟の昌美一家が越してきて、昌子は離れに蟄居しているという。
もちろん一人で
豊衣が話していたとおり、正妻の茶艶麗は騒ぎが大きくなる前にさっさと離縁して茶家に戻っており、すでに他人となっているためこちらはお咎めなし。
当事者である泰嬪こと娘の蘭花が、本来なら死罪になってもおかしくないところを寺に入れられるだけで済んでいるのだから、妥当なところかもしれない。
本来ならば死罪になってもおかしくはないところだが、冷宮を放置するという後宮の管理不備があったとして、罪が減じられたのである。
もちろん皇帝の通いがなかったことも一因には違いない。
詮議に出席した多くの貴族たちも、誠豊元皇太子や丹元貴妃の処遇にばかり関心を集め、昌子や蘭花のような小物には興味がない。
その詮議に時間を割くことすら面倒に思ったかもしれない。
だが無罪放免には出来ない。
そこで出家という安直な処分になったのである。
「お姉様が出家ですか」
「会いたい?」
もし琳瑶が会いたいというのなら、太子の特権を乱用して会わせてあげるという碧霞だが、琳瑶は断った。
琳瑶が思い出す姉の顔はいつも嫌がらせをする時の嫌な顔ばかり。
もし笑っている顔が、あるいは優しい顔が一つでも思い浮かべば会いたいと思ったかもしれないけれど、どちらも浮かばなかったのである。
だから会わなくてもいいと思った。
だが琳瑶にはもう一人、気になっている人物がいる。
もちろんその人物とも会いたいとは思わないが、だがどうしているか気になったのである。
「あの、蘇妃様は……」
「処刑されたよ」
素っ気なく言って碧霞はゆっくりと茶を飲む。
一見冷たく見えるけれど、おそらくあえて素っ気なく言ったのだろう。
琳瑶もうつむき加減にポツリと返す。
「そうですか」
さすがに一国の主人の面子を潰してお咎めなしはあり得ないけれど、出家なんて生やさしい罰で済まされるはずがなく。
その命をもって償うこととなり、すでに刑は執行されたという。
当然実家である蘇家も無事には済まない。
財産の没収だけでなく、蘇栄娘直系の血筋も全員処刑されたという。
このことはあえて琳瑶に話す必要もなかったはずだが、あとで誰かが耳に入れるかもしれない。
悪意をもって琳瑶を傷つけるために。
その予防線として、あらかじめ事実だけを話しておくことにしたのだろう。
だから余計なことは言わず、ただ淡々と話す。
そして一国の主人の面子を潰したもう一人がどうなったかと言えば……
「誠豊殿は離宮に幽閉が決まったよ」
母親の丹元貴妃はもちろん、同母の兄弟である秀真公主と玉英公主も出家することが決まっており、今は監視下に置かれながら後宮を出る準備を進めているという。
丹元貴妃は一人、そして秀真公主と玉英公主は同じ寺に入ることも決まっている。
それなのに元凶となった誠豊が離宮に幽閉されるだけというのは刑が軽いのではないか? ……と思った琳瑶だが、実はただの幽閉ではない。
「もちろん宮刑に処してからね」
「きゅうけい……ってなんですか?」
「あれをちょん切っちゃうのさ」
「あれって……あれですか……?」
あの夜に碧霞から聞いた話を思い出した琳瑶は、顔を強ばらせながら恐る恐る尋ねてみる。
すると碧霞はカラッと明るく 「そのあれ」 と返す。
范皇后を筆頭に反丹貴妃派は誠豊の処刑を求めたが、どうしても皇帝が首を縦に振らなかったのである。
呆れた范皇后派にとって、もはや皇帝の胸中などどうでもよかった。
だがただ幽閉するだけでは済まない事情があり、宮刑を求めたのである。
なんと調べたら、誠豊は春宮にいた東宮妃の侍女とも関係を持っていたというのである。
それも一人ではなく複数人と。
そのため春宮を出された東宮妃を筆頭に、全員が今は後宮の一画で監視下に置かれているという。
「主人の夫と関係を持って子を産むことがどういう意味か、わかっているのか……。
全く困ったものだよ」
「あの、もし子どもが生まれたらどうなるんですか?」
今のところ東宮妃はもちろん、侍女たちも誠豊の子を孕んでいる様子はない。
だがこのまま半年ほど後宮で監視し、もし子を孕んでいることがわかれば出産まで後宮に留め置かれ、男児が生まれれば処刑。
女児であれば、出自を明かさず養子に出されるらしい。
そして東宮妃は出家という形で寺に入れられ、おそらく侍女たちは下女として寺に入れられることになるだろう……と。
「赤ん坊を……」
「なるべくあなたの希望に添いたかったけれど、こればかりはね」
碧霞も、次期皇太子として持てる権力を最大限に利用したのだが、こればかりはどうしようもなかったのである。
そして次がないように、范皇后を筆頭にした多くの貴族は誠豊の宮刑を求め、皇帝もやむなくこれを承諾したのである。
「誠豊様って、猿ですね」
「本当に困った猿だよ」
後宮では誠豊のことを激しく猿と罵っていた碧霞だが、全てが終わった今は苦笑を浮かべるだけ。
処分が決定された以上、いまさらなにを言っても仕方がないというあきらめなのだろうか。
わからないけれど、あの激しさはもうなかった。
「……碧霞様、お疲れですか?」
「少しね。
でもあなたの顔を見ておきたかったし、約束もあったから双月と彩月に協力してもらったんだよ」
「約束なんて……」
それこそ髪飾りは彩月に届けさせればよかったし、ご褒美も一緒に届けさせればよかっただけのこと。
わざわざ忙しい身で王宮を抜け出して来る必要はなかったのに……という琳瑶に碧霞は言う。
「わたしの約束はそれで果たせるけれど、あなたにも約束を果たしてもらわないと」




